空間魔術師は一瞬で地の底まで逃げ出した

三毛猫ジョーラ

文字の大きさ
22 / 61
南の大陸編

20話 その美しき炎の薔薇よ

しおりを挟む

 この日をどれだけ待ちわびただろう。

 あの瞬間から今日まで、私の怒りは決して静まることはなく、日を追う毎に大きくなった。目を閉じればあの光景は今でもはっきりと瞼に浮かぶ。あの魔神が母の命を奪い取った。


 その日はいつも通りの魔物の討伐のはずだった。炎魔術師となったばかりの私は、ようやく戦闘にも徐々に慣れ始め、数体の魔物を問題なく倒していた。いざ砦へと帰ろうとした時、突然地鳴りのような音が響いた。

 クンビラの大群を引き連れた魔神が襲撃してきた。私たちは慌てて迎撃体制取った。しかしその女の姿をした魔神は、大きな鉄球型のハンマーを振り回し、魔法をことごとく弾き返した。その圧倒的な強さに我が軍はあっという間に壊滅状態。残る味方の数も僅かとなった。

 魔力が尽き、倒れている私に迫り来る鉄球は血で赤く染まっていた。周りはすでに魔物や人の亡骸で死屍累々《ししるいるい》の有様だった。誰かが私の体をぐいっと引っ張り上げ、血濡れの鉄球が私の鼻先を掠めた。

「ドゥパしっかり! まだ動ける!?」

「母さん……もう魔力が……体に力が入らない」

 片手で私を抱き上げる母も全身傷だらけだった。左腕は折れているのかだらりと垂れ下がっている。私を抱えたまま魔神から距離を取るように後方へと大きく飛んだ。

「誰かこの子をお願いっ! 私がここで食い止める! 全軍退却!」

「ダメ! 母さんも逃げて! もうその体じゃ――」

 言葉の続きを遮るように母は片手で私を力強く抱きしめた。そして私の額にそっと口づけし、優しい微笑みをその顔に浮かべた。

「心配要らないわドゥパちゃん。あなたを守るのは私の当然の務めなのよ。帰ったら二人で甘いものでも食べましょう」

 ようやく数人の兵士が私達の元へと急ぎ駆け付ける。立っているのがやっとの私はトケッタに載せられた。一人の兵士が母の傷に治癒ポーションを掛けながら言った。

「ひどい傷ですリンガ様! お早く退避を!」

「殿は私がやります。大魔法を打つから出来る限り離れてちょうだい」

「し、しかしっ!」

「命令です! ドゥパの事頼んだわよ」

 その時の母の顔は何かを決心していたかのようだった。全身に炎を纏い、魔物の大群のど真ん中へと突っ込んで行った。

「いやぁぁぁ!!! 母さーん!!!」

 私は手を伸ばし必死に叫んだ。母は一度だけ振り返るとまた私に笑いかけ、何かを伝えようと口を開いた。その瞬間、辺りは静まり返り、時間が止まっているかのように見えた。そして届くはずのない母の声が私の耳にはっきりと聞こえた。


――愛してるわドゥパ

 
 ドォーンという激しい爆音と共に止まっていた時間が一斉に動き出す。王国唯一の爆炎魔術師である母の魔法は強く、そして美しかった。


百花繚乱花吹雪ラツザンブンガ・ベルマカラン


 あまたの炎の薔薇が渦巻くように咲き乱れ、そして無数の炎が花びらのように舞い踊り魔物を次々に燃やし尽くす。私は思わずその光景に目を奪われた。

 流石の魔神もその業火を全て弾く事は出来なかった。じわりじわりと炎に焼かれ始める。母は右腕一本だけに魔力を込めとどめの一撃を放った。特大の炎が魔神に迫る。

 だがその時、生き残っていたクンビラ達が盾になるように魔神を覆い尽くした。激しく吹き上がった火柱がその塊を焼き尽くす。炎がゆっくり消え去ると、黒焦げになったクンビラがぼとりぼとりと落ちてきた。それを払いのけながら魔神が灰の中から這い出してきた。

