え、いいんですか?婚約破棄、最高じゃないですか!

小梅りこ

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「……というわけでだ、セバスチャン。愛とは、時に法をも超越するのだよ。わかるか?」


「は、はあ……。しかし殿下、国宝の無断売却は法を超越する以前に、犯罪でして……」


「君はわかっていない! あの壺は、リリィとの愛の巣を作るための礎となったのだ。つまり、壺も本望だろう! 暗い倉庫で埃を被るより、愛の炎の一部となって燃え尽きるほうが幸せなはずだ!」


「……うぅ、胃が……胃薬を……」


王城の地下にある「反省室」。

石造りの殺風景なその部屋から、悲痛な呻き声が漏れ聞こえていた。

鉄格子の向こうでは、木製の簡素な椅子に縛り付けられた(自業自得で暴れたため)ジュリアン殿下が、熱弁を振るっている。

そして、その正面でぐったりと項垂れている初老の男性。

王家の教育係を40年務め、「鬼のセバスチャン」と恐れられる筆頭侍従だ。

その彼が今、白目を剥いて泡を吹きかけている。


「……酷い有様だな」


鉄格子の外で、アーク様が眉間の皺を深くした。


「『説教部屋』に放り込んだはずが、逆にセバスチャンが説教……いや、洗脳されているとは」


「殿下のお花畑理論は、ある種の精神攻撃ですからね。常識人ほどダメージが大きいのです」


私は冷静に分析しつつ、鉄格子の鍵を開けさせた。

ギギギ、と重い音を立てて扉が開く。


「あっ、ロゼリア! アーク! 助けに来てくれたのか!?」


ジュリアン殿下がパァッと顔を輝かせた。

その逆サイドで、セバスチャンが「助かった……」と涙を流して崩れ落ちる。

まずは被害者の救護が先決だ。


「セバスチャン様、お疲れ様です。精神的摩耗、お察しいたします」


私は倒れ込んだ老侍従に駆け寄り、懐から小瓶を取り出した。

気付け薬だ。


「うぅ……ロゼリア様……。殿下は……殿下はもう手遅れです……。私の言葉が何一つ通じない……。日本語を話しているはずなのに、宇宙人と会話しているような……」


「わかります。言語中枢の構造が違うのです。これ、請求書と一緒に置いておきますね」


「は、はい……?」


私はセバスチャンのポケットに、『カウンセリング代行料・金貨1枚』と書いたメモをねじ込んだ。

タダで助ける義理はない。

彼が生き返ったところで、本題に入る。


「さて、殿下。反省は済みましたか?」


私はジュリアン殿下の前に仁王立ちした。

殿下は縛られたまま、ふんぞり返る。


「反省? 何のだ? 僕は愛の伝道師として、セバスチャンに真理を説いていただけだぞ」


「……そうですか。では、刑期を延長しましょう。次はリリィ様を投入して、二人で永遠に噛み合わない会話をしていただきます」


「なっ!? そ、それは……魅力的だが、さすがに喉が渇く!」


殿下が怯んだ。

リリィ様と殿下の会話は、傍から見ている分にはコントだが、当事者にとっては終わりのない地獄だ。

「愛してる!」「お腹すいた!」の無限ループは、さすがの殿下でも精神を削られるらしい。


「冗談はさておき、業務連絡です。例の『蒼竜の壺』を買い取った骨董屋の場所と名前を吐いてください。今から回収に向かいます」


「ふん、教えるものか! あれは僕と店主との男の約束……」


「アーク様、拷問器具の準備を」


「御意。……ここに『王家の恥部を記録したスクラップブック』がある。これをリリィ嬢の前で朗読しようか」


アーク様が分厚い黒革のノートを取り出した。

いつの間にそんなものを作っていたのか。

仕事が早すぎる。


「やめろ! わかった、言う! 言うから!」


殿下は即座に白旗を上げた。

プライドが高いのか低いのかわからない男だ。


「城下町の東地区、路地裏にある『黒猫堂』だ! 店主は髭面のモジャモジャした男で……」


「『黒猫堂』ですね。承知しました」


私は手帳にメモを取る。

情報は得た。

あとは用済みだ。


「待て、ロゼリア! 置いていくな! ここから出してくれ! 腹が減ったんだ!」


去ろうとする私に、殿下が喚き散らす。


「晩餐の時間にはまだ早いですわ。それに、ここでの食事代は別料金となっております」


「金かよ! 払う! 払うから!」


「現在、殿下の資産は凍結中です。お支払いは労働、もしくは情報提供で承ります」


私はニヤリと笑った。


「そうですね……殿下が隠し持っている『他の横領品』のリストを全て書き出していただければ、堅焼きパンと水を差し入れましょう」


「ぐぬぬ……悪魔め……!」


「交渉不成立ですか? では、セバスチャン様、続きをお願いします」


