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第二章 アストライア大陸
第四十五話 遊牧民族
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朝、木々の隙間を縫って射す太陽の光が瞼に掠り、脳を覚醒させる。
たった二時間。今の俺に、睡眠はそれだけで充分だった。俺と交代するように、夜行性であるスターダティルが瞼を閉じた。
他の面々は、まだ寝ているようだ。夜の間は、俺とスターダティルに任せておけば心配いらない。こんな山中で野営しているにも関わらず、全員熟睡できているようだ。きっと声をかけなければ、昼前まで寝ているつもりなのだろう。
しかしまあ、起こす前に朝食の準備をしておいてやろうか。
彼らは使い勝手のいい駒に過ぎないが、それでも昔の俺と同じ人間だ。多少、情がわいてしまうのも仕方がない。できれば、この旅が終わるまでの間は楽しく過ごしてほしい。
俺は空間収納から野菜を取り出す。肉類も収納してあるが、朝は重たいものを食べたくないだろう。
ついでに米も取り出した。ここいらの主食は米だからな。大したおかずは出せないが、連中は米だけでも喜んで食べる。よほど、食に困っていたのだろう。
彼らを見ていると、賊連中も完全に悪ではないのだと思えてくる。
そもそも彼らは、大型の草食獣と共に生活する術を持ち、ゆえに一般的な人間にはない武力がある。彼らの力を持ってすれば、周辺国を支配することくらい簡単だったのだ。
しかし近年までそうはなっていなかった。元来、彼らは戦を好まない。数年単位で特定の場所へ移動する遊牧民の彼らは、生活のサイクルというものを何よりも重要視視しているのだ。そして戦争は、そのサイクルを大きく乱す。
だから彼らは、戦いを好まない。その力があるにも関わらず、一国の精鋭を容易く屠れるにも関わらず、今まで決してそのようなことはしなかったのだ。戦争の経験は薄いが、それが良くない結果をもたらすものと、誰もが知っていたから。
しかし、今回ばかりはそうも言っていられなかった。
大規模な旱魃の影響で食料は激減。計画によれば生えているはずの草は、その年目に見えて少なかった。
大型の草食獣と共に暮らす彼らにとって、これはまさしく死活問題だ。
子馬が育たなければ、それを用いて狩りを行うことも出来ない。簡単に親馬を手放し食料を恵んでもらうことも出来ない。
羊を育てている者も同じだ。彼らが成長してくれなければ、毛を刈って売り出すことも出来ない。自分たちの衣服を作ることもままならない。
そしていつか、食に困って家畜に手を出すことになるのだ。しかしその後は? 誰も、この事態を解決する方法を知らなかった。
だから彼らは行動を起こしたのだ。戦争を好まない彼らはしかし、心を鬼にして他者から奪うことに決めた。
当然、反対意見も出たのだという。一年耐え切ればまた元通りになると、そう主張する者の方が多かったと、彼らは語る。
しかし、当時の遊牧民は、一年どころか明日死ぬかもしれない状況だった。逆に言えば、それほど追い詰められるまで、彼らは戦争を渋っていたのだ。それほどまでに、彼らは戦いを好まない。むしろ、忌避しているとも言える。
だが、ひとたび戦争が始まってからは一方的だった。彼らが使役する大型獣は、人間にとってその存在だけでも充分な脅威になる。ともすれば、武器など使わずとも、馬の一蹴りで人間を殺せてしまうのだ。
勢いの付いた彼らは、その後次々と村や町を襲った。今まで使っていた広い高原をひたすら走るよりも、遥かに容易く食料が手に入る。そのことに気付いた彼らは、もう元の場所に戻ることはなかった。そこに居座り、略奪を続けたのだ。
そして彼らは学んだ。一つ所に留まり、国を運営するということを。
