【完結】王太子殿下に真実の愛だと見染められましたが、殿下に婚約者がいるのは周知の事実です

葉桜鹿乃

文字の大きさ
11 / 22

11 望んでも無いので

しおりを挟む
「なりません。貴方の一存でそれが決められるとお思いですか」

 ファリア嬢の顔はいよいよ鬼の形相に近くなっている。笑っている、たしかに砂糖菓子で出来た人形の如き美しく整った顔が、笑っているのだが。

 背後には鬼が見える。殿下、それはどう考えてもNGワードです、これは完全に怒らせる台詞ナンバーワンだ。

「そ、れは……」

「不可能、という事はご理解いただけますね? 家と家の結び付きが我々の婚約です。分かりませんの? 我が家と婚約破棄をする、それがどれだけ我が家と王家にダメージを与えることなのか。……はぁ、長くご一緒して聡明な方だと、私もこの方がゆくゆく治める国の国母になるならと、どれだけ努力してきたか」

 今度は泣き落としである。レースのついたハンカチで目元の涙を拭いながら嘆いてみせる。

 ファリア嬢は演技もばっちりだ。きっと内心は怒り狂っているに違いない。

 泣かれるとどうしていいのか分からないらしい。決してファリア嬢を大事に思っていない訳ではないらしく、近付いてなんとか宥めようとする。

「いやっ! 触らないでくださいませ! 婚約破棄まで言われて、私が傷付かないとお思いな殿下なんて、嫌いです!」

 嫌い、と言われたのが余程ショックなのか、ディーノ殿下は青くなってふらつき、机にもたれかかって身体を支えている。

「き、らい……? ファリアが、私を……?」

「えぇ、大っ嫌いです! 私という者がありながら、別の女性に真実の愛などと囁いて! 誰がそんな婚約者を好きでいられますか?!」

「嫌い……」

 そんなにショックを受けるなら、婚約破棄などと言い出さなければいいのに。

 どこまで情緒面が育たないとこんなアンバランスになってしまうのか。決して人と接する機会は少なくなかったはずなのに。

 恋、というものの前に王太子という責任を。ファリア嬢、という前に婚約者として。誰にでもまっすぐ正論をぶつける親友の言葉は、語り合った理想の前では意味がなく。

 ……少しだけ同情してしまう。この人のアンバランスさは、誰の責任でもない。みんなの精一杯を、一身に受け止め、受け止めるのに精一杯で変化に気づけなかった。

 バルティ様は成長した。理想はあるが、できる範囲で叶えるように、身近なことから……例え自分が目の敵にされようと将来嫌味混じりの正論を言われた人が恥をかかないように行動していた。

 ファリア嬢は、きっと王妃教育を受けながら、それがどんなに辛くともディーノ殿下にそれを伝えなかった。ディーノ殿下も、幼い頃からずっと厳しい教育を受けてきたのだからと。ただ、ディーノ殿下にファリア嬢ほどの想像力や観察眼が無かった。

 ディーノ殿下は幼い頃に語った、思い描いた理想のために努力した。自分の代わりはいないと、この国の将来は自分が背負っているというのはどんなプレッシャーだろうか。結果、理想の中に置き去りにされてしまった。それはもう、凝り固まった硬い理想の中に。

 そんな理想のひとつのピースとして、殿下が求めたのは、崖から落ちてもいいから一緒に走ってくれる誰かだったのだろう。落ちても、途中で岩肌に捕まって、一緒に這い上がれるような。

 しかし、それはいけない。

 殿下に必要なのは、崖がある事を教え、手を引いて実り豊かな森へと導いてくれるファリア嬢のような女性。

 同じ速度で同じ方を向いて一緒に崖から落ちるような真似をしなくても、一緒にいて、時に道を間違えたときに手を引いてくれる女性だ。私じゃない。

「殿下。私は、そもそもそんな事望んでもいません」

 私は断ったつもりだったが、甘かった。嫌われる覚悟で言わなければいけなかった。

 私はあらゆる意味であなたの伴侶になることを、望んでいないと。
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

旦那様は、転生後は王子様でした

編端みどり
恋愛
近所でも有名なおしどり夫婦だった私達は、死ぬ時まで一緒でした。生まれ変わっても一緒になろうなんて言ったけど、今世は貴族ですって。しかも、タチの悪い両親に王子の婚約者になれと言われました。なれなかったら替え玉と交換して捨てるって言われましたわ。 まだ12歳ですから、捨てられると生きていけません。泣く泣くお茶会に行ったら、王子様は元夫でした。 時折チートな行動をして暴走する元夫を嗜めながら、自身もチートな事に気が付かない公爵令嬢のドタバタした日常は、周りを巻き込んで大事になっていき……。 え?! わたくし破滅するの?! しばらく不定期更新です。時間できたら毎日更新しますのでよろしくお願いします。

婚約破棄された令嬢は、“神の寵愛”で皇帝に溺愛される 〜私を笑った全員、ひざまずけ〜

夜桜
恋愛
「お前のような女と結婚するくらいなら、平民の娘を選ぶ!」 婚約者である第一王子・レオンに公衆の面前で婚約破棄を宣言された侯爵令嬢セレナ。 彼女は涙を見せず、静かに笑った。 ──なぜなら、彼女の中には“神の声”が響いていたから。 「そなたに、我が祝福を授けよう」 神より授かった“聖なる加護”によって、セレナは瞬く間に癒しと浄化の力を得る。 だがその力を恐れた王国は、彼女を「魔女」と呼び追放した。 ──そして半年後。 隣国の皇帝・ユリウスが病に倒れ、どんな祈りも届かぬ中、 ただ一人セレナの手だけが彼の命を繋ぎ止めた。 「……この命、お前に捧げよう」 「私を嘲った者たちが、どうなるか見ていなさい」 かつて彼女を追放した王国が、今や彼女に跪く。 ──これは、“神に選ばれた令嬢”の華麗なるざまぁと、 “氷の皇帝”の甘すぎる寵愛の物語。

