調律協定~王女、司書になる~

四季の二乗

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手紙との戦争

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 ~数日前~

 本の棚へと手を伸ばす。
 頼りない背を伸ばしても、この小さな背丈では届きそうにない。
 代わりに飛ばした蝶の片鱗が、書物を頭に落とした。





 追記
 痛かった。







 二つの書籍を運び終え、先程読んだ書籍を片した。
 世界図書館。
 この世界の中心都市にあるその場所は、我々の一部である。
 多彩な蔵書を誇るその図書館は、あらゆる民族が綴った書籍。情報を蓄える場所だ。ありとあらゆる物語は、この図書館の司書が手書きで写した書物も含める。
 彼らは、世界史をこの世界に残すために尽力している。
 それが、彼の仕事である。

 本を持ち寄り居座ったその場所は、一般的な利用者が使用する一階から地下へ潜った特別層。
 天然の地下トンネルを抜けると現れるその空間では、圧倒的な書籍の数々で驚きを隠せないだろう。一般的に、この世界の事柄ばかり貯蔵されている一般階とは違い、この空間では渡来人の世界についての記述や書籍が含まれる。
 ランタンの灯が燃ゆる中、彼は心底感嘆としたように私を覗いていた。

「飽きないのか?」
「何がですか?博士」

 並べた書籍をめくりながら、私は答える。
 図書館の主。私の同僚でもあるこの男は、世界中の書籍の管理と、渡来人たちの世界の情報を纏める役職を担っている。
 名を紫煙しえん
 私が異形の解決に勤しむ現地調査員であるのなら。彼らは、文化と情報の保護が仕事だ。
 情報を管理し、統制し。最善の為に準ずる。

 私達とは違う形で、彼らも世界を救っている。

「読書だよ。君はこうして数時間を費やしている訳だが、休憩も取っていないだろ?」
「飽きませんよ、人が織りなした話は特に。興味が尽きません。一体、何処に飽きがあるのでしょう?」
「君は、やはり”虫食い”に似ているよ」

 そういう虫がいたな。
 確か、紙魚と言っただろうか?シルバーフィッシュ?銀色の光沢が特徴的な虫は、紙片を好むと聞いたことがある。虫の様に本を好むという意味で、私の先代は”虫食い”と呼ばれていたようだ。
 本を読む事は、本を食べる事ではないけど。__まあ、それが生活の一つである事を考えるのなら。

 似た者同士も、悪い事ではない。
 虫は好きではないけれど。

 ちなみに、私は休日だ。
 この男は、絶賛仕事中である。

「そうでしょうか?やはり、生徒は先生に似てしまうようですね」
「そういう所もそっくりだ。
 ……ところで、君には大層な名前があったのだろう?何故、”カフカ”なんだ?」
「報告書は読んでいるのでは?私は、”王女様”なのですよ?」
「読んではいるが、君の口から聞きたいね」

 顔を上げ、貌を見た。
 相変わらずぶっきらぼうな顔が覗いている。

「それは命令でしょうか、博士?」
「友人としてのお願いだよ。カフカ」

 調律協定は、異世界から来訪した人間たちによる組織である。
 私の先代がそれにあたり。その友人であるこの男も、異世界からの来訪者だ。
 様々な道の技術に通じ、革新的な技術を持つ集団。様々な国、地域の異常な問題に介入し、この世界の暗明に深く関わりを持つ集団。
 国を脅かす災害の根を、異常な手段で。悪行をこなす集団を根絶する為に設立された団体である。
 無論、彼らは異世界からの来訪者だけで構成されている訳ではなく。実行部隊の殆どがこの世界の住人が含まれる。
 __私の様に。

 司書には本を管理する責任があり、本を守る責任がある。
 彼は前者を担当し、私は後者を担当している。そして、奪われたものを取り返すのも私の仕事だ。

「強いて言うのなら。例え何者であろうと、私はカフカだからです」

 私の名前は、カフカという。
 とある作家の名前であり、私の先代の名前を預かった人間だ。

「博士は、カフカの書物を呼んだ事は?」
「あちらの世界で多少はね」
「先生は、それを好んでいました」
「__だから、カフカにしたのかね?」
「私も、読んでみたいと思うのですよ」

 残念ながら、この図書館にはカフカの作品は見当たらない。
 あちらの世界の書籍も多少也には点在するが、私が欲しいその本は私の手の届かない場所にある。

「それで?私に用とは、何用でしょうか。
 生憎ですが、虫食いとなる作業で手を離せないのです。私が学ぶ事柄は尽きなく、又、探求は眼下に広がっています」
「__趣味に没頭するのはいいがね。仕事だよ」
「仕事ですか?先日の件は片付いたと思いますが?」
「我々の仕事に休みなどないさ」

