空間魔術師は一瞬で地の底まで逃げ出した

三毛猫ジョーラ

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南の大陸編

21話 火と水の融合

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 こんな美しい魔法は初めて見た。

 母様が放った魔法はまるで一枚の絵画のように華麗で美しかった。祖母様から受け継いだ魔法がひとつだけあるというのは聞いた事があったが、実際に目にするのは初めてだった。

「とっても綺麗です……」

 隣にいたリリンが目を輝かせながら呟いていた。我がフジャンデラス家の魔法は当家の家紋である薔薇の花が自然と顕現する。私が使う魔法も、その多くは薔薇の花がかたどられ炎の薔薇と言われている。そして私の魔法を見た人々は皆感嘆の声を上げる。それは私の誇りでもあり、自慢でもあった。


 けれど母様の魔法は、私の魔法よりも遥かに美しい炎の薔薇だった。


「実に美しいのぉ。あれ程緻密に魔法を扱えるのは精霊でもなかなかおらんわい」

 頭の中でラダカンの声が聞こえる。常日頃から母様の魔法制御を見習えとラダカンは言っていた。私はその意味がこの時ようやくわかった気がした。

 まるで紅い絨毯のように辺り一面に薔薇が咲き誇る。視界を埋め尽くさんばかりにいたクンビラをあっという間に焼き尽くし、今まさに魔神ガンガマへと最後の一撃を放とうとしていた。

 母様の右手には何層にも折り重なった炎によって一際大きな薔薇が形作られた。
だがその瞬間、生き残ったクンビラ達がわらわらと魔神の守るかのように大きな塊を形成していった。

「あれじゃ中まで魔法が通らない!」

 私は思わず叫んだ。母様の魔力量は私やリリン程多くはない。それは彼女自身が一番よくわかってるはずだ。私が追撃の魔法を打とうとするとラダカンがそれを制した。

「手出しは無用と言われたじゃろアピ。ドゥパ様なら大丈夫じゃ」

 ラダカンの言う通り、母様の顔に焦りの色は微塵もなかった。

「そう何度も同じ手は通用しないわよ! 薔薇の牢獄マワルパンジャラ!」

 右手から放たれた魔法はクンビラの塊にぶつかる事無く、その周りを取り囲むように展開する。そしていつの間に構築してたのだろう、左手から同じような薔薇の炎を放つと二つが混じり合い蕾のような形となった。

 あの魔法は簡単に出来るような代物ではない。母様が弛まぬ努力と研鑽を積んでいたのは私もよく知っていた。

 渦巻く炎は魔物達を逃さない。焼け焦げたクンビラが次々に剥がれ落ち、遂にその燃え盛る炎は魔神へと辿り着いた。ハンマーを振り回し、悲鳴のような咆哮を上げる魔神ガンガマ。やがて膝から崩れ落ちるとその体はみるみるうちに灰燼に帰した。


「母様ー!」
「かさまー!」

 地上へと降りてきた母様の元へ私とリリンが駆け寄った。肩で激しく息をしながらも私達に気が付くと、その表情はいつもの優しい笑顔へと戻り、飛びつく私達をしっかりと受け止めた。

「まぁ二人共どうしたの? そんなに泣いて」

 いつの間にか私もリリンも涙を流していた。だって母様が強くてかっこよくてとっても綺麗だったから。

「母様お見事でした! あんな美しい魔法初めて見ました」

「かさま! 私もあの魔法打てるようになりたいのです」

「あらあら、私も二人にちゃんと見せれて良かったわ。でもお祖母ちゃんの魔法はもっと綺麗だったのよ」

 魔力が底を突いたのか、母様はすこしふらつきながらも私達の頭を撫でてくれた。
その時、後ろの方からドゥーカ兄の声が聞こえてきた。

「凄い魔法だったな。ドゥパ様、あれは爆炎魔法ですか?」
 
 いつの間に転移してきたのか、ドゥーカ兄はこちらへすたすたと歩いてきた。

「あらまぁドゥーカ殿。そうですよぉ、あれは私が母から受け継いだとっておきの魔法なんです」

 母様はにこやかに笑って答えた。するとドゥーカ兄の横からリリアイラの声が聞こえた。

「確かにあの魔法はすげぇな。たぶんあんな細かい制御はアピには無理だな」

「ちょっと失礼ね! 私だって訓練すればいつか出来るわよ!」

「はっ! そうやってすぐ怒るようじゃまだ無理だ。大魔法ほど使うときは冷静さが必要なんだよ」

「なによ偉そうに! ちょっとラダカンなんか言ってやってよ!」

「まぁまぁ……リリアイラもそんな煽らんでもよかろう」


 私達が言い争っている横でドゥーカ兄が母様に魔力ポーションを飲ませていた。

「もうすぐ敵の本隊がここへやってきます。後は我々に任せてドゥパ様は一旦砦にお戻りください。それとアピ。おそらくラウタンはその本隊の後からやってくる。合流したら一緒に戦うことになるからそのつもりでいてくれ」

「わかった。で、どんな少年だった?」

 私がドゥーカ兄に訊くとリリアイラが横から口を挟んできた。

「おまえよりは礼儀がなってたなぁ。強さもおまえより上かもしれねぇぞ」

 ケラケラと笑い声がする方へ私は火球を飛ばした。

「危ねぇ! おいラダカン! やっぱりおまえの教育がなっちゃいねえ! ジャイランを見習え」

 ジャイランとはおそらくラウタンの守護精霊だろう。はぁ、とラダカンが大きな溜息を吐くのが聞こえた。

 
 それから母様とリリンは王国軍の迎撃部隊と共に砦へと戻っていった。前線に残ったのは私とドゥーカ兄の二人。本隊を率いている魔神アジュナの情報を聞きながら作戦を練っていく。