姉の婚約者と結婚しました。

黒蜜きな粉
恋愛
花嫁が結婚式の当日に逃亡した。 式場には両家の関係者だけではなく、すでに来賓がやってきている。 今さら式を中止にするとは言えない。 そうだ、花嫁の姉の代わりに妹を結婚させてしまえばいいじゃないか! 姉の代わりに辺境伯家に嫁がされることになったソフィア。 これも貴族として生まれてきた者の務めと割り切って嫁いだが、辺境伯はソフィアに興味を示さない。 それどころか指一本触れてこない。 「嫁いだ以上はなんとしても後継ぎを生まなければ!」 ソフィアは辺境伯に振りむいて貰おうと奮闘する。 2022/4/8 番外編完結

【完結】仕事を放棄した結果、私は幸せになれました。

キーノ
恋愛
 わたくしは乙女ゲームの悪役令嬢みたいですわ。悪役令嬢に転生したと言った方がラノベあるある的に良いでしょうか。  ですが、ゲーム内でヒロイン達が語られる用な悪事を働いたことなどありません。王子に嫉妬? そのような無駄な事に時間をかまけている時間はわたくしにはありませんでしたのに。  だってわたくし、週4回は王太子妃教育に王妃教育、週3回で王妃様とのお茶会。お茶会や教育が終わったら王太子妃の公務、王子殿下がサボっているお陰で回ってくる公務に、王子の管轄する領の嘆願書の整頓やら収益やら税の計算やらで、わたくし、ちっとも自由時間がありませんでしたのよ。  こんなに忙しい私が、最後は冤罪にて処刑ですって? 学園にすら通えて無いのに、すべてのルートで私は処刑されてしまうと解った今、わたくしは全ての仕事を放棄して、冤罪で処刑されるその時まで、推しと穏やかに過ごしますわ。 ※さくっと読める悪役令嬢モノです。 2月14~15日に全話、投稿完了。 感想、誤字、脱字など受け付けます。  沢山のエールにお気に入り登録、ありがとうございます。現在執筆中の新作の励みになります。初期作品のほうも見てもらえて感無量です! 恋愛23位にまで上げて頂き、感謝いたします。

裏ありイケメン侯爵様と私(曰く付き伯爵令嬢)がお飾り結婚しました!

麻竹
恋愛
伯爵令嬢のカレンの元に、ある日侯爵から縁談が持ち掛けられた。 今回もすぐに破談になると思っていたカレンだったが、しかし侯爵から思わぬ提案をされて驚くことに。 「単刀直入に言います、私のお飾りの妻になって頂けないでしょうか?」 これは、曰く付きで行き遅れの伯爵令嬢と何やら裏がアリそうな侯爵との、ちょっと変わった結婚バナシです。 ※不定期更新、のんびり投稿になります。

【完結済】王妃になりたかったのではありません。ただあなたの妻になりたかったのです。

鳴宮野々花@書籍4作品発売中
恋愛
 公爵令嬢のフィオレンサ・ブリューワーは婚約者のウェイン王太子を心から愛していた。しかしフィオレンサが献身的な愛を捧げてきたウェイン王太子は、子爵令嬢イルゼ・バトリーの口車に乗せられフィオレンサの愛を信じなくなった。ウェイン王太子はイルゼを選び、フィオレンサは婚約破棄されてしまう。  深く傷付き失意のどん底に落ちたフィオレンサだが、やがて自分を大切にしてくれる侯爵令息のジェレミー・ヒースフィールドに少しずつ心を開きはじめる。一方イルゼと結婚したウェイン王太子はその後自分の選択が間違いであったことに気付き、フィオレンサに身勝手な頼みをする──── ※この作品は小説家になろうにも投稿しています。

婚約者が妹と結婚したいと言ってきたので、私は身を引こうと決めました

日下奈緒
恋愛
アーリンは皇太子・クリフと婚約をし幸せな生活をしていた。 だがある日、クリフが妹のセシリーと結婚したいと言ってきた。 もしかして、婚約破棄⁉

この悪女に溺愛は不要です!

風見ゆうみ
恋愛
友人がハマっていたゲームの悪役令嬢、ベリアーナ・ノルンに転生してしまった私は、公式のヒーローと言われていたレオン殿下との婚約を幼い頃から阻止しようと頑張ってきた。 努力もむなしく婚約者にされてしまってからすぐ、美少女ヒロインである『愛(ラブ)』が私の通う学園に転入してくると、それからというものラブに夢中になったレオン殿下はことあるごとにラブと私を比較してくるようになる。お互いが婚約を解消したいのは山々だったが、親の反対があってできない。するといつしか、私がレオン殿下をもてあそぶ悪女だと噂されるようになる。それは私の有責で婚約を破棄しようとするレオン殿下とラブの策略だった。 私と同じく転生者のラブは、絶望する私を見たかったようだけれど、お生憎様。悪女はそんなことくらいで凹むような人間じゃないのよ。

処理中です...