9 / 18
9 言ってなかったか?じゃないでしょ!
しおりを挟む
ヴァンツァーはずっと悩んでるようだった。その間に、皿に可愛くデコレーションされたケーキが運ばれてきて、それでも黙っていて。
ティーカップの中が空になったのでようやく此方を見たかと思うと、先に食べよう、と言ってお茶のおかわりをもらい、ケーキを食べた。
先に、という事は後で話してくれるということだ。私はそれに頷くと、真っ赤なストロベリージュレにハートのチョコレート飾りのついた、ストロベリームースのケーキにフォークを刺した。
「ん! お、美味しい……、すごい苺の味がするのに、とっても甘い!」
甘酸っぱさも感じるが、ムース部分が柔らかな甘さでジュレの酸っぱさを和らげている。チョコレートとも相性が良くて、チョコの甘さとほろ苦さに、苺の味を煮詰めたような、それでいて苺ミルクのように柔らかい甘さがクセになって、あっという間に半分食べてしまった。
「気に入ったか?」
「とっても! また、ここに来たいわ」
紅茶のシフォンケーキにたっぷりの生クリームの乗った皿をすぐに空にしたヴァンツァーは、私がケーキを食べ終わるのを待っていてくれた。彼も実は、かなり甘い物が好きだ。そこは変わっていない。
無口で無表情になっただけで、ヴァンツァーの内面はあまり変わってないのかもしれない。だからこそ、気になる。
何かから自分を守っているのかのような、その表面の変化が。
「ここは人目があるから……宝石店でも覗きに行くか」
「人目がない場所じゃなきゃ、話せないの?」
「あぁ」
そう言って彼はお会計を済ませると、なるべく高級なジュエリーショップに入った。
「頼んだものは?」
「できております。お持ちしますか?」
「いや、奥の部屋を少し借りる。15分後に持ってきてくれ」
「畏まりました」
何かアクセサリーを頼んでいたらしい。店の中は数点の見本がガラスケースに入っていて、奥にいくつか商談用の小部屋がある、私もあまり入らないような高級店だ。
ヴァンツァーと連れ立って部屋に通された私は、彼の左隣に座った。黒い革張りのソファに沈み込まないように座ると、おもむろにヴァンツァーは左手の手袋を外し、袖のボタンも外して肘の上まで捲り上げた。
「…………何、コレ」
「俺の肩から先は、義手だ。魔具士に作ってもらったから、ほとんど本物と同じに動かせる。……昨日の剣と揃いの盾を持っていたんだが、ドラゴンに肩から食われた」
肘と手首のところに、薄く光る魔法石が埋まっている。他は、人間の肌に近い質感をしていて、肩にも魔法石が埋まっているそうだ。
「これのせいで、こう……左側の顔や首の筋肉が、うまく動かない。笑わないんじゃなく……恥ずかしい。舌も、やっとこのくらい話せるようになった」
晩秋のドラゴンを倒して暫く、彼は療養とリハビリに努めていたと言う。
「言ってなかったか? すまない」
「言ってなかったか? じゃないわよ! なんで、もう、……ヴァンツァー……」
私はかける言葉もなければ、謝ることもできなかった。ありがとうとも言えない。ここで発する言葉は、必ず彼の誇りを何か傷付ける。
彼が服を戻し、手袋を嵌めようとしたところで、私は手に触れた。
本物の人の肌のようで、ちょっと違う。作り物の手だが、ちゃんと温かい。肩に頭を寄せて、耳まで赤くして私は言った。
「……大好きよ、ヴァンツァー。下手でもいいの。私の前では、笑って」
「……分かった」
そんな会話をしているうちに、扉がノックされたので、私は慌てて彼から離れた。
残念だ、と小さな声で言った彼は、確かに左側の唇が上がらない、下手な笑い方をした。
心臓が、煩かった。
