「お淑やかな令嬢」は本日で廃業いたしました!文句ありますか?

小梅りこ

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ドーン!!

という、地面を揺らすような重低音が会場に響き渡った。

私が肩に担いでいた巨体を無造作に計測台へ放り出すと、周囲の貴族たちが波を打つように後ずさった。
悲鳴を上げる者、腰を抜かす者、そして「魔物が乱入した!」と叫んで逃げようとする衛兵。
……失礼ね。私はただ、美味しい晩御飯を運んできただけなのに。

「……ふぅ。計測係の方、いらっしゃいませんの? 早く重さを量っていただかないと、お肉の鮮度が落ちてしまいますわ」

私は額の汗を手の甲で拭い、にっこりと微笑んだ。
顔に少しだけ返り血が飛んでいたかもしれないけれど、今の私は最高に充実した気分だわ。

「……な、な、な……」

計測係の男は、泡を食って震えながら、巨大なボアと私を交互に見ていた。

「……あ、あ、ありえん……。こ、これは『ブラッド・ボア』ではない! この毛並み、この牙の強度……。まさか、絶滅したと言われていた伝説の『金剛猪(アダマント・ボア)』ではないか!?」

「……えっ? 金剛? お肉が硬そうな名前ですわね……。食べるのに苦労しそうだわ」

私が少しがっかりしていると、横からアインが私の肩に手を置いた。

「……安心しろ、ナギ。アダマント・ボアの肉は、外皮こそ鋼鉄以上の硬度を誇るが、中の肉質は霜降りの極致と言われている。……噛めば噛むほど、王族の晩餐会すら霞むほどの旨味が溢れ出す至宝だ」

「……霜降りの極致! 素晴らしいわ、アイン! あなた、博識ですのね!」

私はアインの手を握りしめ、目を輝かせた。
これよ。私の求めていた「刺激」は、まさにこれだったのよ。

「……ちょっと、いい加減になさって!」

その感動をぶち壊すように、甲高い声が割り込んできた。
リリアが、カイル王子の腕にしがみつきながら、顔を真っ赤にしてこちらを指差している。

「……ナギ様! いくら獲物を捕まえたからって、そんな血まみれの野蛮な姿で会場を歩き回るなんて! 淑女の品位というものを考えたらどうなんですの!? 見てください、皆様の引いたお顔を!」

彼女の言葉に、周囲の貴族たちがひそひそと囁き始める。
「……確かに、公爵令嬢があんな姿に……」「……婚約破棄されて、本当に気が触れたのでは……」

リリアはそれを見て、勝ち誇ったように鼻を鳴らした。

「……殿下も、そう思いませんこと? あんな、自分の身の丈も分からないバケモノ女、王都の恥ですわ。私の捕まえたこの、可愛いウサギさんの方が、よっぽど狩猟祭の趣旨に合っていますわ!」

彼女の手元には、先ほどの小さなウサギが籠に入れられていた。
カイルは、計測台の上の巨大な猪と、リリアのウサギを見比べ、額の汗を拭った。

「……リリア。……いや、その……品位も大切だが、この規模の魔物を一撃で仕留めたというのは……」

「……殿下まで何をおっしゃるの! 暴力で物を解決するのが、公爵令嬢のすることですの!? ナギ様、あなたには誇りというものがないのですか!?」

リリアが、これ以上ないほど軽蔑しきった目で私を睨みつける。
私は、ふっと溜息をついた。
……品位。品格。誇り。
十年間、私がその言葉のせいでどれだけのステーキを我慢してきたと思っているのかしら。

「……リリア様。誇りなら、ここにありますわよ」

私は、自分の上腕二頭筋をポンと叩いた。

「……自分を偽らず、自分の力で、自分が食べたいものを手に入れる。これ以上の誇りがどこにありますの? ……だいたい、品位を重んじるあなたが、なぜそんなに必死になって私のことをバカにするのかしら? もしかして、私のこの豊かな筋肉が、羨ましいのですか?」

「……き、筋肉なんて、誰が羨ましがるんですのよぉぉぉ!!」

リリアが絶叫した、その時だった。

「……静粛に!!」

会場の最奥、天幕の中から現れたのは、この国の国王陛下だった。
国王は、計測台の上の「アダマント・ボア」を見て、目を剥いた。

「……これは……。……我が国の守護聖獣が、百年前に追い払ったはずの厄災ではないか。……これを仕留めたのは、誰だ!」

「……私ですわ、陛下」

私は一歩前に出て、完璧なカーテシーを決めた。
ズボン姿で、顔に血がついているけれど、動作だけは十年間の英才教育の賜物よ。

「……ナギ・カームか! ……あのお淑やかだったナギが、まさか、この巨獣を一人で……?」

「はい。……少し、お腹が空いておりましたので。……陛下の領地に害をなす獣と聞き、つい力が入ってしまいました」

私は謙虚に(?)答えた。
国王は、しばし沈黙した後、爆笑し始めた。

「……っ、ハハハハハ! 愉快、実に愉快だ! ……カイルよ、お前はなんて馬鹿なことをしたのだ。……こんな、国を救うほどの力を持つ宝を、たかだか『ウサギ一匹』のために手放すとは!」

「……陛下!?」

カイルの顔から血の気が引いた。
隣でリリアが「……う、ウサギ一匹って……」と絶句している。

「……ナギ・カーム! お前の功績を讃え、本日の優勝は文句なしにお前だ! ……そして、そのアダマント・ボアは、お前の好きにするが良い。……国へ献上させるのは、この英雄に対して失礼というものだ!」

「……本当ですか!? ありがとうございます、陛下!」

私は歓喜した。
これで、誰に気兼ねすることなく、この最高級の肉を独り占めできるわ!

「……アイン! 聞いた!? お肉、私たちのものよ!」

「……ああ。……おめでとう、ナギ。……今夜は我が家で、このボアの全ての部位を網羅した、究極のフルコースを用意させよう」

アインが、私の腰を引き寄せて、周囲に見せつけるように微笑んだ。
その瞳は、もはや「氷」ではなく、獲物を前にした「獣」の熱を帯びている。

一方のリリアは、自分のウサギの籠を握りしめ、地面を睨んで震えていた。
カイルは、国王の失笑と、ナギの輝かしい姿の板挟みになり、もはや言葉も出ないようだった。

「……おーほっほっほ! リリア様、そのウサギさんも、大切に召し上がってくださいね? ……お出汁くらいにはなるかもしれませんわ!」

私は、最後にとっておきの淑女の微笑みを投げかけ、アインと共に悠然と会場を後にした。

背後でリリアが「……キーーーッ!!」と金切り声を上げていたが、私の耳には、最高級の肉が網の上で焼ける音しか聞こえていなかった。
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