26 / 28
26
しおりを挟む
「……却下ですわ。この項目、すべて『赤字』の温床になりますわよ」
私は、カシアン様が自信満々に提示してきた「結婚式予算計画書(初稿)」を、赤ペンで容赦なくなぞった。
「なっ……。ウリエル、まだ中身も詳しく見ていないだろう。一生に一度の晴れ舞台だぞ? 王都から最高の楽団を呼び、五〇〇種類もの薔薇で会場を埋め尽くし……」
「カシアン様。薔薇は三日で枯れますが、その購入費用があれば、領地の街道に街灯をあと二〇基は設置できますわ。……。薔薇の香りで、領民の夜道が明るくなりますか?」
「……。ならないが。だが、君には世界一豪華な花嫁になってほしいんだ」
カシアン様が、大型犬がしゅんとしたような顔で私を見つめる。
その視線は非常に「資産価値」が高い(可愛い)が、私は心を鬼にしてそろばんを弾いた。
「いいですか。豪華さと幸福度は、必ずしも比例いたしません。……。セバス、私が作成した『最適化挙式プラン』を」
「はい、お嬢様。こちらでございます。……。カシアン閣下の予算案と比較し、約七五パーセントのコストカットに成功しております」
セバスが、カシアン様の豪華な羊皮紙の横に、極めて実務的な集計表を並べた。
「……。七五パーセント!? ウリエル、まさか立ち食いそばで披露宴を済ませるつもりか?」
「失礼ね。最高に贅沢で、最高に『実益』のある式にするつもりですわ。……。まず、衣装。私は王都の高級ブランドでドレスを新調するつもりはありません。……。領地の織物職人たちに、コンペ形式で発注します」
「コンペ……?」
「はい。優勝者のデザインを私が纏うことで、彼らの技術力が王国中に宣伝(マーケティング)されます。衣装代は広告宣伝費として計上。さらに、式が終わった後は、そのドレスを分割・リメイクして、領地の子供たちの洗礼式用衣装としてレンタル(サブスクリプション)に回しますわ」
カシアン様が、絶句して口をパクパクさせた。
「……。自分のウェディングドレスを、レンタル事業に転用するのか?」
「当然ですわ。一度しか着ない布切れに大金を投じるのは、資本の固定化。……。次に、お食事ですわ。王都の高級食材を輸入するのは輸送費の無駄。……。当日は、我が領地の特産品だけを使った『収穫祭形式』にします。……。招待客には、気に入った食材をその場で購入(注文)できるブースを設けますわ」
「……。結婚式が、即売会(マーケット)になっているんだが」
「お祝いに来てくださる方々に、我が領地の素晴らしさを知っていただき、さらには消費活動(経済貢献)までしていただく。これ以上の『おもてなし』がありますかしら?」
私は誇らしげに胸を張った。
カシアン様は、額を押さえて深いため息をついた。
「……。ウリエル。君は、本当にブレないな。……。だが、指輪だけは……指輪だけは、私が贈ったあのブルーダイヤモンドを使ってくれるか?」
「もちろんですわ。あれは既に『受領済み資産』として、私の薬指に固定されていますもの。……。ただ、当日の警備費用を抑えるために、レプリカを嵌めて、本物は金庫に預けておく案もありますけれど……」
「それだけは、絶対に、ダメだ!」
カシアン様が、これまでにないほど力強く叫んだ。
私は少しだけ肩をすくめ、けれど微笑みを隠せなかった。
「……。ふふ。分かりましたわ。……。カシアン様がそこまで仰るなら、指輪だけは本物で行きましょう。……。その代わり、招待状はすべて『再生紙』、かつ、返信用切手は『まとめ買い割引』を適用したものを同封しますわよ」
「……。ああ、それでいい。君が納得するなら、たとえ入場料を取る結婚式でも、私は喜んで新郎を務めよう」
「あら、入場料! そのアイディア、いただきましたわ! ……。名目は『領地再建基金への寄付』として、最低額を一ペニーに設定すれば、心理的ハードルも下がりますわね……!」
「……。冗談のつもりだったんだが。……。セバス、今の項目をノートから消しておいてくれ。これ以上、招待客の財布を狙うのは忍びない」
