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「……素晴らしい。ナギ、その機能性を極限まで追求した狩猟服、実に見事だ。特にその、肩甲骨の可動域を一切邪魔しないカッティング……職人の魂を感じるな」
秋晴れの空の下、王立狩猟祭の会場。
アイン・クロムウェル辺境伯は、私の姿を見て、感極まったように何度も頷いていた。
私は、お淑やかな令嬢が着るような「飾りの多い乗馬服」を窓から投げ捨て、自らデザインした「超・実戦型狩猟服」に身を包んでいた。
素材は魔物の革、色は汚れの目立たないダークブラウン。
背中には愛用のウォーハンマーを背負い、腰には「いつでもお肉を捌ける」ように特注の大型ナイフを下げている。
「お褒めにあずかり光栄ですわ、アイン。……ところで、今日のルールなのですが。弓矢を使わなければならないという決まりは、どこかに書いてありますの?」
「……いや。基本的には『獲物を仕留めた数と質』を競うものだ。手段は問われない。……まさか、君は?」
「ええ。矢で射抜くと、お肉に穴が開いて肉汁が逃げてしまいますもの。……私は、衝撃波で仕留めるか、あるいは素手で捕らえるつもりですわ」
私は拳をパキパキと鳴らした。
隣でアインが「……合理的だな。ますます君を尊敬する」と真面目な顔で言っているが、普通は止めるべきところだと思うわ。エラが後ろで「もう好きにすればいいですよ……」と遠い目をしているし。
「あーら! なんて野蛮な格好! ここは淑女が競い合う場ですのよ? ナギ様、恥という言葉をご存知なくて?」
背後から、耳障りな高笑いが聞こえてきた。
振り返ると、そこにはフリフリのレースがついた「絶対に狩りをする気がない」ドレス風の乗馬服を着たリリアと、金ピカの弓を肩にかけたカイル王子が立っていた。
「……リリア様。恥を知っているからこそ、私はこの格好を選んだのですわ。獲物を前にして、動けない服でマゴマゴしている方が、よっぽどハンターとして恥ずかしいですもの」
「ハンターだなんて! 殿下、ご覧になって。ナギ様ったら、もう完全に女性としての正気を失ってしまったようですわ。……おーほっほ! 可哀想に、婚約破棄のショックがこれほどまでとは!」
リリアが勝ち誇ったように笑う。
カイルは、前回の「岩投げ事件」のトラウマがまだ癒えていないのか、私と視線を合わせようとせず、必死に金の弓を磨いていた。
「……ナギ。……君には悪いが、今日、私はリリアに最高の獲物を捧げるつもりだ。君のような『物理』で解決しようとする力技ではなく、洗練された王家の弓術を……見せてやる」
「……あら、そうですか。期待しておりますわ、カイル元殿下。……どうか、その金の弓が折れないように気をつけてくださいね。森の猪は、プライドの高い王子様よりも、ずっと気が強いですから」
私は鼻で笑うと、アインの腕に(筋肉の硬さを確かめるように)そっと手を添えた。
「さあ、行きましょう、アイン。……今日は、キングベアのモモ肉を狙いますわよ!」
「ああ。君が追い込み、私が仕留める。……最高の連携を見せよう」
ドラの音が響き、狩猟祭が幕を開けた。
参加者たちが次々と森へ駆け込んでいく中、私は馬にも乗らず、自らの脚で地を蹴った。
「……はやい!? ナギ様、待ってください! 馬より速く走らないでください!」
エラの悲鳴を背に、私は森の奥深くへと突き進む。
木々の間を縫い、腐葉土の匂いを嗅ぎ、風の流れを読む。
これよ。
この五感が研ぎ澄まされる感覚。
刺繍針を持っていた頃には、決して味わえなかった高揚感だわ。
「……いたわ」
開始からわずか十五分。
私は、森の主の一角である「ブラッド・ボア」の気配を察知した。
体重五百キロ。鋭い牙。
普通の騎士なら数人がかりで挑む相手だが、私の目には「走り回る特大ロースハム」にしか見えなかった。
「……アイン、あいつよ」
「……よし。私が正面から注意を引こう。ナギ、君は……」
「……私? 私は、上から行きますわ」
私は軽やかに木を駆け上がった。
垂直に近い幹を、爪を立てるまでもなく、強靭な指の力だけで登っていく。
そして、枝をしならせて跳躍した。
「……せいやぁぁぁあああ!!」
空中でウォーハンマーを引き抜き、一気に振り下ろす。
重力と遠心力、そして私の広背筋の全パワーが、ボアの脳天を直撃した。
ズガァァァン!!
