異世界マリオネット

四季の二乗

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期待を背に2

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「まずは、其処に座り給え」

 手招きに答え、正面の席へと腰を付ける。
 簡素な木製の椅子には、クッションが備え付けられており座り心地は悪くない。書籍となったコクマーは落ち着きのない様子できょろきょろと動き回っていたもので、その背表紙に手を伏せ机の上に拘束した。目の前の人物は、棚に備え付けられたティーポットを取り出し、二人分の紅茶を入れ此方に差し出す。
 生憎お茶菓子を切らしていて、なんておもてなしを加速させようとするものだから丁重に断り本題に入る。

「それで?この世界を詳しく知りたいのだろう?」

 元の世界に変える方法は?という質問を皮切りにしようと思ったが、彼女の当ては外れたらしい。
 分かりやすいと評判な俺の顔で察したのか、心を読めるのか。彼女はこちら側との食い違いに気付いたようだ。

「__ああ、すまない。また間違えたな。気にしないでくれ、私は何時も、重要な事を脈絡もなく言うタイプでね。それが他人を必要としていなくても、考える間もなく言ってしまう」

 死ぬ程乾いた喉を潤す為に、その温かい紅茶に口を付けた。
 何処かフルーティーな味わいが舌を楽しませる。質よりも量を欲しがってしまう舌でも、これは市販品とは何かが違うと明確に分かるぐらいにはとても味わい深い紅茶だった。気に入ってくれて良かったと喜ぶ彼女に、無言で茶を啜りたくなったお粗末な自分が恥ずかしくなってしまう。うん、ゴリラがお清楚に交わってはいけないと魂で理解したよ。
 何せこちらは、運動直後に午後の紅茶を口腔内にぶっかけるのが趣味みたいな人間だから。 
 似合うはずがない。

「元の世界に変える方法は、残念ながら私は持ち合わせていない。だが、君を連れてきた人間なら出来るだろう。シノが、君を連れてきたという事はまた厄介事なんだろうね?イオリ」
「神様だから、俺の名前を知っているんですか?」

 まるで前任者がいるような言い方だ。
 __もしくは、俺が此処に来たことがあるような。

「……また間違えてしまったか。__いや、気にしないでくれ。君の事はコクマーから知ったんだ」
「テレパシーでも使ったんですかね?」

 言葉を溢した。もしくは、今のは失言と捉えるべきだろう。
 それに、コクマーは俺の名前までは聞いていない筈だ。

「厳密には似たようなものを使う事は可能だが、実践的ではないな。何より疲れる」
「ニートか」
「省エネと言ってくれ」

 快活な言葉遊びを名残惜しくも此処までとして、彼女。この何もない本棚の主は自慢の紅茶が注がれたカップを静かに置き、自己紹介に入る。

「さて、詳しい自己紹介を。私の名前はダアト。この”空き部屋”を管理している者だ。ここは元図書館でね。今では私以外に誰も居ない。__昔はその限りでは無かったんだが。
 コクマーと同じ神様をしている。君の事は、協定により知った」
「協定?」

 今更ながら、神様ならば敬語を使うべきじゃないか?
 粛々とした日本男児代表としては、敬意を表した言葉遣いになるべきだろうが。生まれ付いた汚点を隠す事はままならず陽気という言葉でごまかしながら相対している。先方はこの状況に対して何も言わず、終始にこやかなのだから、前任者もこんな感じだったのだろうか?
 
