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交代

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そこで初めて知った事実──『剣の先生』とだけ紹介されたその男性は、父の従兄であり同じ貴族学園の先輩に当たるということ。
「ランベール君!君は一体、自分の息子を何だと思っているのかね?!」
「ハッ?!イ、イグラス兄さん……?一体何の……?」
「『一体何』ではない!自分の息子が、他の子供より蔑ろにされていると悩んでいるというのに!ましてや次期当主として学ばねばならぬ身を家庭教師に軽んじられるなど、言語道断!」
「ハッ?エッ?な、何を……?蔑ろ?軽んじられる?」
「そうだとも!君はリオン王子殿下の話をよく聞き、またその願いを叶えるべく商会を動かすこともするくせに、息子がただ『話をよく聞いてほしい』という金すらかからん重要な事柄を捨て置いているのだ!家庭教師に至っては、アルベール君が勉学を苦手として剣の時間を増やすことに否を唱えようとせず、文武偏りを己の自由時間として使っておるのだぞ?!」
「ハ……ハァッ?!」
それこそ初耳だったのか、父が顔を真っ赤にしてアルベールとイグラスと呼んだ従兄の顔を見比べ、震える声で問い質した。
「ア…アルベール……?お前は、いつもどれぐらい勉強しているのだ……?」
「……けんのせんせいとはまいにちいっしょにおけいこしてもらっています。あさにたいそうとはしることを。ごごからおゆうしょくまでけんのけいこを。ほんのせんせいは……えぇと……まだ、かけません」
「な……何ぃっ?!」
「せ、せんせいが……6さいになったらじがかけるようになったらいいから……と。それまでは、ほんがよめたらいいよって……」
もっとも『読む』といっても文字をちゃんと理解しているわけではなく、単に家庭教師が教科書を読み上げるのを聞き、その音を覚えているに過ぎない。
文字という『形』を理解させる手伝いをしているのは、寝る前に『絵本』を見せてくれながら読んでくれる乳母なのだが、半分眠りに入っている状態の幼いアルベールにとってそれは『学び』の時間ではなかった。
「……で、では……アルベールがいまだ王子殿下より学習が遅れている、というのは……」
「まったく!君はいつでもそうだ!誰か適任を宛がえば、自分が監視せずとも勝手に物事が上手くいくと思い込んでおる!そのようなわけがあるまい?君の父上はしょっちゅう君を試していたではないか!」
「そ、それが嫌だったので……その、アルベールには自由に学んでもらいたい、と……」
「そう!だからこそ、アルベール君は『自由に』我が剣を学んでおったよ!そのために文字や数字を学ぶことを避けてね!君に許可をもらって増やしていたと思っていたが……まさか、勝手に机を離れてしまうことを家庭教師が咎めず、むしろ進んで子供部屋から出て行ってしまうのをいいことに、自分のために使うような輩とは思いもしなかったがね!」
そうして斡旋所から回されていた平民出身の家庭教師は職務怠慢を問われて解雇され、代わってイグラスが剣術だけでなく座学の教師ともなった。
おかげでアルベールの勉学が剣の腕に追いつき、そしてひとつ年下のリオン王子とほぼ競えるようになるのに時間はかからず、それこそ単に教える側の怠慢が学習の遅れを招いたのだと考えられ、三度目のリオン王子殿下との再会では恥じることなく対等に会話し、王子直々にこう宣言されるに到ったのである。
「ぼく、アルベールとともだちになります!ディーファンこうしゃく、よろしいですか?」
「はい!喜んで!」
王家の者の指名は大変名誉なことであり、拒否することなどありえなかった。


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