え、いいんですか?婚約破棄、最高じゃないですか!

小梅りこ

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「……鑑定結果が出ました。これは『魔力崩壊液・改』です」


建国記念パーティーの騒乱から一夜明けた、王城の地下牢……の隣にある特別尋問室。

アーク様が、昨夜ジュリアン殿下から没収した紫色の小瓶を、厳重な結界箱に入れながら告げた。


「魔力崩壊液? 聞き慣れない薬品ですね」


「ああ。軍事用の禁制品だ。これを飲むと、体内の魔力回路が瞬時に沸騰し、肉体を爆弾に変えて自爆する」


「……自爆」


私は眉をひそめた。

ジュリアン殿下は「真実の愛を証明する」と言って飲もうとしていた。

つまり、あの商人のベネディクトは、殿下にこれを「惚れ薬」か何かだと偽って渡し、殿下ごと会場を吹き飛ばして証拠隠滅を図ろうとしたわけだ。


「……えげつないですね。顧客を爆弾にするとは、リピーター獲得を放棄したとしか思えません」


「そこかよ。……だが、これで確定だ。ガルド商会は単なる悪徳商人ではない。国家転覆を狙うテロリストだ」


アーク様の瞳に、冷たい殺気が宿る。

その殺気の矛先は、向かいの椅子に縛り付けられている人物――ジュリアン殿下に向けられていた。


「……う、うぅ……」


殿下が目を覚ました。

全身が小麦粉まみれで、頭にはまだ乾いたパン生地がへばりついている。

情けない姿だ。


「おはようございます、殿下。昨夜は素晴らしいパフォーマンスでしたね。パン生地とのコラボレーション、前衛的で感動しました」


私が皮肉たっぷりに挨拶すると、殿下はキョトンとして周囲を見回した。


「こ、ここは……? 僕は……愛の力を証明しようとして……」


「愛の力ではなく、爆発力でしたけどね。貴方、ベネディクトに騙されて自爆テロの実行犯にされるところでしたよ?」


「じ、自爆……!?」


殿下の顔色がパン生地のように白くなった。


「嘘だ……ベネディクトは『これを飲めば、身体が発光して神々しくなり、誰もがひれ伏す』と言っていたのに!」


「ある意味、発光して(爆発の閃光で)誰もがひれ伏す(爆風で)ところでしたね。詐欺師の言葉を鵜呑みにするからこうなるのです」


「そ、そんな……。僕はただ、ロゼリアを見返したくて……」


殿下はガックリと項垂れた。

その目から涙がこぼれ、頬の小麦粉を筋状に濡らしていく。


「……ジュリアン」


そこへ、重々しい声が響いた。

扉が開き、国王陛下が入室してきた。

その顔には、怒りよりも深い悲しみと、諦めの色が浮かんでいた。


「ち、父上……!」


「……失望したぞ。愚かだとは思っていたが、まさかテロの片棒を担ぐとはな」


「ち、違います! 僕は知らなかったんです! ただ、ロゼリアが憎くて……」


「その私怨で国を滅ぼしかけたのだ! 言い訳無用!」


陛下の怒号が狭い部屋に響く。

殿下はビクッと体を震わせ、小さくなった。


「ジュリアン。其の方を、本日をもって王位継承権剥奪、および王籍からの除名処分とする」


「……えっ?」


「今後は平民として、いや、罪人として塔に幽閉し、一生かけて罪を償わせる。……連れて行け」


陛下の合図で、衛兵たちが殿下の両脇を抱える。


「ま、待ってください! 廃嫡!? 幽閉!? 嫌だ、僕は王子だぞ! 父上、お願いです、許して……!」


「往生際が悪いぞ! ……さらばだ、我が息子よ」


陛下は背を向けた。

殿下はズルズルと引きずられながら、私の方を見た。


「ロ、ロゼリア! 助けてくれ! 金なら払う! 将来払うから!」


「……殿下」


私は冷めた目で見送った。


「残念ながら、貴方の信用スコアはマイナスです。ローンの審査は通りません。……塔の中で、せいぜい小麦粉でも捏ねて反省なさい」


「いやだぁぁぁーーっ!!」


扉が閉まり、殿下の絶叫が途切れた。

静寂が戻る。

陛下が、深いため息をついた。


「……すまない、ロゼリア嬢、アーク宰相。愚息が迷惑をかけた」


「いえ。迅速なご裁断、痛み入ります」


アーク様が頭を下げる。

私はすかさず、懐から分厚い封筒を取り出した。


「陛下。お気持ちはお察しいたしますが、それはそれとして。……こちら、今回の騒動における『被害総額』および『精神的慰謝料』の請求書になります」


「……!」


陛下がギョッとして私を見た。

アーク様が「こいつ……この空気で出すか?」という顔をしているが、私は止まらない。


