空間魔術師は一瞬で地の底まで逃げ出した

三毛猫ジョーラ

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南の大陸編

19話 母の怒りを

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 私は第二砦を目指して空を飛んでいた。花びらのように舞う火の粉がすぐに雨に搔き消される。今日はかなりの土砂降りで少し強めに魔法を使わないと飛びづらい。

「まったく嫌な雨ね……もっと早く飛びましょうよ。ラダカン」

「これ以上は早くは飛べんわい。もう砦が見えとる」

 雨で見えづらいが私の視界にも砦の姿が見えてきた。
特に異常はないらしく、どうやら魔物はまだ到達していないようだ。

 砦の最上部へと降り立つと、私は早速服を魔法で乾かした。

乾燥クリン 」


 そのまま砦の中へと入り指揮所を目指す。母様はすでに到着していたらしく、数人の王国軍の魔術師達となにやら話し込んでいた。

「母様! 早かったですね」

 すでに真っ赤な戦闘服に身を包んでいた母様は私を見つけ笑顔で手を振った。

「あらアピちゃん! 遅かったわね~。母は久し振りの戦でつい張り切って急いで飛んできちゃった」

「母様、くれぐれも張り切り過ぎないでね……」

 子供のようにぴょんぴょん跳ねる母様に私は溜息を漏らした。すると部屋の隅からリリンが私の元へとダダダと走ってやってきた。

「ねさまー! 今日は私もがんばりますのでー」

「ええっ! 母様、リリンも連れてきたの!? リリンは戦闘経験まだないでしょう?」

 お揃いの戦闘服を着た二人がニコニコと私の両手をそれぞれ握った。

「まぁまぁ。これもいい経験よ~そろそろリリンも階級を上げないとねぇ」

「私も戦闘訓練は受けておりますよ。今日はねさまに私の雄姿ゆーしを見て頂こうと思っておるのですよ」


 二人が私の両手をぶんぶんと揺らしていると監視塔の方から連絡が入った。

「南より魔物の先陣と思われる大量の影あり! 迎撃準備されたし!」

 現場に一気に緊張感が走る。戦闘準備を知らせる鐘が打ち鳴らされた。
窓の外では兵士や魔術師達が既に隊列を組み始めていた。

「アピちゃんは着替えてらっしゃい。私達は先に行ってくるわね~」

 まるでピクニックにでも行くかのように母様とリリンは手を繋いで外へと行った。
その後ろを十人くらいのフジャンデラス家の魔術師達が付いて行く。

 それを見たラダカンが呆れたような口振りで私に言った。

「相変わらずゆるりとした方じゃ……丁度今し方リリアイラから連絡が入っての、どうやらラウタンとかいう少年を見つけたそうじゃ。そのうちドゥーカ達もこっちへ来るじゃろう」

「意外と早かったのね。じゃあ私も早く着替えて前線に行かないと」



 私は待機部屋へと入り赤い戦闘服に着替える。この戦闘服の背中にはフジャンデラスの薔薇の家紋が大きく刺繍されている。久々着るとちょっと恥ずかしい……

 戦闘服に身を包み、ブーツの紐を結び終えてから私は髪を後ろ手に一つに束ねた。

「そうだ。折角だからあの手袋していこう」

 私はウジュンバラでドゥーカ兄から奪い取った、妖精の繭糸で出来た手袋を右手に嵌めた。軽く魔力を込めると淡い光がゆらゆらと灯る。

「よし! じゃあ行こうラダカン。散る花びらクロウパジャドゥ

「待て待て! 早いぞい!」

 ラダカンが慌てて背中から私の中へと入る。それを待たずに私は魔法で体を浮かすと、開け放たれた窓から外へと飛び出した。



 前線へと着くと既に魔物の先陣部隊との戦闘は大方終わっていた。魔物のほとんどはB等級のナガラジャでうちの魔術師部隊でも十分対処出来たようだ。

 未だ戦闘の余韻が残る中、母様が生き残っていたナガラジャをリリンに倒させようとしていた。

「じゃあリリンちゃん訓練通りにね」

「はい母様かさま! 行きますっ! 薔薇の車輪ロダバザ

 リリンが天を仰ぐかのように両手を挙げると炎の輪が現れた。その炎輪はくるくると回り出し、次第に回転速度を上げると敵目がけて飛んで行った。これは炎魔法級の魔法だがリリンが出す輪の大きさが規格外だった。ナガラジャへ一直線に飛んで行きその体を真っ二つに切り裂いた。と同時に魔物の体からは炎が上がり、一瞬で丸焦げに焼き尽くした。

