僕は観客として

沢麻

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無駄話

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 野地の公休日には、主に三ノ宮が配送に入ることになっている。その日は久しぶりに赤丸で池野にも会えて、荒んだ毎日に花が咲いたようだった。池野は結婚しているんだろうか。ああいう若い父親はよく見るが、独身貴族と言われればそうにも見える。三ノ宮よりは十近く年下だろうな。望みはなくても、ファンでいる分には芸能人と同じく誰の迷惑にもならない。
 次は二時指定だったので、一度店舗に戻り少し働いてから再び配送車に乗り込んだ。鎌瀬という婆さんで、最近リピーターになった客だ。二時に二食頼んで、昼飯と夕飯にすると聞いている。
 「まいどですー、プラスアルファですー」
 ボロ家屋の中から、細い婆さんが現れた。三ノ宮はいつものように会計をして、「どうもですー」と立ち去ろうとしたら、いきなり呼び止められた。
 「いつものお兄さんは」
 お兄さん。野地か。
 「野地ですか。本日はお休みいただいておりますが」
 「あらそう……いつもね、お話し相手になってくださってるんですのよ。この間なんか食事のアドバイスなんかもしてくれて、プラスアルファさんは親切でいいわって思っています」
 なに。
 「栄養士さんだって言ってたわ。いつも本当に親身になってくれて……」
 「さようでしたか。では私はこれで」
 「えっ」
 もっと長々と話したそうな老婆をそのままに、三ノ宮は急いで車に戻った。
 あの野郎、いつも帰ってくるのが遅い遅いとは思っていたのだが、客と無駄話していやがったのか。栄養相談は本社対応なのに何を油売っているんだ。
 「店長!」
 「お疲れ様です」
 「店長、野地さんですが、配送先で客と長話をしています」
 「えっ」
 「妙に帰ってくるのが遅いと思ってたんです。配送はやはり無理です」
 野地はやはり店舗内の業務からこなせるようにしていかないといけない。数をこなすという頭がないから、時間を無駄に使うのだ。
 「……待ってください。もう少し様子を見ようと思っているところでした。せめて一ヶ月は」
 川島も渋い顔をしているが、野地を庇う方針は変わらないようだ。三ノ宮は確信した。川島は野地を特別扱いしている。優しい男だと言うことはわかっていたが、同性にはとりわけ優しい。職員間で扱いに差が出るのは、管理者としての能力を問わないわけにはいかない。
 「店長。前から思っていましたが、野地さんに甘すぎやしませんか」
 「えっ」
 「客に怒鳴られるくらい誰だってあったのに、私たちは挫けないで働いているんです。あんな何もしないでぼーっとしているような人間がちょっと怒鳴られたくらいで、特別扱いもいいとこです。前の店舗の店長なんかは、叱咤激励でしたよ。サボってる人もやる気にさせるように対応していたのに」
 「いや、それぞれの個性がありますから、同じ扱いとはいかないです」
 「度が過ぎると言ってるんです」
 川島は黙った。ダメだ、この男。ならば私が、野地を鍛え直してやる。三ノ宮は燃えてきたのだった。
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