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王都の喧騒は、今やかつての「悪役令嬢への蔑み」を完全に忘れ去っていた。
広場の中継鏡(モニター)に映し出された、水深一万メートルでのプロポーズ。
それは、地上のどんな恋愛小説よりも刺激的で、そして圧倒的に「理解不能」な愛の形として、国民の心に刻まれたのだ。
「……信じられるか? あのラブカ様が、カイト騎士団長と『チョウチンアンコウの雄のように同化したい』と言って抱き合っていたんだぞ」
「ああ、なんて情熱的なんだ。意味は分からんが、とりあえずあの深海美容液を買えば、あんな風にギラギラした肌になれるってことだろう?」
王都では今、ラブカが送りつけた「深海資源」による特需が起きていた。
もはや彼女を罪人として扱う者はいない。
むしろ、得体の知れない神(魚)に仕える「海の聖女」として、畏怖と尊敬の念を持って語られていた。
一方、王宮の奥深く。
国王陛下は、頭を抱えて書類の山を見つめていた。
「……公爵よ。お前の娘は、ついに一万メートルの底で『独立宣言』に近いことをしでかしたぞ。……これ、我が国はどう対応すればいいのだ?」
「陛下。……諦めるしかございません。あの子は、一度ヌメリに魅了されたら二度と陸へは戻りません。……それよりも、ナマコ島から届いた息子の近況報告書を読まれましたか?」
父公爵が、哀れみのこもった目で一通の手紙を差し出す。
そこには、アルベルト王子がナマコに名前を付け、島全体を「ナマコ大帝国」と呼び始めた狂気の記録が綴られていた。
「……息子は、ナマコになったのか?」
「いいえ。ナマコの王(自称)になったようです。……ミィニャ嬢は、あまりのストレスからか、島中のナマコを品種改良して『食用ナマコ・ブランド』を立ち上げたとか。……商才だけはあるようですな」
「……そうか。皆、それぞれの深淵を見つけたのだな。……良しとしよう」
地上の混乱をよそに。
水深一万メートル、深海神殿。
今日は、歴史上類を見ない「共生式(ルビ:ウェディング)」の当日である。
神殿内は、大叔父エドワードが調合した「超発光プランクトン」によって、黄金の光に満たされていた。
私は、アンナが三日三晩寝ずに織り上げた、深海クラゲの触手繊維製のウェディングドレスに身を包んでいた。
「お嬢様……。毒素は抜いてありますから、痺れませんよ。……でも、歩くたびにベチャベチャと音がするのは仕様ですので、我慢してくださいね」
「いいのよ、アンナ。この重量感、この粘り気……。これこそが深海の正装だわ。……見て、カイト様。私、ちゃんと魚類(ルビ:ヒロイン)に見えるかしら?」
神殿の祭壇に立つカイト様は、深海サメの皮をなめした黒い礼服を纏い、私を待っていた。
彼の胸元には、昨日私が採集したばかりの「新種のウミユリ」が、ブートニアとして美しく咲き誇っている。
「……ラブカ様。……いえ、私の愛しい主(ルビ:パートナー)。……今日のあなたは、どんな深海魚よりも、、美しく光り輝いていますよ」
「カイト様……! あなたも、今日の瞳の濁り具合、最高に深淵だわ!」
私たちは、黄金のブロブフィッシュ王が見守る水槽の前で、静かに向かい合った。
司式者を務めるのは、もちろんこの神殿の主、大叔父エドワードだ。
「……では、共生式を執り行う。……二人とも、誓いの言葉は準備できているな?」
大叔父様の言葉に、私たちは力強く頷いた。
私はカイト様の手を取り、深海の静寂に響くような声で告げた。
「私、ラブカ・ディープシーは。……水深一万メートルの重圧を、あなたと共に分かち合うことを誓います。……酸素が尽きるその日まで、あなたの側条として、あなたの鼓動を誰よりも早く感じ取りましょう」
「私、カイト・トレンチは。……あなたの光が届かない場所で、あなたの錨(ルビ:アンカー)となることを誓います。……どんな海流に流されようとも、あなたという深淵から、決して離れることはありません」