部族ごとの習わしや暗黙の了解ではなく、法律と政治によって人をまとめ豊かな暮らしを目指す方法を。そして、今この国が弱小であることも、同時に知ってしまった。
強力な遊牧民による侵攻とは、見方を変えれば革命だ。その国の王朝を撃ち倒し、次なる時代の長となるべく戦う。当然相手を屈服させるのならば、民は殺すし犯すし、食料は奪うし家屋は破壊する。それは当たり前の出来事なのだ。
つまり彼らは、俺たちの知見からすれば悪だが、彼らからしてみれば正義以外の何者でもない。賊の長は、己の民を守るため、この国の領土が欲しいと戦っているだけなのだ。そのどこに、悪だと断罪する余地が存在するというのか。
確かに、彼らはやり過ぎた。少なくとも、海にまで出てきてクジラを襲ったのは、絶対に必要という訳ではない。それに、首都だけではなく辺境のあの村まで襲おうとしたことも、到底許されるべきではない。
だが、彼らを悪と断定しきれない。彼らにとって戦争とはどのようなものか、俺はまだ計りかねているのだ。先の攻撃にも、何か文化的な意味があるのかもしれない。
少なくともこの目で長を見定めるまでは、一方的に攻撃することはできない。
彼らを見ていると、本当に気持ちが揺らぐ。
少し前まで、賊はすべからく滅ぼすつもりだった。一切の問答もさせず、ただ縊り殺すのだと思っていた。
しかしふたを開けてみればどうだ。俺は今、真に彼らを滅ぼすべきか迷っている。どころか、ウチョニーにそれを協力させることすら躊躇っていた。メルビレイと真正面から衝突したときは、迷いなく彼女に先陣を切らせたのに。
「起きろ~。もう朝だ。朝食の準備をしたから、さっさと食べるんだ。今日は早めに移動を開始して、夕方までに港へ行くんだろ? 飯を食わないと、山の中で歩けなくなるぞ」
俺は一人一人肩を叩き目を覚まさせていく。起きたやつには、木の下へと並べた木皿を持たせる。全員寝ぼけているが、朝食を食べなければいけないということは理解したようで、目を半開きにしながら箸を使っている。
「いや~悪いですねニーズベステニー殿。夜番を買って出てくださったのに、朝食の準備まで。本当に、貴方には足向けて寝られないです」
そんなことを言いながら朝食を食べるボンスタは、夜中俺にがっつり足を向けたまま寝ていた。寝言は寝て言え、という言葉が良くお似合いの男だ。
「ほら、ウチョニーも起きて朝食を食べな。昨日夜更かしをしただろうからきついと思うけど、君が動いてくれないと皆動けないからね」
「わかってるよニー。もう起きるから」
眠そうに瞼を擦るウチョニー。昨日の夜は遅い時間に目が覚めてしまったし、その後俺と長話をした。あの後すぐに寝たようだけど、どうやら眠気は取れなかったみたいだな。今にも「あと五分~」とか言いそうな雰囲気を醸し出している。
そんな彼女は、皆に混じって石製の鍋を手に取った。彼女のサイズ感では、まだ少し小さいくらいだな。器用に節足で箸を掴み食事を摂るロブスターというのも、やはり見慣れない異様な光景だ。俺も人のことは言えないんだが。
「ニー。アタシね、あの後ずっと考えてたんだ。やっぱりこのままだとダメだよな~って。だから夜更かしして、解決方法を試行錯誤してたんだよ。そして思いつきました、アタシが今すぐ生態魔法を手に入れられる方法!」
彼女は「えっへん!」とでも言うかのように得意げな顔をする。とても愛らしく、そして魅力的だ。思わず俺も、表情が緩み切ってしまう。相手は超大型のロブスターだというのに、俺の感性も変わったものだ。
しかし、彼女の言うことが本当ならば世紀の大発見と言える。脱皮を行わずに新たな魔法適正を得る、つまりは魂臓の改変だ。そんな技術、俺どころか師匠ムドラストだって開発していない。というか、そんなことが可能だと思っていなかった。
「それはすごいじゃないか! 確かにウチョニーは体格が大きいし、これから町に行くのに少し不便かと思っていたんだ。俺に協力できることがあれば何でも言ってくれ! 俺も、この大研究に関わってみたい!」
