え、いいんですか?婚約破棄、最高じゃないですか!

小梅りこ

文字の大きさ
15 / 28

15

しおりを挟む
「……失礼いたします。財務省特別監査局および、公衆衛生保安局からの立ち入り検査です」


ガルド商会の重厚な扉をノックもせずに開け放ち、私は事務的な声で告げた。

私の背後には、不機嫌オーラ全開のアーク様(宰相モード)と、数名の屈強な監査官(アーク様の私兵)が控えている。

商会の中は、突然の訪問者に騒然となった。

従業員たちが慌てふためく中、奥の部屋から紫色のスーツを着た男――ベネディクトが、余裕綽々の笑みを浮かべて現れる。


「おやおや。アーク宰相閣下に、ロゼリア様。……まさか、直接『お支払い』に来てくださるとは」


彼は揉み手をしながら近づいてきた。

その目は、「脅しが効いた」と確信して歪んでいる。

愚かな男だ。


「お支払い? 何のことでしょう」


私はとぼけて首を傾げた。


「本日は、貴社の製品に関する『重大な懸念』が寄せられましたので、その確認に参っただけです」


「懸念? ハッ、言いがかりはやめていただきたい。我が社の製品は全て一流品……」


「そうですか? では、これは?」


私は懐から一枚の書類を取り出した。

それは、アーク様が徹夜で捏造……いえ、作成した『輸入規制違反容疑リスト』だ。


「貴社が販売している『若返りの秘薬』。成分表示には『東方の霊草』とありますが、輸入記録には該当する植物の検疫通過履歴がありません。……密輸ですか? それとも虚偽表示?」


「なっ……!?」


ベネディクトの眉がピクリと動く。


「さらに、こちらの『幸運を呼ぶ壺』。製造元は『古代遺跡』とされていますが、底面に『Made in Downtown(下町製)』という焼き印があるとの報告が。……これは詐欺罪に抵触する恐れがあります」


