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花園

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ディーファン家の館の南西に広がる庭は、王都内でもかなり有名な庭園である。
他の公爵家と違って血ではなく、他国の姫を迎えるために王妃の弟を陞爵させたというご都合用の姻戚貴族のため、王家からの手当てが一番少ない。
そのためこの館の美しい庭園を、庭の無いタウンハウスに住む貴族たちにガーデンパーティー開催のために貸し出すというアイデアで、手当て代わりの利益を生み出している。
近年は庭を眺めながら結婚披露宴をいかがという宣伝文句と共に、門塀を背にした小さなコテージが建てられ、まず公爵家になど招かれもしない低位貴族の令嬢がこの庭で披露宴をするのが夢だと言われるほどだ。
表向きは『緑の手を持つ魔女と謂われる凄腕女庭師が庭の手入れをしている』となっているが、まさか誰もその『魔女』がディーファン公爵夫人その人だとは思わないだろう。

元々は園芸が趣味だということで、実家であるルーウェン伯爵家の小さな庭を色とりどりに飾っていたのだが、現在は第一位にあるウェイリーナ公爵家に降嫁された第一王女のエミリエンヌ様が披かれたガーデンパーティーでテーブルを飾ったフラワーアレンジメントが縁で、当時のディーファン公爵夫人が未来のルエナの母となるフルール・テュア・ルーウェン伯爵令嬢との面会を求めた。
「フルールって、本当にあなたにぴったりね!」
母に連れられてお目通りしたフルールが、ディーファン公爵夫人が好きだという花を中心に贈ったコサージュを見て喜んだが、さらに伯爵家のサンルームを本来の温室として使い、たまたま季節違いのその花を育てていたのだとフルールが言ったのを聞いてその言葉を放ったというのは、今でも貴族の間では有名である。
次には公爵夫人が跡取り息子のランベールを伴って伯爵家を訪れ、言葉どおりに花々の溢れる庭と温室を見て、その場で二人の婚約を纏めることとなった。
そんなに裕福さを感じないルーウェン伯爵家の令嬢が公爵家に嫁入りするなど、経済的援助目当てと言われたこともあったが、それは単に浪費を好まない家柄だったというだけで、実際は農作物や園芸に関する事業で資産があったため雑音はすぐにかき消された。
その時もこの館の庭でガーデンパーティーを行ったとリオン王太子は何度、叔母であるエミリエンヌから聞かされたことか──今の素晴らしい庭と違い、単に芝生の手入れをし、花嫁の手になるフラワーアレンジメントをあしらったドレスや髪に編み込んだ花飾りの方がよほど目の保養になった、と。
しかし館の私的な部分である北東の庭は表よりも広く、しかも花だけでなく様々なハーブも育てていると来る。
アルベールが「ある人に教わった」と言って持って帰ってきた苗をたちまちのうちに増やし、カモミールやラベンダー、花茶に使用できる花は幾種類あるのだろうか。
「……あいつも大概だけど、植物に関しては本当に魔女だな、義母上ははうえは」
ルエナがどう思おうとまったく手放す気のないリオン王太子は、今やすっかり打ち解けてアルベールのエスコートする腕から手を放し、逆に夫人に腕を貸してゆっくりと歩きながら花々を見るシーナ嬢を眺めた。


その様子は、ようやくベッドから起き出したルエナの目にも入った。
幼い頃に王太子との婚約が調ってから、母とは一線を画すようにと家庭教師に言われたのが習性となってしまい、甘えたい年齢の頃も我慢して母に触れないようにしていたというのに、何故かあの娘が母の支えとなっている。

まるで自分の側女ではなく、母の話し相手コンパニオンのようではないか──

グッと口を結んだルエナは、今度は涙を溢すまいと堪えてふたたびベッドの方へと引き返して、窓のすべてにカーテンを引くようにと命じた。


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