 実を言うのなら、此処を訪れている私は休日の身だ。

「先生は言っていましたよ?八時間労働と週休二日が無い会社は、ブラック企業なる極悪非道な団体なのですよね」
「ああ、要注意団体であろうがね。そうは言っていられないのさ。なにせ、我々は知識の味方なのだからね」
「__知識の味方。ね」
「収穫都市”ノア”で、とある手記の痕跡が見つかった」

 この大陸の東に存在するその街は、豊富な作物と酪農で有名な土地だ。
 酪農と豊かに広がる平野での小麦栽培が有名で、その自然多い景色と絶品の料理で有名な土地。
 確か、王政だと聞いている。

「何処のです?」
「植物主義者が書いた”緑の売人”だよ」

 その手記には聞き覚えがあった。
 ”緑の売人”。長ったらしい名前の人物が記した植物図鑑に似たような手記である、全ページはたった30を超えるかどうかといった所だ。しかし、その手記の真価はありもしない空想の植物図鑑ではなく、そのページを使用した際に使われる”効果”にある。
 それは植物の化け物を呼び起こす事が出来る魔術書であり、その植物は脊椎動物に対して甚大な被害を及ぼす事が出来る代物だ。
 
 呼び出された植物に触れた動物は、彼らの仲間になる。

 故に厄介な代物として、危険思想に固められた人間の手に渡らぬよう厳重に保管している筈だった。
 あの事件が起きるまでは。
 
「ああ。確か、過激派の方々が作成した魔術書ですね」
「奪われた魔術書の一端だね。十日程前から種子が確認されたようだ。人型実体の噂もある。現地に飛んで、情報を収集してほしい。君の護衛隊の使用も許可している。それと、紙片が破られている可能性がある。現物がどうなっててもいいから、回収もお願いするよ」

 この図書館で大規模な盗難事件があり、各職員は対応に追われていた。
 緑の売人もその一つだ。

 そして、緑の売人は紙片だけでも効果を持つ。
 つまりそれは、バラバラに各所へと渡った可能性が高いのだ。

「……ですが、彼らは生け捕りを好みませんよ?」
「何も君達だけで解決せよとは言わんさ。言っただろ?唯の現地調査だ。現地職員。”ダディ”と接触し、情報を共有。調査を行え。こちらで調べたある程度の資料を渡すので、確認をする事。それと、仮拠点として”宿屋”を使うといい。
 現地調査員とは別に、信頼ある人間だ。ぜひ頼ってくれ」
「__気は、乗りません」
 
 休日に、仕事の話を持ち掛けられたのも含めて。
 予想通りだろうに、気の抜けない彼はわざとらしい仕草で何かを思い出した。

「あの街は、イチジクのタルトが有名だぞ?」
「イチジク?」
「酸味が強いが、甘いクリームに含ませると絶品なんだ。あの辺りは遊牧と麦が栄えていてね。それは絶品の乳製品が作られているのさ」

 要はつまり、旅行ついでにという話だろう。
 物騒な土地である事は変わらないというのに、見方を変えても変わらぬというのに。だけどしかし、彼の言う通り甘いものに目が無いというのも私の生態であり、収穫都市は、旅行先の一つとしても有名である事は変わり無い。

「__」
「君は、甘いものに目が無いらしいが」

 __仕事を放置する気は無いが、拒む理由は弱い。
 解決をした暁には、一週間の休養をもらおう。
 これも又、休みにはならないだろうから。

 絶対に観光都市で羽を休めるのだと、私は腹を決めるのだ。

「甘い物”も”ですね」

 ランタンを携え、書物を片付ける様にお願いをした。
 何せ私では届く事が出来ない為だ。それには、人の休日を邪魔した同僚へ仕返しの意味も込めるべきだろう。
 
 こうして私は、仕事に取り組む事となる。

 目指すは、収穫都市”ノア”。
 交通の要所として発展し、遊牧の民が築いた街で暗い影は時を待つ。
 植物主義者。植物を信仰し、自然に対しての敬意を歪曲したその団体が残した手記は、人々に対して極端な敵意と殺意を向ける殺戮の道具である。
 
 彼らは、人々を植物に変える事で自然を保護し、自然を守る事を信条としている。
 その思想は魔術書に受け継がれ。危険度は高く、今すぐにでも回収しなければならないだろう。

 故に、止めるべき誰かが止めなければならない。
 私は、それを知っている。

 止めれなかったからこその悲劇を、私は知っている。
 私の異常と、私の知性は故に必要なのだから。





「では、楽しんで」
「仕事ですよ。旅行ではありません」 
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