「そ、それは……製造工程の一部を下町で……」


「言い訳は後で伺います。アーク様、どうぞ」


私はバトンを渡した。

アーク様が一歩前に出る。

その冷徹な視線を受けただけで、ベネディクトがたじろぐ。


「……ベネディクト・ガルド。貴様には、隣国との貿易協定第12条『粗悪品による市場撹乱の禁止』違反の疑いもある。……この場で営業停止処分を下してもいいのだが?」


アーク様が低い声で宣告する。

営業停止。

商人にとって、それは死刑宣告に等しい。


「くっ……! やってくれるじゃないか!」


ベネディクトは本性を露わにした。

愛想笑いをかなぐり捨て、凄みのある声で唸る。


「いいのか? 俺を潰せば、あの『蒼竜の壺』の件……全てばらすぞ! 王家が国宝を横流ししたというスキャンダル、世界中に拡散してやる!」


出た。

伝家の宝刀、脅迫だ。

しかし、私たちは動じない。


「どうぞ? やってごらんなさい」


私は冷ややかに笑った。


「ただし、その情報を流す手段が残っていれば、の話ですが」


「……あ?」


その時だった。

商会の奥にある倉庫の方から、ドカァァァン!! という派手な破壊音が響いたのは。


「な、なんだ!?」


「敵襲か!?」


従業員たちが悲鳴を上げる。

舞い上がる砂煙の中から、ピンク色の影が飛び出してきた。

頭に木箱の破片を乗せた、リリィ様だ。


「げほっ、げほっ! ……あ、お姉様ー! 見つけましたー!」


リリィ様は私の姿を見つけると、ブンブンと手を振った。

その手には、薄汚れた帳簿と、大量のラベルシールが握られている。


「リリィ様! よくやりました。怪我はありませんか?」


「はいっ! 壁がちょっと硬かったですけど、体当たりしたら壊れました!」


「……壁は壊さなくてよかったのですが」


リリィ様は私の元へ駆け寄り、戦利品を差し出した。


「これ、倉庫の隠し部屋にありました! あと、変な匂いのするお水を作ってるお鍋もありました!」


「……でかした」


私は帳簿を受け取り、パラパラとめくった。

そこには、ガルド商会の「裏の顔」が克明に記されていた。

仕入れ値の改ざん、脱税の記録、そして……。


「ベネディクトさん。これをご覧なさい」


私は帳簿を彼に見せつけた。


「『愛の惚れ薬』の原価表。……水道水9割、砂糖1割、着色料少々。原価1瓶あたり銅貨0.5枚。それを金貨1枚で販売。……利益率2000倍ですか。暴利にも程がありますね」


「そ、それは……!」


「さらに、この顧客リスト。……あら、王宮のメイドや騎士たちの名前もありますね。彼らを薬(偽物ですが)漬けにして、城の情報を引き出していたのですか?」


「……ッ!」


ベネディクトの顔色が蒼白になる。

これは単なる詐欺ではない。

国家に対するスパイ行為だ。


「アーク様。これは営業停止どころではありませんね」


「ああ。国家反逆罪の適用も視野に入る。……極刑は免れんな」


アーク様が剣呑な響きを含んだ声で言う。

もはや、チェックメイトだ。


「ま、待て! 待ってくれ!」


ベネディクトはその場に膝をついた。

額から滝のような汗を流している。


「わ、わかった! 金貨1万枚の請求は取り下げる! 壺のことも忘れる! だ、だから……!」


「だから?」


私とアーク様は同時に首を傾げた。

息ぴったりだ。


「見逃してくれ! この通りだ!」


土下座。

プライドの高い悪徳商人が、床に額を擦り付けている。

しかし、私の計算機は「許す」という答えを弾き出さない。


「……取り下げるのは当然です。プラス、こちらの条件を飲んでいただきます」


私は電卓を叩きながら、新たな要求を突きつけた。


「1.今後、我が国での詐欺まがいの商売を一切禁止する。
 2.これまでの不当利益を全額国庫に返納する。
 3.私が請求する『特別監査手数料』金貨500枚を即座に支払う」


