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「……素晴らしい。この、一万メートルの水圧に耐え抜いた末に辿り着く、絶望的なまでの暗黒。
……これぞ、我々が探し求めていた真の安らぎだ!」
神殿のドックに到着した潜水艇から吐き出されたのは、王都で「異端」の烙印を押された偏屈な学者たちの第一陣だった。
彼らは艇を降りるなり、床に這いつくばって石材のヌメリを舐めるように観察し、感涙にむせんでいる。
「お嬢様、見てください。あちらの地質学者は、主(ぬし)様の排泄物が堆積した地層を見て踊り狂っていますし、あちらの植物学者は発光触手を抱きしめて気絶しましたわ」
アンナが、呆れを通り越して悟りを開いたような顔で報告してくる。
彼女は「地上にいても私の居場所はない」と悟り、ついに正式な「深海侍女」として移住してきた猛者である。
「いいのよ、アンナ。ここは『オタクの聖域』。
知的好奇心の暴走を止める者など、この深海には誰もいないのだから!」
私は、新しく完成した「深海女王の白衣(真珠貝の繊維製)」を翻し、新参者たちを激励した。
神殿の周囲には、すでにいくつかの居住ドームが連結され、深海都市計画は着々と進んでいる。
そんな喧騒を離れ、私はカイト様と共に、主様がまどろむ大水槽の前へとやってきた。
今日の主様は、一段と脂肪の乗りが良く、黄金の輝きが深淵を優しく照らしている。
「……カイト様。計画は順調ね。
これでもう、地上に未練なんて欠片もなくなったわ」
「ええ、ラブカ様。
ですが……一つだけ、私がまだあなたに伝えていないことがありました」
カイト様の声が、いつになく真剣だった。
私は顕微鏡を調整する手を止め、彼を振り返った。
主様の放つ金色の光に照らされたカイト様の横顔は、王都のどんな騎士よりも凛々しく、そしてどこか切なげに見えた。
「あら、改まってどうしたの?
新型エンジンの計算ミスでも見つかった?」
「いいえ。……私の、心臓の鼓動の話です」
カイト様が一歩、私との距離を詰める。
彼の藍色の瞳が、私の鋭い三白眼を真っ直ぐに射抜いた。
あまりの至近距離に、私の心拍数は急上昇し、深海ザメの血圧並みに跳ね上がった。
「ラブカ様。……あなたは私にとって、もはやただの共同研究者ではありません。
暗闇を彷徨っていた私に、深海の素晴らしさと、自分の『異常さ』を肯定する勇気をくれた……。
あなたは、私の魂のサーチライトなのです」
「カ、カイト様……?」
「私は、あなたと同じ景色を、この深度で一生見続けたい。
……もし、あなたが許してくれるなら。
私は、あなたの『側条(そくじょう)』になりたい。
あなたの震えを感じ取り、共に海流の中を泳ぐ、半身になりたいのです」
私は絶句した。
側条――魚が水流の変化を感じ取るための感覚器官。
それを自分になぞらえるなんて、なんと情緒に欠け、そしてなんと情熱的なプロポーズ(?)かしら!
「カイト様……。それって、つまり……」
「ええ。……王妃なんて座よりもずっと重く、深い誓いです。
ラブカ・ディープシー。……私と、生涯をかけて、この深淵の謎を解き明かしてくれませんか?
結婚……という地上の契約ではなく。
深海における『共生関係』として、私をあなたの隣に置いてほしいのです」
カイト様の手が、私の泥と粘液で汚れた手を、優しく、しかし力強く握りしめた。
その温かさは、水温零度のこの神殿の中で、唯一の熱源のように感じられた。
「……ふふ、あはははは!」
私は思わず、高笑いを上げた。
カイト様が少しだけ不安そうに眉を下げる。
「ラブカ様……?」
「カイト様、あなた本当に、救いようのない変態だわ!
普通、結婚の申し込みに魚の器官を例えに出す人なんていないわよ!」
「……自覚はあります。……ですが、本心です」
「いいわ。……私も、あなた以外の人とこの暗闇を歩くなんて想像できない。
側条? いいえ、もっと深い関係になりましょう。
……『チョウチンアンコウの雄』のように、私の身体の一部になって、一生離れないでちょうだい!」
「……なんと。それは、究極の同化……。最高にロマンチックですね」
カイト様の瞳に、歓喜の炎が灯った。
私たちは、主様の慈愛に満ちた(眠たそうな)視線の前で、固く抱きしめ合った。
唇が重なり、互いの熱を分かち合う。
それは、水圧一千トンの重圧の中でも、決して潰れることのない、強固な愛の結晶。
「……おーい、二人とも! 主様の新しいエサが届いたぞ!
