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「……静かね」
建国記念パーティー当日の朝。
私は宰相執務室の窓から、雲ひとつない青空を見上げて呟いた。
あの中庭での「闇落ち宣言」から数日。
ジュリアン殿下は不気味なほどの沈黙を守っていた。
奇行も、乱入も、ポエムのような手紙の投函もない。
城内は平和そのものだ。
だが、この静寂こそが、逆に私の警戒アラートを鳴り響かせていた。
「嵐の前の静けさ、というやつか」
背後からアーク様が声をかけてきた。
彼もまた、書類の山と格闘しながら、時折窓の外へ鋭い視線を送っている。
「ええ。殿下が大人しくしているということは、裏で何か『ろくでもないこと』を画策している証拠です。通常、彼の知能指数では長期的な計画は立てられないはずですが……」
「『窮鼠猫を噛む』とも言う。……あるいは、誰かに入れ知恵されているか」
アーク様の目がスッと細まる。
脳裏に浮かぶのは、あの紫スーツの悪徳商人、ベネディクトだ。
一度は撃退したが、彼はまだ国内に潜伏している可能性がある。
殿下の「復讐心」と、ベネディクトの「金とプライド」。
この二つが結びつけば、非常に厄介な化学反応を起こすだろう。
「……まあ、考えても始まりませんわ。私たちにできるのは、万全の迎撃態勢を整えることだけです」
私はデスクに戻り、パーティーの最終チェックリストを確認した。
警備配置、招待客リスト、そして……。
「パーティーの収支予算書。……よし、食材のロス率は3%以下、ドリンクの売上予測も上々。このパーティーが無事に終われば、私のボーナスも確定ですね」
「君はブレないな……。その強心臓があれば、何が起きても大丈夫だろう」
アーク様は苦笑し、私の手元に小さな箱を置いた。
「……これは?」
「今夜の『装備品』だ。つけていけ」
箱を開けると、中には一対のイヤリングが入っていた。
深い青色の宝石。
ただの装飾品ではない。微かに魔力の波動を感じる。
「『守護の蒼玉』だ。物理的衝撃と、精神干渉系の魔法を一度だけ無効化する。……念のためだ」
「……高価なマジックアイテムですね。市場価格で金貨500枚は下りませんが」
「君を守るためなら安いものだ。……それに、君が怪我をしたら、私の精神的損失が計り知れないからな」
アーク様は照れくさそうに顔を背けた。
私は胸の奥がキュンとするのを感じながら、そのイヤリングを耳につけた。
「……ありがとうございます。経費として計上せずに、大切に使わせていただきます」
「ああ、そうしてくれ」
私たちは視線を合わせ、静かに頷き合った。
準備は万端。
さあ、来いジュリアン殿下。
貴方がどんな手を使ってこようとも、この『鉄の女』と『氷の宰相』の最強コンビが、倍返し……いえ、利息をつけて返り討ちにして差し上げますわ。
***
夜。
王城の大広間は、過去最大級の華やかさに包まれていた。
建国を祝う祝賀会。
国内外から有力な貴族、王族、そして富豪たちが集まっている。
シャンデリアの光が宝石を照らし、楽団の演奏が心地よく響く。
その煌びやかな空間に、私とアーク様は足を踏み入れた。
「……見て、宰相閣下とロゼリア様よ」
「やはりお美しい……。あのお二人が並ぶと、王城の品格が上がるようだ」
周囲からの称賛の声を浴びながら、私たちは優雅に会場を進む。
私はアーク様のエスコートに身を任せつつ、扇子の隙間から会場内を鋭くスキャンしていた。
