婚約破棄?悪役令嬢の定休日を作ろうと思ってたんですが。

小梅りこ

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「お帰りなさいませ、お嬢様! ……って、お嬢様!? そのドレスのままで何を!?」


公爵邸に到着するやいなや、私は玄関ホールで仁王立ちになり、出迎えた侍女たちに鋭い指先を向けた。


「いい、全員聞きなさい! 今から十五分以内に、私の全財産を三つのカテゴリーに分類してパッキングしますわよ! ボーッとしてる暇はありませんわ、一秒は金貨一枚の価値があると思いなさい!」


「は、はい!? え、あの、パーティーは……? 殿下との婚約は……?」


「破棄されましたわ! めでたく自由の身です! さあ、カテゴリーAは『領地で即座に換金可能な貴金属』! カテゴリーBは『最低限の衣類と衛生用品』! カテゴリーCは『私の趣味の魔導書と、夜食用の干し肉』ですわ!」


「婚約破棄されて、なぜそんなに元気なんですの……!?」


侍女たちが困惑で足を止める。
だが、私は彼女たちの肩を一人ずつ掴み、超高速で自室へと押し込んだ。


「元気なのは当たり前ですわ! 明日からお妃教育の補習も、殿下への媚び売りも、全部定休日なんですもの! ほら、泣いている暇があったら、その手を動かして頂戴! 涙一滴につき、パッキングがコンマ五秒遅れますわよ!」


私はクローゼットの扉を蹴破らんばかりの勢いで開け放ち、自らも荷造りに参戦した。


通常、令嬢の引っ越しには数日、下手をすれば数週間かかる。
だが、私には「悪役令嬢」として培った、あらゆる事態を想定した「有事用マニュアル」が存在する。
婚約破棄される未来を見越して、実は三ヶ月前から少しずつ整理を進めていたのだ。


「お嬢様……これ、宝石箱の底に『換金レート表』が入っていますが」


「あら、それは最新版ですわ。一番高い時に売らないと損ですもの」


「こっちのドレスの裏地には……隠しポケットと、脱出用のナイフが……」


「悪役令嬢には護身が必要不可欠でしょう? さあ、世間話は終わりです! 次は書斎ですわよ!」


私はスカートをまくり上げ、廊下を全力で疾走した。
すれ違う執事や料理人たちが、まるで暴風に煽られたかのように壁際へ避けていく。


「ミカル! 待ちなさいミカル! 一体何事だ!」


廊下の向こうから、我が父、ヴァリエール公爵が血相を変えて走ってきた。
王宮から、婚約破棄の速報が届いたのだろう。


「お父様! ちょうど良かったですわ。領地への転出届の印鑑、ここに押してくださいませ!」


私は走りながら、懐から取り出した書類を父の胸元に叩きつけた。


「なっ……お前、泣いて……いないのか? リュカ殿下に酷いことを言われたのだろう? セシルという娘に婚約者の座を奪われたと……」


「奪われたのではなく、譲渡(パス)したのですわ。不採算部門の切り捨てです。それよりお父様、印鑑を! 私の馬車が出るまであと八分しかありませんの!」


「八分!? 今帰ってきたばかりだろう! せめて一晩ゆっくりして、今後の方策を……」


「方策ならすでに練ってありますわ! 私は領地でスローライフ(効率特化型)を楽しみます! 王都のドロドロした人間関係は、もうお腹いっぱいですわ!」


私は父の手から無理やり印鑑をもぎ取ると、書類に力強く押印した。


「よし、完了! お父様、お達者で! たまには美味しいお肉を送ってくださいませ!」


「ミ、ミカル……! あの子、あんなに足が速かったか……?」


呆然とする父を置き去りにして、私は再び自室へ戻った。
そこには、私の指示通りに荷物を詰め終え、精根尽き果てて床に座り込む侍女たちの姿があった。


「お嬢様……終わりました……。荷馬車二台分、完璧に積み込みましたわ……」


「素晴らしいわ! 予定より三十秒早い。この余った時間で、皆様に最後のご挨拶をしますわね」


私は息一つ乱さず、侍女たちの前に立った。


「皆様、今まで私の『悪役』に付き合ってくださって感謝しますわ。これからは、もっとまともな令嬢に仕えて、平穏な日々を送りなさい。……これは、私からのささやかなボーナスです」


私はカテゴリーA(換金用貴金属)の中から、手頃な金貨の袋を彼女たちの手の中に押し付けた。


「お嬢様……。私たち、お嬢様が本当は優しい人だって知っていましたわ! だから……だから、そんなに急いで行かないでください!」


「優しくなんてありませんわ。ただの、給与計算の適正化です。……それでは、お元気で!」


私は窓から外を見下ろした。
そこには、夜の闇に紛れて出発を待つ馬車が一台。


これに乗れば、私は「ミカル・ド・ラ・ヴァリエール」という看板を一度下ろし、自由な一人の女になれる。


「さあ、出発ですわ! 目指すは、私の最強の休日会場(領地)です!」


私は軽やかな身のこなしで馬車に飛び乗った。
御者が鞭を振るい、公爵邸の門をくぐり抜ける。


その頃、王宮では――。


「ミカルの屋敷に急げ! まだ近くにいるはずだ!」


リュカ王子が、騎士たちを引き連れて馬に跨っていた。
彼は、ミカルが去った後にギルバートから渡された「ミカル作成・王政改善案」という分厚い書類を読み、その有能さにようやく戦慄したのである。


「あいつを逃したら、この国の予算編成が崩壊する……! 追いかけろ!」


だが、王子の馬が公爵邸に着いたとき、そこにはもぬけの殻となったミカルの部屋と、放心状態の公爵、そして「定休日につき、一切の業務を受け付けません」と書かれた置手紙だけが残されていた。


ミカルの「魔法のような荷造り」は、追っ手の追随を許さないほどの爆速だったのである。
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