「承知いたしました、閣下。……。お嬢様、そろそろお父様が『結婚式で歌う自作の歌(一時間構成)』の練習を始めたようですが、これのカット案はどうされますか?」
私は、本日一番の冷徹な顔でそろばんを「ジャッ」と鳴らした。
「……。一時間分の機会損失は、領地のGDP(域内総生産)に多大な影響を及ぼします。お父様の歌は、エンドロールの裏で三〇秒に圧縮(リミックス)して流しなさい」
「……。お義父様、ご愁傷様です」
カシアン様は、もはや私の「経済的合理性」に抗うことを諦めたようで、どこか悟りを開いたような顔で私の手を取った。
「……。ウリエル。世界で一番安上がりで、けれど世界で一番中身の詰まった式にしよう。……。君との生活が始まるのなら、どんな見積書も、私にとっては宝物だ」
「カシアン様。……。そのお言葉、プライスレス(非売品)として、一生の家宝にさせていただきますわ」
私たちは、積み上げられた見積書の山を前に、幸せな「コストカット」の続きを楽しんだ。
愛という名の無形資産を、いかにして確かな未来(キャッシュ)へと変換していくか。
私たちの結婚式は、史上最高の「利益確定(ハッピーエンド)」へと向かって、着実に準備が進んでいた。
私は、カシアン様が自信満々に提示してきた「結婚式予算計画書(初稿)」を、赤ペンで容赦なくなぞった。
「なっ……。ウリエル、まだ中身も詳しく見ていないだろう。一生に一度の晴れ舞台だぞ? 王都から最高の楽団を呼び、五〇〇種類もの薔薇で会場を埋め尽くし……」
「カシアン様。薔薇は三日で枯れますが、その購入費用があれば、領地の街道に街灯をあと二〇基は設置できますわ。……。薔薇の香りで、領民の夜道が明るくなりますか?」
「……。ならないが。だが、君には世界一豪華な花嫁になってほしいんだ」
カシアン様が、大型犬がしゅんとしたような顔で私を見つめる。
その視線は非常に「資産価値」が高い(可愛い)が、私は心を鬼にしてそろばんを弾いた。
「いいですか。豪華さと幸福度は、必ずしも比例いたしません。……。セバス、私が作成した『最適化挙式プラン』を」
「はい、お嬢様。こちらでございます。……。カシアン閣下の予算案と比較し、約七五パーセントのコストカットに成功しております」
セバスが、カシアン様の豪華な羊皮紙の横に、極めて実務的な集計表を並べた。
「……。七五パーセント!? ウリエル、まさか立ち食いそばで披露宴を済ませるつもりか?」
「失礼ね。最高に贅沢で、最高に『実益』のある式にするつもりですわ。……。まず、衣装。私は王都の高級ブランドでドレスを新調するつもりはありません。……。領地の織物職人たちに、コンペ形式で発注します」
「コンペ……?」
「はい。優勝者のデザインを私が纏うことで、彼らの技術力が王国中に宣伝(マーケティング)されます。衣装代は広告宣伝費として計上。さらに、式が終わった後は、そのドレスを分割・リメイクして、領地の子供たちの洗礼式用衣装としてレンタル(サブスクリプション)に回しますわ」
カシアン様が、絶句して口をパクパクさせた。
「……。自分のウェディングドレスを、レンタル事業に転用するのか?」
「当然ですわ。一度しか着ない布切れに大金を投じるのは、資本の固定化。……。次に、お食事ですわ。王都の高級食材を輸入するのは輸送費の無駄。……。当日は、我が領地の特産品だけを使った『収穫祭形式』にします。……。招待客には、気に入った食材をその場で購入(注文)できるブースを設けますわ」
「……。結婚式が、即売会(マーケット)になっているんだが」
「お祝いに来てくださる方々に、我が領地の素晴らしさを知っていただき、さらには消費活動(経済貢献)までしていただく。これ以上の『おもてなし』がありますかしら?」
私は誇らしげに胸を張った。
カシアン様は、額を押さえて深いため息をついた。