「会場の修繕費、私のドレスのクリーニング代、捏造書類による名誉毀損への賠償、そしてテロ未遂への対応費用……締めて金貨5万枚になります」


「ご、5万……」


陛下がよろめいた。

国家予算の予備費が吹き飛ぶ金額だ。


「……ロゼリア嬢。そ、それはあまりに……」


「お支払いいただけないのであれば、今回の一件、国内外の新聞社に『詳細なドキュメンタリー』としてリークせざるを得ませんが?」


「……脅しか?」


「正当な権利行使です」


陛下は額に脂汗を浮かべ、アーク様に助けを求めた。

しかし、アーク様はそっぽを向いた。

「私の婚約者は、一度言い出したら聞きませんので」という無言の肯定だ。


「……わかった。払おう。だが、今は国庫に余裕がない。分割で頼めないか?」


国王に分割払いを頼ませる女、ロゼリア。

我ながら恐ろしい。

だが、私の狙いはそこではない。


「……ふむ。現金がないのであれば、現物支給でも構いませんわ」


「現物?」


「はい。今回の黒幕、ガルド商会。……彼らの『全資産』を没収し、それを賠償金として私に譲渡する許可をいただきたいのです」


「……!」


アーク様がニヤリと笑った。

陛下も目を丸くする。


「ガルド商会の資産……。奴らは違法な商売で莫大な富を築いていると聞く。それを全てか?」


「ええ。国としても、テロリストの資金源を断てるメリットがあります。さらに、私が彼らの資産を『適切に運用』すれば、そこから税金もお支払いしますよ?」


Win-Winの提案だ。

陛下は少し考え込み、やがて力強く頷いた。


「……よかろう。ガルド商会の資産凍結、および没収の全権を、アークライト公爵家に委任する。……奴らを、根こそぎにしてやれ」


「ありがとうございます。……では、早速『集金』に行って参ります」


私は優雅にカーテシーをした。

許可は降りた。

これで、ガルド商会は私の「貯金箱」になったも同然だ。


***


尋問室を出ると、廊下にはリリィ様が待っていた。

彼女はなぜか、虫取り網と虫籠(人間が入れるサイズ)を持っていた。


「お姉様! ジュリアン様、連れて行かれちゃいましたね……」


「ええ。彼は遠い所へ行きました(塔へ)」


「そうですかぁ。……あ、それで! 私、お姉様の役に立ちたくて、これ持ってきました!」


リリィ様が虫取り網を構える。


「悪い商人さんを捕まえるんですよね? 私、捕獲係やります!」


「……頼もしいですね。ですが、相手は逃げ足が速いですよ?」


「大丈夫です! ハンス君と『追いかけっこ』の特訓しましたから!」


どんな特訓だ。

まあいい。

彼女の機動力は、逃げるベネディクトを捕まえるのに不可欠だ。


「行きましょう、アーク様、リリィ様。ガルド商会の本店へ。……ベネディクトが資産を持ち逃げする前に、差し押さえなければなりません」


「ああ。……逃がさんぞ。私の婚約者を脅し、国を危機に晒した罪、たっぷりと償わせてやる」


アーク様が剣のベルトを締め直す。

私たちは王城を出て、馬車に飛び乗った。


向かうは城下町の一等地にあるガルド商会ビル。

私の計算では、ベネディクトは今頃、証拠隠滅と資金の運び出しに追われているはずだ。

金貨、宝石、権利書。

それら全てが、今や私のものだ。

待っていろ、悪徳商人。

守銭奴令嬢と氷の宰相、そして野生のヒロインが、貴方の「退職金」を回収しに行ってあげるから。


***


一方その頃、ガルド商会本店。


「くそっ! くそっ! あの馬鹿王子、失敗しやがって!」


社長室で、ベネディクトは金庫の中身を鞄に詰め込んでいた。

紫色のスーツは乱れ、額には汗が滲んでいる。


「自爆テロで城ごと吹き飛ばせば、証拠も消えて、国も混乱して、俺が新体制の実権を握れるはずだったのに……!」


彼は歯噛みした。

計画は完璧だったはずだ。

ただ一点、アークとロゼリア、そして規格外のヒロインという「バグ」を除いては。


「ええい、もういい! 金さえあれば、どこでもやり直せる! 隣国へ高飛びだ!」


彼はパンパンに膨らんだ鞄を持ち上げた。

重い。

金貨と宝石が詰まっている。


「おっと、これも忘れてはいけないな」


彼は壁に掛かっていた一枚の絵画を外した。

その裏には、隠しスイッチがある。

ポチッ。

壁が回転し、奥から奇妙な『杖』が現れた。

先端に赤い宝石が埋め込まれた、禍々しい杖。


「古代兵器『イフリートの杖』。……いざとなったら、これで追っ手を焼き払ってやる」


彼は杖を手に取り、不敵に笑った。

非常階段へと向かう。

その時だった。


ドゴォォォォン!!