カイト様が、懐から小さな箱を取り出した。
中に入っていたのは、金属のリングではない。
それは、主様の古い鱗を加工し、中心に「暗闇で永久に光り続ける魔石」を埋め込んだ、特製の共生リングだった。
「……これを。……一生、私の酸素供給を止めないという誓いに」
「……ええ。……私も、あなたのヌメリを一生磨き続けるわ」
指輪を交換した瞬間、主様が「ふあぁ」と大きなあくびをした。
黄金の水槽から大量の魔力気泡(ルビ:バブル)が放出され、神殿内を美しく彩る。
まるで、海そのものが私たちの門出を祝福しているかのようだ。
「……おめでとう。……これで君たちは、名実ともに『深海の異端児カップル』だ。……さあ、誓いのキスを。……ただし、吸盤で吸い付くようなのは止めておけよ、怪我をするからな」
大叔父様の冗談に、私たちは顔を見合わせて笑った。
そして、ゆっくりと顔を寄せ合う。
唇に触れるのは、愛という名の、甘くて少しだけ磯の香りがする誓い。
この深度では、甘い言葉も、煌びやかな宝石も、水圧に押し潰されて消えてしまう。
残るのは、ただ一つ。
同じ闇の中に居場所を見つけた、二人の魂の共鳴だけ。
「……愛しているわ、カイト様。……地上なんて、もう二度と思い出さないくらいに」
「私もです、ラブカ様。……さあ、式の後は、新婚旅行(ルビ:調査航海)へ行きましょう。……まだ見ぬ『深度一万一千メートル』、マリアナの底へ!」
「ええ! 行きましょう、どこまでも!」
私たちは、集まった学者たちの喝采(と、魚類学的な野次)を浴びながら、神殿を後にした。
悪役令嬢と呼ばれ、行き場を失った私が辿り着いた、世界の最果て。
そこは、誰よりも自由で、誰よりも「愛」という名の狂気に満ちた、青い、青い楽園だった。
地上では、ナマコ島で王子がナマコにプロポーズして玉砕している頃。
一万メートルの底では、史上最も深い場所での、幸せな新婚生活が幕を開けようとしていた。
広場の中継鏡(モニター)に映し出された、水深一万メートルでのプロポーズ。
それは、地上のどんな恋愛小説よりも刺激的で、そして圧倒的に「理解不能」な愛の形として、国民の心に刻まれたのだ。
「……信じられるか? あのラブカ様が、カイト騎士団長と『チョウチンアンコウの雄のように同化したい』と言って抱き合っていたんだぞ」
「ああ、なんて情熱的なんだ。意味は分からんが、とりあえずあの深海美容液を買えば、あんな風にギラギラした肌になれるってことだろう?」
王都では今、ラブカが送りつけた「深海資源」による特需が起きていた。
もはや彼女を罪人として扱う者はいない。
むしろ、得体の知れない神(魚)に仕える「海の聖女」として、畏怖と尊敬の念を持って語られていた。
一方、王宮の奥深く。
国王陛下は、頭を抱えて書類の山を見つめていた。
「……公爵よ。お前の娘は、ついに一万メートルの底で『独立宣言』に近いことをしでかしたぞ。……これ、我が国はどう対応すればいいのだ?」
「陛下。……諦めるしかございません。あの子は、一度ヌメリに魅了されたら二度と陸へは戻りません。……それよりも、ナマコ島から届いた息子の近況報告書を読まれましたか?」
父公爵が、哀れみのこもった目で一通の手紙を差し出す。
そこには、アルベルト王子がナマコに名前を付け、島全体を「ナマコ大帝国」と呼び始めた狂気の記録が綴られていた。
「……息子は、ナマコになったのか?」
「いいえ。ナマコの王(自称)になったようです。……ミィニャ嬢は、あまりのストレスからか、島中のナマコを品種改良して『食用ナマコ・ブランド』を立ち上げたとか。……商才だけはあるようですな」
「……そうか。皆、それぞれの深淵を見つけたのだな。……良しとしよう」
地上の混乱をよそに。
水深一万メートル、深海神殿。