「……。ウリエル。君は、本当にブレないな。……。だが、指輪だけは……指輪だけは、私が贈ったあのブルーダイヤモンドを使ってくれるか?」
「もちろんですわ。あれは既に『受領済み資産』として、私の薬指に固定されていますもの。……。ただ、当日の警備費用を抑えるために、レプリカを嵌めて、本物は金庫に預けておく案もありますけれど……」
「それだけは、絶対に、ダメだ!」
カシアン様が、これまでにないほど力強く叫んだ。
私は少しだけ肩をすくめ、けれど微笑みを隠せなかった。
「……。ふふ。分かりましたわ。……。カシアン様がそこまで仰るなら、指輪だけは本物で行きましょう。……。その代わり、招待状はすべて『再生紙』、かつ、返信用切手は『まとめ買い割引』を適用したものを同封しますわよ」
「……。ああ、それでいい。君が納得するなら、たとえ入場料を取る結婚式でも、私は喜んで新郎を務めよう」
「あら、入場料! そのアイディア、いただきましたわ! ……。名目は『領地再建基金への寄付』として、最低額を一ペニーに設定すれば、心理的ハードルも下がりますわね……!」
「……。冗談のつもりだったんだが。……。セバス、今の項目をノートから消しておいてくれ。これ以上、招待客の財布を狙うのは忍びない」
「承知いたしました、閣下。……。お嬢様、そろそろお父様が『結婚式で歌う自作の歌(一時間構成)』の練習を始めたようですが、これのカット案はどうされますか?」
私は、本日一番の冷徹な顔でそろばんを「ジャッ」と鳴らした。
「……。一時間分の機会損失は、領地のGDP(域内総生産)に多大な影響を及ぼします。お父様の歌は、エンドロールの裏で三〇秒に圧縮(リミックス)して流しなさい」
「……。お義父様、ご愁傷様です」
カシアン様は、もはや私の「経済的合理性」に抗うことを諦めたようで、どこか悟りを開いたような顔で私の手を取った。
「……。ウリエル。世界で一番安上がりで、けれど世界で一番中身の詰まった式にしよう。……。君との生活が始まるのなら、どんな見積書も、私にとっては宝物だ」
「カシアン様。……。そのお言葉、プライスレス(非売品)として、一生の家宝にさせていただきますわ」
私たちは、積み上げられた見積書の山を前に、幸せな「コストカット」の続きを楽しんだ。
愛という名の無形資産を、いかにして確かな未来(キャッシュ)へと変換していくか。
私たちの結婚式は、史上最高の「利益確定(ハッピーエンド)」へと向かって、着実に準備が進んでいた。
1
あなたにおすすめの小説
村娘あがりの娼婦ですが、身請けされて幸せです
春月もも
恋愛
村を飛び出して王都に来たリリアは、いまは高級娼婦として生きている。
ここは通過点のはずだった。
誰かに選ばれて終わる物語なんて、わたしには関係ないと思っていたのに。
触れない客。
身体ではなく、わたしの話を聞きに来るだけの商人。
「君と話す時間を、金で買うのが嫌になった」
突然の身請け話。
値札のついた自分と向き合う三日間。
選ばれるのではなく選ぶと決めたとき、
通過点は終わりになる。
これは救いではなく対等な恋の話。
婚約お断り令嬢ですわ ~奇行で縁談を潰していたら本命騎士に再会しました~
鍛高譚
恋愛
婚約話? 結構ですわ。
私には――子供の頃に命を救ってくれた“黒髪の騎士”がいるのですから。
公爵令嬢アンネローゼ・フォン・グレイシアは、才色兼備の完璧令嬢……だった。
だが、ある日から突如“奇行”に走り始める。正座で舞踏会に参加? スープにストロー? 謎のポエム朗読?
そう、それはすべて――望まぬ婚約をぶち壊すため!
王族、貴族、策略家、演技派……次々と舞い込む政略結婚の話。
アンネローゼはあの手この手で縁談をぶった斬り、恋も名誉も自由も手に入れる!
すべての婚約破棄は、たった一人の人に出会うため――
「破談のアンネローゼ様」が貫く、“本当の婚約”とは?
痛快!恋愛ざまぁ×ラブコメディ×ハッピーエンド!
破談上等のお嬢様が、本物の愛を掴むまでの逆転劇が今、始まりますわ!