不審者はいないか。
怪しい動きはないか。
そして、ジュリアン殿下はどこにいるか。
「……いないな」
アーク様が小声で呟く。
「王族席に陛下の姿はあるが、殿下の席が空席だ。……遅刻か?」
「いえ、この重要な式典で遅刻などすれば、廃嫡の決定打になります。……何かを『準備』しているのでしょう」
その時だった。
会場の入り口付近が、ざわりと波打った。
「……来たか」
現れたのは、ジュリアン殿下だった。
しかし、その姿は周囲の予想を裏切るものだった。
いつもの派手な白タキシードでも、金ピカの甲冑でもない。
漆黒の燕尾服。
髪はきっちりと撫で付けられ、表情は能面のように無表情。
その瞳には、かつてのキラキラした光も、勇者ごっこの時の狂気もなく、ただ冷たく澱んだ闇だけが広がっていた。
「……雰囲気が違うな」
アーク様が警戒レベルを引き上げるのが気配でわかった。
殿下は誰とも目を合わせず、一直線にステージへと向かっていく。
その手には、黒い革表紙の束が握りしめられていた。
「皆様、ご静粛に願います!」
殿下がステージに上がり、声を張り上げた。
いつもの浮ついた声ではない。
低く、腹の底から響くような声だ。
会場が静まり返る。
国王陛下も、「ジュリアン? どうしたのだ?」と怪訝な顔をしている。
「本日は建国記念の佳き日。……しかし、この神聖な場において、私はある『重大な告発』をしなければなりません」
殿下の視線が、ゆっくりと会場を巡り、そして――私に固定された。
「この国の中枢に巣食う、汚らわしい『寄生虫』の存在を、白日の下に晒すために!」
会場がどよめく。
寄生虫?
告発?
不穏な空気が漂い始める。
「……嫌な予感がしますね」
「ああ。……飛びかかる準備をしておこう」
アーク様がさりげなく足の位置を調整する。
殿下は黒いファイルを掲げた。
「ここに、ある調査報告書があります。……アークライト公爵令嬢、ロゼリア!」
ビシッ!
殿下が私を指差した。
スポットライトが私に集まる。
「……何でしょうか、殿下。藪から棒に」
私は動じることなく、優雅に扇子を揺らした。
ここで狼狽えては相手の思う壺だ。
「しらばっくれるな! 貴様が裏で行っていた悪事の数々、すべて調べがついているぞ!」
「悪事? ……例えば?」
「『国家予算の横領』だ!!」
殿下の口から飛び出した言葉に、会場中が悲鳴のような声を上げた。
横領。
それは私が殿下に突きつけた罪状だ。
それを、そのまま返してきたというのか?
「貴様は宰相補佐という立場を利用し、架空の予算を計上して私腹を肥やしていた! その額、金貨1万枚以上!」
「……は?」
私は呆れて口を開けそうになった。
架空予算?
私が?
私がやっていたのは「無駄な予算の削減」と「正当な報酬の請求」だ。
すべて領収書も契約書もある、クリアな金だ。
「証拠はあるのか!」
アーク様が怒号を飛ばす。
「あるとも! これを見ろ!」
殿下はファイルを広げ、中から数枚の書類をばら撒いた。
それは魔法で空中に拡大投影される。
そこに映し出されていたのは……。
『ロゼリア・フォン・アークライト名義 裏帳簿』
『ガルド商会からの不正献金記録』
『国宝売却益の着服リスト』
「……!?」
私の目が点になった。
ガルド商会からの献金?
国宝の着服?
それらは全て、殿下とベネディクトがやったことではないか。
それを、私の名義に書き換えて捏造したのか!
