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1 山猿姫

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「ほら、もう落ちちゃダメよ。怪我がなくてよかったわね」

 私は手の中にそっと抱いていた雛を巣に戻すと、他の雛たちに混ざって黄色い嘴で鳴いてる姿を微笑ましくしばらく眺めていた。

 私はリナ・イーリス子爵令嬢。今は仕立てのいい薄水色のワンピースを着て、靴は木の根元に置いてきた。
 昔から運動神経がよく、領地では領民の子と野山を駆け回り、木登りは私が一番得意だった。

 明るい茶色の髪に青い瞳の、見た目は悪く無いとは思うのだけど、こんな性格なものだからおしとやかとは程遠い。未だに領民の同年代の子には山猿姫と呼ばれるし、なんなら社交界でも呼ばれている。

 王都で社交界デビューした時に、街中で帽子が飛ばされて街灯に引っかかっていた令嬢の帽子を登って取ってあげたり、デートの時に雨で道がぬかるんでいた時に革靴で滑った相手の男性を(これは力じゃなくコツがあるだけなのだが)ハイヒールの私が転ぶ前に助けてしまったり、他色々。はい、私のせい。

 こんなだから、嫁の貰い手は早々に諦めた。今は領地に戻って、日々花嫁修行の毎日だ。刺繍とか、詩歌音曲も嫌いじゃ無いのだけれど……やっぱりこうして木の上にいると落ち着いてしまう。

 ぼんやりしているうちに親鳥がやってきて、私を威嚇し始めた。

 木登りは得意だが、いきなり嘴で突かれそうになってバランスを崩した私は、太い木の枝から落ちた。この私が落ちてどうするんだ、山猿姫とも呼ばれているのに情けない。

 だけど、落ち方は心得ている。目を閉じて頭だけは庇って落ちて、地面を転がれば擦り傷以上の怪我はしない。が、何か柔らかいものの上に落ちたようで痛みはない。

「……怪我は無いか?」

 突然かけられた若い男性の声に、人の上に落ちてしまったのだと悟った私は慌てて体を起こした。

「は、はい! すみません、まさか人の上に落ちたとは思わず……! すぐにどきます!」
「いや、いい。どかないで、そのまま。私の天使」
「……………………はい?」

 この人は一体何を言っているんだろう?
 よく見たらすごく身なりがよく、麦の様な黄金の髪に緑の瞳の、ひどく容姿の整った男性だ。

 私を受け止めた身体は鍛えられていて肩が広く、寝そべっていても背が高いことはすぐにわかる。
 あまりに綺麗な造作にお礼を言うのも忘れて見惚れてしまったが、明らかに上位貴族の男性の上にいつまでも乗っているわけにはいかない。慌てて上からどこうとしたら、そっと手を握られた。

「君を迎えにきたんだ、リナ・イーリス子爵令嬢。私はクロウウェル。クロウウェル・バリス公爵。どうか私と婚約して欲しい」

 私は木から落ちて、もしかして本当は気を失って白昼夢でも見ているのかもしれない。

 バリス公爵様といえば筆頭公爵の名前である。なんでこんな片田舎の子爵領にいるのか。木の上から落ちてきた女に婚約を申し込むなんて、公爵様こそどこかぶつけられたのでは?!

 体を動かすのは得意でも、とっさの出来事には固まってしまう私は、頭が追いつかずにそのまま気絶してしまった。やっぱり、頭を打ってなくても落下は良くなかったらしい。目の前が暗くなる。

「……君は相変わらずだ、私の天使」

 公爵様の笑い混じりなそんな呟きなど、聞こえないまま。
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