え、いいんですか?婚約破棄、最高じゃないですか!

小梅りこ

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「……失礼いたします。財務省特別監査局および、公衆衛生保安局からの立ち入り検査です」


ガルド商会の重厚な扉をノックもせずに開け放ち、私は事務的な声で告げた。

私の背後には、不機嫌オーラ全開のアーク様(宰相モード)と、数名の屈強な監査官(アーク様の私兵)が控えている。

商会の中は、突然の訪問者に騒然となった。

従業員たちが慌てふためく中、奥の部屋から紫色のスーツを着た男――ベネディクトが、余裕綽々の笑みを浮かべて現れる。


「おやおや。アーク宰相閣下に、ロゼリア様。……まさか、直接『お支払い』に来てくださるとは」


彼は揉み手をしながら近づいてきた。

その目は、「脅しが効いた」と確信して歪んでいる。

愚かな男だ。


「お支払い? 何のことでしょう」


私はとぼけて首を傾げた。


「本日は、貴社の製品に関する『重大な懸念』が寄せられましたので、その確認に参っただけです」


「懸念? ハッ、言いがかりはやめていただきたい。我が社の製品は全て一流品……」


「そうですか? では、これは?」


私は懐から一枚の書類を取り出した。

それは、アーク様が徹夜で捏造……いえ、作成した『輸入規制違反容疑リスト』だ。


「貴社が販売している『若返りの秘薬』。成分表示には『東方の霊草』とありますが、輸入記録には該当する植物の検疫通過履歴がありません。……密輸ですか? それとも虚偽表示?」


「なっ……!?」


ベネディクトの眉がピクリと動く。


「さらに、こちらの『幸運を呼ぶ壺』。製造元は『古代遺跡』とされていますが、底面に『Made in Downtown(下町製)』という焼き印があるとの報告が。……これは詐欺罪に抵触する恐れがあります」


「そ、それは……製造工程の一部を下町で……」


「言い訳は後で伺います。アーク様、どうぞ」


私はバトンを渡した。

アーク様が一歩前に出る。

その冷徹な視線を受けただけで、ベネディクトがたじろぐ。


「……ベネディクト・ガルド。貴様には、隣国との貿易協定第12条『粗悪品による市場撹乱の禁止』違反の疑いもある。……この場で営業停止処分を下してもいいのだが?」


アーク様が低い声で宣告する。

営業停止。

商人にとって、それは死刑宣告に等しい。


「くっ……! やってくれるじゃないか!」


ベネディクトは本性を露わにした。

愛想笑いをかなぐり捨て、凄みのある声で唸る。


「いいのか? 俺を潰せば、あの『蒼竜の壺』の件……全てばらすぞ! 王家が国宝を横流ししたというスキャンダル、世界中に拡散してやる!」


出た。

伝家の宝刀、脅迫だ。

しかし、私たちは動じない。


「どうぞ? やってごらんなさい」


私は冷ややかに笑った。


「ただし、その情報を流す手段が残っていれば、の話ですが」


「……あ?」


その時だった。

商会の奥にある倉庫の方から、ドカァァァン!! という派手な破壊音が響いたのは。


「な、なんだ!?」


「敵襲か!?」


従業員たちが悲鳴を上げる。

舞い上がる砂煙の中から、ピンク色の影が飛び出してきた。

頭に木箱の破片を乗せた、リリィ様だ。


「げほっ、げほっ! ……あ、お姉様ー! 見つけましたー!」


リリィ様は私の姿を見つけると、ブンブンと手を振った。

その手には、薄汚れた帳簿と、大量のラベルシールが握られている。


「リリィ様! よくやりました。怪我はありませんか?」


「はいっ! 壁がちょっと硬かったですけど、体当たりしたら壊れました!」


「……壁は壊さなくてよかったのですが」


リリィ様は私の元へ駆け寄り、戦利品を差し出した。


「これ、倉庫の隠し部屋にありました! あと、変な匂いのするお水を作ってるお鍋もありました!」


「……でかした」


私は帳簿を受け取り、パラパラとめくった。

そこには、ガルド商会の「裏の顔」が克明に記されていた。

仕入れ値の改ざん、脱税の記録、そして……。


「ベネディクトさん。これをご覧なさい」


私は帳簿を彼に見せつけた。


「『愛の惚れ薬』の原価表。……水道水9割、砂糖1割、着色料少々。原価1瓶あたり銅貨0.5枚。それを金貨1枚で販売。……利益率2000倍ですか。暴利にも程がありますね」


