愛想笑いの吸血鬼

いち

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 ここは『Ω館オメガかん』と呼ばれる屋敷。

 数を減らすΩたちが様々な理由で集められ、国によって管理されている。ほとんどはαと番うため高額取引されているわりに、館で暮らす彼ら自身の生活は貧相だった。

 その建物は労働者が行きかう大通り沿いにあって、灰色をした屋敷の入口には”Ω販売中”の看板が年中出ている。



 ……

 ある雨の日

 小さな部屋で暮らす20代の青年──レブの話。

 鉄の首輪をつけられ、短く切られた金髪はボサボサのまま
 成人にしてはサイズの合っていない大きな上着を身につけている。

 部屋の家具はベッドとトイレのみで、それを囲う壁は何年も使い古されているのか黒く、ベッドシーツは染みだらけだった。

「ほら、飯だぞ」

 扉についたのぞき窓があいて、そこから液体の入った器が差し出される。
 さび付いているせいか、のぞき窓が耳障りな音を出す。

「……」

 レブはベッドを下りて、腕を伸ばし器を取った。そのまま少しだけ液体を唇につけると顔を歪ませる。

「水より不味い……」

 液体を一気に飲み干すと、空になった器を元の位置へ戻す。

「雨の街ってどんな感じだろ。はあ、どんな店があるんだろうな」

 ベッドに腰かけ、雨音を追うように部屋の上部にある喚起口に視線を移した。

「早く買ってもらわないと」



 ……

 ぼーっと横になって時間を過ごしていると、夕方頃やけに外が騒がしくなった。

「ん……?」

 そっと扉に近づいて耳を近づける。
 扉の向こうでは慌ただしく階段を上る足音と、見張り役の話声がした。

「おいおい、とんでもねぇ上客が来たぞ! 今受付にいる旦那、大袋に金貨をどっさりだ」
「なんだと? 今は品薄だってのに……あっ、旦那!!」

 話していた声がパッと明るくなったと思うと、後から革靴の音が響いた。

「っ!」

 その足音が扉の前で止まったので、レブも慌ててベッドへ戻る。


「こちらの部屋にも?」

 扉の向こうから優し気な男性の声がした。レブはベッドシーツを握りしめる。

「ええっと、一応いますけどここに居るのは成人してまして……しかも生意気な奴なんです。上の階に10代がいるんでそちらを先に見てみては……」

 向こうから別の声が聞こえたとき、レブは咄嗟に「嫌だ」と呟いた。するとまるで返事をするように、扉越しの穏やかな声が答える。

「構いません。見せてください」
「えっと……?」
「どんな人かだけでも」

 数秒後、ガチャリと扉の施錠が外れて向こうから差した光にレブは目を細めた。


「初めまして」

 その先にいた男性の挨拶がはっきり聞こえた。後ろであたふたする商人と見比べると190㎝以上ある長身で、丸眼鏡と黒いスーツを着ている。

「……」
「声を聞かせてくれませんか? お名前は?」

「──レブ、です」

 久しぶりに声を出したような気がしたレブは、相手の優し気であるが魂の抜けたような喋り方に混乱する。

 黒スーツの男性は、透ける様な肌と血色の薄い唇のせいでまるで幽霊のようだ。

 微かな恐怖がレブの顔を曇らせたが、唇を噛みしめた後に声を出す。

「……俺を、選んでくれませんか」

 呟いたレブの言葉に、男性の眉が微かに動いた。会話の流れを変えるように、後ろに居た商人が明るい声を出す。

「さ、さあ、旦那。上へご案内しやす」
  
「どうか……」

「勝手に喋るんじゃない!」

 商人はレブを睨みつける。

 しかし旦那と呼ばれる男性は片手でそれを制止した。眼鏡の奥にある目を細め、じっとレブのほうへ顔を向けている。

「私はフューネと申します。あなたを幸せにするとは限りませんよ? それでも来たいですか?」
「α、なんでしょ……?」
「ええ、αではありますが」
「なら、俺を自由にしてくれる人だ。どんな場所でも構いませんから」

 商人は「こいつ!」と歯をむき出して今にも怒鳴りだしそうだ。それでもレブはフューネの顔をじっと見た。

「レブ、良い名前ですね。本当に、来ますか?」
「旦那?!」

「っ、はい!」

 一番驚いていたのはレブだが、瞳いっぱいに彼を映して返事をした。真剣な表情で沈黙していると、商人はフューネに聞き返す。

「行きましょう」
「いえ、この人にします」
「本気でこいつにするんですか?」
「何かの縁かと」

「……そうですかい」

 はあと息を吐く商人は若干のあきらめからか無表示になっていた。それから腰にぶら下がった鍵束をはずし、一本の鍵を掴むとレブの首輪にさす。

「ほらよ。この旦那がお前の新しい家族だ」

 音を立てあっけなく外れた首輪の跡をレブは指で確かめる。商人に動くようにうながされ、恐る恐るもフューネに近づいた。

「さあ、行きましょう。下に馬車を用意してます」
「ええっと……」

 フューネが差し出した手をレブは迷いながら、そっと触れた。彼の青白い肌はひやりと冷たく、しっとりしている。



「まいどあり」

 やる気のない商人の声がして、レブはフューネとそのまま手を繋いだ。案内されながら二人は階段を下って、玄関へ移動していく。

 手を引かれながら、レブは建物の内部を見渡した。久しぶりに見る屋敷の中はそんなに広くはないが、内装は煌びやかで金の装飾が至る所にみえる。



「手続きをお願いします」 
「……へい」

 商人が居なくなり、一階奥のテーブルから顔を覗かせた受付らしい人物が睨んできた。目が合ったレブは小さく身体を縮めてフューネの影に隠れる。

「レブ、どうしました? ただの受付ですよ」
「い、威圧感が……」
「彼もαですからね。大丈夫、早く済ませます」

 肩を撫でられたレブは少し落ち着いたのか、一度頷くとじっとしていた。その間に受付の人物がテーブルに用紙を持ってきて、フューネが手際よくサインしていく。


「さあ、終わりましたよ。あの馬車へ」
「う、うん……!!」

 横に立っていたレブが入口を向くと、玄関の外はまだ雨が降っていた。灰色の雲に覆われた空の下で、一つ真っ黒な車体の馬車がとまっているのが見える。

「っ、凄い! 雨が降ってる!!」
「ふふ、そんなに上を見てたら濡れてしまいますよ」
「なんだか全部が光ってるみたい……あ、行かないとですね」

 そうして手をつないだ二人は、ザアザア降りの道を速足で進んで黒い馬車へ乗り込んでいった。
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