「ご、500枚!?」


「おや、不服ですか? アーク様、衛兵を」


「待て待て待て! 払う! 払いますぅぅ!」


ベネディクトは泣きながら金庫を開け、金貨の入った袋を私に差し出した。

ずっしりと重い。

チャリン、という音が私の心を癒してくれる。


「……商談成立ですね」


私は袋を受け取り、にっこりと微笑んだ。


「今回はこれで手を打ちましょう。ただし、次に妙な真似をしたら……リリィ様を貴方の寝室に送り込みますわよ?」


「ひぃぃっ! あの破壊神だけは勘弁してくれぇ!」


リリィ様が「えっ、お泊まり会ですか?」と無邪気に首を傾げているのが、逆に恐怖を煽ったらしい。

ベネディクトは泡を吹いて気絶した。


「……ふん。口ほどにもない」


アーク様が冷たく言い捨て、私の肩を抱いた。


「行くぞ、ロゼリア。長居は無用だ」


「ええ。十分な収穫(監査料)も得られましたし」


私たちは気絶した商人を放置し、意気揚々と店を出た。

外の空気は清々しい。


「お姉様、すごいです! 悪い人、やっつけちゃいましたね!」


リリィ様がはしゃいでいる。

「リリィ様もお手柄でしたよ。貴女の『壁破り』が一番の脅しになりました」


「えへへ、褒められちゃった!」


「しかし……」


アーク様が歩きながら、私を横目で見た。


「私の動きに合わせて、完璧に追い打ちをかけるとはな。……打ち合わせもしていないのに」


「あら、当然ですわ。私たちは『ビジネスパートナー』ですから。相手の利益を最大化する動きをとるのは基本です」


「……それだけか?」


アーク様が立ち止まった。

夕日が彼を逆光で照らし、表情を隠している。


「……相性が、良すぎると思わないか?」


ドキリとした。

相性。

確かに、今日の連携は完璧だった。

言葉を交わさなくても、アーク様が次に何を言うか、どう動くかが手に取るようにわかった。

それはまるで、長年連れ添った夫婦のような……。


「……計算高い者同士、思考回路が似ているだけです」


私は慌てて視線を逸らした。


「それに、相性が金銭的価値を生むとは限りませんし」


「素直じゃないな」


アーク様はふっと笑い、私の手を握った。


「まあいい。……この『監査料』で、今夜は祝杯といくか。もちろん、君の奢りで」


「なっ!? これは私の労働対価です! なぜ私が奢らなければならないのですか!」


「私の部下を動員しただろう? 人件費だ」


「むぐぐ……さすが宰相閣下、抜け目がない……!」


「ははは! 君に勝つのは気分がいいな!」


悔しがる私と、楽しそうなアーク様。

そして「ご飯だー!」と喜ぶリリィ様。

私たちは騒がしく笑い合いながら、王城への道を戻っていった。


だが、この時の私たちは油断していた。

ベネディクトという男は、金のためならプライドも捨てるが、復讐のためならもっと汚い手を平気で使う男だということを。

そして彼が、あの「お花畑王子」ジュリアン殿下に、最後の毒を吹き込んでいたことを。


翌日。

王城に衝撃的なニュースが駆け巡る。


『第二王子ジュリアン、王位継承権を賭けた決闘を申し込む!』


相手はもちろん、私の婚約者であるアーク様だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

貴方が側妃を望んだのです

cyaru
恋愛
「君はそれでいいのか」王太子ハロルドは言った。 「えぇ。勿論ですわ」婚約者の公爵令嬢フランセアは答えた。 誠の愛に気がついたと言われたフランセアは微笑んで答えた。 ※2022年6月12日。一部書き足しました。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。  史実などに基づいたものではない事をご理解ください。 ※話の都合上、残酷な描写がありますがそれがざまぁなのかは受け取り方は人それぞれです。  表現的にどうかと思う回は冒頭に注意喚起を書き込むようにしますが有無は作者の判断です。 ※更新していくうえでタグは幾つか増えます。 ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

旦那様には愛人がいますが気にしません。

りつ
恋愛
 イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。 ※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。

悪役令嬢は永眠しました

詩海猫(8/29書籍発売)
ファンタジー
「お前のような女との婚約は破棄だっ、ロザリンダ・ラクシエル!だがお前のような女でも使い道はある、ジルデ公との縁談を調えてやった!感謝して公との間に沢山の子を産むがいい!」 長年の婚約者であった王太子のこの言葉に気を失った公爵令嬢・ロザリンダ。 だが、次に目覚めた時のロザリンダの魂は別人だった。 ロザリンダとして目覚めた木の葉サツキは、ロザリンダの意識がショックのあまり永遠の眠りについてしまったことを知り、「なぜロザリンダはこんなに努力してるのに周りはクズばっかりなの?まかせてロザリンダ!きっちりお返ししてあげるからね!」 *思いつきでプロットなしで書き始めましたが結末は決めています。暗い展開の話を書いているとメンタルにもろに影響して生活に支障が出ることに気付きました。定期的に強気主人公を暴れさせないと(?)書き続けるのは不可能なようなのでメンタル状態に合わせて書けるものから書いていくことにします、ご了承下さいm(_ _)m

殿下が恋をしたいと言うのでさせてみる事にしました。婚約者候補からは外れますね

さこの
恋愛
恋がしたい。 ウィルフレッド殿下が言った… それではどうぞ、美しい恋をしてください。 婚約者候補から外れるようにと同じく婚約者候補のマドレーヌ様が話をつけてくださりました! 話の視点が回毎に変わることがあります。 緩い設定です。二十話程です。 本編+番外編の別視点