「ほぉ、魔力量ならアピより上かもしれんの」

 ラダカンがなぜか嬉しそうな声音こわねで言った。確かにリリンはまだ最低位の火魔術師だが、魔法の威力に関しては母様と同じ火炎魔術師くらいあるかもしれない。

「ねさま見てくださーい! やりましたよー!」

 リリンは満面の笑みで私に手を振っていた。私も両手で大きな丸を作って彼女に笑顔で答えた。母様も微笑みながらリリンの頭を撫でていた。


 その時、私達のすぐ近くで魔術師達の悲鳴と共に大きな水飛沫があがった。

「まずいクンビラが襲ってきたっ! 一人やられたぞー!」

 大型のわにの魔物、クンビラ。A等級の魔物で水中やぬかるみから突然襲い掛かってくる事が多い。その特殊な鱗は火魔法が通りづらく、私達火魔法術師にとっては相性の悪い魔物だ。 

 すでに一人の魔術師がその鋭い牙に捕えられ水の中に引きずり込まれようとしていた。周りから次々に火魔法が放たれるが効果が薄い。

「その人を放しなさいませ! 薔薇の車輪ロダバザ!」

 リリンが先程と同じ魔法でクンビラの胴の中心あたりを狙い魔法を放った。炎の輪が縦回転しながら横っ腹へと命中する。だがクンビラはその勢いを奪い去るように、体を逆方向にくるくる回転させた。炎輪は徐々に勢いを失い掻き消されてしまった。

薔薇の双輪ドゥアロダバザ!」

 私はすぐさまリリンが使ったのと同じ魔法を同時に二つ放った。右手からはリリンと同じ回転で、そして左手の炎は逆回転させた。クンビラは先程同様に体を回転させ一つの炎輪は消し去った。だがもう一方の炎輪は逆に深く体に食い込みそのまま胴体を両断した。切り口から火の手が上がる。私は急いで指示を出した。

「救出急いで!」

 数人の兵士達がクンビラの口を抉じ開け魔術師を引っ張りだした。傷はかなり深いらしくそのまま救護班の元へと運ばれていった。


「まぁまぁ! また腕を上げたわねアピちゃん」

「ねさまさすがですー! かっこよかったんです!」

 二人はまた似たような動きでぴょんぴょん跳ねながら手を叩いて喜んでいた。するとラダカンの声が頭の中で響いた。

「また来るぞ。今度は大群じゃ」

 少し離れた場所に目をやると、まるで津波が押し寄せてくるかの如く大量のクンビラがこちらへと向かってきていた。その先頭には一際大きなクンビラにまたがる女性の姿があった。その体躯はクンビラに負けない程の大きさで、手には棘の付いた鉄球型のハンマーを握っていた。

「ありゃ魔神ガンガマじゃな。クンビラ達のおさじゃ」

 魔神という言葉を聞き、すぐさま私は大声を張り上げた。

「総員一時退却! 砦まで戻れ! 母様、リリンを連れて一端退いて!」

 リリンは迫り来る魔物を目の当たりにしながら怯えていた。でも母様はただ一点を見つめながら私の方には見向きもしない。私は母様の腕を掴みながら再び大声で叫んだ。

「母様! ここは私が! リリンを連れて砦へ!」

 まるで私の声など届いてないかのように、母様はなにやらぶつぶつ呟きながらその表情をみるみる変えていった。

「ようやく見つけたあの女……絶対にコロス」

 その言葉に私は一瞬背筋がぞわりとした。これまで何度か母様が戦闘中にぶち切れるのは見てきたが、今回はそれの比ではない。魔力が全身から溢れ出し、怒りの感情がメラメラと燃えているのが見て取れた。視線を魔神から一切外す事なく、母様はいつもとは違う口調で話した。

「私の母、あなた達のお祖母ちゃんはあの魔神に殺された……幼き私を守って。あの女は私がります。アピはリリンを連れて下がりなさい」

「でもっ母様! 相手は魔神です! 私も一緒に!」


 母様の顔がゆっくりとこっちを向く。私達を見つめるその韓紅からくれないの瞳はまるで炎のように見えた。その刹那、母様はにこっと微笑むといつものような穏やかな表情になった。そしてしゃがみ込みながら私とリリンの肩に手を置いた。

「子を守るのは母としての当然の務め。私の母はその命の最期にそう言ってくれた。私も母親になって、ようやくその本当の意味がわかったの」

 そして母様は私達二人をぎゅっと抱き締めた。その懐かしいぬくもりに私も思わず母様へと抱きついた。

「あらあら。アピちゃんにそんな風にされるなんていつ振りかしらねぇ」

 にこやかに笑いながら母様はすっと立ち上がった。そして再び睨みつけるように魔神を凝視した。

「アピ。手出しは無用。これは母としての誇りを賭けた私の戦いです」

 そう言って数歩前へと出ると一瞬で全身が炎に包まれた。土砂降りの雨が一瞬で蒸気へと化し白煙を上げる。


散る花びらクロウパジャドゥ

 炎の輪を腰に纏わせると、母様は一気に空へと舞い上がった。
 

 飛び去る母の背中はいつもより美しく、そしていつもより大きく見えた。



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