 やがて遠くの方から激しい水飛沫を上げながら魔物の大群が津波のように押し寄せてきた。

「まずは雑魚を削っていくぞアピ! 切り裂けレータルカント!」

「任せて! 紅炎の薔薇ドゥリマワルメラ!」

 私達は離れた位置で陣取りながらそれぞれ広範囲の魔法を放った。ドゥーカ兄の魔法が空間を切り裂き、私の魔法が周囲を炎で焼き尽くす。広大な湿地帯を埋め尽くしていた魔物の大群は屍山血河としざんけつが化した。


 それでもなお、魔物達はその行軍を止めようとはしない。屍を乗り越え狂ったように前へと進む。

「まったくしつこいわね! これじゃ切りがないわ。母様の魔法使ってみようかしら」

「無理じゃわい。ほれ油断しとると危ないぞ」

 魔法を搔い潜ってきた数体の魔物が私に飛び掛かってくる。いつの間にか背後を取られていたらしい。私が慌てて振り向きざまに魔法を打とうとした時、僅かに離れた場所から魔法を詠唱する声がした。

水竜の息吹リダ・ラジャナガ

 渦巻く一本の水流が魔物達を搦め取りながら、私の目の前を掠めるように通り過ぎて行った。

「ちょっと! 危ないじゃない!」

 そう叫びながら魔法が放たれた方を向くとトケッタに乗った一人の少年がおどおどしながらこちらを見ていた。

「あの……あなたがアピさんでしょうか?」

「声が小さいわね、まったく! そうよ、あなたがラウタン?」

「はい……僕はラウタン・アオン。でこっちが相棒のパン――」

「あぁもう! 自己紹介は後よ! まだまだ敵が押し寄せてくるわ。さぁちゃっちゃとやるわよ」

「は、はい! よろしくお願いします」

 
 私が前へと出ると、ラウタンが続くように後ろから付いて来る。前方へ迫りくる敵へ私は魔法を放った。
 
紅炎の薔薇ドゥリマワルメラ

 するとそれに続くようにラウタンが水魔法を放つ。

水竜の息吹リダ・ラジャナガ

 強力な水流が魔物を次々巻き込みながら引き千切っていく。だがその一方で私が放った火魔法も掻き消されてしまった。

「私の魔法も打ち消してどうするのよ! ちゃんと狙って!」

「でも隙間がなくて……すごい魔法ですね」

「そ、そう? じゃあ私は上から狙うからあなたは地上で戦って」

 なかなか素直で良い子じゃない、と思いながら私は空中へと飛び上がった。私は空から広範囲の魔法で攻撃する。そして取りこぼした魔物をラウタンが仕留めていく。初めての共闘だがなかなかの連携が取れている。敵の数もかなり減ってきていた。


 だがその時、頭上からいきなり無数の雷の矢が雨のように降って来た。

「きゃあ! なによこれ!」

 次々に降り注ぐ矢を私は寸でのところでそれを回避した。地上ではラウタンが魔法を展開させていた。

水影パルムーカ!」

 反射魔法だろうか、丸い鏡のようなものがラウタンの頭上に現れる。しかし雷の矢を完全に消し去ることが出来ず何本かの矢がそれを通り抜けたラウタンに傷を負わせた。彼を乗せていたトケッタが一旦退き距離を置く。なかなか賢い子だ。

 私は急いでラウタンの元へと降りると手袋に魔力を流してその傷を癒した。

「さっきのは? あれが魔神アジュナの雷魔法?」

「はい。遠距離からでも打ってきます。僕の魔法とは相性が悪くて……」

「私も防御魔法は得意じゃないのよね。ちょっとやっかいな相手ね」

 ドゥーカ兄と合流した方がいいかもと考えているとラダカンの声がした。

「また来るぞい! 今度は集中的に狙ってきよった!」

 空を見上げると先程の倍はあろうかという数の雷の矢が降ってきていた。

水影パルムーカ!」

 ラウタンが先程同様、頭上に魔法を飛ばす。よく見るとその魔法は水流が高速回転しながら鏡のようになっていた。私はすぐさまその鏡の真下に来るように魔法を放った。

薔薇の車輪ロダバザ!」

 水と火の渦が触れ合うぎりぎりの所で回転する。
雷の矢が水鏡を貫く。しかし勢いを削がれた矢は炎の渦に巻かれ消え去った。

「ほお、器用なもんじゃな」思わずといった感じでラダカンが言った。

「当たり前よ。母様ほどじゃないけど私だってこれくらいの魔法制御はできるわ」

 私がふふんと少し得意げに言うと、それを見ていたラウタンが驚きつつも目を輝かせていた。

「あんなに正確に操れるなんてすごいです!」

 そんなに純粋な目で言われると逆に照れ臭い。私はそれを隠すようにラウタンに背を向けると前方を指差しながら言った。

「じゃあ反撃と行きましょう。行くわよラウタン!」

 はいと答えながらラウタンは私の横へと並んだ。すでに魔神アジュナの白い巨体が目と鼻の先まで迫っていた。その姿を目で捉えたラウタンの表情は強張り、僅かに殺気立つのを私は感じた。



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