ティーカップの中が空になったのでようやく此方を見たかと思うと、先に食べよう、と言ってお茶のおかわりをもらい、ケーキを食べた。
先に、という事は後で話してくれるということだ。私はそれに頷くと、真っ赤なストロベリージュレにハートのチョコレート飾りのついた、ストロベリームースのケーキにフォークを刺した。
「ん! お、美味しい……、すごい苺の味がするのに、とっても甘い!」
甘酸っぱさも感じるが、ムース部分が柔らかな甘さでジュレの酸っぱさを和らげている。チョコレートとも相性が良くて、チョコの甘さとほろ苦さに、苺の味を煮詰めたような、それでいて苺ミルクのように柔らかい甘さがクセになって、あっという間に半分食べてしまった。
「気に入ったか?」
「とっても! また、ここに来たいわ」
紅茶のシフォンケーキにたっぷりの生クリームの乗った皿をすぐに空にしたヴァンツァーは、私がケーキを食べ終わるのを待っていてくれた。彼も実は、かなり甘い物が好きだ。そこは変わっていない。
無口で無表情になっただけで、ヴァンツァーの内面はあまり変わってないのかもしれない。だからこそ、気になる。
何かから自分を守っているのかのような、その表面の変化が。
「ここは人目があるから……宝石店でも覗きに行くか」
「人目がない場所じゃなきゃ、話せないの?」
「あぁ」
そう言って彼はお会計を済ませると、なるべく高級なジュエリーショップに入った。
「頼んだものは?」
「できております。お持ちしますか?」
「いや、奥の部屋を少し借りる。15分後に持ってきてくれ」
「畏まりました」
何かアクセサリーを頼んでいたらしい。店の中は数点の見本がガラスケースに入っていて、奥にいくつか商談用の小部屋がある、私もあまり入らないような高級店だ。
ヴァンツァーと連れ立って部屋に通された私は、彼の左隣に座った。黒い革張りのソファに沈み込まないように座ると、おもむろにヴァンツァーは左手の手袋を外し、袖のボタンも外して肘の上まで捲り上げた。
「…………何、コレ」
「俺の肩から先は、義手だ。魔具士に作ってもらったから、ほとんど本物と同じに動かせる。……昨日の剣と揃いの盾を持っていたんだが、ドラゴンに肩から食われた」
肘と手首のところに、薄く光る魔法石が埋まっている。他は、人間の肌に近い質感をしていて、肩にも魔法石が埋まっているそうだ。
「これのせいで、こう……左側の顔や首の筋肉が、うまく動かない。笑わないんじゃなく……恥ずかしい。舌も、やっとこのくらい話せるようになった」
晩秋のドラゴンを倒して暫く、彼は療養とリハビリに努めていたと言う。
「言ってなかったか? すまない」
「言ってなかったか? じゃないわよ! なんで、もう、……ヴァンツァー……」
私はかける言葉もなければ、謝ることもできなかった。ありがとうとも言えない。ここで発する言葉は、必ず彼の誇りを何か傷付ける。
彼が服を戻し、手袋を嵌めようとしたところで、私は手に触れた。
本物の人の肌のようで、ちょっと違う。作り物の手だが、ちゃんと温かい。肩に頭を寄せて、耳まで赤くして私は言った。
「……大好きよ、ヴァンツァー。下手でもいいの。私の前では、笑って」
「……分かった」
そんな会話をしているうちに、扉がノックされたので、私は慌てて彼から離れた。
残念だ、と小さな声で言った彼は、確かに左側の唇が上がらない、下手な笑い方をした。
心臓が、煩かった。
20
あなたにおすすめの小説
これって政略結婚じゃないんですか? ー彼が指輪をしている理由ー
小田恒子
恋愛
この度、幼馴染とお見合いを経て政略結婚する事になりました。
でも、その彼の左手薬指には、指輪が輝いてます。
もしかして、これは本当に形だけの結婚でしょうか……?
