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「……素晴らしい。実に素晴らしい眺めですわ」
王城の地下にある、特別収蔵庫。
私はそこで、うっとりとしたため息を漏らしていた。
目の前にあるのは、ガルド商会から没収した資産の山だ。
木箱から溢れる金貨、宝石、美術品、そして権利書の束。
ベネディクトが長年かけてあくどく稼いだ富が、今ここに「正義の鉄槌(という名の強奪)」によって、私の管理下に置かれたのである。
「……ロゼリア。目が『¥』のマークになっているぞ」
隣で腕を組んでいるアーク様が、呆れたように言った。
「当然です。見てください、この金塊の輝き。ジュリアン殿下の『真実の愛』とやらより、よほど純度が高くて美しいです」
「比べる対象が間違っている気がするが……まあいい。陛下との約束通り、これらは全て君のアークライト公爵家が管轄し、一部を国庫へ納入、残りを君の『成功報酬』とする」
「ええ。計算済みです。国庫への納入分を差し引いても、私の手元には金貨3万枚相当が残ります。これで老後の資金も安泰ですね」
「まだ10代だろう、君は……」
アーク様は苦笑しつつ、私の頭を撫でた。
昨夜の「本当のプロポーズ」以来、彼のスキンシップは自然で、かつ甘いものになっている。
私もまだ慣れないが、金貨の山を前にしているせいか、素直に受け入れられた。
「さて、資産の確認も終わったことですし、そろそろ陛下への最終報告に行きましょうか」
「ああ。……あの馬鹿王子の処遇も、正式に決定したそうだ」
私たちは収蔵庫を出て、玉座の間へと向かった。
***
「……面目ない」
玉座の間。
国王陛下は、以前よりも一回り小さくなったように見えた。
無理もない。
実の息子がテロ未遂を起こし、廃嫡されたのだ。
親としての心労は計り知れないだろう。
「ジュリアンは……北の孤島にある修道院へ送ることとした。そこで一生、麦を育て、パンを焼き、罪を償わせる」
「パン作りですか。……リリィ様の影響を強く受けておられるようで」
私が皮肉を言うと、陛下は力なく笑った。
「皮肉なものだ。彼が本当に愛していたのは、リリィ嬢ではなく、彼女が食べていた『パン』のような平穏だったのかもしれん……」
「いえ、単に食い意地が張っていただけかと」
私はバッサリ切り捨てた。
感傷に浸る時間はコストの無駄だ。
「それで、陛下。今回の件の『論功行賞』ですが」
「う、うむ。……ロゼリア嬢、そなたの働きは見事であった。国を救った英雄と言っても過言ではない」
陛下は居住まいを正し、私とアーク様を見下ろした。
「アーク宰相、そしてロゼリア嬢。二人の婚約を、王家として正式に承認し、祝福しよう。……結婚式は、王家の主催で盛大に行うがよい。費用は全額、国が出す」
「「!」」
私とアーク様は顔を見合わせた。
国費での結婚式。
それはつまり、私たちの財布が痛まないということだ。
「ありがとうございます、陛下。では、お言葉に甘えて……」
私が電卓を取り出し、即座に見積もり(超豪華版)を作成しようとした時だった。
「あ、ちょっと待ったー!」
玉座の間の扉が開き、リリィ様が入ってきた。
そして、その隣には……粉まみれの青年、パン屋のハンス君がいた。
彼は背中に、ボロボロの布に包まれた「何か長いもの」を背負っている。
「リリィ嬢? それに、その者は?」
陛下が目を丸くする。
「パン屋のハンス君です! 陛下にパンを献上しに来ました!」
「は? パン?」
「はい! これ、ハンス君が焼いた『勇者のフランスパン』です!」
リリィ様が差し出したのは、剣のように鋭く、そして岩のように硬そうなフランスパンだった。
ハンス君が恐縮しながら口を開く。
「あ、あの……俺、実は……先祖代々伝わる『聖剣』を持ってまして……」
「聖剣?」
ハンス君が背中の包みを解いた。
そこから現れたのは、眩い光を放つ、伝説の聖剣エクスカリバー(本物)だった。
ジュリアン殿下が持っていた通販の偽物とは、輝きが違う。
「こ、これは……初代国王が使っていたという、失われた聖剣!?」