不貞の子を身籠ったと夫に追い出されました。生まれた子供は『精霊のいとし子』のようです。

桧山 紗綺
恋愛
【完結】嫁いで5年。子供を身籠ったら追い出されました。不貞なんてしていないと言っても聞く耳をもちません。生まれた子は間違いなく夫の子です。夫の子……ですが。 私、離婚された方が良いのではないでしょうか。 戻ってきた実家で子供たちと幸せに暮らしていきます。 『精霊のいとし子』と呼ばれる存在を授かった主人公の、可愛い子供たちとの暮らしと新しい恋とか愛とかのお話です。 ※※番外編も完結しました。番外編は色々な視点で書いてます。 時系列も結構バラバラに本編の間の話や本編後の色々な出来事を書きました。 一通り主人公の周りの視点で書けたかな、と。 番外編の方が本編よりも長いです。 気がついたら10万文字を超えていました。 随分と長くなりましたが、お付き合いくださってありがとうございました!

【完結】夫は私に精霊の泉に身を投げろと言った

冬馬亮
恋愛
クロイセフ王国の王ジョーセフは、妻である正妃アリアドネに「精霊の泉に身を投げろ」と言った。 「そこまで頑なに無実を主張するのなら、精霊王の裁きに身を委ね、己の無実を証明してみせよ」と。 ※精霊の泉での罪の判定方法は、魔女狩りで行われていた水審『水に沈めて生きていたら魔女として処刑、死んだら普通の人間とみなす』という逸話をモチーフにしています。

選ばれたのは私ではなかった。ただそれだけ

暖夢 由
恋愛
【5月20日 90話完結】 5歳の時、母が亡くなった。 原因も治療法も不明の病と言われ、発症1年という早さで亡くなった。 そしてまだ5歳の私には母が必要ということで通例に習わず、1年の喪に服すことなく新しい母が連れて来られた。彼女の隣には不思議なことに父によく似た女の子が立っていた。私とあまり変わらないくらいの歳の彼女は私の2つ年上だという。 これからは姉と呼ぶようにと言われた。 そして、私が14歳の時、突然謎の病を発症した。 母と同じ原因も治療法も不明の病。母と同じ症状が出始めた時に、この病は遺伝だったのかもしれないと言われた。それは私が社交界デビューするはずの年だった。 私は社交界デビューすることは叶わず、そのまま治療することになった。 たまに調子がいい日もあるが、社交界に出席する予定の日には決まって体調を崩した。医者は緊張して体調を崩してしまうのだろうといった。 でも最近はグレン様が会いに来ると約束してくれた日にも必ず体調を崩すようになってしまった。それでも以前はグレン様が心配して、私の部屋で1時間ほど話をしてくれていたのに、最近はグレン様を姉が玄関で出迎え、2人で私の部屋に来て、挨拶だけして、2人でお茶をするからと消えていくようになった。 でもそれも私の体調のせい。私が体調さえ崩さなければ…… 今では月の半分はベットで過ごさなければいけないほどになってしまった。 でもある日婚約者の裏切りに気づいてしまう。 私は耐えられなかった。 もうすべてに……… 病が治る見込みだってないのに。 なんて滑稽なのだろう。 もういや…… 誰からも愛されないのも 誰からも必要とされないのも 治らない病の為にずっとベッドで寝ていなければいけないのも。 気付けば私は家の外に出ていた。 元々病で外に出る事がない私には専属侍女などついていない。 特に今日は症状が重たく、朝からずっと吐いていた為、父も義母も私が部屋を出るなど夢にも思っていないのだろう。 私は死ぬ場所を探していたのかもしれない。家よりも少しでも幸せを感じて死にたいと。 これから出会う人がこれまでの生活を変えてくれるとも知らずに。 --------------------------------------------- ※架空のお話です。 ※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。 ※現実世界とは異なりますのでご理解ください。

処理中です...