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第一章 アーウェン幼少期
少年は成長を希望する ③
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それでもリグレにとっては生まれてから当たり前にいる世話役は、アーウェンにしてみれば違和感の存在だろう。
そしてアーウェン自身が気がついているかはわからないが、まともに『男爵家の末子』として育てられていれば、ターランド家ではなかったとしても、どこかの貴族の家の従者として誰かに仕えていてもおかしくはなかった。
「まあ、我が家は貴族だからどうこう……というより、実力や功績で希望の職に就けることが多い。カラが厨房ではなく、アーウェンの専属従者か執事になりたいのならば、その能力がある限り叶わないことはない」
「はい!ありがとうございます、リグレ様」
現在の当主はリグレではなく父のラウドではあるが、カラとしては『主人一家』への忠誠を示したつもりだ。
「あれ?カラっていくつ?」
「あ、俺は今年で十三です。育ったのは救貧院でしたが、食堂と…その……きゅ、『休憩所』が一緒だったので、食べる物には困らなくて……八歳まで同所だった女家庭教師が読み書きを教えてくれました。そのうちその人がいなくなって……俺は去年までその『食堂』の厨房で下ごしらえと使いっ走り、給仕みたいなことをしてたんです」
いろいろと端折ったり、アーウェンの幼い耳に入れないようにと女たちが客の相手をする部屋を言い換えたりしたものの、リグレにはカラの言いたいことはちゃんと伝わった。
「……大変だったね」
「い、え……俺は……」
八歳の時にはまだわからなかった。
『食堂』でコマネズミのように働き、周りに気を配る余裕のなかった十歳の頃はよかった。
十二歳になって、母が見知らぬ男に腰を抱かれて登っていった二階──そこに並ぶドアの横に備え付けられたワゴンに食事を運ぶまでは。
内緒話でもしているようなくぐもった声があちこちから聞こえる変な空間。
言い付けられたドアは両側にそれぞれ十二あるうちの右から三番目。
部屋番号を確かめ、ワゴンに盆ごと置き、ベルを鳴らす。
誰かが出てくる前に立ち去る。
「……カラ?」
聞き慣れた声が呟いた。
呆然と。
振り返った。
振り返ってしまった。
──見なければよかった。
髪は乱れ、透ける布の下に衣服はなかった。
扉から覗く足は何も履いていなかった。
ワゴンを引く腕が動いて布がずり落ちると、子供の頃に見たきりの母の裸体が晒され、後ろから太い腕が母に絡みつく。
引きずり込まれて乱暴に閉められた扉の向こうからひと際大きく母の甲高い声が聞こえた時、カラはその意味が分かってしまったのだ。
母とはその時のことは一切話していない。
妹に言えるわけはなかった。
なるべく顔を合わさないように。
「……母の方が、大変でした」
「うん……」
リグレはカラを労わる言葉は紡げなかった。
そしてアーウェン自身が気がついているかはわからないが、まともに『男爵家の末子』として育てられていれば、ターランド家ではなかったとしても、どこかの貴族の家の従者として誰かに仕えていてもおかしくはなかった。
「まあ、我が家は貴族だからどうこう……というより、実力や功績で希望の職に就けることが多い。カラが厨房ではなく、アーウェンの専属従者か執事になりたいのならば、その能力がある限り叶わないことはない」
「はい!ありがとうございます、リグレ様」
現在の当主はリグレではなく父のラウドではあるが、カラとしては『主人一家』への忠誠を示したつもりだ。
「あれ?カラっていくつ?」
「あ、俺は今年で十三です。育ったのは救貧院でしたが、食堂と…その……きゅ、『休憩所』が一緒だったので、食べる物には困らなくて……八歳まで同所だった女家庭教師が読み書きを教えてくれました。そのうちその人がいなくなって……俺は去年までその『食堂』の厨房で下ごしらえと使いっ走り、給仕みたいなことをしてたんです」
いろいろと端折ったり、アーウェンの幼い耳に入れないようにと女たちが客の相手をする部屋を言い換えたりしたものの、リグレにはカラの言いたいことはちゃんと伝わった。
「……大変だったね」
「い、え……俺は……」
八歳の時にはまだわからなかった。
『食堂』でコマネズミのように働き、周りに気を配る余裕のなかった十歳の頃はよかった。
十二歳になって、母が見知らぬ男に腰を抱かれて登っていった二階──そこに並ぶドアの横に備え付けられたワゴンに食事を運ぶまでは。
内緒話でもしているようなくぐもった声があちこちから聞こえる変な空間。
言い付けられたドアは両側にそれぞれ十二あるうちの右から三番目。
部屋番号を確かめ、ワゴンに盆ごと置き、ベルを鳴らす。
誰かが出てくる前に立ち去る。
「……カラ?」
聞き慣れた声が呟いた。
呆然と。
振り返った。
振り返ってしまった。
──見なければよかった。
髪は乱れ、透ける布の下に衣服はなかった。
扉から覗く足は何も履いていなかった。
ワゴンを引く腕が動いて布がずり落ちると、子供の頃に見たきりの母の裸体が晒され、後ろから太い腕が母に絡みつく。
引きずり込まれて乱暴に閉められた扉の向こうからひと際大きく母の甲高い声が聞こえた時、カラはその意味が分かってしまったのだ。
母とはその時のことは一切話していない。
妹に言えるわけはなかった。
なるべく顔を合わさないように。
「……母の方が、大変でした」
「うん……」
リグレはカラを労わる言葉は紡げなかった。
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