「なんと巧妙な……。自分の罪を、そっくりそのまま私になすりつけるつもりですか」
「黙れ! これが証拠だ! 貴様のサインも入っている!」
投影された書類には、確かに私の筆跡(を精巧に真似たもの)でサインがされていた。
会場の貴族たちがざわめき始める。
「まさか、ロゼリア様が?」「でも、サインが……」「火のない所に煙は立たないと言うし……」
疑念の目が、私に向けられる。
完璧な捏造だ。
これほどの偽造書類、殿下の頭脳で作れるはずがない。
やはり、バックにプロ(ベネディクト)がいる。
「陛下! この女は危険です! 国の金を食い物にし、私を悪者に仕立て上げ、宰相までたぶらかしているのです!」
殿下は涙ながらに(演技力も向上している)国王に訴えた。
「私は騙されていたのです! 彼女こそが真の『悪役令嬢』なのです! どうか、彼女に厳罰を! そしてアーク宰相にも、監督責任としての処罰を!」
国王陛下が困惑し、私とアーク様を見る。
このままではまずい。
一度ついた「横領」のイメージは、たとえ後で晴らしたとしても、私のビジネス上の信用を傷つける。
ここは、即座に論破しなければ。
私は一歩前に出ようとした。
しかし、アーク様がそれを手で制した。
「……ロゼリア。君は黙っていろ」
「アーク様?」
「私の婚約者が愚弄されているのだ。……私が黙っていると思うか?」
アーク様が、静かに、しかし凄まじい殺気を放ちながら歩き出した。
その背中からは、氷のような冷気と共に、燃え盛る怒りの炎が見えるようだった。
「……ジュリアン殿下。面白い紙芝居だ」
アーク様はステージの下で立ち止まり、殿下を見上げた。
「だが、詰めが甘い。……その書類、いつ作成されたものだ?」
「はっ、先月だ! 貴様らが裏でコソコソやっていた時期とな!」
「先月か。……ロゼリア、先月の君の筆跡の特徴は?」
アーク様が私に振った。
私は即座に答える。
「はい。先月は腱鞘炎気味でしたので、サインの『R』の払いが、通常より3ミリ短くなっております。しかし、その書類のサインは『絶好調時の筆跡』ですね」
「なっ……!?」
殿下が書類を見る。
「さらに」
アーク様が畳み掛ける。
「その『ガルド商会からの献金』の日付。……その日、ロゼリアは私と共に『隣国の使節団』の接待をしていた。アリバイは100人の証人が証明できる」
「えっ、そ、それは……代理人が……」
「代理人? 誰だ? 名前を言ってみろ」
「うっ……!」
アーク様の論理的尋問に、殿下がしどろもどろになる。
やはり、中身はポンコツのままだ。
台本(捏造書類)があっても、アドリブに弱い。
「そして何より……」
アーク様は、懐から一枚の水晶板を取り出した。
「この会場には、最新式の『真実の鏡』が設置されているのを知らなかったか?」
「し、真実の鏡……?」
「ああ。発言者の心拍数、発汗、視線の動きから、嘘を科学的に見抜く魔道具だ。……起動」
ブォン!
アーク様が魔力を流すと、水晶板が光り輝き、空中に巨大な文字を映し出した。
『判定結果:クロ(嘘)』
『嘘の確率:99.9%』
『推奨対応:即時拘束』
「……だそうだ、殿下」
アーク様が冷酷に告げる。
「嘘発見器まで論破できると思ったか?」
「ひぃぃぃっ!?」
殿下の顔面が蒼白になる。
会場の空気が一変した。
疑念の目は、一瞬にして侮蔑の目へと変わる。
「なんだ、嘘か」「王子が捏造なんて……」「最低ね」
「ち、違う! これは機械の故障だ! 僕は嵌められたんだ!」
殿下は往生際悪く叫ぶ。
そして、追い詰められた鼠のように、狂った目で私を睨みつけた。
「ロゼリアぁぁぁ! こうなったら……これを使うしかない!」
殿下は懐から、再び「何か」を取り出した。
今度は黒い石ではない。
紫色の液体が入った小瓶だ。
……あれは、ベネディクトが持っていた『偽・惚れ薬』?
いや、色がもっと濃い。
毒々しい煙を上げている。
「これを飲んで、僕の『真実の愛』を証明してやる! そして貴様ら全員、地獄へ道連れだ!」
「……自爆テロですか!?」
私は叫んだ。
あの薬、おそらく強力な爆発物か、あるいは広範囲に及ぶ毒ガスだ。
この密集した会場で使われたら、ただでは済まない。
「止めろ!!」
アーク様が飛びかかる。
しかし、距離がある。
殿下が瓶の蓋を開けようとした、その瞬間。
「うおりゃぁぁぁーーっ!!」
天井から、何かが降ってきた。
白い塊。
それはものすごい速度で落下し、ジュリアン殿下の脳天を直撃した。
ベチャッ!!