「ありがと。ニーならそう言ってくれると思ってたよ。それで早速お願いなんだけどね……ニーの魂臓を半分くらいちょうだい!」
とても可愛らしい表情でお願いする彼女は、その発言も相まってとても狂気的に見えた。
たった二時間。今の俺に、睡眠はそれだけで充分だった。俺と交代するように、夜行性であるスターダティルが瞼を閉じた。
他の面々は、まだ寝ているようだ。夜の間は、俺とスターダティルに任せておけば心配いらない。こんな山中で野営しているにも関わらず、全員熟睡できているようだ。きっと声をかけなければ、昼前まで寝ているつもりなのだろう。
しかしまあ、起こす前に朝食の準備をしておいてやろうか。
彼らは使い勝手のいい駒に過ぎないが、それでも昔の俺と同じ人間だ。多少、情がわいてしまうのも仕方がない。できれば、この旅が終わるまでの間は楽しく過ごしてほしい。
俺は空間収納から野菜を取り出す。肉類も収納してあるが、朝は重たいものを食べたくないだろう。
ついでに米も取り出した。ここいらの主食は米だからな。大したおかずは出せないが、連中は米だけでも喜んで食べる。よほど、食に困っていたのだろう。
彼らを見ていると、賊連中も完全に悪ではないのだと思えてくる。
そもそも彼らは、大型の草食獣と共に生活する術を持ち、ゆえに一般的な人間にはない武力がある。彼らの力を持ってすれば、周辺国を支配することくらい簡単だったのだ。
しかし近年までそうはなっていなかった。元来、彼らは戦を好まない。数年単位で特定の場所へ移動する遊牧民の彼らは、生活のサイクルというものを何よりも重要視視しているのだ。そして戦争は、そのサイクルを大きく乱す。
だから彼らは、戦いを好まない。その力があるにも関わらず、一国の精鋭を容易く屠れるにも関わらず、今まで決してそのようなことはしなかったのだ。戦争の経験は薄いが、それが良くない結果をもたらすものと、誰もが知っていたから。
しかし、今回ばかりはそうも言っていられなかった。
大規模な旱魃の影響で食料は激減。計画によれば生えているはずの草は、その年目に見えて少なかった。
大型の草食獣と共に暮らす彼らにとって、これはまさしく死活問題だ。
子馬が育たなければ、それを用いて狩りを行うことも出来ない。簡単に親馬を手放し食料を恵んでもらうことも出来ない。
羊を育てている者も同じだ。彼らが成長してくれなければ、毛を刈って売り出すことも出来ない。自分たちの衣服を作ることもままならない。
そしていつか、食に困って家畜に手を出すことになるのだ。しかしその後は? 誰も、この事態を解決する方法を知らなかった。
だから彼らは行動を起こしたのだ。戦争を好まない彼らはしかし、心を鬼にして他者から奪うことに決めた。
当然、反対意見も出たのだという。一年耐え切ればまた元通りになると、そう主張する者の方が多かったと、彼らは語る。
しかし、当時の遊牧民は、一年どころか明日死ぬかもしれない状況だった。逆に言えば、それほど追い詰められるまで、彼らは戦争を渋っていたのだ。それほどまでに、彼らは戦いを好まない。むしろ、忌避しているとも言える。
だが、ひとたび戦争が始まってからは一方的だった。彼らが使役する大型獣は、人間にとってその存在だけでも充分な脅威になる。ともすれば、武器など使わずとも、馬の一蹴りで人間を殺せてしまうのだ。
勢いの付いた彼らは、その後次々と村や町を襲った。今まで使っていた広い高原をひたすら走るよりも、遥かに容易く食料が手に入る。そのことに気付いた彼らは、もう元の場所に戻ることはなかった。そこに居座り、略奪を続けたのだ。
そして彼らは学んだ。一つ所に留まり、国を運営するということを。
部族ごとの習わしや暗黙の了解ではなく、法律と政治によって人をまとめ豊かな暮らしを目指す方法を。そして、今この国が弱小であることも、同時に知ってしまった。