陛下が玉座から転げ落ちそうになった。
アーク様も目を見開く。
「なぜパン屋がそんなものを……」
「えっと、うちの家系、実は勇者の末裔らしくて。でも、魔王もいないし使い道がないから、これを使ってパン生地を捏ねてたんです。切れ味がいいので」
「聖剣でパンを!?」
「はい。この剣の聖なる波動で発酵させると、すごくふっくらするんです」
ハンス君は照れくさそうに笑った。
リリィ様が「ね? すごいでしょ?」と自慢げに胸を張る。
「……呆れた。勇者の血統が、こんなところで食文化に貢献していたとは」
私はため息をついた。
ジュリアン殿下が喉から手が出るほど欲しがっていた「勇者の力」は、パン屋の厨房で有効活用されていたのだ。
なんという皮肉。
「陛下! 私、ハンス君と結婚します! だから、お祝いに『王室御用達パン屋』の看板をください!」
リリィ様がねだった。
陛下はもう、考えるのを放棄したような顔で頷いた。
「……よかろう。好きにするがよい。……この国は、平和だ」
こうして、ジュリアン殿下の騒動は完全に幕を引いた。
勇者はパン屋になり、元勇者志望の王子は島流しになり、国宝は戻り、悪徳商人は破産した。
残るは、私たちのことだけだ。
***
「……さて、ロゼリア」
帰り道。
アーク様が私の手を握り、真剣な顔で言った。
「陛下のお墨付きも頂いた。……結婚式の準備を始めようか」
「ええ。一大プロジェクトですね」
私は手帳を開いた。
「結婚式」。
それは愛の誓いの場であると同時に、人生最大の「収益イベント」でもある。
「まず、招待客の選定です。有力貴族、富豪、各国の使節団……ざっと500名。ご祝儀の相場を考慮すると、一人当たり金貨10枚は見込めます」
「……君は、自分の結婚式をご祝儀回収イベントだと思っているのか?」
「違いますか? 先行投資(ドレス代や会場費)を回収し、黒字化するのは基本です。陛下が費用を出してくださるなら、ご祝儀は丸儲けですわ」
「……ははっ、頼もしい花嫁だ」
アーク様は笑った。
「だが、私からも提案がある。……式場は、王都の大聖堂ではなく、私の領地……『クロウリー辺境伯領』で行いたい」
「辺境伯領?」
私は首を傾げた。
アーク様の実家は、国の北方を守る辺境伯家だ。
王都からは馬車で3日かかる。
「なぜわざわざ田舎で? 移動コストがかかりますし、集客率が下がります」
「……私の両親に、君を会わせたいんだ」
アーク様の表情が、少し曇った。
「それに……父上が、君に会いたがっている。『あの氷のアークを陥落させた猛獣使いの顔が見たい』と手紙が来ていてな」
「猛獣使い……」
「あと、『アークライト公爵家の娘なら、さぞや良い値踏みをするのだろう。商談がしたい』とも」
「……ほう?」
私の目が光った。
商談。
その言葉の響きに、私の守銭奴魂が反応する。
「クロウリー辺境伯といえば、鉱山資源と魔物素材の宝庫……。未開拓のビジネスチャンスが眠っている土地ですね」
「……やはり食いついたか」
「いいでしょう。参りましょう、辺境伯領へ。ご両親への挨拶と、結婚式の下見、そして……」
私はニヤリと笑った。
「私の新しい『販路拡大』のために」
「……父上が裸足で逃げ出さないことを祈るよ」
アーク様は苦笑し、私の腰を抱き寄せた。
「では、出発は来週だ。……それまでは、少しゆっくりしよう」
「ええ。……あ、でもその前に」
私は一枚の紙をアーク様に差し出した。
「何だこれは?」
「『結婚準備に伴う特別手当』の請求書です。エステ代、ネイル代、そして私のモチベーション維持費です」
「……君ってやつは」
アーク様は呆れながらも、その紙を受け取り、そして不意に私にキスをした。
「手付金だ。……残りは、寝室で払ってやる」
「……!?」
耳元で囁かれた甘い言葉に、私は真っ赤になった。
計算高い私も、この男の不意打ちには、まだ勝てそうにない。
こうして、私たちは次なるステージ――アーク様の実家、辺境伯領へと向かうことになった。
そこで待ち受けるのが、最強の武闘派一家と、新たなトラブルの種だとは知らずに。