「ぶべっ!?」
殿下は白目を剥いて、カエルのように潰れた。
手から滑り落ちた小瓶は、アーク様がスライディングで見事にキャッチした。
「……なんだ?」
会場中が静まり返る。
殿下の上に鎮座している「白い塊」。
それは……巨大なパン生地の塊だった。
「あちゃー! 発酵させすぎて爆発しちゃった!」
天井の梁の上から、呑気な声が降ってきた。
見上げると、そこにはメイド服……ではなく、パン屋のエプロンをつけたリリィ様がぶら下がっていた。
「リ、リリィ様!?」
「ごめんなさーい! 厨房でハンス君と『究極のパン』を作ってたら、膨らみすぎて天井突き破っちゃいました!」
「……どんなパンを作ればそうなるのですか」
私は頭を抱えた。
しかし、結果オーライだ。
巨大なパン生地の下で、ジュリアン殿下はピクリとも動かない。
完全に窒息……いや、気絶している。
「……確保だ」
アーク様が近衛兵に合図を送る。
パン生地ごと、殿下は引き剥がされ、拘束された。
「……ふぅ。またしても、ヒロインの物理攻撃に助けられましたね」
「ああ。……彼女には、特別ボーナスとして『小麦粉1年分』を支給しておこう」
アーク様が疲れたように笑う。
こうして、ジュリアン殿下の「一世一代の冤罪計画」は、科学(嘘発見器)と暴力(パン生地)の前に呆気なく粉砕された。
だが、この騒動にはまだ続きがあった。
アーク様がキャッチした紫色の小瓶。
それを分析した結果、驚くべき事実が判明したのである。
建国記念パーティー当日の朝。
私は宰相執務室の窓から、雲ひとつない青空を見上げて呟いた。
あの中庭での「闇落ち宣言」から数日。
ジュリアン殿下は不気味なほどの沈黙を守っていた。
奇行も、乱入も、ポエムのような手紙の投函もない。
城内は平和そのものだ。
だが、この静寂こそが、逆に私の警戒アラートを鳴り響かせていた。
「嵐の前の静けさ、というやつか」
背後からアーク様が声をかけてきた。
彼もまた、書類の山と格闘しながら、時折窓の外へ鋭い視線を送っている。
「ええ。殿下が大人しくしているということは、裏で何か『ろくでもないこと』を画策している証拠です。通常、彼の知能指数では長期的な計画は立てられないはずですが……」
「『窮鼠猫を噛む』とも言う。……あるいは、誰かに入れ知恵されているか」
アーク様の目がスッと細まる。
脳裏に浮かぶのは、あの紫スーツの悪徳商人、ベネディクトだ。
一度は撃退したが、彼はまだ国内に潜伏している可能性がある。
殿下の「復讐心」と、ベネディクトの「金とプライド」。
この二つが結びつけば、非常に厄介な化学反応を起こすだろう。
「……まあ、考えても始まりませんわ。私たちにできるのは、万全の迎撃態勢を整えることだけです」
私はデスクに戻り、パーティーの最終チェックリストを確認した。
警備配置、招待客リスト、そして……。
「パーティーの収支予算書。……よし、食材のロス率は3%以下、ドリンクの売上予測も上々。このパーティーが無事に終われば、私のボーナスも確定ですね」
「君はブレないな……。その強心臓があれば、何が起きても大丈夫だろう」
アーク様は苦笑し、私の手元に小さな箱を置いた。
「……これは?」
「今夜の『装備品』だ。つけていけ」
箱を開けると、中には一対のイヤリングが入っていた。
深い青色の宝石。
ただの装飾品ではない。微かに魔力の波動を感じる。
「『守護の蒼玉』だ。物理的衝撃と、精神干渉系の魔法を一度だけ無効化する。……念のためだ」
「……高価なマジックアイテムですね。市場価格で金貨500枚は下りませんが」
「君を守るためなら安いものだ。……それに、君が怪我をしたら、私の精神的損失が計り知れないからな」
アーク様は照れくさそうに顔を背けた。
