「お淑やかな令嬢」は本日で廃業いたしました!文句ありますか?

小梅りこ

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「……ねぇ、カイル様ぁ。あのお店の新作の首飾り、とっても素敵だと思いませんこと?」

王立学園の裏庭、かつて私とカイルが義務的なお茶会をしていたその場所で。
現在、カイル王子の腕に絡みついているのは、新しい婚約者候補のリリアだった。

「……ああ、そうだね。リリア。……だが、先週も同じようなものを買ったばかりではないか?」

カイルの声には、かつての快活さが少しだけ欠けていた。
彼の目の下には、うっすらとクマが出来ている。

「まぁ! あれは普段使い用ですわ。今度のお披露目会では、もっと……そう、ナギ様が持っていたような、大粒のダイヤモンドがふさわしいと思うの」

リリアは上目遣いで、可愛らしく首を傾げる。
これまではその仕草に「なんて守ってやりたくなる愛らしさだ!」と感動していたカイルだったが。

(……ダイヤモンド、か。……ナギは、一度もそんなねだり方をしたことはなかったな)

ふと、カイルの脳裏に、いつも静かに微笑んでいた「人形」のような婚約者の姿が浮かんだ。
彼女はカイルが何を贈っても「感謝いたしますわ、殿下」と控えめに微笑むだけだった。
当時はそれが「退屈」だと思っていたのだが。

「カイル様ぁ? 聞いていらっしゃいます? リリア、悲しくなっちゃいましたわ……。ううっ、やっぱり私のような身分の低い女は、我慢しなくてはいけないのね……」

リリアが、わざとらしくハンカチを目元に当てる。
その瞬間、カイルは反射的に「いや、そんなことはない!」と言いかけて、ぐっと言葉を飲み込んだ。

(……この流れ、今日で三回目だぞ)

「……リリア。我慢などしなくていい。だが、王家の予算にも限りがあるんだ。少しは……その、ナギのように、節度というものを……」

「……今、ナギ様の名前を出しましたわね!?」

リリアの瞳から、一瞬で涙が乾いた。
その鋭い眼光に、カイルは思わず一歩後退る。

「あ、いや、比較したわけではなくてだな……」

「酷いわ! あんな、冷たくて可愛げのない、筋肉質の岩を砕くような女と私を比べるなんて! 私、あの方にどれだけいじめられたか、お忘れになったのですか!?」

「……いや、いじめについては、まだ調査中で……」

「信じられない! もういいですわ! お詫びに、さっきの首飾りと、それに合う耳飾りも買ってくださらないと、リリア、ショックでお食事も喉を通らなくなっちゃいます!」

(……さっき、お茶菓子を三人前平らげていたのは誰だ?)

カイルは、心の中でそっと溜息をついた。
彼が求めていた「刺激的な愛」は、どうやら彼の想像以上に「高くつく」ものだったらしい。
リリアのわがままは、最初は「自分を頼ってくれている」という優越感を与えてくれた。
だが、それが毎日、しかも金貨の袋を直接狙い撃ちするような形になると、話は別だ。

「……分かった。……買おう。……だから、そんなに大声を出さないでくれ……」

「嬉しい! やっぱりカイル様は真実の愛のパートナーですわ!」

リリアは再び満面の笑みで抱きついてきたが、カイルの心はどこか遠くの、静かな薔薇園……あるいは、あの「大岩を粉砕していた衝撃的な姿」へと飛んでいた。

(……あいつ、今頃どうしているんだ。……あんな野蛮な姿を見せて、誰からも相手にされず、部屋で泣いているのではないか?)

カイルは、自分に言い聞かせるようにそう思った。
そうであってくれないと、今の自分の「選択」が間違っていたような気がしてしまうからだ。


一方、その頃。
カイルの心配(?)を余所に、私は人生最大の「山場」を迎えていた。

「……ナギ。……どうだ、我が家自慢の『辺境の白雪パフェ』は」

アイン辺境伯の邸宅。
テラスのテーブルの上には、もはやお茶会の概念を超越した物体が鎮座していた。
高さ五十センチはあるであろう、巨大なガラス器。
そこには、濃厚な生クリームと、辺境産の甘酸っぱい木の実、そして……。

「……素晴らしいわ。……アイン。あなた、これ……中に角切りのステーキが入っていなくて?」

「……ああ。甘味の途中で塩気が欲しくなるだろうと思ってな。……焼いた肉を蜂蜜に漬け込み、デザートとして昇華させてみた」

私は、その「肉入りパフェ」という狂気の逸品を見て、歓喜に震えた。

「……最高よ! あなた、やっぱり私の魂の双子だわ!」

私は特大のスプーンを手に取ると、一気にクリームと肉の層へと突き立てた。
冷たくて甘いクリームと、温かくてジューシーな肉。
一見して不協和音のような組み合わせだが、今の私には、これこそが「自由」の味がした。

「……んんんーっ!! 美味しい! 背徳の味がするわ!」

「……そうだろう。……私も、最初はパティシエに正気を疑われたが、一口食べて理解した。……甘味と肉は、対立するものではなく、補完し合うものだと」

アインもまた、無表情ながらもどこか誇らしげに、自分用の「肉パフェ」を口に運んでいる。
「氷の騎士」が、生クリームを口元につけながら肉を噛みしめる姿は、本来なら王国のスキャンダルものだ。

「……アイン。私、今日、確信したわ」

私は、スプーンを剣のように掲げた。

「……お淑やかでいるより、こうしてあなたと得体の知れないものを食べている方が、百倍『刺激的』だわ」

「……奇遇だな。……私も、君が鼻の頭にクリームをつけながら肉を語る姿を見ている方が、国境の警備より百倍『刺激的』だ」

アインの瞳が、ふっと柔らかく緩んだ。
それは、婚約破棄をされたパーティーの夜に、カイル王子が口にしていた「刺激」とは全く質の違うものだった。
自分を飾らず、欲望に忠実に、そして共に高み(あるいは食欲の深淵)を目指す。

「ナギ様。……パフェの感想はいいですが、完食したらスクワットを二千回追加しますからね。……あと、そこの辺境伯閣下。お嬢様を甘やかすのも大概にしてください。このままではお嬢様が、ただの『強い食いしん坊』になってしまいます」

後ろで仁王立ちしているエラの冷静な指摘。
だが、私はそれを華麗にスルーし、最後の肉(デザート)を飲み込んだ。

「……ふぅ。……完食だわ。……アイン、次は何を食べる?」

「……次は、我が領地に棲む『キングベア』の燻製だな。……あれは、噛めば噛むほど顎が鍛えられるぞ」

「……素敵! 今すぐ行きましょう!」

私たちは、テラスに沈む夕陽を背に、力強く握手を交わした。
カイル王子がリリアの買い物リストに戦慄している頃、私は新たな「獲物」と「相棒」を見つけ、かつてないほどの充足感に包まれていた。

「……刺激的な愛、ね。……殿下、ありがとうございます。……あなたに捨てられなければ、私はこの『肉パフェ』に出会えませんでしたわ」

私は夜空に向かって、最高に「素」の笑顔で笑い飛ばした。
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