婚約破棄された際もらった慰謝料で田舎の土地を買い農家になった元貴族令嬢、野菜を買いにきたベジタリアン第三王子に求婚される
さら
恋愛
婚約破棄された元伯爵令嬢クラリス。
慰謝料代わりに受け取った金で田舎の小さな土地を買い、農業を始めることに。泥にまみれて種を撒き、水をやり、必死に生きる日々。貴族の煌びやかな日々は失ったけれど、土と共に過ごす穏やかな時間が、彼女に新しい幸せをくれる――はずだった。
だがある日、畑に現れたのは野菜好きで有名な第三王子レオニール。
「この野菜は……他とは違う。僕は、あなたが欲しい」
そう言って真剣な瞳で求婚してきて!?
王妃も兄王子たちも立ちはだかる。
「身分違いの恋」なんて笑われても、二人の気持ちは揺るがない。荒れ地を畑に変えるように、愛もまた努力で実を結ぶのか――。
前世の私は重い女だったので、今世は恋なんてしません。
ありま氷炎
恋愛
前世は余りにも夫が大好きで、愛が重すぎた。
だから捨てられた。
なので生まれ変わった今は、恋なんてするつもりはなかったのだけど……。
遺産は一円も渡さない 〜強欲な夫と義実家に捨てられた私、真の相続人と手を組み全てを奪い返す~ (全10話)
スカッと文庫
恋愛
「お前の価値なんて、その遺産くらいしかないんだよ」
唯一の肉親だった祖父を亡くした夜、夫の健一と義母から放たれたのは、あまりにも無慈悲な言葉だった。
四十九日も待たず、祖父が遺した1億2000万円の遺産をアテに贅沢三昧を目論む夫。だが、彼には隠し通している「裏切り」があった――。
絶望の淵に立たされた由美の前に現れたのは、亡き祖父が差し向けた若き凄腕弁護士・蓮。
「おじい様は、すべてお見通しでしたよ」
明かされる衝撃の遺言内容。そして、強欲な夫たちを地獄へ叩き落とすための「相続条件」とは?
虐げられてきた妻による、一発逆転の遺産争奪&復讐劇がいま幕を開ける!
学生時代、私をいじめていた女と一緒に異世界召喚されたけど、無能扱いされた私が実は本物の聖女で、いじめていた女は災厄を呼ぶ魔女でした。
さら
恋愛
いじめていた女と一緒に異世界召喚された私。
聖女として選ばれたのは彼女で、私は無能扱いされ追放された。
だが、辺境の村で暮らす中で気づく。
私の力は奇跡を起こすものではなく、
壊れた世界を“元に戻す”本物の聖女の力だった。
一方、聖女として祭り上げられた彼女は、
人々の期待に応え続けるうち、
世界を歪め、災厄を呼ぶ魔女へと変わっていく――。
冷遇妃ライフを満喫するはずが、皇帝陛下の溺愛ルートに捕まりました!?
由香
恋愛
冷遇妃として後宮の片隅で静かに暮らすはずだった翠鈴。
皇帝に呼ばれない日々は、むしろ自由で快適——そう思っていたのに。
ある夜、突然現れた皇帝に顎を掴まれ、深く口づけられる。
「誰が、お前を愛していないと言った」
守るための“冷遇”だったと明かされ、逃げ道を塞がれ、甘く囲われ、何度も唇を奪われて——。
これは冷遇妃のはずだった少女が、気づけば皇帝の唯一へと捕獲されてしまう甘く濃密な溺愛物語。
『「君は飾りだ」と言われた公爵令嬢、契約通りに王太子を廃嫡へ導きました』
ふわふわ
恋愛
「君は優秀だが、王妃としては冷たい。正直に言えば――飾りとしては十分だった」
そう言って婚約者である王太子に公然と切り捨てられた、公爵令嬢アデルフィーナ。
さらに王太子は宣言する。
「王家は外部信用に頼らない」「王家が条文だ」と。
履行履歴も整えず、契約も軽視し、
新たな婚約者と共に“強い王家”を演出する王太子。
――ですが。
契約は宣言では動きません。
信用は履歴の上にしか立ちません。
王命が止まり、出荷が止まり、資材が止まり、
やがて止まったのは王太子の未来でした。
自ら押した承認印が、
自らの継承権を奪うことになるとも知らずに。
公然侮辱から始まる、徹底的な強ザマァ。
救済なし。
やり直しなし。
契約通りに処理しただけですのに――
なぜか王太子が廃嫡されました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる