姉と妹に血が繋がっていないことを知られてはいけない

マーラッシュ

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神奈さんの秘密

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 ドアを開けて部屋に入ってきたのは⋯⋯。

「お休みのところすみません」
「神奈さん!」

 予想外の人物に、俺は思わず大きな声を上げてしまう。
 神奈さんが俺の部屋にくるなんて⋯⋯いや、紬ちゃんに言われて一緒に来たのならありえる話だ。
 だが神奈さんは1人部屋に入るとドアを閉めてしまった。
 紬ちゃんがいない⋯⋯だと⋯⋯。

「え~と紬ちゃんは?」

 俺は神奈さんが1人で部屋に訪ねて来ることが信じられなくて、質問してみる。

「紬は別荘の中に興味があるみたいで、メイドさんの案内で見学に行きました」

 紬ちゃんに取って⋯⋯いや俺もそうだが、こんな豪邸に入る機会なんて滅多にないから探検したい気持ちはとてもわかる。

「それで神奈さんは何でこの部屋に?」

 何となく俺に用などないと思い、部屋にと聞いてしまった。しかし俺の予想とは裏腹な答えが返ってくる。

「天城くんと話がしたくて⋯⋯」

 神奈さんが俺に話したいことは1つ。忘れていた訳ではないが、まさかこの旅行中に言ってくるとは思わなかった。

「そっか⋯⋯それじゃあ座って」

 部屋にある椅子に座るよう促し、俺はその対面の椅子に腰を掛ける。
 神奈さんは椅子に座るが俯いており、これから話す内容が容易ではないことが想像できた。

「過去の話だよね? まさかこのタイミングで来るとは思わなかったよ」

 このまま時間だけが過ぎていくと、ブールの約束をしていた15時になってしまうので、神奈さんが話しやすいように俺の方から誘導していく。

「普段私は紬のことがあるのですぐに帰らなくてはいけないし、天城くんもいつも女の子と一緒にいて中々話せる機会がなかったから⋯⋯」

 神奈さんとの関係が良くないせいか被害妄想で、俺が女好きで誰かといつも一緒にいるから話が出来ないと言われているように感じてしまう。

「それと最近の天城くんはクラスのことで頑張っていたり、妹さんを助けたりしているのに、私は過去に囚われてひどいことをしているなって⋯⋯」

 まさか2年になってからの行動が、神奈さんの気持ちを変えていたとは思いもしなかった。ただ俺は自分のやりたいようにしていただけなのに。

「そ、それで⋯⋯私が天城くんを避けている理由なんだけど⋯⋯」

 とうとうこの時が来たか。6年程前から神奈さんに嫌われていた原因がわかるのか。俺が悪いなら謝罪はしたいし、とにかくこのままの関係は解消したい。せめて他の人と同じ様に⋯⋯最低でも普通に会話できるようになりたいな。

「私が母子家庭だってことは知っていますよね?」
「うん」
「6年前⋯⋯夏休みが終わってからすぐにお父さんが⋯⋯亡くなりました」

 そういえば今言われて思い出したけど、神奈さんは夏休みの後に何日か休んでいたな。でもそのことが俺に何か関係があるのかな? 俺が神奈さんのお父さんが亡くなった原因になったとか? いや、さすがにそのような記憶はないぞ。

「それは⋯⋯お悔やみ申し上げます」
「いえ、もうお父さんが亡くなったことは自分の中で区切りがついているので大丈夫ですけど、当時の私はそれが出来ていませんでした」

 それは当然の反応だろう。大人でも親が亡くなって平然と過ごすことなど出来ないのに、ましてや子供の神奈さんに心を乱すなという方が無理な話だ。

「お父さんの体調は私が小学校5年生になる頃から徐々に悪化して、初めは少し顔色が悪くなり、そして食事を満足に取ることが出来なくて痩せほそり、歩くことができず、最後にはベッドの上から出ることも⋯⋯」

