ニコチンを死守せよ

沢麻

文字の大きさ
上 下
11 / 18

隅田

しおりを挟む
 俺はハローワークに通い始めたが、求人の少なさに驚いた。今思えば基本給50%カットは暗に「お前辞めろ」と言われていたのだった。俺は別に優秀な人材でもなく、代わりはいくらでもいるような社員だった。だからこそこうして再就職で苦戦している。
 事務職正社員で探すと、まず三十歳以下の壁にぶち当たる。そのあとは正社員か事務職のどちらかの条件を諦めて求人を見るのだが、給料が安かったりして申し込む気を無くす。それに、もし禁煙の職場だったらと思うと怖くて仕方ない。
 今日も収穫は無かった。もう三度も通っていると、ここが敷地内禁煙であることは把握している。歩いてコンビニまで行き、煙草を吸った。するとコンビニに入ろうとしていた若い女が明らかにこちらに嫌悪の眼差しを向けてきた。臭いのだ。俺は申し訳ない気分になった。だけどもう、俺にはどうしようもない。正社員という立場をなげうってでも、煙草は手離せないのだ。給料がカットされた時点で彼女も様子がおかしくなり、一ヶ月後には別れを切り出された。結婚を考えて交際を始めたが、給料が半分になっては心もとないとのことで、何も言い返せなかった。元はと言えばお前が加熱式なんて勧めるから……と思わなかったわけではないが、乗った俺が悪いのだ。
 仕事をしていないから当然生活は乱れ、夜遅くまでテレビやインターネットをして過ごし、起きると昼過ぎ。当たり前のようなコンビニ弁当。だいたいの種類を食べ尽くして別のコンビニに遠征することもあるが、基本的にあまり活動しない。金がないから他人にも会えない。だいたい無職なのがバレるから友達には会えるわけがない。動かないから太る。出かけないから小汚くなる。あぁ、こうして人間は駄目になっていくんだ。まだ少し貯金があり、失業保険のあてもあるからか、俺はなんだかこの生活が心地よくなってきているのを感じた。いくらでも煙草を吸える。
 金が底を尽きた時が怖い。しかし、つまり俺は仕事よりも何よりも煙草を取ったんだ。ゴミ箱から溢れ出た煙草の空き箱。灰皿の周りに飛び散った灰。俺の天国。
 
しおりを挟む

処理中です...