婚約破棄、万々歳!隣国の強面公爵(節約家)に拾われました

小梅りこ

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結婚式当日の朝、城はこれまで見たこともないような熱気に包まれていた。


窓の外を見下ろせば、領民たちが持ち寄った色とりどりの端切れを繋ぎ合わせた旗が、風に棚引いている。
高価な生花はどこにもないが、子供たちが摘んできた野の花が、城の無骨な石壁を鮮やかに彩っていた。


「……リウ様、動かないでくださいませ! 最後の仕上げですわ!」


ミアさんの必死な声が響く。
彼女の手元には、かつての「悪役令嬢の遺産」を全て注ぎ込み、再構成されたウェディングドレス。
真っ白なシルクは漂白され、カイル王子が置いていった金糸は細かく解(ほど)かれて、繊細なレースの縁取りとして生まれ変わっていた。


「……ふう。完成ですわ。リウ様……鏡をご覧になって?」


私はゆっくりと、全身鏡の前に立った。


「……これが、私のドレス?」


鏡の中にいたのは、かつて王都で流行を追いかけていた「公爵令嬢」ではなかった。
一針一針にミアさんの労働力が詰まり、一分一秒の無駄を削ぎ落として作られた、機能美と気品が同居する「節約の結晶」。
どこか誇らしげで、そして何より私らしい。


「……完璧ですわ、ミアさん。あなたの時給を三銅貨から四銅貨に上げる価値がありますわね」


「まあ、リウ様! あたくし、一生ついていきますわぁ……!」


ミアさんが感極まって鼻をすする中、部屋のドアが控えめにノックされた。
現れたのは、これまた新調した(と言っても裏地を張り替えただけの)礼服に身を包んだアリステア様だ。


彼は私を見た瞬間、その足をピタリと止めた。
いつもは「処刑人」と恐れられるその強面(こわもて)が、今は驚きと……そして深い慈しみで、見たこともないほど緩んでいる。


「……リウ。お前は、その……」


「あら、閣下。驚かれました? このドレス、原価計算をしたら驚くほどお安いんですのよ」


「……いや、値段の話など、今はどうでもいい。……美しい。俺がこれまで見てきたどんな財宝よりも、今のお前が一番、俺の心臓のコストを跳ね上げているぞ」


「……閣下。それは不整脈の心配をすべきなのか、お褒め預かっているのか判断に迷いますわ」


「ハハッ。……両方だ。さあ、行こう。領民たちが、君という名の『光』を待っている」


私たちは手を取り合い、広場へと向かった。


広場には、領内の全ての村から届いた料理が並んでいた。
贅沢な霜降り肉はないが、手間暇かけて煮込まれた野菜、焼き立ての素朴なパン、そして私がレシピを教えた「絶品スープ」の香りが、辺り一面に漂っている。


「リウ様! アリステア閣下! おめでとうございますだ!」
「聖女様、万歳! 俺たちの黒字の女神様だ!」


割れんばかりの歓声。
そこには、王都の夜会で浴びた、打算と嫉妬に満ちた拍手は一切なかった。
ここにあるのは、一銅貨の節約がどれほど自分たちの生活を豊かにしたかを知る人々からの、純粋な感謝と敬愛だ。


祭壇の前に立った私たちは、指輪の交換へと移る。
用意されたのは、ダイヤモンドではなく、アリステア様の家系に代々伝わる古い印章リング。


「リウ。お前の指には、この重厚な責任と、俺の全財産の管理権を預けたい」


「ええ、アリステア様。一ミンの無駄も逃さず、あなたの愛と領地の未来を、一兆倍に増やして差し上げますわ」


私たちは、誓いの口づけを交わした。
その瞬間、領民たちが一斉に、乾燥させたハーブの種を空に撒いた。
これもまた「ライスシャワー」ならぬ「シードシャワー」。
撒かれた種は地面に落ち、来年になれば美味しいハーブとなって、また彼らの食卓を彩るのだ。


(ああ……これが、本当の幸せの形なのね)


カイル王子の横にいた時は、高価な宝石を贈られても、どこか心が空虚だった。
でも今は違う。
自分の知識が、自分の執念が、誰かの笑顔という「配当」になって返ってくる。
これこそが、人生における最高効率の投資だわ。


「リウ……笑っているのか?」


アリステア様が、愛おしそうに私の手を見つめる。


「ええ、アリステア様。今、計算しましたの。この結婚式、持ち出し予算はほぼゼロなのに、これだけの多幸感を得られるなんて……」


「……お前は本当に、最後までブレないな」


「当たり前ですわ。私の美学は、一銅貨の重みを噛み締めることにありますもの」


私たちは、領民たちの輪の中へ飛び込んでいった。
豪華なオーケストラはない。けれど、村の子供たちの叩く太鼓と、おじいさんたちの吹く笛の音が、どんな旋律よりも心地よく響いていた。


この日、世界で一番「安上がり」な、けれど世界で一番「価値のある」結婚式が行われた。


しかし、宴(うたげ)の喧騒が続く中、城門の影でじっとその光景を見守る、一人の男の影があった。
その男の手には、古びた、しかし重厚な『アルマンド公爵家・先代の秘密の帳簿』が握られていた。
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