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第1章 神殺し

第9話 神殺しの王

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 その日、空からは雨が降りしきっていた。しかしある山の上にはぽっかりと大穴が開いており、綺麗な月と星空が見えていた。そこは月と星の明かり、さらに周囲の木々が燃えていることにより、夜とは思えないほど明るかった。まるで十年前のあの日のように。

「神斗だったんだね、あの日、私を追っ手から救ってくれたのは」
「ああ、あの日、俺は疫病の魔女の捕縛を依頼された。まさかあの時いたのが優香だったとは」

 十年前、優香は自らを狙った追っ手に捕まりそうになった。それを救った少年は、優香の後輩であり、恋人である神斗だった。その後優香は香苗に記憶を消され、香苗の非人道的な研究に加担させられたのだ。
 しかし優香は記憶を再生させたことで、消された十年前の事件の記憶を全て思い出すことができた。

「ありがとう神斗、十年前私を救ってくれて。そして今、私が消えた記憶の再生をすることができたのも神斗のおかげ。本当に、ありがとう」
「いや、記憶の再生は優香自身の力のおかげだ。それに十年前、俺はあの時……」

  神斗が優香になにか言いかけたその時、

 ドッゴオオォォォォンン!!!

 恵美を囲んでいた炎の壁が吹き飛んだ。そこには先程よりも一層力を増幅させ、体から白い光を迸らせた恵美が立っていた。その手には濃密な光の槍を持ち、目と身体中にある不思議な文字が輝いていた。

『………………』
「ッ!どうやら話をしている場合じゃないみたいだな。まずは目の前の脅威をどうにかするのが先か」
「うん、そうだね。でも恵美は私の親友なの!だから……」
「分かっているよ。彼女も魔女の被害者、必ず救ってみせる」
「天帝ッ!この愚王が!お前たち神殺しはどれだけ私の邪魔をすれば気がすむんだ!」

 神斗の炎の壁から脱出した恵美は香苗の隣に立った。香苗も神斗への怒りゆえか、恵美と同様力を増幅させて紫色のオーラを纏っている。

「いい加減頭にきたよ!天帝、貴様は今ここで殺す!私一人じゃ無理だが、魔導王の力を取り込んだエンブリオがあればお前とも戦える!私の研究を邪魔し続けたことを後悔させてやるよ!!」
「……優香は休んでいてくれ。あの二人は俺が相手をする」
「え!?でも……」
「大丈夫、これでも神殺しの王だ。傷を負った老婆と仮初めの力を相手にするぐらいの力は持っているよ」
「私と私の研究を舐めているね?いいだろう、行くよ恵美!愚かな王を捻り潰し、私の研究成果を世に知らしめるんだ!!」

 瞬間、恵美は飛び出した。足に転移魔法の魔法陣を展開し、いつでも別の場所に転移できる状態で神斗に迫って行く。手に持つ光の槍を構え、神斗に向かって振りかぶった。

『……………ッ!!』
「ふん、確かにそれなりの力はあるみたいだな。しかし踏み込みが甘く、無駄な動きが目立つ。まぁ取り込んだ他人の力をまともに扱うなんてこと不可能だからな」

 神斗を攻撃しようと飛び込んだ恵美は、地面から出現した火柱によって上空に弾き飛ばされた。さらに神斗は力を増幅させ、上空の恵美に向けて手をかざす。

「少しばかり痛い思いをするが、我慢してくれよ」

 恵美にかざした手から炎が吹き出し、巨大な火球が生み出される。神斗は手に生み出したそれを恵美に向かって容赦なく放った。

『……………ッガァ!!!』

 放たれた巨大な火球は空中で身動きのできない恵美に直撃した。直撃によって爆発した火球は空を赤く染めあげた。神斗の放った火球をまともに受けた恵美は、黒い煙を放ちながら地面に落下していく。

「くッ!エンブリオにダメージを与えるとは、やはり一筋縄では……ぐぁッ!!」

 香苗は正面から高速で近づいてきた炎の渦に巻き込まれ、瓦礫とともに吹き飛ばされた。炎の渦は神斗の火球を放った逆の手から放たれていた。香苗が火球の直撃を受けた恵美に気を取られた一瞬の隙をついた攻撃だった。

