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シーナ嬢は市井にあっただけでなく、元来物をよく観察するという点において、『よく見える目』を持っていた。
「気持ち悪いわね……」
「え?どうしました?シーナ嬢」
屋敷を見上げ、ポツリと呟いた言葉を拾ったアルベールが焦ったように訊ね返す。
「うん?何でもない……じゃない、ないですわよ?ホホホ」
ふたりはまた対になり、公爵夫妻は連れだって庭の奥へと歩みを進めていた。
シーナ嬢がこの庭の何に興奮したのかと珍しく公爵が興味を持ったのをきっかけに、夫人が新しい植栽を考えていると連れて行ってしまったのである。
意味有りげに頷かれたのに額を抑えていると、シーナ嬢のさっきの呟きが聞こえてきたのだ。
その可愛らしい顔が向く方に自分も視線を向け、顔を顰めてしまう。
アルベールはリオン王太子の側近ではあるが、王族の盾となる近衛兵と遜色がないようにと自ら訓練に加わり、剣の腕だけでなくその視力は動・静どちらでもよく見えるのだ。
「あいつ……失礼にも程がある!」
早朝ならともかく、午後の陽は柔らかく庭を照らしている。
だがカーテンを引いてその美しい景色を遮るほどの眩しさはないはずで、それは偏に家族やシーナ嬢を拒否する妹の意思の表れだと、アルベールは言葉を交わさず正しく理解した。
「いいのよ。仕方ない……アルが気が付かなかったとはいえ、私もルエナ様の身辺に毒があることを予想して、早めに注意するべきだったんだもの」
「しかし……」
「でも……けっこう前よね?もう五年?六年?」
「貴族学園に入る前は家庭教師にぎっしり詰め込まれるからな……十二で引き離せたとはいえ、七年もの間、おかしな差別的思想を純粋な子供に刷り込んでいきやがって……!」
「それがわかってるんだから、ルエナ様にあまり厳しくしちゃ駄目だよ?あなたが『お兄様』なんだから。そっか……修道院に入って悔い改めるとしても、やっぱり二十歳前後か……そこでやっと解けるのか」
大人二人がいなくなったせいか、侍従たちに見守られてはいるが声が聞こえない距離を見計らい、シーナの口調はさらに砕けたものになった。
それに合わせてアルベールも話し慣れた言葉遣いになったが、相変わらずシーナ嬢が話すことにだんだんとついていけなくなることを感じる。
「やっぱり補正力だと思う?」
「リオン」
「殿下」
リオンが近付くと控えていた者たちが一斉にお辞儀をしたが、軽く手を振るとさらに距離を取って三人だけの会話ができるようにしてくれる。
「駄目だったの?」
「駄目だったの」
シーナとリオンはサラッと言葉を交わし、何が『駄目』だったのかは口に出さない。
「まあ……効果は薄いと思っていたけど。疑問にすら思わなかったのかな?」
「普通は『何故そういう結論になったか、説明と釈明を述べよ』となるけど……男と女、ましてや身分はあんたが上だから?」
「あんたはヤメロ……仮にも今は・・子爵令嬢なんだから」
「そうだった!いやぁ……ほら、あれじゃない?『同じ出身地の人が集まると、地元言葉に戻る』っていう?あるある?」
「『あるある』もたぶんアルベールにはわからないよ……ほんっとーにお前は!!」
思わず大声が出てしまい、目の端でティーテーブルの用意をしている者たちがビクッとするのが見える。
リオンも今の・・自分の立場を思い出し、コホンと咳払いをして声を抑えた。


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