 母の炎は魔神に届かなかった。

 肩で息をしながら立ち尽くす母に魔神の鉄球が容赦なく横薙ぎに振り払われた。鈍い音と共に母の体は宙を舞った。

 私は怒りで目の前が真っ赤に染まるのがわかった。抑えつけられていた体がぶるぶると震える。あの女の魔神は必ずや私の手で……そこで私の記憶は途絶えた。



 それから数日間、私はずっと眠り続けた。目が覚めても暫くは、母がいない現実が受け入れらずにいた。

 ある日、私は当時の女王、アルザイラ様から登城の命を受けた。生まれてすぐに父も戦死していた為、母なき今、この西ロンガの領主は必然的に私が務めなければならなかった。

「此度のリンガ殿の件、誠に残念であった。彼女の最期をそなたの口から聞かせてくれないか」

 私は陛下に母の最期を伝えた。陛下と母は幼き頃からとても仲良くしていたと聞く。彼女は終始、目に涙を浮かべ私の話を聞いていた。


 その日から私は西ロンガの領主として、そしてあの時誓った魔神への復讐を成し遂げる為、がむしゃらに魔法の訓練を始めた。

 だが私の魔力量は母には遠く及ばない。あの魔神にいかにして勝つか。それだけを考え技術をとことん磨き上げた。

 訓練や魔物の討伐に全精力を注ぐ為、いつしか普段の生活ではまるで気が抜けたようにのんびり過ごすようになっていた。今の夫であるラハールも私の裏と表を初めて知った時はたいそう驚いていたものだ。

 そして私もかわいい我が子を授かった。天使のように笑うアピを見ていると、あの時、母が言った言葉の意味がよくわかる。この子を守るため為、私はもっと強くならないといけない。

 アピを出産してすぐ、私は訓練を再開した。そんな私をラハールはいつも心配そうに見ていた。

「まだ体を動かすのは入んじゃないか?」

「ダメよ。あの魔神がまたいつ襲ってくるかわからない。一日でも早く母さんのような魔法を打てるようにならなくちゃ」

「うーん。だがあの魔法は爆炎魔法級だぞ? おれでもあれは打てない。ましてや君の魔力量では……」

 ラハールの言う通りだった。最初にあの大魔法を使おうとした時、その工程の半分も私には構築出来なかった。でも私は諦めなかった。

 母さんみたいに強い魔法じゃなくていい。美しくなくてもいい。不格好でもあの魔法だけはなんとしても打てるようになりたかった。

 毎日毎日訓練を重ね、完成とは呼べないけど最後まで魔法の構築が出来るようになった。でも実践で使えるにはまだ程遠い。

 子育てをしながらも私は訓練を欠かす事はなかった。幸いな事に、私と違って二人の娘の魔力量は非常に多い。私が苦労しているこの大魔法だって簡単に打てるようになるだろう。

「やっぱり母である私が打てるようにならなきゃね」

 母から受け継いだ魔法を我が子へと伝える。そんな希望も私の糧となった。



 あれから二十年。私から母を奪ったあの魔神が今まさに目の前にいる。周りに多くのクンビラを従え不敵な笑みでこちらを見ていた。

 それはまさにあの時の光景と酷似していた。


 見ていて母さん。あなたの魔法ほど美しくはないけど、この魔法に込める想いだけは決して誰にも負けない。


 だって母さんが最期に残してくれた大切な私への愛だから。



 今日までずっと積み重ねてきたもの全てを両手に込める。迷いや恐れはなにもない。何も考えずとも自然と体が魔力を操っていた。


 見据えるのはあの魔神のみ。私の全てを懸けてあいつを倒す――



百花繚乱花吹雪ラツザンブンガ・ベルマカラン!!」



 その時、激しく燃える炎の薔薇が辺り一面に咲き誇った。





しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?

シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。 クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。 貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ? 魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。 ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。 私の生活を邪魔をするなら潰すわよ? 1月5日 誤字脱字修正 54話 ★━戦闘シーンや猟奇的発言あり 流血シーンあり。 魔法・魔物あり。 ざぁま薄め。 恋愛要素あり。

龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜

クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。 生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。 母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。 そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。 それから〜18年後 約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。 アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。 いざ〜龍国へ出発した。 あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね?? 確か双子だったよね? もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜! 物語に登場する人物達の視点です。

前世と今世の幸せ

夕香里
恋愛
【商業化予定のため、時期未定ですが引き下げ予定があります。詳しくは近況ボードをご確認ください】 幼い頃から皇帝アルバートの「皇后」になるために妃教育を受けてきたリーティア。 しかし聖女が発見されたことでリーティアは皇后ではなく、皇妃として皇帝に嫁ぐ。 皇帝は皇妃を冷遇し、皇后を愛した。 そのうちにリーティアは病でこの世を去ってしまう。 この世を去った後に訳あってもう一度同じ人生を繰り返すことになった彼女は思う。 「今世は幸せになりたい」と ※小説家になろう様にも投稿しています

夫より強い妻は邪魔だそうです【第一部完】

小平ニコ
ファンタジー
「ソフィア、お前とは離縁する。書類はこちらで作っておいたから、サインだけしてくれ」 夫のアランはそう言って私に離婚届を突き付けた。名門剣術道場の師範代であるアランは女性蔑視的な傾向があり、女の私が自分より強いのが相当に気に入らなかったようだ。 この日を待ち望んでいた私は喜んで離婚届にサインし、美しき従者シエルと旅に出る。道中で遭遇する悪党どもを成敗しながら、シエルの故郷である魔法王国トアイトンに到達し、そこでのんびりとした日々を送る私。 そんな時、アランの父から手紙が届いた。手紙の内容は、アランからの一方的な離縁に対する謝罪と、もうひとつ。私がいなくなった後にアランと再婚した女性によって、道場が大変なことになっているから戻って来てくれないかという予想だにしないものだった……

転落貴族〜千年に1人の逸材と言われた男が最底辺から成り上がる〜

ぽいづん
ファンタジー
ガレオン帝国の名門貴族ノーベル家の長男にして、容姿端麗、眉目秀麗、剣術は向かうところ敵なし。 アレクシア・ノーベル、人は彼のことを千年に1人の逸材と評し、第3皇女クレアとの婚約も決まり、順風満帆な日々だった 騎士学校の最後の剣術大会、彼は賭けに負け、1年間の期限付きで、辺境の国、ザナビル王国の最底辺ギルドのヘブンズワークスに入らざるおえなくなる。 今までの貴族の生活と正反対の日々を過ごし1年が経った。 しかし、この賭けは罠であった。 アレクシアは、生涯をこのギルドで過ごさなければいけないということを知る。 賭けが罠であり、仕組まれたものと知ったアレクシアは黒幕が誰か確信を得る。 アレクシアは最底辺からの成り上がりを決意し、復讐を誓うのであった。 小説家になろうにも投稿しています。 なろう版改稿中です。改稿終了後こちらも改稿します。

王女の夢見た世界への旅路

ライ
ファンタジー
侍女を助けるために幼い王女は、己が全てをかけて回復魔術を使用した。 無茶な魔術の使用による代償で魔力の成長が阻害されるが、代わりに前世の記憶を思い出す。 王族でありながら貴族の中でも少ない魔力しか持てず、王族の中で孤立した王女は、理想と夢をかなえるために行動を起こしていく。 これは、彼女が夢と理想を求めて自由に生きる旅路の物語。 ※小説家になろう様にも投稿しています。

いつか優しく終わらせてあげるために。

イチイ アキラ
恋愛
 初夜の最中。王子は死んだ。  犯人は誰なのか。  妃となった妹を虐げていた姉か。それとも……。  12話くらいからが本編です。そこに至るまでもじっくりお楽しみください。

断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜

深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。 処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。 なぜなら彼女は―― 前世で“トップインフルエンサー”だったから。 処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。 空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。 タイトルは―― 『断罪なう』。 王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。 すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、 国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。 そして宣言される、前代未聞のルール。 支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。 処刑台は舞台へ。 断罪はエンタメへ。 悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。 これは、 処刑されるはずだった悪役令嬢が、 “ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。 支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、 それとも――自由か。

処理中です...