調律協定~王女、司書になる~

四季の二乗

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悲惨さは続く

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 クライム・ベーカーの不思議な宿屋。
 珍妙な名を冠しているその宿屋は、古くから調律協定の羽休めとして利用されている。
 経営する彼らは、調律協定のメンバーでありながら宿屋を担っている。
 この宿屋が面している街道は、村を挟み首都へと伸びる由緒正しき区画の街道だ。
 故に、交通量も活気も。田舎の一端を見せていた先程の酒場とは違う。
 
「カフカ職員。どうでした?首尾は」
「連絡は来ていると思いますが」
「ご本人の話は、ご本人から聞きたいものですよ」

 応接室。生真面目な青年は、私の顔を見るなり会話を誘う。
 宿屋の息子、アルファード。
 彼は、この宿屋の地下に併設された調律協定の施設の管理人だ。
 先程、確保した酒場の主人は如何やら店の地下へと連れられた事は聞いている。今日の接客が終わるまではこれ以上の話は出来そうにない。

 私が出来る事と言えば、彼の仕事が早く終わる事を祈る事。
 今晩のビーフシチューに思いを馳せるだけである。
 __少々お待ちを。
 単調なその言葉が叶う事は無く、満員御礼の宿屋は活気に溢れる。調律協定の羽休めとはいっても、此処に羽を休めるほとんどがそれだとは限らない。
 私が知らない世界は何処までも広がっていて、私が分かる事は限りなく少ない。
 
 私は、大人しくソファーに腰を掛けた。
 





 余りにも暇だったもので、持参した書籍を読みふけているとアルファードが聲をかけてきた。
 読書中に失礼と先んじた言葉を使って、彼は私の目線を自分へ向けさせる。
 栞を挟み案内されるままに向かった先は、彼の仕事場である地下室へ続く扉だ。使われない倉庫の近くであるからか、少し埃の匂いが漂っている。
 案内された空間は、住宅街の宿屋の一室としては広大な地下空間が広がっており、様々な通信機器が置かれた本部、宿舎部屋、会議室と分かれている。
 会議室の扉を開け中へ促されたので、先程頂いたランタンをテーブルに置いた。

 向かい側に腰を落ち着かせる彼に、私は話を促す。

「それで?彼は何と?」
「近年、客足が遠のいていたようで。とある”親切な方”から、商売を頼まれたそうです」
「親切な方ですか。容姿は?」
「これといって情報がないようです。彼に容姿を確認しましたが、記憶に穴が生じているようですね」

 植物主義者は、自身の存在さえも植物へと変えている。
 故に殆どの姿が特徴的で、見た目に対しての情報も得やすい。
 其れよりも、だ。
 意識的に紙片を配っている人物が居る。自分の手を汚さずに。

「記憶の欠如__ですか」
「というよりも、”曇らせる”と言った方が正常ですが」

 __だが、印象的であるはずの彼らを知らないと、主人は言っているそうだ。

「ですが、少し不明な点もありまして。
 記憶を曇らせるとは言っても、主人は”検体”の補充に週に二回ほど会っていたようです。しかし、その人物に心当たりがない。まるで、その人物自体にそのような性質がある様に」
「__究極の日陰人間みたいですね」
「言いえて妙ですが。記憶に残らないといった方が正しいのでしょうね」

 影が薄いという話ではなく、それ自体が異質な何かという事だろう。
 無論、その方法が分からないのだから”不明”なのであって意味の無い質問だとは思うが……。

「魔術の類は?」
「現地調査員が検査をした所、そのような痕は発見できていません」
「つまり、未知の手段と?」
「洗脳されている形跡も、勿論虚言の様子も見られないので」
「__ま、それは重要じゃないですから」

 重要なのは、私が此処に居る理由の方だ。

「例の副官との関連性ですが、今のところ見つかっていません。この辺りの飲食街を調べた所。二件の情報提供がありました。
 いずれも郊外の小さな飲み屋であり、以前ほど客足が芳しく経営が苦しかったという共通点があります。__管領処置の撤廃で、例のビジネスから手を引いた者も多いですが、未だに続けている飲み屋もあるそうです。その全てが、同じ紙片を所有していました」

 この街に蔓延る種子の売人は、少なからずいる。
 十日前の惨劇程ではないにせよ、街の裏側が剥がれる事は無い。
 売り上げが芳しい彼らが行っていたのは、街の外から来た部外者を植物人間へと変貌させるバイトだ。日に数人といった限定的な数にせよ、その規模は放っておけば劇的に増えたであろう。彼らがその危険性を認識していたかどうかは置いといて。増やした植物人間どもを誰かが買っていた。