「良くも悪くも私達は約束事で縛られているのさ。私は、コクマーの周りで起きた事の全てを知る事が出来る。代償は大きかったがな」
「代償って?何かを失ったんですか?」
「神様の秘密だ。__ああ、それと」
「……ダアト」

 コクマーが低い声でけん制する。
 意に介さずとでも言うかのように、ダアトは柔和な笑顔で首を傾け言葉を続けた。

「無論余計な事は言わんさ。だが、彼にも説明は必要だろ?」

 ああ、それはとても欲しい。
 何せ分からない事ばかりだ。目の前の人物が神様だという事は分かった。生憎、疑いをかければ限りない事を考慮している事もあるが、異質なのはこの部屋だ。
 何処までも本棚が並べられていた。それは際限ある言い方じゃない。主観的に見れば、何処までも続いているような感覚があった。そんな部屋に住んでいる人間がまともな人間じゃない事は明白だろう。この紅茶についてもだ。
 ティーカップは目の前にある。ティーポットは彼女が使っていた。
 だが、彼女はどうやってこの紅茶を入れた?

 残念ながら、夜間や火のついている物は視界内に見えない。
 彼女のティーポットは棚から取り出されたものだ。その間に茶葉を入れた様子も、こした様子も見れない。ティーポットは、棚から取り出されそのまま利用された。注いだ際には湯気が見えて、液体が流れていたことからこのティーカップに仕掛けがあるとは思えない。

 例え彼女が魔法使いであったとしても、魔法が無い俺には神様に見えるだろう。
 それは、俺の細腕に拘束されているこの本にも言える事だ。

「先ずは、君自身の事から話そう。君は一度死んでこちら側の世界にヘットハンティングされた。渡来人、と我々は名称を付けている。あの世界で言う、異世界転生という奴だ」

 何となくそういう感じだとは思ったけれど、随分とあっさり言われてそういうモノかと何処か落ち着いている自分がいる。

「何で俺を?」
「君を呼んだのは私ではなく、別な神様だよ。彼女には思い入れる理由があったんだろう。これから先、世界が続くためには君が必要となると思って」
「シノって神様の事ですか?」
「……彼女は紅茶を入れるのが上手いんだ」

 頬杖をついて、彼女は答える。
 __何というのだろうか。
 その横顔は、どこか寂しそうだった。

「話がそれてしまったね。異世界に呼ばれた理由は知らないが、大抵碌なもんじゃない。そして君はその理由を聞いているはずだ」
「生憎、思い当たる人物との記憶が無くてね」
「__成程。なら、彼女が君の記憶を消したのだろう。わざわざ話を付けた上で、記憶を消した」

 ……何のために?
 その疑問を投げかける前に、ダアトは答える。

「ゴールを理解する事で得ることもあれば、分からないからこそたどり着くこともあるという事だろうね」
「何かを話して、それが知らない方が良かった事だった……と?」
「少なくとも、シノはそう考えているようだ。私には、関係が無い話だがね」

 異世界の説明ならば、わざわざ記憶を消す理由はない。
 ならば、余計な事を吹き込んでしまいそれを消すために記憶を消したのか?それにしては大げさすぎると思う。__それに何より、もしもこの状況を予測したうえでの行動なら意味がないのではないだろうか?

 そもそも、何をしたいのか側から無いこの状況が望んだ状況?
 
 人を呼び寄せて、何をさせたいのかも言わず、もしくは消したこの状況が_?

「で、その目的とやらが分からない以上、俺がやる事べきは無いのでは?」
「いや。君のやる事はあるよ」

 この世界の機器を救えと言われれば、俺は勇者になるべきだろうか?

「何を?」
「君が連れてきた客人の事さ。正確には、コクマーが連れてきたというべきか」

 それは、あのなめくじの話だろう。
 

「彼女達は、コクマーの司書達だ。君の隣でぷかぷかと浮いている”彼女”の信仰者共さ」

 ………?

