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第二幕

特別と金髪少女

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「ええと……星野さん」
「な、なんでしょうか?」
「少し、離れてくれないかな?」
「む、無理です‼ 怖いです‼」

 あれから星野さんは僕の近くから頑なに離れようとしなかった。先輩も必死に彼女と仲良くなろうと声をかけたりしてくれたのだが、そのすべてが裏目に出て、今は完全に警戒されてしまっている。あの時頑張ると言った言葉は、一体どこに行ってしまったのか。

「雅也君……私ってそんなに怖いかしら……?」
「い、いえ。そんなことはないと思いますよ?」
「……ありがとう」

 心なしか先輩はやつれて見える。それも仕方ないだろう。何せ彼女は一生懸命仲良くしようとしているのに、こうも頑なに拒まれてしまえば流石に傷つく。僕だったら当に諦めている。それでも尚、先輩は諦めていないようで、僕は先輩の姿に尊敬せずにはいられない。

「星野さん。カラオケは好きかしら?」
「い、言ったことないです。私、いつもひ、ひとりですから」
「そ、そうなの......」

   先輩はそう言われて少し困ったような顔をしていた。それは普通のことで、僕でもいきなりそう言われたら困る。

「せ、折角だしカラオケ行ってみない?」
「い、いや……」
「いいですね。カラオケ」

 星野さんがカラオケに行きたくないというのは、容易に想像できる。彼女はそういったわいわいした場所は明らかに好きなタイプではないだろうし、カラオケは密室。その様な場所で先輩と対峙するのは絶対に避けてくるだろう。そもそも星野さんの思考は本当に読みやすく、対策を立てることも容易だ。

「こ、金剛さん!?」
「僕はいきたいな。カラオケ。折角遊んでるんだし、何より大切なである星野さんの歌声。一度聞いてみたいな~」
「う、うううう……」

 星野さんは万年ボッチという事あって友人という言葉に弱い。だからこそこうやって友人という言葉を強調すればきっと断りはしないだろう。でもこの特徴は今だけ有効な物にしておかないといけない。じゃないと万が一星野さんが不良とお友達になってしまったらこの言葉を使われて、お金を巻き上げられる可能性があるし、何ならエッチなことを命令させられる可能性もある。それは何としてでも避けねばならない。

 それにこれの改善も結局の所友人が増えれば変わるし、自己の肯定感も強まれば自然となくなるだろう。

「行きます……行けばいいのでしょう?」
「ありがとう。星野さん。そういう所僕は好きだよ」
「はうううううう……」
「雅也君。雅也君」
「何ですか?」
「私の事は好き?」
「霧羽さんの事は普通です」
「そう……」
「尊敬はしていますけど」
「……ありがとう」

 こうやって素直に先輩を褒めるのはいつ以来だろう。先輩と付き合っていたときか? いや。その時も褒めていなかった気がする。そうなるともっと前。それこそ先輩と知り合った当初の頃だろう。

「金剛さん。金剛さん」
「ん? 何?」
「金剛さんと霧羽さんはどういう関係なのですか?」
「僕と霧羽さんの関係?」

 改めてそう言われるとどうなのだろう。元カノ? 友達? それともただの学校の先輩? そのどれにも当てはまるだろう。でもその括りに先輩を入れるのはどうにも抵抗がある。むしろ……

「加害者と被害者……かな?」
「???????」

 星野さんの頭には大量の疑問符が浮かんでいるように見える程、困惑した表情をしていた。それは当然のことで、いきなりこのような事を言われて理解できる方が凄い。

「まあともかく僕と霧羽さんはある種な関係ってこと」
「特別……」
「そうよ。私と雅也君はそれは、それは特別で、深くて、切っても切れない関係の間柄にあるの」
「切っても切れない関係……」
「霧羽さん。なんだかその言い方語弊を生みそうなので止めてもらっていいですか?」
「あら? 事実なんだからいいじゃない」
「それは……そうですけど……」

 先輩の言い方はどこかエロティックで、含みのある様な言い方をしていてまるで僕と先輩がの間がらにあるみたいな言い方で、僕はその事がたまらなく嫌だった。

「まあまあそんな深く考えないで早くカラオケ……行きましょう?」
「分かりましたよ……」

 この人に深く突っ込んだところで無駄だろう。ここは我慢だ。我慢。
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