 その誰か。は、この国の副官である可能性が高い。
 村社会では信頼は強固なつながりであるが、外部の人間に対してはそうではない。彼らは村人たちの異常を認知したとしても、旅人に対して興味を持たない。人は他人に対しては冷酷になれるのだ。

「1つ、聞いてもいいでしょうか?」
「何でしょう?」
「何故、副官が疑われているのですか?」

 だが、それと副官のつながりは薄いように思える。

「種の村の話は、御存じでしょうか?」
「こちらに赴く前に覗きました。悲惨な状況だったようですね」

 何せ、住民の殆どが死んだそうだ。

「あの村の悲劇が起こった十日前。彼は、副官の地位を得ました」
「__それが、例の種子と関係があると?」


 ラザニアは、中立国家の体裁を数百年前から続ける君主制国家だ。
 山々に囲まれた地形を生かして農地の発展と、遊牧の民の神秘により守られてきた。
 故に彼らに武力は無く、専属の兵を持たない。警察組織はあるが、国立の軍隊が無い。外的要因に対しての対策は、外交と地形に頼っている。
 それに器具を唱えているのが、今話題に上がる副官だ。

 彼は現状に対しての危機感を提唱し、軍隊の整備に勤しんでいる。

「この国は、周辺諸国へ農産品を輸出する事で外貨を得ています。言い換えれば、この国の価値はそれしかない。農地を欲している諸国からの圧力にさらされる事もしばしばです。
 標高高い山脈により周辺を守られてはいますが、それでも他国からの進行が無い訳ではない。しばしばそれは、他国への干渉への足掛かりとして利用されてきましたが、今のご時世そうもいかない」
「エルノルテ条約ですか?」
「そうです。南イーグル地方の小国同士が連盟を築き、大国オーガスタとの全面対決の意思表示をしたおかげで、両陣営から圧力をかけられている。それが、今のラザニア国の現状です」
「兵力は無いとはいえ、豊富な食物資源が狙われている……と」
「ラザニアは古くから中立の立場を維持していますが、両陣営の食料自給率の半数を担っています。
 ここを手に入れたものは、自営に対して食料を得るどころか。相手方の補給を立てる。
 彼らが相手をしている南方戦線も、エルノルテ条約が結ばれた今、兵を送り続ける理由はない。両陣営は、この休息期間に何をするか」

 この国には兵士が居ない。
 国を取るのはたやすかろう。

「しかも、山岳にある為一度取る事が出来たら攻められにくい」
「これと副官に、どんな関係がある?といった顔でしょうか?」
「国家増強路線を声に出す彼にとっても、それ以上の理由は無いとは思いますよ。ですが、半年前の話と結びつきは無い」
「十日前の悲劇は、オーガスタの侵攻によるものです。そして、当時住民が避難する為の指揮を執っていたのは彼でした」
「__」

 種子の村は、植物に支配された異形の村だ。
 全ての建築物が未確認のツタで覆われており、内部の様子を確認する事は出来ない。村人の安否が確認できず、人体に対して侵食しようとする性質の為、我々の現地部隊がこれに対応している。
 一般人の立ち入りを禁止し、柵を立て見張りを巡回させる。
 この街の支部が出来た理由もそれが要因の一つ。

 もう一つは、この街に蔓延る植物人間。

「オーガスタの軍勢は、かの村を攻め込んだ際に悲惨な最期を遂げました」
「植物人間ですか?」
「ええ。人間に擬態し、接触した人間を取り込みます。その際、触れられた時点で目標の意識は消失し、同じ特性を得る。ただし、彼らは別です。
 ”意識ある植物人間にはなれなかった”。其処には明らかな殺意があると思いませんか?」
「それ以外の情報は?」
「副官が関与している直接的な証拠はありません。ですから、貴方にはその証拠を調査していただきたい」
「__最善を尽くします」
「お願いします。我々の仕事は宿屋ですから。事件を解決する事では出来ない」
「餅は餅屋ですよ」

 重々しい口調で、彼は続ける。
 それは、明らかな意志が宿った言葉だ。

「彼らが、何を企んでいるのかを調べてください」

 それは、植物主義者の暴走による犠牲を知っているが故の言葉だろう。

「私は、この国が脅かされる脅威よりも、自分の生活ばかりが目に付いてしまいます」
「それは何処も同じですよ。今日よりも明日を気づける人は殆どいない」
「貴方は、明日を考えれる人なのでしょうね」
「それよりも、今日を楽しみたい人間です」

 今日をより良い日であろうとする事と、明日を思う事に違いはないのだと。
 私は、コーヒーを啜りながら答える。


 
「我々は情報と本を集めるのみなのですよ」
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