表紙はぱくたそ様のフリー素材、フォントは簡単表紙メーカー様のものを使用しております。
全年齢作品です。
ベリーズカフェ公開日 2022/09/21
アルファポリス公開日 2025/06/19
作品の無断転載はご遠慮ください。
地味で器量の悪い公爵令嬢は政略結婚を拒んでいたのだが
克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。
心優しいエヴァンズ公爵家の長女アマーリエは自ら王太子との婚約を辞退した。幼馴染でもある王太子の「ブスの癖に図々しく何時までも婚約者の座にいるんじゃない、絶世の美女である妹に婚約者の座を譲れ」という雄弁な視線に耐えられなかったのだ。それにアマーリエにも自覚があった。自分が社交界で悪口陰口を言われるほどブスであることを。だから王太子との婚約を辞退してからは、壁の花に徹していた。エヴァンズ公爵家てもつながりが欲しい貴族家からの政略結婚の申し込みも断り続けていた。このまま静かに領地に籠って暮らしていこうと思っていた。それなのに、常勝無敗、騎士の中の騎士と称えられる王弟で大将軍でもあるアラステアから結婚を申し込まれたのだ。
溺愛のフリから2年後は。
橘しづき
恋愛
岡部愛理は、ぱっと見クールビューティーな女性だが、中身はビールと漫画、ゲームが大好き。恋愛は昔に何度か失敗してから、もうするつもりはない。
そんな愛理には幼馴染がいる。羽柴湊斗は小学校に上がる前から仲がよく、いまだに二人で飲んだりする仲だ。実は2年前から、湊斗と愛理は付き合っていることになっている。親からの圧力などに耐えられず、酔った勢いでついた嘘だった。
でも2年も経てば、今度は結婚を促される。さて、そろそろ偽装恋人も終わりにしなければ、と愛理は思っているのだが……?
隠れ蓑婚約者 ~了解です。貴方が王女殿下に相応しい地位を得るまで、ご協力申し上げます~
夏笆(なつは)
恋愛
ロブレス侯爵家のフィロメナの婚約者は、魔法騎士としてその名を馳せる公爵家の三男ベルトラン・カルビノ。
ふたりの婚約が整ってすぐ、フィロメナは王女マリルーより、自身とベルトランは昔からの恋仲だと打ち明けられる。
『ベルトランはね、あたくしに相応しい爵位を得ようと必死なのよ。でも時間がかかるでしょう?だからその間、隠れ蓑としての婚約者、よろしくね』
可愛い見た目に反するフィロメナを貶める言葉に衝撃を受けるも、フィロメナはベルトランにも確認をしようとして、機先を制するように『マリルー王女の警護があるので、君と夜会に行くことは出来ない。今後についても、マリルー王女の警護を優先する』と言われてしまう。
更に『俺が同行できない夜会には、出席しないでくれ』と言われ、その後に王女マリルーより『ベルトランがごめんなさいね。夜会で貴女と遭遇してしまったら、あたくしの気持ちが落ち着かないだろうって配慮なの』と聞かされ、自由にしようと決意する。
『俺が同行出来ない夜会には、出席しないでくれと言った』
『そんなのいつもじゃない!そんなことしていたら、若さが逃げちゃうわ!』
夜会の出席を巡ってベルトランと口論になるも、フィロメナにはどうしても夜会に行きたい理由があった。
それは、ベルトランと婚約破棄をしてもひとりで生きていけるよう、靴の事業を広めること。
そんな折、フィロメナは、ベルトランから、魔法騎士の特別訓練を受けることになったと聞かされる。
期間は一年。
厳しくはあるが、訓練を修了すればベルトランは伯爵位を得ることが出来、王女との婚姻も可能となる。
つまり、その時に婚約破棄されると理解したフィロメナは、会うことも出来ないと言われた訓練中の一年で、何とか自立しようと努力していくのだが、そもそもすべてがすれ違っていた・・・・・。
