ニコチンを死守せよ

沢麻

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相川その後

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 喫煙がバレたのは、やはりにおいと、吸殻をためていたビニール袋が発見されたことによる。夕食のにおいがそんなにないメニューの日に指摘され、慌てた俺に鞄の中身を確認させろと妻が言い寄ってきて逃れられなかった。妻は小さな子供がいるのに室内で喫煙するとは何事かという怒りと、自分を騙して喫煙を継続していやがったのかこの嘘つき! という怒りが相まって半狂乱であった。そして押印済の離婚届をテーブルに叩きつけ、「出ていけ」という怒濤の展開に発展した。出ていく、じゃなくて出ていけ、なのもきついし、更に妻が俺に何の未練もなさそうなのがまた辛い。そりゃあ薄給だし、俺は何の取り柄もないつまらない男かもしれないが、煙草をやめられなかったというそれだけで切り捨てるなんて酷い。
 俺は離婚届はとりあえずスルーしたが家を追い出され、実家に身を寄せた。両親は何があった、と執拗に問い詰めてくる。仕方なくことの顛末を話すと、なぜか「そりゃお前が悪い」となった。なんだよ、心の狭い嫁だなとかいう反応を期待していたのに、両親までもが妻の味方をするとは。
 「だってさ、俺の唯一の楽しみ、というかね、生活の一部をもぎ取ろうとするんだ。酷いじゃないか」
 俺が反論すると、父も母も揃ってカウンターだ。
 「家族といることが楽しみじゃないのか? 家族といることが生活そのものじゃないのか? 一部がもぎ取られたって、生活がなくなるわけじゃない」
 「体に悪いから、あんたのためを思って禁煙を勧めてたんじゃないのかしら。それを踏みにじるなんて。だいたい病院で働いているくせに」
 ……。
 でもさ、あいつは煙草を吸っているってだけで俺そのものを否定してくるんだ。確かに愛し合って結婚したはずなのに、どうしてこんなことで別れなくちゃいけないんだ。
 とは言えなかった。俺は明らかに、煙草と家族を、煙草と今までの日常を天秤にかけている。おかしいのは俺なのだ。一箱五百円の煙草と、唯一無二の妻と子供が、比較できるわけないじゃないか。それなのにこの展開とは、俺にとって煙草が、妻や子供にも勝るポジションにあったという事実があるからではないか。
 そんなことに気付いた今も、俺はそろそろ煙草が吸いたいと思っているのだった。
 
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