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第2章:冷静に竜人国へ駆け落ちする
34:冷静に襲われる
しおりを挟むふと意識が戻るとそこは薄暗い和室だった。
障子だけが月明かりを弱々しく取り込み光っている。
「気づいたか。」
声に驚き布団から飛び起きると私は白装束を着ていた。
声の主人は春婆だった。
「お主に一つ訊ねごとをしてもいいかのう。」
とても静かな声が激しく私の体を突き刺した。
声の振動だけなのに臓器が震え、痛い。
この尋常ではない空気に私は助けを求めようと部屋を見渡したが誰もいない。
「なぜ、人間のお前が竜人になることを求めた。それもスフェナ様の心臓を使って…」
たちまち春婆を激しい風が取り巻いた。
障子は破れ飛んでいき、建物が音を立てて崩壊し巻き上げられていく。
強い光の後に現れたのは、月光を背に私を睨見つけた巨大な緑竜だった。
「お前が一体何をしたのか、わかっているな。
お前は取り返しのつかないことをした。大罪を犯した。
お前はスフェナ様の優しさを踏みつけ、ファイ様を追い詰め、あろうことか、皐月姫の行動の自由を奪った。白竜であるスフェナ様の能力が人間に渡ったことで、姫様はその標的となる。それゆえに、姫様はこの屋敷から一歩も外に出られないご身分になってしまったのだ。あの若さで…
わしは、お主が憎い。とてつもなく憎い。
幸せな世界を一瞬でチリに変える破壊者よ。
ファイ様は、お主がたとえ人間であってもスフェナ様のことを想いお前にとどめを刺せぬようだが、わしは違うぞ。
わしには、スフェナ様の気持ちがわかる。
ご自分の身に余る巨大な力を嘆き、そして大切に使われてきた正しきお方。
そのお方がご自分自身の力を人間如きに渡すのなど許すはずまい。
あぁ…スフェナ様、どうかわし、春婆にお任せください。
あなた様のお望みをはたし、そしてわしもすぐともに参りますゆえ。」
私は覚悟を決めた。
エフィス、今までありがとう。私はあなたと一緒に転生できて良かった。
今のあなたはすごく酷い感情をしているけど、そんなに気を病むことはないわ。
私から見れば被害者はここにいる全員よ。だからそんな感情にならないで。ともに、安らかにいきましょう。
「春婆、だめ!やめて!!」
私が諦めかけた時だった。
これは、皐月様の声。
「やめて、スフェナ様を、ティオを…、私の大切な人たちがこれ以上傷つけ合うのはもう嫌なの!!!!!!!」
すると皐月様は大きな光に包まれる。
放射状に白い光が放たれ、彼女の地面いは白銀の魔法陣が現れた。
強すぎる光に私の目は真っ白になった。
*****
「ひ、姫様…どうして…そこまでして、あの憎き人間を庇われるのですか…」
私がようやく目を開けると、頭上では二匹の竜が対峙していた。
春婆と、そしてあの白竜は…?
「あれ?皐月??皐月やっと竜の姿になれたんだね!おめでとうおめでとう。」
突然聞こえた懐かしい声。
ファイ様が私の隣に立っていた。
「ど、どうしてファイ様がそこにいらっしゃるのじゃ…」
「どうしてって…そこの皐月が私を呼びにきてくれたのさ。
春婆、いい加減に冷静になってくれ。
私もこの子を殺そうだなんて毛頭考えてないし、それに皐月もね…。
“誠に守りたき者が現れたる時、いざ力を与えん。我らは月(ここ)より身奉る者たち”
この言い伝え通り、皐月がやっと竜の姿になれたってことは、心からこの子が死ぬのを望んでいない証拠なんだよ。」
「そ、そんな…それで良いのか、お主ら。スフェナ様は、彼女が報われない…」
そんな時だった。
「聞いてください…!」
気づくと自然に言葉が飛び出していた。
これは私ではない、エフィスの声だった。
「アティス?君なのか…?」
「聞いてください。
私は、今の私は、スフェナを産んだ母でありアクエスの妻、エフィスの魂、その者なのです。」
あたりがしんと鎮まり、
二匹の竜とファイ様は月明かりで影になった。
「今まで黙っていて申し訳ありません。
今まで何も知らなくて申し訳ありません。
今まであなたたちを苦しませ続けて申し訳ありません。
そして…アクエスと恋をして…」
「それは言わないで!」
私、美琴は絶えきれず声を発してしまう。
「それだけは言わないで。
スフェナ様のためにも、ファイ様のためにも、そしてエフィスあなた自身のためにも。みんな間違ってない、その証拠に今みんなでここにいる。私たちが生きていることがその証。エフィス、今ここで言うのは間違っているかもしれない、でもあえて私に言わせて。アクエスと出会ってくれて良かった。私はそのおかげでスフェナ様にそしてファイ様に会えたんだから。」
突然にエフィスの感情が、胸を締め付ける感情が私自身を襲った。
「うっ…」
私たちはまた意識が飛んだ。
今度は二人一緒に。
****
優しい光で目が覚めた。
私は、ダンテさんの自分の部屋にいた。
そして、優しい月光を発する美しい白銀の鳥が私をそっと見守っていてくれたらしい。
ファイ様…
「おはよう。アティス。今はエフィスじゃなくて、アティスなんだろう?」
白銀の鳥はたちまち美しい男性に変わった。
「え、ええ。」
「君は、三日も目を覚さなかったんだよ。心配した。
アティスにはまた大変な思いをさせてしまったね…。
こんなに傷つけてしまった、巻き込んでしまった…すまない。」
ファイ様は私の右手をそっと握り、俯いている。
「それに、私はずっと気になっていたんだよ。時々君の感情が正反対のように裏返ることを…。でもそれがまさか、私の会った事のないおばあさん、エフィスさんのものだとは思いもしなかったけどね。」
彼がやっと顔をあげた。
彼の美しい湖色の瞳は潤い、一雫を頬に流していた。
「エフィスさん、そして母さん。そこにいるなら聞いてください。私は、もう二度と後悔したくありません。私は、命に変えても守って見せると誓います。
アティス、私の大切な君を。」
そう言って彼は、私の額に暖かいものを落とした。
それは彼の唇と、優しい涙だった。
****
翌日の昼ごろ。
私が昼食を食べ、ひと段落していると思いも寄らない見舞い客がきた。
「エフィス?あなたエフィスなの??あの冷静沈着女???」
勢いよく扉をあけ、乱れた赤髪をなびかせ登場したのはシエルさんだった。
エフィス?私と変わろうか。
「はい。ただ今変わりました。私はエフィスです。ご用件をどうぞ。」
「あんたも、相変わらずね~。ね、どうして私を見たときに真っ先に声をかけてくれなかったわけ?なに?私のこと嫌いとでも言うつもり??」
「すみません。記憶にございませんでした。私は、夫アクエス以外にはほとんど興味はございませんので。」
(→ああ、そういえば。私が転生する前のアティスinエフィスは酷かったな…弟のジェイを完全無視してたし、ご両親とも距離とっていたしね…)
「くぅ~!!エフィス、一回体から魂抜けて戻ってきたんだから、少しは人間味取り戻してくれてると思ったのに!!」
「逆では?まずそんなことできる時点で全く人間らしくありません。」
「ああいえばこう言うんだから~ムムム」
その後彼女は急に満面の笑みを作った。
「でも、エフィス。おかえり!また会えて良かったよ。」
彼女の無邪気な態度に黙り込んでしまうエフィスであった。
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