感動のところ悪いが、運搬を手伝ってくれんか!」
大叔父エドワードの無粋な叫び声が神殿に響き、私たちは慌てて離れた。
顔を真っ赤にしながらも、私たちは互いの手を離すことはなかった。
「行きましょう、カイト様。……私たちの『愛の巣(研究室)』を、もっと大きく、深く育てるために!」
「はい、艦長! 一生、あなたに付いていきます!」
深海の底に、新しい「愛」という名の生命が誕生した。
地上の王冠など、今の私たちには、主様の鱗の一枚ほどの価値もない。
私たちはこの暗闇の中で、誰よりも自由で、誰よりも熱く、永遠の時を泳ぎ続けるのだ。
……これぞ、我々が探し求めていた真の安らぎだ!」
神殿のドックに到着した潜水艇から吐き出されたのは、王都で「異端」の烙印を押された偏屈な学者たちの第一陣だった。
彼らは艇を降りるなり、床に這いつくばって石材のヌメリを舐めるように観察し、感涙にむせんでいる。
「お嬢様、見てください。あちらの地質学者は、主(ぬし)様の排泄物が堆積した地層を見て踊り狂っていますし、あちらの植物学者は発光触手を抱きしめて気絶しましたわ」
アンナが、呆れを通り越して悟りを開いたような顔で報告してくる。
彼女は「地上にいても私の居場所はない」と悟り、ついに正式な「深海侍女」として移住してきた猛者である。
「いいのよ、アンナ。ここは『オタクの聖域』。
知的好奇心の暴走を止める者など、この深海には誰もいないのだから!」
私は、新しく完成した「深海女王の白衣(真珠貝の繊維製)」を翻し、新参者たちを激励した。
神殿の周囲には、すでにいくつかの居住ドームが連結され、深海都市計画は着々と進んでいる。
そんな喧騒を離れ、私はカイト様と共に、主様がまどろむ大水槽の前へとやってきた。
今日の主様は、一段と脂肪の乗りが良く、黄金の輝きが深淵を優しく照らしている。
「……カイト様。計画は順調ね。
これでもう、地上に未練なんて欠片もなくなったわ」
「ええ、ラブカ様。
ですが……一つだけ、私がまだあなたに伝えていないことがありました」
カイト様の声が、いつになく真剣だった。
私は顕微鏡を調整する手を止め、彼を振り返った。
主様の放つ金色の光に照らされたカイト様の横顔は、王都のどんな騎士よりも凛々しく、そしてどこか切なげに見えた。
「あら、改まってどうしたの?
新型エンジンの計算ミスでも見つかった?」
「いいえ。……私の、心臓の鼓動の話です」
カイト様が一歩、私との距離を詰める。
彼の藍色の瞳が、私の鋭い三白眼を真っ直ぐに射抜いた。
あまりの至近距離に、私の心拍数は急上昇し、深海ザメの血圧並みに跳ね上がった。
「ラブカ様。……あなたは私にとって、もはやただの共同研究者ではありません。
暗闇を彷徨っていた私に、深海の素晴らしさと、自分の『異常さ』を肯定する勇気をくれた……。
あなたは、私の魂のサーチライトなのです」
「カ、カイト様……?」
「私は、あなたと同じ景色を、この深度で一生見続けたい。
……もし、あなたが許してくれるなら。
私は、あなたの『側条(そくじょう)』になりたい。
あなたの震えを感じ取り、共に海流の中を泳ぐ、半身になりたいのです」
私は絶句した。
側条――魚が水流の変化を感じ取るための感覚器官。
それを自分になぞらえるなんて、なんと情緒に欠け、そしてなんと情熱的なプロポーズ(?)かしら!
「カイト様……。それって、つまり……」
「ええ。……王妃なんて座よりもずっと重く、深い誓いです。
ラブカ・ディープシー。……私と、生涯をかけて、この深淵の謎を解き明かしてくれませんか?
結婚……という地上の契約ではなく。
深海における『共生関係』として、私をあなたの隣に置いてほしいのです」
カイト様の手が、私の泥と粘液で汚れた手を、優しく、しかし力強く握りしめた。
その温かさは、水温零度のこの神殿の中で、唯一の熱源のように感じられた。
「……ふふ、あはははは!」
私は思わず、高笑いを上げた。
カイト様が少しだけ不安そうに眉を下げる。
「ラブカ様……?」
「カイト様、あなた本当に、救いようのない変態だわ!
普通、結婚の申し込みに魚の器官を例えに出す人なんていないわよ!」
「……自覚はあります。……ですが、本心です」
「いいわ。……私も、あなた以外の人とこの暗闇を歩くなんて想像できない。
側条? いいえ、もっと深い関係になりましょう。
……『チョウチンアンコウの雄』のように、私の身体の一部になって、一生離れないでちょうだい!」
「……なんと。それは、究極の同化……。最高にロマンチックですね」
カイト様の瞳に、歓喜の炎が灯った。
私たちは、主様の慈愛に満ちた(眠たそうな)視線の前で、固く抱きしめ合った。
唇が重なり、互いの熱を分かち合う。
それは、水圧一千トンの重圧の中でも、決して潰れることのない、強固な愛の結晶。
「……おーい、二人とも! 主様の新しいエサが届いたぞ!
感動のところ悪いが、運搬を手伝ってくれんか!」
大叔父エドワードの無粋な叫び声が神殿に響き、私たちは慌てて離れた。
顔を真っ赤にしながらも、私たちは互いの手を離すことはなかった。
「行きましょう、カイト様。……私たちの『愛の巣(研究室)』を、もっと大きく、深く育てるために!」
「はい、艦長! 一生、あなたに付いていきます!」
深海の底に、新しい「愛」という名の生命が誕生した。
地上の王冠など、今の私たちには、主様の鱗の一枚ほどの価値もない。
私たちはこの暗闇の中で、誰よりも自由で、誰よりも熱く、永遠の時を泳ぎ続けるのだ。
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