「そ、それは……!」


「さらに、この顧客リスト。……あら、王宮のメイドや騎士たちの名前もありますね。彼らを薬(偽物ですが)漬けにして、城の情報を引き出していたのですか?」


「……ッ!」


ベネディクトの顔色が蒼白になる。

これは単なる詐欺ではない。

国家に対するスパイ行為だ。


「アーク様。これは営業停止どころではありませんね」


「ああ。国家反逆罪の適用も視野に入る。……極刑は免れんな」


アーク様が剣呑な響きを含んだ声で言う。

もはや、チェックメイトだ。


「ま、待て! 待ってくれ!」


ベネディクトはその場に膝をついた。

額から滝のような汗を流している。


「わ、わかった! 金貨1万枚の請求は取り下げる! 壺のことも忘れる! だ、だから……!」


「だから?」


私とアーク様は同時に首を傾げた。

息ぴったりだ。


「見逃してくれ! この通りだ!」


土下座。

プライドの高い悪徳商人が、床に額を擦り付けている。

しかし、私の計算機は「許す」という答えを弾き出さない。


「……取り下げるのは当然です。プラス、こちらの条件を飲んでいただきます」


私は電卓を叩きながら、新たな要求を突きつけた。


「1.今後、我が国での詐欺まがいの商売を一切禁止する。
 2.これまでの不当利益を全額国庫に返納する。
 3.私が請求する『特別監査手数料』金貨500枚を即座に支払う」


「ご、500枚!?」


「おや、不服ですか? アーク様、衛兵を」


「待て待て待て! 払う! 払いますぅぅ!」


ベネディクトは泣きながら金庫を開け、金貨の入った袋を私に差し出した。

ずっしりと重い。

チャリン、という音が私の心を癒してくれる。


「……商談成立ですね」


私は袋を受け取り、にっこりと微笑んだ。


「今回はこれで手を打ちましょう。ただし、次に妙な真似をしたら……リリィ様を貴方の寝室に送り込みますわよ?」


「ひぃぃっ! あの破壊神だけは勘弁してくれぇ!」


リリィ様が「えっ、お泊まり会ですか?」と無邪気に首を傾げているのが、逆に恐怖を煽ったらしい。

ベネディクトは泡を吹いて気絶した。


「……ふん。口ほどにもない」


アーク様が冷たく言い捨て、私の肩を抱いた。


「行くぞ、ロゼリア。長居は無用だ」


「ええ。十分な収穫(監査料)も得られましたし」


私たちは気絶した商人を放置し、意気揚々と店を出た。

外の空気は清々しい。


「お姉様、すごいです! 悪い人、やっつけちゃいましたね!」


リリィ様がはしゃいでいる。

「リリィ様もお手柄でしたよ。貴女の『壁破り』が一番の脅しになりました」


「えへへ、褒められちゃった!」


「しかし……」


アーク様が歩きながら、私を横目で見た。


「私の動きに合わせて、完璧に追い打ちをかけるとはな。……打ち合わせもしていないのに」


「あら、当然ですわ。私たちは『ビジネスパートナー』ですから。相手の利益を最大化する動きをとるのは基本です」


「……それだけか?」


アーク様が立ち止まった。

夕日が彼を逆光で照らし、表情を隠している。


「……相性が、良すぎると思わないか?」


ドキリとした。

相性。

確かに、今日の連携は完璧だった。

言葉を交わさなくても、アーク様が次に何を言うか、どう動くかが手に取るようにわかった。

それはまるで、長年連れ添った夫婦のような……。


「……計算高い者同士、思考回路が似ているだけです」


私は慌てて視線を逸らした。


「それに、相性が金銭的価値を生むとは限りませんし」


「素直じゃないな」


アーク様はふっと笑い、私の手を握った。


「まあいい。……この『監査料』で、今夜は祝杯といくか。もちろん、君の奢りで」


「なっ!? これは私の労働対価です! なぜ私が奢らなければならないのですか!」


「私の部下を動員しただろう? 人件費だ」


「むぐぐ……さすが宰相閣下、抜け目がない……!」


「ははは! 君に勝つのは気分がいいな!」


悔しがる私と、楽しそうなアーク様。

そして「ご飯だー!」と喜ぶリリィ様。

私たちは騒がしく笑い合いながら、王城への道を戻っていった。


だが、この時の私たちは油断していた。

ベネディクトという男は、金のためならプライドも捨てるが、復讐のためならもっと汚い手を平気で使う男だということを。

そして彼が、あの「お花畑王子」ジュリアン殿下に、最後の毒を吹き込んでいたことを。


翌日。

王城に衝撃的なニュースが駆け巡る。


『第二王子ジュリアン、王位継承権を賭けた決闘を申し込む!』


相手はもちろん、私の婚約者であるアーク様だった。
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