今日は、歴史上類を見ない「共生式(ルビ:ウェディング)」の当日である。
神殿内は、大叔父エドワードが調合した「超発光プランクトン」によって、黄金の光に満たされていた。
私は、アンナが三日三晩寝ずに織り上げた、深海クラゲの触手繊維製のウェディングドレスに身を包んでいた。
「お嬢様……。毒素は抜いてありますから、痺れませんよ。……でも、歩くたびにベチャベチャと音がするのは仕様ですので、我慢してくださいね」
「いいのよ、アンナ。この重量感、この粘り気……。これこそが深海の正装だわ。……見て、カイト様。私、ちゃんと魚類(ルビ:ヒロイン)に見えるかしら?」
神殿の祭壇に立つカイト様は、深海サメの皮をなめした黒い礼服を纏い、私を待っていた。
彼の胸元には、昨日私が採集したばかりの「新種のウミユリ」が、ブートニアとして美しく咲き誇っている。
「……ラブカ様。……いえ、私の愛しい主(ルビ:パートナー)。……今日のあなたは、どんな深海魚よりも、、美しく光り輝いていますよ」
「カイト様……! あなたも、今日の瞳の濁り具合、最高に深淵だわ!」
私たちは、黄金のブロブフィッシュ王が見守る水槽の前で、静かに向かい合った。
司式者を務めるのは、もちろんこの神殿の主、大叔父エドワードだ。
「……では、共生式を執り行う。……二人とも、誓いの言葉は準備できているな?」
大叔父様の言葉に、私たちは力強く頷いた。
私はカイト様の手を取り、深海の静寂に響くような声で告げた。
「私、ラブカ・ディープシーは。……水深一万メートルの重圧を、あなたと共に分かち合うことを誓います。……酸素が尽きるその日まで、あなたの側条として、あなたの鼓動を誰よりも早く感じ取りましょう」
「私、カイト・トレンチは。……あなたの光が届かない場所で、あなたの錨(ルビ:アンカー)となることを誓います。……どんな海流に流されようとも、あなたという深淵から、決して離れることはありません」
カイト様が、懐から小さな箱を取り出した。
中に入っていたのは、金属のリングではない。
それは、主様の古い鱗を加工し、中心に「暗闇で永久に光り続ける魔石」を埋め込んだ、特製の共生リングだった。
「……これを。……一生、私の酸素供給を止めないという誓いに」
「……ええ。……私も、あなたのヌメリを一生磨き続けるわ」
指輪を交換した瞬間、主様が「ふあぁ」と大きなあくびをした。
黄金の水槽から大量の魔力気泡(ルビ:バブル)が放出され、神殿内を美しく彩る。
まるで、海そのものが私たちの門出を祝福しているかのようだ。
「……おめでとう。……これで君たちは、名実ともに『深海の異端児カップル』だ。……さあ、誓いのキスを。……ただし、吸盤で吸い付くようなのは止めておけよ、怪我をするからな」
大叔父様の冗談に、私たちは顔を見合わせて笑った。
そして、ゆっくりと顔を寄せ合う。
唇に触れるのは、愛という名の、甘くて少しだけ磯の香りがする誓い。
この深度では、甘い言葉も、煌びやかな宝石も、水圧に押し潰されて消えてしまう。
残るのは、ただ一つ。
同じ闇の中に居場所を見つけた、二人の魂の共鳴だけ。
「……愛しているわ、カイト様。……地上なんて、もう二度と思い出さないくらいに」
「私もです、ラブカ様。……さあ、式の後は、新婚旅行(ルビ:調査航海)へ行きましょう。……まだ見ぬ『深度一万一千メートル』、マリアナの底へ!」
「ええ! 行きましょう、どこまでも!」
私たちは、集まった学者たちの喝采(と、魚類学的な野次)を浴びながら、神殿を後にした。
悪役令嬢と呼ばれ、行き場を失った私が辿り着いた、世界の最果て。
そこは、誰よりも自由で、誰よりも「愛」という名の狂気に満ちた、青い、青い楽園だった。
地上では、ナマコ島で王子がナマコにプロポーズして玉砕している頃。
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