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5 陛下のお願い=命令
私が茫然としてジャスミン様の言葉に固まっている間に、何やら王城に勤めているらしい方が近付いてきて私の横で一礼した。
戸惑いながらドレスをつまんで淑女の礼を返す。ダンスの申し込みでは無さそうだ。
「ドントベルン侯爵令嬢とお見受けいたします。噂に違わぬ本当に素晴らしいお声で、陛下が余興に一曲というお願いをされているのですが……」
「あの、お待ちになって? 私は今日がデビュタントです。陛下のお耳に入るような機会もこれまで無かったかと思うのですが……」
私の返答にその方も些か驚いたような顔を上げる。私の返答にではなく、どうにも声に純粋に驚いているようだ。
「貴女の教養の家庭教師……声楽の師は、我が国でも権威ある宮廷音楽家でございます。ドントベルン侯爵たっての願いで一度でもいいので娘の声を聞いて欲しい、と嘆願され、それ以降ご自身の身分を隠して貴女の家庭教師を勤めておりました。ヘルクス卿……、家庭教師のお名前はそれで間違いございませんね?」
たしかにヘルクス先生に教わって私は声楽を習っていたけれど、何が起きているのかさっぱり分からない私の顔がどんどん曇っていくのが自分でも分かる。
陛下のお願い……というのは、まぁ命令だ。という事は、私はこの会場の方々の前で一曲披露するのは決定事項だ。
貴女が行けば行事になる……、と言っていた両親を一瞥すると、言った通りになったろう? とばかりに笑っている。ダメだ、勝てない。
そっと私の手を握るジャスミン様の手の力が強くなった。振り返ると、天使の笑顔が横にある。
「フリージア様。お願いです、私もフリージア様の歌が久しぶりに聴きたいです」
「ジャスミン様……」
これ以上、陛下の使いの方も陛下もお待たせする訳にはいかないだろう。それに、一曲歌えば、見た目が標準な私でも誰か殿方が見つけてくれるかもしれない。
私は歌で大成したいという気持ちは無いし、それは歌うのは楽しいけれど、それ以上に貴族の子女として結婚し、貴族の一人として責任を持って生きていきたい。
デビュタントでいきなり素敵な方に出会えるなんて思っていなかったけれど、見た目が平凡なのだから、陛下に目を掛けて貰ったことでもあるし、チャンスは活かしていくべきかもしれない。
無理矢理そんな言い訳で自分を鼓舞した私は、硬い顔で使いの方に向き直った。
「わかりました。精いっぱい歌わせていただきます。曲目は?」
「『暁の乙女』がいいだろうと……歌詞が無いので、貴女の声が純粋に響くだろうという陛下のリクエストです」
しかも、伴奏の無いアカペラだ。低音から高音までを音程だけで歌い上げる曲だが、その曲ならば好きでよく歌っているから問題無いだろう。
頷いた私はジャスミン様の手を離れ、その使いの方について楽団の前に向かった。
その時、すれ違い様に一人の青年と目があった。なんだかよく分からないけれど、薄い金髪にアイスブルーの涼し気な顔をしたその殿方はジャスミン様と並べたら対の天使と言われても信じてしまいそうな綺麗な方だった。
その方も驚いたように私を見ていた。一瞬、ほんの一瞬目が合っただけなのだけれど、その視線が背中にずっとついてきている気がする。なんだか、少し自意識過剰になっているのかもしれない。恥ずかしい。
楽団の前に立つと、円状に人が離れて立っている。左手の階段の上に陛下と王妃様、王子殿下たちが座っていて、最前列に先程の天使のような殿方が人波をかき分けて立っていた。
デビュタントの恥は、多少はお目こぼしされる。今日の失敗は噂する方が恥ずかしい。
今後こんなに目立つ事もないだろう。私はそんな気持ちで一礼すると、目を伏せて稜線を切り裂く朝陽を思い浮かべた。
まだ紫紺と青の入り交ざる夜明けの空の低音を、深く息を吸って会場中に響くように発声した。
戸惑いながらドレスをつまんで淑女の礼を返す。ダンスの申し込みでは無さそうだ。
「ドントベルン侯爵令嬢とお見受けいたします。噂に違わぬ本当に素晴らしいお声で、陛下が余興に一曲というお願いをされているのですが……」
「あの、お待ちになって? 私は今日がデビュタントです。陛下のお耳に入るような機会もこれまで無かったかと思うのですが……」
私の返答にその方も些か驚いたような顔を上げる。私の返答にではなく、どうにも声に純粋に驚いているようだ。
「貴女の教養の家庭教師……声楽の師は、我が国でも権威ある宮廷音楽家でございます。ドントベルン侯爵たっての願いで一度でもいいので娘の声を聞いて欲しい、と嘆願され、それ以降ご自身の身分を隠して貴女の家庭教師を勤めておりました。ヘルクス卿……、家庭教師のお名前はそれで間違いございませんね?」
たしかにヘルクス先生に教わって私は声楽を習っていたけれど、何が起きているのかさっぱり分からない私の顔がどんどん曇っていくのが自分でも分かる。
陛下のお願い……というのは、まぁ命令だ。という事は、私はこの会場の方々の前で一曲披露するのは決定事項だ。
貴女が行けば行事になる……、と言っていた両親を一瞥すると、言った通りになったろう? とばかりに笑っている。ダメだ、勝てない。
そっと私の手を握るジャスミン様の手の力が強くなった。振り返ると、天使の笑顔が横にある。
「フリージア様。お願いです、私もフリージア様の歌が久しぶりに聴きたいです」
「ジャスミン様……」
これ以上、陛下の使いの方も陛下もお待たせする訳にはいかないだろう。それに、一曲歌えば、見た目が標準な私でも誰か殿方が見つけてくれるかもしれない。
私は歌で大成したいという気持ちは無いし、それは歌うのは楽しいけれど、それ以上に貴族の子女として結婚し、貴族の一人として責任を持って生きていきたい。
デビュタントでいきなり素敵な方に出会えるなんて思っていなかったけれど、見た目が平凡なのだから、陛下に目を掛けて貰ったことでもあるし、チャンスは活かしていくべきかもしれない。
無理矢理そんな言い訳で自分を鼓舞した私は、硬い顔で使いの方に向き直った。
「わかりました。精いっぱい歌わせていただきます。曲目は?」
「『暁の乙女』がいいだろうと……歌詞が無いので、貴女の声が純粋に響くだろうという陛下のリクエストです」
しかも、伴奏の無いアカペラだ。低音から高音までを音程だけで歌い上げる曲だが、その曲ならば好きでよく歌っているから問題無いだろう。
頷いた私はジャスミン様の手を離れ、その使いの方について楽団の前に向かった。
その時、すれ違い様に一人の青年と目があった。なんだかよく分からないけれど、薄い金髪にアイスブルーの涼し気な顔をしたその殿方はジャスミン様と並べたら対の天使と言われても信じてしまいそうな綺麗な方だった。
その方も驚いたように私を見ていた。一瞬、ほんの一瞬目が合っただけなのだけれど、その視線が背中にずっとついてきている気がする。なんだか、少し自意識過剰になっているのかもしれない。恥ずかしい。
楽団の前に立つと、円状に人が離れて立っている。左手の階段の上に陛下と王妃様、王子殿下たちが座っていて、最前列に先程の天使のような殿方が人波をかき分けて立っていた。
デビュタントの恥は、多少はお目こぼしされる。今日の失敗は噂する方が恥ずかしい。
今後こんなに目立つ事もないだろう。私はそんな気持ちで一礼すると、目を伏せて稜線を切り裂く朝陽を思い浮かべた。
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