オフィスの壁が、外側から爆砕された。


「な、なんだ!?」


ベネディクトが尻餅をつく。

舞い上がる粉塵。

そこから現れたのは、扉でも窓でもなく、壁をぶち破って侵入してきた一台の馬車(の残骸)と、3人の影だった。


「……失礼。正面玄関が閉まっていたので、ショートカットさせていただきました」


瓦礫の上で、私が電卓を弾きながら微笑む。


「ひぃっ……! ロ、ロゼリア!?」


「こんにちは、ベネディクトさん。……随分と大荷物ですね? どこへ旅行へ?」


私の隣で、アーク様がゆっくりと剣を抜く。

その剣身は、冷気で白く曇っている。


「資産隠しと国外逃亡の現行犯だな。……観念しろ」


「わぁ! 悪い人いた! 捕まえるー!」


リリィ様が虫取り網を構えて突進してくる。


「く、来るな! 化け物どもめ!」


ベネディクトは悲鳴を上げ、手にした『イフリートの杖』を構えた。


「焼き尽くしてやる! 死ねぇぇぇ!!」


杖の先端が赤く輝き、巨大な火球が私たちに向かって放たれた。

室内が灼熱に包まれる。

だが、私は動かない。

計算済みだ。


「……アーク様」


「ああ」


アーク様が一歩前に出て、剣を一閃させた。


「氷絶斬」


ヒュンッ!

放たれた火球が、一瞬で凍りついた。

燃え盛る炎が、氷の彫刻へと変わり、カランコロンと床に落ちて砕ける。


「な……っ!? 炎を、凍らせた……!?」


「物理法則? そんなものは私の前では無力だ」


アーク様は冷酷に言い放つ。


「さて、次は貴様を凍らせてやろうか? それとも……」


アーク様が私を見る。

私はニッコリと笑った。


「いえ、凍らせては資産の在り処を吐けませんわ。……生かさず殺さず、一文無しになるまで毟り取りましょう」


「ひぃぃぃぃっ!!」


ベネディクトは杖を投げ捨て、窓から飛び降りようとした。

しかし。


バサッ!!


「捕まえたー!」


リリィ様の虫取り網が、見事にベネディクトの頭を捕獲した。

網の中で暴れる悪徳商人。


「離せ! 離せぇぇ!」


「だーめ! お姉様のお財布になってもらうんだから!」


こうして、ガルド商会討伐作戦は、わずか3分で完了した。

オフィスの床には、押収された金貨の山。

そして網の中で藻掻く元社長。


「……ふふっ。大漁ですわね」


私は金貨の山に埋もれながら、勝利の美酒(まだ飲んでいないが)に酔いしれた。

これで、私の資産は安泰だ。

アーク様との婚約生活も、資金面での不安はなくなった。

あとは……。


「……ロゼリア」


アーク様が、凍りついた炎の残骸を踏み越えて、私の前に立った。

全てが終わった安堵からか、その表情は柔らかい。


「これで、邪魔者は全て消えたな」


「ええ。殿下は塔へ、ベネディクトは牢屋へ。……平和な日々の到来です」


「ならば……」


アーク様は私の手を取り、跪いた。

瓦礫と金貨の山の上での、奇妙なプロポーズのような体勢。


「改めて言わせてくれ。……私と、本当の結婚をしてくれないか?」


「……はい?」


「契約ではない。期限もない。……生涯のパートナーとして、私の隣にいてほしい」


真剣な瞳。

そこには、計算も駆け引きもない、純粋な熱があった。

私の心臓が、金貨を数える時よりも激しく高鳴る。


(……計算結果。アーク様との結婚による幸福度……測定不能、無限大)


私は赤くなる頬を隠すことも忘れ、彼の真っ直ぐな瞳を見つめ返した。


「……条件があります」


「なんだ? 何でも言え。全財産か?」


「いいえ。……私の計算高い性格も、守銭奴なところも、すべて受け入れて……一生、私に振り回されてくださいますか?」


「ははっ、愚問だな。……望むところだ」


アーク様は私の手を引き寄せ、優しく口づけをした。

リリィ様が「わーい! 結婚式だー! ケーキ食べ放題だー!」と網を振り回して喜んでいる。


こうして、悪役令嬢ロゼリアの波乱万丈な婚約破棄騒動は、最高のハッピーエンド(資産増)を迎えた……かに思えた。

だが、人生とは計算通りにはいかないものだ。

なぜなら、この国にはまだ「回収していない伏線」が残っていたからである。

例えば、リリィ様の新しい婚約者(パン屋)の実家が、実は伝説の勇者の末裔だったとか、そういう余計な設定が。
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