私は回復したセバスチャンに目配せをした。

鬼の教育係は、ゆらりと立ち上がり、般若のような顔で杖を構えた。


「……殿下。覚悟なさいませ。今度こそ、王族としての自覚を骨の髄まで叩き込んで差し上げます」


「ひぃぃっ! わかった! 書く! 全部書くからぁぁ!」


反省室に殿下の悲鳴が木霊するのを背に、私とアーク様は地下牢を後にした。


***


「……黒猫堂、か。悪い噂の絶えない店だな」


地上に戻る階段を上りながら、アーク様が険しい顔で言った。


「盗品や贋作を扱う闇ルートの元締めとも言われている。まともに交渉して返してくるとは思えんが」


「でしょうね。相手は海千山千の悪徳商人。王家の権威をちらつかせても、『もう売れました』『知りません』としらを切るのがオチです」


「なら、どうする? 衛兵隊を突入させるか?」


「いいえ。武力行使は最終手段です。店が燃やされたり、証拠隠滅されたりするリスクがあります。ここは……『商談』で解決しましょう」


私は不敵な笑みを浮かべた。

悪徳商人には、悪徳商人の流儀がある。

そして、金に汚い人間を操るのは、私の最も得意とする分野だ。


「アーク様。少し準備が必要です。……リリィ様を呼んでください」


「リリィ嬢を? また走らせるのか?」


「いいえ。今度は彼女の『別の才能』を使います」


30分後。

城の裏口に、3人の姿があった。

商人のような地味な服に着替えた私。

護衛の傭兵風に変装したアーク様(サングラス着用)。

そして……。


「わぁ~! このお洋服、ヒラヒラしてて可愛いですぅ!」


フリルのついた派手なドレスに、大量の宝石(イミテーション)をジャラジャラとつけたリリィ様だ。

設定は『田舎から出てきた、世間知らずの成金令嬢』。

これ以上ないハマり役である。


「いいですか、リリィ様。これから行くお店で、貴女はこう言ってください。『私、お金ならいーっぱいあるの! 珍しくて高いものが欲しいわ!』と」


「はい! お金持ちごっこですね! 任せてください!」


リリィ様は無駄にキラキラした瞳で頷いた。

演技指導の必要すらない。

彼女は素で「カモ」のオーラを出せる天才だ。


「アーク様は、無口な護衛に徹してください。私が合図をするまで、決して手出し無用です」


「……わかった。しかし、大丈夫か? あの店は荒っぽい連中も出入りしているぞ」


アーク様が腰の剣(袋で隠している)を確認しながら心配そうに言う。


「問題ありません。私が誰だと思っているのです?」


私は計算機をポケットに忍ばせ、口角を上げた。


「金勘定で私に勝てる人間など、この国には存在しませんわ」


こうして私たちは、王都の闇市が集まる東地区の路地裏へと足を踏み入れた。

薄暗い路地の奥に、古びた看板が揺れている。

『古美術・骨董 黒猫堂』。

店の前には、いかにも柄の悪そうな男たちがたむろしていた。


「……ヒッ」


リリィ様が小さく悲鳴を上げる……かと思いきや。


「わぁ、猫ちゃんがいる!」


彼女は店の前のドラム缶の上で寝ていた野良猫に突進していった。

柄の悪い男たちが「えっ?」と引いている。

さすがだ。

恐怖心という機能が欠落している。


「リリィ様、猫はあとです。行きますよ」


私はリリィ様の首根っこを掴んで、店のドアを開けた。

カランコロン、と乾いたベルの音が鳴る。

店の中は薄暗く、埃とカビの匂いが充満していた。

カウンターの奥から、丸いサングラスをかけた髭面の男がヌッと顔を出す。


「……いらっしゃい。見ない顔だね」


店主だ。

値踏みするような視線が、私たちの全身を舐め回す。

特にリリィ様のジャラジャラした宝石に目が釘付けになった。


(よし、食いついた)


私は扇子を開き、高飛車な口調で言った。


「ここが、良い品を置いていると聞いて来たのだけれど。……なんだか薄汚い店ね。本当に国宝級の品なんてあるのかしら?」


「……ほう?」


店主の目が怪しく光った。


「お嬢さん方、お目が高い。うちは表には出せない『掘り出し物』の宝庫だよ。……金さえあれば、だがな」


「お金? ふふっ、失礼ね」


私はリリィ様の背中をバンと叩いた。


「この方をどなたと心得る。北の鉱山王の愛娘、リリィ・ゴールデンバーグ様よ!」


「ごーるでんばーぐ!」


リリィ様が謎のポーズを決めた。

ネーミングセンスは皆無だが、勢いだけで押し切る作戦だ。

さあ、悪徳商人vs守銭奴令嬢。

『蒼竜の壺』を巡る、仁義なき値切りバトルの開幕である。
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