「お淑やかな令嬢」は本日で廃業いたしました!文句ありますか?

小梅りこ

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「……ひぃっ、ひぃっ……! あ、あの女、バケモノだわ! 殿下、早く、早く馬車を出してくださいませ!」

リリアが、泥だらけの靴を振り乱しながら叫ぶ。
カイル王子は、魂が抜けたような顔で、ナギがハンマーを担いでいた光景を思い返していた。

「……あんな、あんな恐ろしい腕力、見たことがない。……ナギは、あんなに細い腕で、私の自慢の石を……」

「殿下! 聞いていらっしゃいますの!? あんな野蛮な女、早く除籍の手続きを!」

「あ、ああ……。分かっている。分かっているが……」

カイルは、去り際にナギが見せた「輝くような笑顔」が脳裏に焼き付いて離れなかった。
十年間、自分に一度も見せたことのない、心からの、そして暴力的なまでに生命力に溢れた笑顔。
リリアの媚びるような笑みとは、根本から何かが違っていた。

「……怖かった。だが、あんなに楽しそうに岩を砕く奴がいるだろうか……」

「殿下ぁ!」

馬車が急発進し、かつての「お人形」が住む屋敷を離れていく。
王子の心には、自分でも気づかない「奇妙な恐怖」と「得体の知れない喪失感」が芽生え始めていた。


一方、嵐のような客人を追い出したナギは、庭で鼻歌を歌っていた。

「ふんふんふーん、ゴミが消えたわ、庭が広いわー」

私は、手に持ったハンマーを軽く放り投げ、空中で一回転させてからキャッチした。
手首の返しも完璧。
以前の私なら「重たくて持てませんわ」と嘘をついていただろうが、今は自分の力を隠す必要はない。

「ナギ様。……さすがに、第一王子を『石と一緒に粉々にする』と脅すのは、国際問題になりかねませんよ」

エラが、呆れたようにハンマーの柄を拭く布を差し出してきた。

「あら、冗談よ。私はただ、石窯の土台を固める『情熱』を表現しただけだわ。……それにしても、あのかぼちゃ頭、最後まで私の名前を『ナギ』って呼んでたわね。馴れ馴れしいわ」

「元婚約者ですから、普通はそうでしょう」

「もう他人よ。次に来たら、不法侵入で投げ飛ばしてやるわ。……あ、そうだ。エラ、今日の分の『お淑やか演技』のストック、まだ残ってるかしら?」

私は、ふと思いついて自分の顔を鏡……の代わりの、水が溜まったバケツで確認した。

「……ナギ様。演技のストックとは、何のことでしょうか」

「お父様に報告する時の顔よ。ほら、『悲劇の令嬢が、王子の無情な訪問によって再び心を傷つけられ、癒やしのために最高級の肉を求めて街へ繰り出す』っていうストーリーよ」

「……脚本が完璧すぎて、つける薬がありませんね」

私はそのまま、バケツの水で豪快に顔を洗った。
泥も、汗も、そして王子の残り香もすべて洗い流す。
顔を上げた時の私は、まさに「何かを決意した聖女(自称)」のようだった。


「お父様ぁ……!」

私は、書斎にいる父のもとへ、あえて少しだけ足元をふらつかせながら飛び込んだ。

「ナギ! どうした、今、カイル殿下が帰っていかれたのを見たが……また何かひどいことを言われたのか!?」

父が机を叩いて立ち上がる。
私は、潤んだ瞳(さっきバケツの水が入っただけ)で父を見上げた。

「お父様……。殿下は、あの方(リリア)を連れて、私の大切な思い出(岩)を笑い物にしにきたのです……。私、もう、この屋敷にいるだけで、胸が締め付けられそうで……」

「なんだとぉおおお! あのかぼちゃ、ついにナギの精神を壊しにきたか! 許せん、絶対に許せんぞ!」

父の怒りのボルテージが最高潮に達する。
よし、ここだ。

「……ですから、お父様。私、少しの間、外の世界で『自分磨き』をしてまいりたいのです。あ、いえ、心を癒やす旅に出たいのです」

「旅!? しかし、ナギ、一人で大丈夫なのか?」

「大丈夫ですわ。エラもついてきてくれますし……。それに、あの方を見返すために、もっと『強くて、気高い女』になりたいのです。そのためには、最高級の……食材、いえ、知識が必要なのです」

「おお……! 失恋を糧に、高みを目指そうというのだな! さすが我が娘だ!」

父は感動のあまり、金貨がぎっしり詰まった革袋を三つ、机の上に並べた。

「これを持っていけ! 足りなくなったら、いつでも使いを出すがいい! ナギ、お前の旅が、素晴らしい出会いに満ちたものであることを願っているぞ!」

「……ありがとうございます、お父様。私、頑張って、最高に『脂の乗った』自分を見つけてきますわ!」


屋敷の門をくぐる時、私はエラに小さくウインクをした。

「……ナギ様。今のやり取り、後でお父様が真実を知ったら、寝込むどころじゃ済みませんよ」

「いいのよ。お父様は『頑張る娘』を応援したいの。私はその期待に応えて、全力で人生を楽しむ。これが究極の親孝行よ」

私は、街の高級住宅街へと続く馬車に乗り込んだ。
今回の目的地は、下町の酒場ではない。
王都でも指折りの「美食と武芸」が集まる、貴族街の裏手にある社交場だ。

「さて、エラ。今日の目標は?」

「……『胃もたれしない程度に肉を食べる』ですか?」

「不合格。正解は、『私と同じくらいの速さで肉を食らい、私の正拳突きを笑って受け流せるような、面白い獲物を探す』よ!」

私は、馬車の窓から見える景色を眺めながら、不敵に笑った。
婚約破棄から一週間。
私の世界は、これまでの十八年間よりも遥かに広く、色鮮やかになっていた。

「待ってなさいよ、王都。……お淑やかな令嬢は、今日から本格的に『ハンター』へジョブチェンジするわよ!」

馬車は、軽快な音を立てて石畳を駆け抜けていく。
その先で、まさか自分の「野生」に惚れ込むような男が待っているとは、この時のナギはまだ、露ほども思っていなかった。
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