「気を抜いたな疫病の魔女」
「かはッ!うぐッ、くそ!相変わらずの戦闘力だな。十年前より遥かに力が洗練されている」
「お褒めに預かり光栄だよ。貴様は随分と弱ったな。海乃との戦闘によって受けた傷のせいもあるだろうが、根本的なところが弱くなっている」
「な、なんだって……」
「疫病の魔女、貴様は神殺しとしての力に酔いその力に頼りすぎた。結果自らの力を高めようとせず現状の力で満足してしまった。貴様は自らの力を過信した弱者に成り下がったんだ」
「……ッ!だ、黙れ、黙れ!」

 香苗は神斗の言葉にさらに苛立ち、毒や病の波動を神斗に向かって何度も放った。しかし神斗はその全てを炎によって完全に焼き尽くしていった。

「自らの力に頼り、満足し、過信した貴様は、自分を見つめることをやめた。貴様が他人に強大な力を与える研究に没頭した理由がそれだよ。自分ではなく、他人を使って自らを表現する。貴様は無意識のうちに自分を捨て、忘れ、無視をした。それは人としての存在を破棄した事と同じだ!」
「やめろ!!やめろぉぉぉおおお!!!」

 香苗は怒りによって力を増幅させ、濃密な疫病の波動を解き放った。

「お前はもう、誇り高き神殺しではない!!」

 香苗の放った疫病の波動が神斗に迫っていく。しかしそれは神斗まで届くことはなかった。
 神斗の足元から吹き出した炎の波によって飲み込まれ、焼き尽くされたからだ。炎の波は空中に集まり、いくつもの火球に分かれていく。それは恵美を攻撃した火球よりも大きな火球の群れだった。

「灰燼残さず焼き尽くせーー“太陽の砲炎”マダファーン!!!」

 ドドドドドドドッゴゴゴゴオオオォォォォォォォンンンンンン!!!!!!

 巨大な火球の榴弾は恵美と香苗二人を襲った。その威力は凄まじく森を一瞬で焼き野原へと変えた。火球の落ちた地面には大きなクレーターができ、まるで隕石が落下したかのような状態となっていた。

「す、すごい……神斗にこんな力があったなんて。でも、恵美は!?」
「安心して、今の攻撃は確かに効いているだろう。しかしさっきの火球を直撃しても無事でいられたあの防御力があれば、死にはしないよ」
「し、死にはって……」
「あれぐらいの攻撃を与えないと動きを封じることはできない。いくら優香の親友だからといって、あの子は魔導王の力を取り込んでいる。油断はできない」
「神斗……」

 神斗は仲間や大切な者、弱きものには優しく慈悲深い。しかし敵となれば話は別。一切の憂慮も譲歩もしない、確実に討ち取る。優香は神斗の確固たる覚悟を垣間見たのだった。
 

 ――――――――――――――――――――――


 神斗の攻撃によって地面は真っ黒に焦げ、黒煙が燻っていた。

「さて、どうなったかな」
「恵美……」

 焼け野原の黒煙が少しずつ晴れていく。するとそこには、横たわる恵美と片膝をついた香苗の姿があった。

『………………ガッ、グゥッ!』
「ハァ、ハァ、クソ……ったれが!」
「意識があるか、どうやら香苗はあの子を盾にしたみたいだな」
「恵美を盾に!?」
「この火力馬鹿が!恵美の防御力がなけりゃ、確実に死んでいたよ」

 香苗は恵美を盾にすることで、神斗の攻撃を防いでいた。しかし神斗の攻撃が予想以上に強く、香苗もダメージを負っていた。

「このままでは、あの方への示しがつかないじゃないか……」
「あの方……貴様の崇拝する存在だったな。そいつは一体何者だ?」
「そいつ呼ばわりするんじゃないよ!あの方はとても崇高なお方だ。お前如きが関わっていいような下賤な輩とは格が違うんだよ!!」
「下賤な輩……だと?」
「うッ!」
「きゃッ!」

 香苗と優香は突如神斗から発せらせた強烈な熱波に晒された。その熱波は地面を焼いていた残り火を消し去り、晴れきっていなかった黒煙を吹き飛ばした。

「貴様……それは俺の仲間のことか?俺の仲間を下賤な輩呼ばわりしたのか?それがどういう意味か、俺の仲間を愚弄するとどうなるか、分かって言ってるんだよな!!?」

 ズッガアアアァァァァァァンンンンン!!!!!