王城の地下にある、特別収蔵庫。
私はそこで、うっとりとしたため息を漏らしていた。
目の前にあるのは、ガルド商会から没収した資産の山だ。
木箱から溢れる金貨、宝石、美術品、そして権利書の束。
ベネディクトが長年かけてあくどく稼いだ富が、今ここに「正義の鉄槌(という名の強奪)」によって、私の管理下に置かれたのである。
「……ロゼリア。目が『¥』のマークになっているぞ」
隣で腕を組んでいるアーク様が、呆れたように言った。
「当然です。見てください、この金塊の輝き。ジュリアン殿下の『真実の愛』とやらより、よほど純度が高くて美しいです」
「比べる対象が間違っている気がするが……まあいい。陛下との約束通り、これらは全て君のアークライト公爵家が管轄し、一部を国庫へ納入、残りを君の『成功報酬』とする」
「ええ。計算済みです。国庫への納入分を差し引いても、私の手元には金貨3万枚相当が残ります。これで老後の資金も安泰ですね」
「まだ10代だろう、君は……」
アーク様は苦笑しつつ、私の頭を撫でた。
昨夜の「本当のプロポーズ」以来、彼のスキンシップは自然で、かつ甘いものになっている。
私もまだ慣れないが、金貨の山を前にしているせいか、素直に受け入れられた。
「さて、資産の確認も終わったことですし、そろそろ陛下への最終報告に行きましょうか」
「ああ。……あの馬鹿王子の処遇も、正式に決定したそうだ」
私たちは収蔵庫を出て、玉座の間へと向かった。
***
「……面目ない」
玉座の間。
国王陛下は、以前よりも一回り小さくなったように見えた。
無理もない。
実の息子がテロ未遂を起こし、廃嫡されたのだ。
親としての心労は計り知れないだろう。
「ジュリアンは……北の孤島にある修道院へ送ることとした。そこで一生、麦を育て、パンを焼き、罪を償わせる」
「パン作りですか。……リリィ様の影響を強く受けておられるようで」
私が皮肉を言うと、陛下は力なく笑った。
「皮肉なものだ。彼が本当に愛していたのは、リリィ嬢ではなく、彼女が食べていた『パン』のような平穏だったのかもしれん……」
「いえ、単に食い意地が張っていただけかと」
私はバッサリ切り捨てた。
感傷に浸る時間はコストの無駄だ。
「それで、陛下。今回の件の『論功行賞』ですが」
「う、うむ。……ロゼリア嬢、そなたの働きは見事であった。国を救った英雄と言っても過言ではない」
陛下は居住まいを正し、私とアーク様を見下ろした。
「アーク宰相、そしてロゼリア嬢。二人の婚約を、王家として正式に承認し、祝福しよう。……結婚式は、王家の主催で盛大に行うがよい。費用は全額、国が出す」
「「!」」
私とアーク様は顔を見合わせた。
国費での結婚式。
それはつまり、私たちの財布が痛まないということだ。
「ありがとうございます、陛下。では、お言葉に甘えて……」
私が電卓を取り出し、即座に見積もり(超豪華版)を作成しようとした時だった。
「あ、ちょっと待ったー!」
玉座の間の扉が開き、リリィ様が入ってきた。
そして、その隣には……粉まみれの青年、パン屋のハンス君がいた。
彼は背中に、ボロボロの布に包まれた「何か長いもの」を背負っている。
「リリィ嬢? それに、その者は?」
陛下が目を丸くする。
「パン屋のハンス君です! 陛下にパンを献上しに来ました!」
「は? パン?」
「はい! これ、ハンス君が焼いた『勇者のフランスパン』です!」
リリィ様が差し出したのは、剣のように鋭く、そして岩のように硬そうなフランスパンだった。
ハンス君が恐縮しながら口を開く。
「あ、あの……俺、実は……先祖代々伝わる『聖剣』を持ってまして……」
「聖剣?」
ハンス君が背中の包みを解いた。
そこから現れたのは、眩い光を放つ、伝説の聖剣エクスカリバー(本物)だった。
ジュリアン殿下が持っていた通販の偽物とは、輝きが違う。
「こ、これは……初代国王が使っていたという、失われた聖剣!?」
陛下が玉座から転げ落ちそうになった。
アーク様も目を見開く。
「なぜパン屋がそんなものを……」