地面が爆発したような衝撃音が響き、周囲の鳥たちが一斉に飛び立つ。
砂煙が晴れると、そこには一撃で絶命したボアと、その上に仁王立ちする私の姿があった。
「……ふぅ。……いい手応えだったわ。アイン、見て! 外傷は最小限よ。これならお肉が傷まないわ!」
「……完璧だ。……ナギ、君はやはり、戦場の女神……いや、食卓の支配者だな」
アインが拍手を送る。
私が獲物を引きずって会場へ戻ろうとした、その時。
「……な、なんだ、今の音は!?」
「……ひっ! 魔物!? 魔物が出たんですの!?」
茂みをかき分けて、カイルとリリアのペアが現れた。
彼らの前には、カイルが放ったのであろう、小さなウサギが一本の矢を受けて転がっていた。
カイルは、私の足元に横たわる巨大なボアを見て、持っていた金の弓を地面に落とした。
「……ば、……馬鹿な。……それを、一人で、一撃でか……?」
「あら、カイル様。……そのウサギ、とっても可愛いですね。……一口で終わっちゃいそうですけれど、リリア様にはお似合いのサイズですわ」
私は、ボアの巨体を片手でひょいと持ち上げ、肩に担いだ。
「……さあ、アイン。次はこれに合う香草を探しに行きましょう」
「ああ。……殿下、邪魔をして済まなかった。……あ、そのウサギ、矢を抜くときは気をつけてください。毛皮を汚すと、価値が下がりますから」
アインが冷たく言い放ち、私たちは唖然とする二人を残して、森のさらに奥へと消えていった。
「……ナ、ナギ……。……あいつ、本当に……あんなに軽々と……」
カイルの震える声が聞こえてきたが、私はもう振り返らなかった。
今日の私には、もっと重要で、もっと刺激的な「対話」が待っているのだから。
「……あ、アイン。あそこの茂み、絶対に『キングベア』がいますわ」
「……分かるのか?」
「ええ。……美味しそうな匂いが、風に乗って誘っていますもの」
私の狩猟(ディナー)は、まだ始まったばかりだった。
秋晴れの空の下、王立狩猟祭の会場。
アイン・クロムウェル辺境伯は、私の姿を見て、感極まったように何度も頷いていた。
私は、お淑やかな令嬢が着るような「飾りの多い乗馬服」を窓から投げ捨て、自らデザインした「超・実戦型狩猟服」に身を包んでいた。
素材は魔物の革、色は汚れの目立たないダークブラウン。
背中には愛用のウォーハンマーを背負い、腰には「いつでもお肉を捌ける」ように特注の大型ナイフを下げている。
「お褒めにあずかり光栄ですわ、アイン。……ところで、今日のルールなのですが。弓矢を使わなければならないという決まりは、どこかに書いてありますの?」
「……いや。基本的には『獲物を仕留めた数と質』を競うものだ。手段は問われない。……まさか、君は?」
「ええ。矢で射抜くと、お肉に穴が開いて肉汁が逃げてしまいますもの。……私は、衝撃波で仕留めるか、あるいは素手で捕らえるつもりですわ」
私は拳をパキパキと鳴らした。
隣でアインが「……合理的だな。ますます君を尊敬する」と真面目な顔で言っているが、普通は止めるべきところだと思うわ。エラが後ろで「もう好きにすればいいですよ……」と遠い目をしているし。
「あーら! なんて野蛮な格好! ここは淑女が競い合う場ですのよ? ナギ様、恥という言葉をご存知なくて?」
背後から、耳障りな高笑いが聞こえてきた。
振り返ると、そこにはフリフリのレースがついた「絶対に狩りをする気がない」ドレス風の乗馬服を着たリリアと、金ピカの弓を肩にかけたカイル王子が立っていた。
「……リリア様。恥を知っているからこそ、私はこの格好を選んだのですわ。獲物を前にして、動けない服でマゴマゴしている方が、よっぽどハンターとして恥ずかしいですもの」
「ハンターだなんて! 殿下、ご覧になって。ナギ様ったら、もう完全に女性としての正気を失ってしまったようですわ。……おーほっほ! 可哀想に、婚約破棄のショックがこれほどまでとは!」
リリアが勝ち誇ったように笑う。
カイルは、前回の「岩投げ事件」のトラウマがまだ癒えていないのか、私と視線を合わせようとせず、必死に金の弓を磨いていた。