この物語は、互いにひと目で恋に落ちた筈のふたりが、言葉足らずや誤解、曲解を繰り返すうちに、とんでもないすれ違いを引き起こす、魔法騎士や魔獣も出て来るファンタジーです。
あらすじの内容と実際のお話では、順序が一致しない場合があります。
小説家になろうでも、掲載しています。
Hotランキング1位、ありがとうございます。
悪役令嬢と呼ばれた彼女の本音は、婚約者だけが知っている
当麻月菜
恋愛
『昔のことは許してあげる。だから、どうぞ気軽に参加してね』
そんなことが書かれたお茶会の招待状を受け取ってしまった男爵令嬢のルシータのテンションは地の底に落ちていた。
実はルシータは、不本意ながら学園生活中に悪役令嬢というレッテルを貼られてしまい、卒業後も社交界に馴染むことができず、引きこもりの生活を送っている。
ちなみに率先してルシータを悪役令嬢呼ばわりしていたのは、招待状の送り主───アスティリアだったりもする。
もちろん不参加一択と心に決めるルシータだったけれど、婚約者のレオナードは今回に限ってやたらと参加を強く勧めてきて……。
※他のサイトにも重複投稿しています。でも、こちらが先行投稿です。
※たくさんのコメントありがとうございます!でも返信が遅くなって申し訳ありません(><)全て目を通しております。ゆっくり返信していきますので、気長に待ってもらえたら嬉しかったりします。
大嫌いな幼馴染の皇太子殿下と婚姻させられたので、白い結婚をお願いいたしました
柴野
恋愛
「これは白い結婚ということにいたしましょう」
結婚初夜、そうお願いしたジェシカに、夫となる人は眉を顰めて答えた。
「……ああ、お前の好きにしろ」
婚約者だった隣国の王弟に別れを切り出され嫁ぎ先を失った公爵令嬢ジェシカ・スタンナードは、幼馴染でありながら、たいへん仲の悪かった皇太子ヒューパートと王命で婚姻させられた。
ヒューパート皇太子には陰ながら想っていた令嬢がいたのに、彼女は第二王子の婚約者になってしまったので長年婚約者を作っていなかったという噂がある。それだというのに王命で大嫌いなジェシカを娶ることになったのだ。
いくら政略結婚とはいえ、ヒューパートに抱かれるのは嫌だ。子供ができないという理由があれば離縁できると考えたジェシカは白い結婚を望み、ヒューパートもそれを受け入れた。
そのはず、だったのだが……?
離縁を望みながらも徐々に絆されていく公爵令嬢と、実は彼女のことが大好きで仕方ないツンデレ皇太子によるじれじれラブストーリー。
※こちらの作品は小説家になろうにも重複投稿しています。
【完結】婚約者にウンザリしていたら、幼馴染が婚約者を奪ってくれた
よどら文鳥
恋愛
「ライアンとは婚約解消したい。幼馴染のミーナから声がかかっているのだ」
婚約者であるオズマとご両親は、私のお父様の稼ぎを期待するようになっていた。
幼馴染でもあるミーナの家は何をやっているのかは知らないが、相当な稼ぎがある。
どうやら金銭目当てで婚約を乗り換えたいようだったので、すぐに承認した。
だが、ミーナのご両親の仕事は、不正を働かせていて現在裁判中であることをオズマ一家も娘であるミーナも知らない。
一方、私はというと、婚約解消された当日、兼ねてから縁談の話をしたかったという侯爵であるサバス様の元へ向かった。
※設定はかなり緩いお話です。
「帰ったら、結婚しよう」と言った幼馴染みの勇者は、私ではなく王女と結婚するようです
しーしび
恋愛
「結婚しよう」
アリーチェにそう約束したアリーチェの幼馴染みで勇者のルッツ。
しかし、彼は旅の途中、激しい戦闘の中でアリーチェの記憶を失ってしまう。
それでも、アリーチェはルッツに会いたくて魔王討伐を果たした彼の帰還を祝う席に忍び込むも、そこでは彼と王女の婚約が発表されていた・・・
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる