え、いいんですか?婚約破棄、最高じゃないですか!

小梅りこ

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「……は?」


ガルド帝国の玉座の間。

壁も床も天井も、目が痛くなるほどの金色で埋め尽くされたその空間で、私の間抜けな声が響いた。

玉座に頬杖をついて座っているのは、この国を統べる若き皇帝、カイザル・フォン・ガルド。

紫の長髪に、退廃的な色気を漂わせた美青年だが、その瞳には生気がまるで感じられない。

彼はあくびを噛み殺しながら、もう一度言った。


「聞こえなかったか? 余の国を……ガルド帝国を丸ごと買ってくれと言ったのだ。お前、金を持っているんだろう?」


「……アーク様。この皇帝陛下、頭が金箔でコーティングされておられるのでは?」


私は小声でアーク様に耳打ちした。

アーク様もまた、呆れ顔で剣の柄に手を置いている。


「正気か、カイザル帝。一国の主が、初対面の他国の宰相夫婦に『国を売る』などと」


「正気も正気、大真面目だ。……あー、面倒くさい」


カイザル帝は玉座の上でだらしなく足を組んだ。


「余は疲れたのだ。毎日の公務、派閥争い、そして……増え続ける借金の計算。もう嫌だ。国を売っ払って、南の島で優雅な隠居生活を送りたい」


「……動機が不純すぎます」


私はため息をついた。

ジュリアン殿下といい、この世界の王族には「責任感」というDNAが欠落しているのだろうか。


「で、どうだ? 言い値でいいぞ。金貨100万枚くらいでどうだ?」


「100万枚?」


私はピクリと反応した。

国を買う。

M&A(企業の合併・買収)ならぬ、国家買収。

確かに、史上最大規模のビジネスチャンスではある。

ガルド帝国は資源も豊富で、国土も広い。

経営手腕さえあれば、黒字化は不可能ではないかもしれない。


「……ふむ」


私は懐から愛用の電卓と、ルーペを取り出した。


「アーク様、リリィ様。少し『査定』を行いますので、時間を稼いでください」


「査定だと?」


私は許可も取らずに、玉座の間の柱に近づいた。

コンコン。

爪で叩く。


「……なるほど。カイザル陛下」


「なんだ?」


「この柱、純金ではありませんね? 鉛の表面に薄く金メッキを施しただけの粗悪品です」


「ッ!?」


カイザル帝の眉が動く。


「次に、この床の絨毯。……ホコリの溜まり具合からして、清掃業者のコストを削減していますね? 王城の維持管理費がショートしている証拠です」


私は次々と城内の「ボロ」を指摘していく。


「さらに、先ほど街で見かけた物価の異常な高騰。……インフレ率が危険水域に達しています。国債の格付けは間違いなく『ジャンク級(紙屑)』でしょう」


私は電卓を激しく叩き、バアン! と叩きつけた。


「結論。……この国は、債務超過の『事故物件』です。金貨100万枚どころか、タダでも引き取りたくありません。むしろ、負債を引き受ける処分料を頂きたいくらいですわ」


「ぐふっ……!」


カイザル帝が胸を押さえてよろめいた。

図星だったらしい。


「な、なぜバレた……。表面上はきらびやかな大国を装っていたのに……」


「私の目は節穴ではありません。金のない匂いには敏感なのです」


私は冷ややかに言い放った。


「それで? 本当の理由は何です? 単なる浪費でここまで財政が傾くとは思えません。……何か『大きな穴』が開いているはずです」


カイザル帝は観念したように肩を落とした。

そして、重い口を開く。


「……『黄金竜』だ」


「黄金竜?」


「ああ。我が国の守り神とされる伝説のドラゴンだ。……そいつが、最近になって『暴食』を始めたのだ」


「暴食……?」


嫌な予感がする。

その単語には、つい最近(結婚式で)苦しめられたばかりだ。


「黄金竜マモンは、その名の通り『金』を食う。……以前は年に一度の貢ぎ物で満足していたのだが、ここ数年、食欲が爆発してな。城の宝物庫の金貨も、鉱山から採れた金も、片っ端から要求してくるのだ」


「……なるほど」


金の亡者ならぬ、金を食うドラゴン。

国中の金が物理的に食べられて消失しているなら、インフレも財政破綻も当然だ。


「逆らえば、国を焼き尽くすと脅されてな……。余はもう限界なのだ。だから、国ごと誰かに押し付けて逃げようと……」


「最低な君主ですね」


アーク様が蔑んだ目で見た。


「金貨を食べるドラゴン……。もったいないです!」


リリィ様が割り込んできた。

彼女の視点はそこではない気がするが。


「金貨はお腹にたまらないですよ? もっと美味しいパンとかあげればいいのに!」


「パンなど食わん! 奴は純度99.9%の金しか受け付けないグルメなのだ!」


カイザル帝が頭を抱える。


「このままでは国が滅ぶ。……頼む、ロゼリア殿。その商才で何とかしてくれ。成功報酬として、余の隠し財産(まだあるのか)を全部やるから!」


「隠し財産……」


私の耳がピクリと動いた。


「……アーク様」


「なんだ、ロゼリア。まさか引き受けるつもりか?」


「ええ。乗りかかった船……いえ、見逃せない商機です」


私はニヤリと笑った。


「金を食うドラゴン。……見方を変えれば、それは『世界最高の金処理能力を持つ焼却炉』です。産業廃棄物(メッキ剥がれの偽造金貨など)の処理に使えるかもしれません」


「君の発想は、常に斜め上だな……」


「それに、ドラゴンが溜め込んでいる『体内備蓄』……。排泄物として出た金はどうなっているのか、非常に興味があります」


「汚い話をするな」


私はカイザル帝に向き直った。


「商談成立です、陛下。国は買いませんが、国の再建コンサルティングを引き受けましょう。……まずは、その『偏食ドラゴン』への直接交渉(ガサ入れ)から始めます」


「ほ、本当か!? だが奴は凶暴だぞ!?」


「問題ありません。我がパーティには『氷の宰相』と『破壊のヒロイン』がいますから」


私は二人を指差した。

アーク様は「やれやれ」と肩をすくめ、リリィ様は「ドラゴンのお肉、美味しいかな?」とよだれを垂らしている。


「案内なさい、陛下。その黄金竜の巣へ」


***


私たちはカイザル帝の案内で、都の地下深くにある巨大な洞窟へと向かった。

熱気が漂ってくる。

そして、むせ返るような金属臭。


「……ここだ。この奥にマモンがいる」


カイザル帝が震えながら指差す。


「グルルルル……」


奥から、地響きのような唸り声が聞こえてきた。

そして、暗闇の中で二つの巨大な金色の瞳が光る。


『……誰だ。我の眠りを妨げる者は……』


重厚な声が脳に直接響いてくる。

現れたのは、全身が黄金の鱗で覆われた、全長50メートルはあろうかという巨大なドラゴンだった。

その迫力は、以前見たイエティの比ではない。

しかし。


「……太っていますわね」


私の第一声はそれだった。

ドラゴンは、巨大だった。

いや、肥満だった。

腹が地面について引きずっている。

顎の下にはタプタプの贅肉。

動きが鈍重で、息切れしている。


『なっ、太っているだと!? これは富の象徴たる豊満なボディだ!』


ドラゴンが反論してきた。

図星らしい。


「いいえ、ただのメタボリックシンドロームです。金貨の食べ過ぎによる金属中毒と、運動不足ですね」


私はルーペでドラゴンの腹を見た。


「鱗の隙間から、未消化の金貨がこぼれていますよ? ……もったいない」


私は落ちていた金貨を拾い上げ、ポケットに入れた。


『貴様……我の食べ残しを……!』


「マモンさん、でしたっけ? 貴方、最近体が重くて飛べないでしょう?」


『ぐっ……なぜそれを……』


「見ればわかります。その腹では揚力が足りません。……どうです? 私と契約して、『ダイエット』をしてみませんか?」


「……ダイエット?」


ドラゴンとカイザル帝の声が重なった。


「はい。貴方は金を食べ過ぎです。摂取カロリーと消費カロリーのバランスが崩壊しています」


私は提案した。


「我が社(アークライト公爵家)が提供する『低金利……いえ、低金属ダイエットプログラム』。これを実践すれば、貴方はかつての美しいフォルムと飛翔能力を取り戻せます」


『ほ、本当か? 最近、腰痛もひどくて悩んでいたのだ……』


ドラゴンが食いついた。

やはり、健康不安を抱えていたらしい。

金持ちほど健康にはうるさいものだ。


「ただし、条件があります」


私はニヤリと笑った。


「ダイエット期間中、食事制限として金貨の摂取を禁止します。代わりに……リリィ様特製の『ヘルシーパン(全粒粉)』を食べていただきます」


「えっ、私のパン!? いいですよー!」


リリィ様がハンス君直伝の巨大な堅焼きパンを差し出した。


「そして、貴方が過去に食べて体内に蓄積した『余剰金』。……これを排出していただきます」


『は、排出?』


「ええ。デトックスです。……吐き出しなさい、今すぐに」


アーク様が一歩前に出て、剣を抜いた。

冷気が漂う。

無言の圧力だ。


『ひぃっ……! わ、わかった! 出す! 全部出すから凍らせないでくれ!』


ドラゴンは恐怖に震え、そして……。


オエェェェェェ!!


口から、滝のような金貨の奔流を吐き出した。

チャリンチャリンチャリン!!

洞窟があっという間に黄金の海になる。


「……す、すげぇ……」


カイザル帝が腰を抜かした。

それは、ガルド帝国の借金を一度で返済して余りあるほどの量だった。


「素晴らしい。……これで国家予算の補填と、私のコンサル料は確保できましたね」


私は金貨の山の上で、満足げに頷いた。

痩せた(物理的に中身が出た)ドラゴンは、少しスッキリした顔をしている。


『おお……体が軽い……!』


「でしょう? これからはバランスの良い食事を心がけてくださいね。……リリィ様、餌付けをお願いします」


「はーい! マモンちゃん、パンだよー!」


『うむ、なかなか香ばしくて美味いではないか……』


ドラゴンがパンを齧り始めた。

これで「金を食う厄災」は、「パン好きのペット」へとクラスチェンジしたわけだ。


「……解決したな」


アーク様が剣を収める。


「ああ。……まさかドラゴンの嘔吐物で国が救われるとは」


カイザル帝が遠い目をしている。


「さて、陛下。問題は解決しました。……約束の『隠し財産』と、今後の『顧問契約』について、じっくり話し合いましょうか」


私は電卓を片手に、皇帝に詰め寄った。

新婚旅行の初日は、巨額の利益と共に幕を開けた。

しかし、この国の問題はドラゴンだけではなかった。

金ピカの都の裏で蠢く、もっとドロドロとした「人間」の陰謀が、私たちを待ち受けていたのである。
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