「……おい」
「はい」

 抑えられた書籍は、申し訳なさそうに答える。
 怒りで我を忘れそうになるのを、若干記憶違いも含めた経で沈めようと努力をしてやっぱ無理。他の物に当たり散らすのはお行儀が悪い為、ちょうど目の前にあった所有物を立ち上がり思いっきり振る。

「やっぱりお前のせいじゃないか!!」
「暴力反対だぞ!ご主人!!」

 何がここから出してやる!だ!!
 やっぱり巻き込まれたのは俺で!被害者も俺で!すべてはコクマーの責任で!!!若干発狂気味の頭を冷やすには、多少の時間を要した。
 落ち着きを取り戻した頃には、目が回ると抗議の声を上げるコクマーをテーブルの上に置き、失礼と咳払いをして何事も無かったように元の席に座り直す。神様の扱いではないと思われる方もいるだろうが、これでいい。俺が認める。

「……何だダアト。その柔和な笑みは」
「いや、何。変わらないと思ってね」
「何がだよ」
「自分の胸に聞いてみるといい」

 やはり、体力が足りない。
 多少装飾がこった本をシャッフルするだけで肩呼吸になってしまうとは。鍛錬が足りないと向こうの世界の俺なら言うだろう。__筋トレしなきゃ。

「まあ、コクマーの話は置いといてだ。イオリ。君はこの世界から出たいのだろう?」

 無論だ。
 解釈の余地なし。

「なら、やる事は一つだ。この世界の問題を解決するといい」

 シノという神様は、わざわざ記憶を消してこの世界に送り込んだ。必要な情報も、何を目指すべきかもすべて置いてこの状況を作り出したのには、意味があるはずだ。
 ゴールポストが見えない今、何をゴールとするかは時期早々だが。考える材料はこれからそろえればいい。何を目的として行動するべきかは、その後でもいいだろう。

「__それが、ゴールだと?」
「延長戦があるかどうかは知らないがね。まずは、ここを拠点にするといい」

 ひとまず、この世界にある問題がやるべき事である可能性は否定できない。
 問題は、そのやるべきことが何なのかだ。

「いいのか?お前はあまり人付き合いはよくないだろ?」
「君達は別だよ。他の客人が来る時には、引きこもりに戻るさ」

 何処か揶揄いを含めコクマーが笑うが、ダアトは意に返さず答える。

「私がいるこの場所は、文字通り無限に広がっている。君が歩く度に部屋は広がっていくだろう。”あると思えばすべてはあり得る”」
「__ダアト様は」
「何?」
「この無限に広がる部屋で、寂しくはないのですか?」

 彼女はその眼を開いていた。
 瞳孔が震えていた。

「__」

 線の様に流れ落ちたソレを見て、初めて泣いているのだと分かった。彫像の様に整えられた顔立ちは変わらなかったけど、彼女は確かに。

「すみません、失礼な事を」
「いや、__こちらこそすまない。イオリ」

 目元を覆いながらダアトが俺の立ち上がりを制する。
 その聲が明らかに震えていて、罪悪感が加速する。生憎、女性経験がほとんどない人間一号故に。この場合の対応が分からない。野郎共なら夕日に向かって駆け出せば治るんだろうけど、こうしている時間さえも取り返しのつかない時間ではないのかと勘繰ってしまう。

「……君にこんな醜態を晒したくはなかった」
「眼福でごさいました」
「君は何時も何時もそんな事を言えるなっ!」
 
 ・……取り返しのつかない何かを言ってしまった気がする。

「やっぱり、俺会った事がありますか?」

 貴方に。
 その言葉は、コクマーに遮られる。

 何時の間にやら人の姿に戻っていたコクマが、人の膝を占拠しながら不機嫌を隠そうともせずに怒る。身長差に対して非力なこの体では特段重くは無い。が、押し潰されそうに感じる。
 でもここで重いとか言ったら、面倒くさいんだろうなって分かるから、オブラートに包む事にした。
 
 曰く、傷に響くと。

「ご主人。それ重いと同義だろ?それよりも、今後の方針はどうするんだ?」
「__はぁ、うん。……そうだな」

 無情な顔が年相応の無邪気さを帯びていた。
 彫像のような美しさは無かったけれど、俺にはこの方が価値がある気がした。其処に落ち着いた司書は無く、明るい神様がいるのみだ。


「では、まず。本を救うとしよう」


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