私は胸の奥がキュンとするのを感じながら、そのイヤリングを耳につけた。
「……ありがとうございます。経費として計上せずに、大切に使わせていただきます」
「ああ、そうしてくれ」
私たちは視線を合わせ、静かに頷き合った。
準備は万端。
さあ、来いジュリアン殿下。
貴方がどんな手を使ってこようとも、この『鉄の女』と『氷の宰相』の最強コンビが、倍返し……いえ、利息をつけて返り討ちにして差し上げますわ。
***
夜。
王城の大広間は、過去最大級の華やかさに包まれていた。
建国を祝う祝賀会。
国内外から有力な貴族、王族、そして富豪たちが集まっている。
シャンデリアの光が宝石を照らし、楽団の演奏が心地よく響く。
その煌びやかな空間に、私とアーク様は足を踏み入れた。
「……見て、宰相閣下とロゼリア様よ」
「やはりお美しい……。あのお二人が並ぶと、王城の品格が上がるようだ」
周囲からの称賛の声を浴びながら、私たちは優雅に会場を進む。
私はアーク様のエスコートに身を任せつつ、扇子の隙間から会場内を鋭くスキャンしていた。
不審者はいないか。
怪しい動きはないか。
そして、ジュリアン殿下はどこにいるか。
「……いないな」
アーク様が小声で呟く。
「王族席に陛下の姿はあるが、殿下の席が空席だ。……遅刻か?」
「いえ、この重要な式典で遅刻などすれば、廃嫡の決定打になります。……何かを『準備』しているのでしょう」
その時だった。
会場の入り口付近が、ざわりと波打った。
「……来たか」
現れたのは、ジュリアン殿下だった。
しかし、その姿は周囲の予想を裏切るものだった。
いつもの派手な白タキシードでも、金ピカの甲冑でもない。
漆黒の燕尾服。
髪はきっちりと撫で付けられ、表情は能面のように無表情。
その瞳には、かつてのキラキラした光も、勇者ごっこの時の狂気もなく、ただ冷たく澱んだ闇だけが広がっていた。
「……雰囲気が違うな」
アーク様が警戒レベルを引き上げるのが気配でわかった。
殿下は誰とも目を合わせず、一直線にステージへと向かっていく。
その手には、黒い革表紙の束が握りしめられていた。
「皆様、ご静粛に願います!」
殿下がステージに上がり、声を張り上げた。
いつもの浮ついた声ではない。
低く、腹の底から響くような声だ。
会場が静まり返る。
国王陛下も、「ジュリアン? どうしたのだ?」と怪訝な顔をしている。
「本日は建国記念の佳き日。……しかし、この神聖な場において、私はある『重大な告発』をしなければなりません」
殿下の視線が、ゆっくりと会場を巡り、そして――私に固定された。
「この国の中枢に巣食う、汚らわしい『寄生虫』の存在を、白日の下に晒すために!」
会場がどよめく。
寄生虫?
告発?
不穏な空気が漂い始める。
「……嫌な予感がしますね」
「ああ。……飛びかかる準備をしておこう」
アーク様がさりげなく足の位置を調整する。
殿下は黒いファイルを掲げた。
「ここに、ある調査報告書があります。……アークライト公爵令嬢、ロゼリア!」
ビシッ!
殿下が私を指差した。
スポットライトが私に集まる。
「……何でしょうか、殿下。藪から棒に」
私は動じることなく、優雅に扇子を揺らした。
ここで狼狽えては相手の思う壺だ。
「しらばっくれるな! 貴様が裏で行っていた悪事の数々、すべて調べがついているぞ!」
「悪事? ……例えば?」
「『国家予算の横領』だ!!」
殿下の口から飛び出した言葉に、会場中が悲鳴のような声を上げた。
横領。
それは私が殿下に突きつけた罪状だ。
それを、そのまま返してきたというのか?
「貴様は宰相補佐という立場を利用し、架空の予算を計上して私腹を肥やしていた! その額、金貨1万枚以上!」
「……は?」
私は呆れて口を開けそうになった。
架空予算?