 神奈さんは身内が弱っていく様を見てきたんだ。俺はまだ体験したことがないからわからないが、神奈さんの表情から、俺の想像を絶するものだったことは間違いないだろう。

「そして5年生の夏休み⋯⋯私はお父さんのことを想ってステンドグラスのコップにお父さんと⋯⋯お父さんとの思い出を書きました」

 よく覚えている。凄く良い出来だったから美術コンクールの大賞を取ったんだ。あのコップには幼いながら何か鬼気迫る物を感じたな。

「コップに絵を書いていた時⋯⋯お父さんは私にこう言いました。もし自分がいなくなっても私やお母さん、産まれたばかりの紬を見守っているって。そしてその時の私は天国から? とお父さんに問いかけました。そうしたらお父さんは、結の書いたお父さんの絵はとても上手いから、このステンドグラスのコップと一心同体となって見守っているって口にしていましたがあの日⋯⋯」
「俺が神奈さんの作品を落として壊してしまった」
「はい。そしてそのすぐ後にお父さんは⋯⋯お父さんは亡くなりました」

 神奈さんはお父さんの死について区切りがついていると言っていたが、そのようなことは全然なかった。なぜなら今の神奈さんは両目から涙をポロポロと流しているから。

「その時の私は子供だったこともあり、天城くんに作品を壊されたから⋯⋯ステンドグラスの中にいるお父さんが死んだから、お父さんも死んでしまったんだって⋯⋯」

 やっと神奈さんが俺を嫌う理由がわかった。確かにこれは俺が悪い。純粋な子供だったら父親とそのような話をして、ステンドグラスと父親が亡くなったタイミングが同じだったら、作品が壊れたから父親も亡くなったと思ってもおかしくない。

「少しずつ大人になっていく中で、天城くんのせいでお父さんが亡くなったんじゃないってわかっていましたが⋯⋯どうしても子供の頃の記憶が蘇って⋯⋯ごめんなさい! 私の心が幼くて⋯⋯」
「いや、俺の方こそごめん! ただ純粋に綺麗なステンドグラスだったから近くで見たくて⋯⋯神奈さんの想いが詰まった作品を壊して本当にごめん!」
「ううん⋯⋯私が悪いの。私はそれで6年間天城くんに強く当たったり、無視したり酷いことをしたから⋯⋯でも1つだけ聞かせてほしいの。天城くんはステンドグラスのコップをわざと落としたわけじゃありませんよね?」
「もちろんわざとじゃない。言い訳になるけど小学校5年の夏休みに左腕を怪我して⋯⋯」

 俺は左腕の肘の部分を神奈さんに見せる。そこには5センチほどの傷後が今も残っていた。

「神奈さんの作品を持った時左腕に痺れが走って、それで驚いて作品を落としてしまったんだ」

 医者からは今後力をいれたり、重いものを持ったり、気圧の変化で痺れが出ると聞いていたが、まさかあの時に起こるとは思わなかった。

「だからわざと落としたなんてことはない。それだけは信じてほしい」

 人が一生懸命作った物を壊すなんてそんな腐ったことはしない。だけどそれは俺の言い分で神奈さんがどう思うかは別だ。

「信じます。この6年間見てきた天城くんは、人が嫌がることはしていませんでした。だから天城くんを信じます」
「ありがとう⋯⋯神奈さん」

 6年間嫌われていた相手だけど、それでも俺のことを見ていてくれたんだな。何だかそのことが無性に嬉しい。

「それと⋯⋯ごめんなさい。お父さんのことを思い出しちゃったから少し泣いていいかな?」
「うん⋯⋯いいよ」

 俺は神奈さんの言葉を肯定する。すると神奈さんは俺の胸に頭をつけ、静かに涙を流す。

「おとぅさぁん⋯⋯おとぅざあん。ごめんなさい、ごめんなさい」

 本当は神奈さんを慰めるためにも肩を抱くとかした方がいいかもしれないけど、神奈さんが涙を流す原因を作った俺にはそんな資格はないため、ただ胸を貸すことしか出来なかった。
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