「……ナギ。……君には悪いが、今日、私はリリアに最高の獲物を捧げるつもりだ。君のような『物理』で解決しようとする力技ではなく、洗練された王家の弓術を……見せてやる」
「……あら、そうですか。期待しておりますわ、カイル元殿下。……どうか、その金の弓が折れないように気をつけてくださいね。森の猪は、プライドの高い王子様よりも、ずっと気が強いですから」
私は鼻で笑うと、アインの腕に(筋肉の硬さを確かめるように)そっと手を添えた。
「さあ、行きましょう、アイン。……今日は、キングベアのモモ肉を狙いますわよ!」
「ああ。君が追い込み、私が仕留める。……最高の連携を見せよう」
ドラの音が響き、狩猟祭が幕を開けた。
参加者たちが次々と森へ駆け込んでいく中、私は馬にも乗らず、自らの脚で地を蹴った。
「……はやい!? ナギ様、待ってください! 馬より速く走らないでください!」
エラの悲鳴を背に、私は森の奥深くへと突き進む。
木々の間を縫い、腐葉土の匂いを嗅ぎ、風の流れを読む。
これよ。
この五感が研ぎ澄まされる感覚。
刺繍針を持っていた頃には、決して味わえなかった高揚感だわ。
「……いたわ」
開始からわずか十五分。
私は、森の主の一角である「ブラッド・ボア」の気配を察知した。
体重五百キロ。鋭い牙。
普通の騎士なら数人がかりで挑む相手だが、私の目には「走り回る特大ロースハム」にしか見えなかった。
「……アイン、あいつよ」
「……よし。私が正面から注意を引こう。ナギ、君は……」
「……私? 私は、上から行きますわ」
私は軽やかに木を駆け上がった。
垂直に近い幹を、爪を立てるまでもなく、強靭な指の力だけで登っていく。
そして、枝をしならせて跳躍した。
「……せいやぁぁぁあああ!!」
空中でウォーハンマーを引き抜き、一気に振り下ろす。
重力と遠心力、そして私の広背筋の全パワーが、ボアの脳天を直撃した。
ズガァァァン!!
地面が爆発したような衝撃音が響き、周囲の鳥たちが一斉に飛び立つ。
砂煙が晴れると、そこには一撃で絶命したボアと、その上に仁王立ちする私の姿があった。
「……ふぅ。……いい手応えだったわ。アイン、見て! 外傷は最小限よ。これならお肉が傷まないわ!」
「……完璧だ。……ナギ、君はやはり、戦場の女神……いや、食卓の支配者だな」
アインが拍手を送る。
私が獲物を引きずって会場へ戻ろうとした、その時。
「……な、なんだ、今の音は!?」
「……ひっ! 魔物!? 魔物が出たんですの!?」
茂みをかき分けて、カイルとリリアのペアが現れた。
彼らの前には、カイルが放ったのであろう、小さなウサギが一本の矢を受けて転がっていた。
カイルは、私の足元に横たわる巨大なボアを見て、持っていた金の弓を地面に落とした。
「……ば、……馬鹿な。……それを、一人で、一撃でか……?」
「あら、カイル様。……そのウサギ、とっても可愛いですね。……一口で終わっちゃいそうですけれど、リリア様にはお似合いのサイズですわ」
私は、ボアの巨体を片手でひょいと持ち上げ、肩に担いだ。
「……さあ、アイン。次はこれに合う香草を探しに行きましょう」
「ああ。……殿下、邪魔をして済まなかった。……あ、そのウサギ、矢を抜くときは気をつけてください。毛皮を汚すと、価値が下がりますから」
アインが冷たく言い放ち、私たちは唖然とする二人を残して、森のさらに奥へと消えていった。
「……ナ、ナギ……。……あいつ、本当に……あんなに軽々と……」
カイルの震える声が聞こえてきたが、私はもう振り返らなかった。
今日の私には、もっと重要で、もっと刺激的な「対話」が待っているのだから。
「……あ、アイン。あそこの茂み、絶対に『キングベア』がいますわ」
「……分かるのか?」
「ええ。……美味しそうな匂いが、風に乗って誘っていますもの」
私の狩猟(ディナー)は、まだ始まったばかりだった。
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