私が?
私がやっていたのは「無駄な予算の削減」と「正当な報酬の請求」だ。
すべて領収書も契約書もある、クリアな金だ。
「証拠はあるのか!」
アーク様が怒号を飛ばす。
「あるとも! これを見ろ!」
殿下はファイルを広げ、中から数枚の書類をばら撒いた。
それは魔法で空中に拡大投影される。
そこに映し出されていたのは……。
『ロゼリア・フォン・アークライト名義 裏帳簿』
『ガルド商会からの不正献金記録』
『国宝売却益の着服リスト』
「……!?」
私の目が点になった。
ガルド商会からの献金?
国宝の着服?
それらは全て、殿下とベネディクトがやったことではないか。
それを、私の名義に書き換えて捏造したのか!
「なんと巧妙な……。自分の罪を、そっくりそのまま私になすりつけるつもりですか」
「黙れ! これが証拠だ! 貴様のサインも入っている!」
投影された書類には、確かに私の筆跡(を精巧に真似たもの)でサインがされていた。
会場の貴族たちがざわめき始める。
「まさか、ロゼリア様が?」「でも、サインが……」「火のない所に煙は立たないと言うし……」
疑念の目が、私に向けられる。
完璧な捏造だ。
これほどの偽造書類、殿下の頭脳で作れるはずがない。
やはり、バックにプロ(ベネディクト)がいる。
「陛下! この女は危険です! 国の金を食い物にし、私を悪者に仕立て上げ、宰相までたぶらかしているのです!」
殿下は涙ながらに(演技力も向上している)国王に訴えた。
「私は騙されていたのです! 彼女こそが真の『悪役令嬢』なのです! どうか、彼女に厳罰を! そしてアーク宰相にも、監督責任としての処罰を!」
国王陛下が困惑し、私とアーク様を見る。
このままではまずい。
一度ついた「横領」のイメージは、たとえ後で晴らしたとしても、私のビジネス上の信用を傷つける。
ここは、即座に論破しなければ。
私は一歩前に出ようとした。
しかし、アーク様がそれを手で制した。
「……ロゼリア。君は黙っていろ」
「アーク様?」
「私の婚約者が愚弄されているのだ。……私が黙っていると思うか?」
アーク様が、静かに、しかし凄まじい殺気を放ちながら歩き出した。
その背中からは、氷のような冷気と共に、燃え盛る怒りの炎が見えるようだった。
「……ジュリアン殿下。面白い紙芝居だ」
アーク様はステージの下で立ち止まり、殿下を見上げた。
「だが、詰めが甘い。……その書類、いつ作成されたものだ?」
「はっ、先月だ! 貴様らが裏でコソコソやっていた時期とな!」
「先月か。……ロゼリア、先月の君の筆跡の特徴は?」
アーク様が私に振った。
私は即座に答える。
「はい。先月は腱鞘炎気味でしたので、サインの『R』の払いが、通常より3ミリ短くなっております。しかし、その書類のサインは『絶好調時の筆跡』ですね」
「なっ……!?」
殿下が書類を見る。
「さらに」
アーク様が畳み掛ける。
「その『ガルド商会からの献金』の日付。……その日、ロゼリアは私と共に『隣国の使節団』の接待をしていた。アリバイは100人の証人が証明できる」
「えっ、そ、それは……代理人が……」
「代理人? 誰だ? 名前を言ってみろ」
「うっ……!」
アーク様の論理的尋問に、殿下がしどろもどろになる。
やはり、中身はポンコツのままだ。
台本(捏造書類)があっても、アドリブに弱い。
「そして何より……」
アーク様は、懐から一枚の水晶板を取り出した。
「この会場には、最新式の『真実の鏡』が設置されているのを知らなかったか?」
「し、真実の鏡……?」
「ああ。発言者の心拍数、発汗、視線の動きから、嘘を科学的に見抜く魔道具だ。……起動」
ブォン!