強力な遊牧民による侵攻とは、見方を変えれば革命だ。その国の王朝を撃ち倒し、次なる時代の長となるべく戦う。当然相手を屈服させるのならば、民は殺すし犯すし、食料は奪うし家屋は破壊する。それは当たり前の出来事なのだ。
つまり彼らは、俺たちの知見からすれば悪だが、彼らからしてみれば正義以外の何者でもない。賊の長は、己の民を守るため、この国の領土が欲しいと戦っているだけなのだ。そのどこに、悪だと断罪する余地が存在するというのか。
確かに、彼らはやり過ぎた。少なくとも、海にまで出てきてクジラを襲ったのは、絶対に必要という訳ではない。それに、首都だけではなく辺境のあの村まで襲おうとしたことも、到底許されるべきではない。
だが、彼らを悪と断定しきれない。彼らにとって戦争とはどのようなものか、俺はまだ計りかねているのだ。先の攻撃にも、何か文化的な意味があるのかもしれない。
少なくともこの目で長を見定めるまでは、一方的に攻撃することはできない。
彼らを見ていると、本当に気持ちが揺らぐ。
少し前まで、賊はすべからく滅ぼすつもりだった。一切の問答もさせず、ただ縊り殺すのだと思っていた。
しかしふたを開けてみればどうだ。俺は今、真に彼らを滅ぼすべきか迷っている。どころか、ウチョニーにそれを協力させることすら躊躇っていた。メルビレイと真正面から衝突したときは、迷いなく彼女に先陣を切らせたのに。
「起きろ~。もう朝だ。朝食の準備をしたから、さっさと食べるんだ。今日は早めに移動を開始して、夕方までに港へ行くんだろ? 飯を食わないと、山の中で歩けなくなるぞ」
俺は一人一人肩を叩き目を覚まさせていく。起きたやつには、木の下へと並べた木皿を持たせる。全員寝ぼけているが、朝食を食べなければいけないということは理解したようで、目を半開きにしながら箸を使っている。
「いや~悪いですねニーズベステニー殿。夜番を買って出てくださったのに、朝食の準備まで。本当に、貴方には足向けて寝られないです」
そんなことを言いながら朝食を食べるボンスタは、夜中俺にがっつり足を向けたまま寝ていた。寝言は寝て言え、という言葉が良くお似合いの男だ。
「ほら、ウチョニーも起きて朝食を食べな。昨日夜更かしをしただろうからきついと思うけど、君が動いてくれないと皆動けないからね」
「わかってるよニー。もう起きるから」
眠そうに瞼を擦るウチョニー。昨日の夜は遅い時間に目が覚めてしまったし、その後俺と長話をした。あの後すぐに寝たようだけど、どうやら眠気は取れなかったみたいだな。今にも「あと五分~」とか言いそうな雰囲気を醸し出している。
そんな彼女は、皆に混じって石製の鍋を手に取った。彼女のサイズ感では、まだ少し小さいくらいだな。器用に節足で箸を掴み食事を摂るロブスターというのも、やはり見慣れない異様な光景だ。俺も人のことは言えないんだが。
「ニー。アタシね、あの後ずっと考えてたんだ。やっぱりこのままだとダメだよな~って。だから夜更かしして、解決方法を試行錯誤してたんだよ。そして思いつきました、アタシが今すぐ生態魔法を手に入れられる方法!」
彼女は「えっへん!」とでも言うかのように得意げな顔をする。とても愛らしく、そして魅力的だ。思わず俺も、表情が緩み切ってしまう。相手は超大型のロブスターだというのに、俺の感性も変わったものだ。
しかし、彼女の言うことが本当ならば世紀の大発見と言える。脱皮を行わずに新たな魔法適正を得る、つまりは魂臓の改変だ。そんな技術、俺どころか師匠ムドラストだって開発していない。というか、そんなことが可能だと思っていなかった。
「それはすごいじゃないか! 確かにウチョニーは体格が大きいし、これから町に行くのに少し不便かと思っていたんだ。俺に協力できることがあれば何でも言ってくれ! 俺も、この大研究に関わってみたい!」
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