 それは一瞬の出来事だった。神斗がその拳に炎を纏わせ高速で香苗に近づき、炎の拳で香苗を殴り飛ばしたのだ。その強大な一撃によって香苗は地面をえぐりながら吹き飛ばされていった。

「ガアァァ!!……がはッ!ごほッごほッ!ぐぅぅッ!」
「覚悟しろ疫病の魔女。貴様は触れてはいけないところに触れてしまった。灰も残らないと思え!」

 香苗は震える足でフラフラと立ち上がった。香苗は膨大な力の波動を放ち、その力は瘴気となって漏れ出ていた。

「こ、これ以上は……好き勝手にさせん。この命に代えても、私は悲願を達成せねばならんのだ!!」
「ッ!これは、まさか!」

 香苗は漏れ出てきた瘴気に包まれていく。瘴気は香苗を完全に包み込むと、さらなる膨張を始めた。やがてその姿は、人間の身長をゆうに超える紫色の巨大な上半身だけの人型となった。
 香苗はその中心、心臓あたりに半身が埋め込まれたような状態となっている。
 
「な!なにあれ!」
「あれは魔女が力を解放した姿。いや力に飲み込まれ、暴走していると言ったほうが正しいか。今、森香苗は自らの生命力を力に変えている。結果膨大な力が体から漏れ出てしまい、あのような醜悪な姿になったんだ。」

 疫病と瘴気で構成された怪物となった香苗はその巨大な腕を振り上げた。

『私はバビロニアの神の一柱、戦争と疫病の神ネルガルの力を持つ、疫病の魔女!!貴様らに、自ら死を望むほどの苦しみを与える者だ!!!』

 ズガガガガガアアァァァァァァンンンンンン!!!!!

 香苗の咆哮とともに巨大な紫色の腕で神斗を地面ごと薙ぎ払った。その薙ぎ払いによって疫病の波動が放たれ、僅かに残っていた木々や草花が腐敗していった。

「くッ!ただ避けただけじゃ疫病の波動を食らってしまうか。大きく避けるか、炎で完全に焼き尽くすかだな」
「神斗!大丈夫!?」
「ああ、問題ない。優香はもう少し離れておくんだ!」

 神斗は疫病の怪物の薙ぎ払いを避け、放たれた疫病の波動を、炎を身に纏うことによって防いでいた。しかし疫病の怪物は触れるだけで危険な瘴気と疫病の波動を常に放っており、神斗は近づけないでいた。

『この力があれば、天帝!貴様に最高の苦しみを与えられる!!そして私は研究を完成させ、聖母様に必要とされるのさ!!』
「ちっ、このまま放っておけば奴の発する瘴気と波動が周辺の街にまで影響を及ぼしてしまうな。それなら!」

 神斗は力を高め、炎を全身から噴出させた。さらに周辺の木々や地面、瓦礫を焼いていた炎が生き物のように一人でに動き出し、神斗たちのいる山の周囲に集まっていく。

「一切を閉じ込める烈火の壁ーー“壁炎“ジェダルー!!!」

 山の周囲に集まった炎は天に向かってせり上がっていく。やがてそれは炎で出来た壁となり、神斗たちと周辺の山々とを完全に遮断した。

『こ、これは、炎の壁!』
「そうだ。これ以上お前から漏れ出る危険な波動を外に晒し続ければ、周辺に住む人間や自然を破壊しかねないからな。それに、十年前のように貴様を逃すわけにはいかない」
『ハッハッハ!!あいも変わらず甘々な王様だな。なんの力も持たない人間如き、どうでもいいじゃないか!』
「ふんっ、なんの力も持たない、か」
『ん?なんか言ったかい?』
「いや、独り言だよ。お前は何も知らないんだなと思ってな」

 神斗は全身から溢れ出る炎を両手の拳に集める。炎は圧縮に圧縮を重ね、やがて炎を纏った拳は炎で出来た拳と化した。

「そろそろ決着をつけよう疫病の魔女。俺がこの炎で貴様の全てを焼き尽くしてやる!!!」
『ああ、いいだろう!しかし私の力は貴様の温い炎では焼き尽くせん!私の作り出す疫病によって、炎ごと貴様を苦しみの地獄へ突き落としてやる!!!』

 神斗の燃え盛る炎と、香苗の疫病の波動がぶつかり合う。そこが人間が住む世界だとは思えないほどの壮絶な戦いが始まった。
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