「えっと、うちの家系、実は勇者の末裔らしくて。でも、魔王もいないし使い道がないから、これを使ってパン生地を捏ねてたんです。切れ味がいいので」
「聖剣でパンを!?」
「はい。この剣の聖なる波動で発酵させると、すごくふっくらするんです」
ハンス君は照れくさそうに笑った。
リリィ様が「ね? すごいでしょ?」と自慢げに胸を張る。
「……呆れた。勇者の血統が、こんなところで食文化に貢献していたとは」
私はため息をついた。
ジュリアン殿下が喉から手が出るほど欲しがっていた「勇者の力」は、パン屋の厨房で有効活用されていたのだ。
なんという皮肉。
「陛下! 私、ハンス君と結婚します! だから、お祝いに『王室御用達パン屋』の看板をください!」
リリィ様がねだった。
陛下はもう、考えるのを放棄したような顔で頷いた。
「……よかろう。好きにするがよい。……この国は、平和だ」
こうして、ジュリアン殿下の騒動は完全に幕を引いた。
勇者はパン屋になり、元勇者志望の王子は島流しになり、国宝は戻り、悪徳商人は破産した。
残るは、私たちのことだけだ。
***
「……さて、ロゼリア」
帰り道。
アーク様が私の手を握り、真剣な顔で言った。
「陛下のお墨付きも頂いた。……結婚式の準備を始めようか」
「ええ。一大プロジェクトですね」
私は手帳を開いた。
「結婚式」。
それは愛の誓いの場であると同時に、人生最大の「収益イベント」でもある。
「まず、招待客の選定です。有力貴族、富豪、各国の使節団……ざっと500名。ご祝儀の相場を考慮すると、一人当たり金貨10枚は見込めます」
「……君は、自分の結婚式をご祝儀回収イベントだと思っているのか?」
「違いますか? 先行投資(ドレス代や会場費)を回収し、黒字化するのは基本です。陛下が費用を出してくださるなら、ご祝儀は丸儲けですわ」
「……ははっ、頼もしい花嫁だ」
アーク様は笑った。
「だが、私からも提案がある。……式場は、王都の大聖堂ではなく、私の領地……『クロウリー辺境伯領』で行いたい」
「辺境伯領?」
私は首を傾げた。
アーク様の実家は、国の北方を守る辺境伯家だ。
王都からは馬車で3日かかる。
「なぜわざわざ田舎で? 移動コストがかかりますし、集客率が下がります」
「……私の両親に、君を会わせたいんだ」
アーク様の表情が、少し曇った。
「それに……父上が、君に会いたがっている。『あの氷のアークを陥落させた猛獣使いの顔が見たい』と手紙が来ていてな」
「猛獣使い……」
「あと、『アークライト公爵家の娘なら、さぞや良い値踏みをするのだろう。商談がしたい』とも」
「……ほう?」
私の目が光った。
商談。
その言葉の響きに、私の守銭奴魂が反応する。
「クロウリー辺境伯といえば、鉱山資源と魔物素材の宝庫……。未開拓のビジネスチャンスが眠っている土地ですね」
「……やはり食いついたか」
「いいでしょう。参りましょう、辺境伯領へ。ご両親への挨拶と、結婚式の下見、そして……」
私はニヤリと笑った。
「私の新しい『販路拡大』のために」
「……父上が裸足で逃げ出さないことを祈るよ」
アーク様は苦笑し、私の腰を抱き寄せた。
「では、出発は来週だ。……それまでは、少しゆっくりしよう」
「ええ。……あ、でもその前に」
私は一枚の紙をアーク様に差し出した。
「何だこれは?」
「『結婚準備に伴う特別手当』の請求書です。エステ代、ネイル代、そして私のモチベーション維持費です」
「……君ってやつは」
アーク様は呆れながらも、その紙を受け取り、そして不意に私にキスをした。
「手付金だ。……残りは、寝室で払ってやる」
「……!?」
耳元で囁かれた甘い言葉に、私は真っ赤になった。
計算高い私も、この男の不意打ちには、まだ勝てそうにない。
こうして、私たちは次なるステージ――アーク様の実家、辺境伯領へと向かうことになった。
そこで待ち受けるのが、最強の武闘派一家と、新たなトラブルの種だとは知らずに。
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