アーク様が魔力を流すと、水晶板が光り輝き、空中に巨大な文字を映し出した。
『判定結果:クロ(嘘)』
『嘘の確率:99.9%』
『推奨対応:即時拘束』
「……だそうだ、殿下」
アーク様が冷酷に告げる。
「嘘発見器まで論破できると思ったか?」
「ひぃぃぃっ!?」
殿下の顔面が蒼白になる。
会場の空気が一変した。
疑念の目は、一瞬にして侮蔑の目へと変わる。
「なんだ、嘘か」「王子が捏造なんて……」「最低ね」
「ち、違う! これは機械の故障だ! 僕は嵌められたんだ!」
殿下は往生際悪く叫ぶ。
そして、追い詰められた鼠のように、狂った目で私を睨みつけた。
「ロゼリアぁぁぁ! こうなったら……これを使うしかない!」
殿下は懐から、再び「何か」を取り出した。
今度は黒い石ではない。
紫色の液体が入った小瓶だ。
……あれは、ベネディクトが持っていた『偽・惚れ薬』?
いや、色がもっと濃い。
毒々しい煙を上げている。
「これを飲んで、僕の『真実の愛』を証明してやる! そして貴様ら全員、地獄へ道連れだ!」
「……自爆テロですか!?」
私は叫んだ。
あの薬、おそらく強力な爆発物か、あるいは広範囲に及ぶ毒ガスだ。
この密集した会場で使われたら、ただでは済まない。
「止めろ!!」
アーク様が飛びかかる。
しかし、距離がある。
殿下が瓶の蓋を開けようとした、その瞬間。
「うおりゃぁぁぁーーっ!!」
天井から、何かが降ってきた。
白い塊。
それはものすごい速度で落下し、ジュリアン殿下の脳天を直撃した。
ベチャッ!!
「ぶべっ!?」
殿下は白目を剥いて、カエルのように潰れた。
手から滑り落ちた小瓶は、アーク様がスライディングで見事にキャッチした。
「……なんだ?」
会場中が静まり返る。
殿下の上に鎮座している「白い塊」。
それは……巨大なパン生地の塊だった。
「あちゃー! 発酵させすぎて爆発しちゃった!」
天井の梁の上から、呑気な声が降ってきた。
見上げると、そこにはメイド服……ではなく、パン屋のエプロンをつけたリリィ様がぶら下がっていた。
「リ、リリィ様!?」
「ごめんなさーい! 厨房でハンス君と『究極のパン』を作ってたら、膨らみすぎて天井突き破っちゃいました!」
「……どんなパンを作ればそうなるのですか」
私は頭を抱えた。
しかし、結果オーライだ。
巨大なパン生地の下で、ジュリアン殿下はピクリとも動かない。
完全に窒息……いや、気絶している。
「……確保だ」
アーク様が近衛兵に合図を送る。
パン生地ごと、殿下は引き剥がされ、拘束された。
「……ふぅ。またしても、ヒロインの物理攻撃に助けられましたね」
「ああ。……彼女には、特別ボーナスとして『小麦粉1年分』を支給しておこう」
アーク様が疲れたように笑う。
こうして、ジュリアン殿下の「一世一代の冤罪計画」は、科学(嘘発見器)と暴力(パン生地)の前に呆気なく粉砕された。
だが、この騒動にはまだ続きがあった。
アーク様がキャッチした紫色の小瓶。
それを分析した結果、驚くべき事実が判明したのである。
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ロザリンダとして目覚めた木の葉サツキは、ロザリンダの意識がショックのあまり永遠の眠りについてしまったことを知り、「なぜロザリンダはこんなに努力してるのに周りはクズばっかりなの?まかせてロザリンダ!きっちりお返ししてあげるからね!」
*思いつきでプロットなしで書き始めましたが結末は決めています。暗い展開の話を書いているとメンタルにもろに影響して生活に支障が出ることに気付きました。定期的に強気主人公を暴れさせないと(?)書き続けるのは不可能なようなのでメンタル状態に合わせて書けるものから書いていくことにします、ご了承下さいm(_ _)m
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※架空のお話です。
※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。
※現実世界とは異なりますのでご理解ください。
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