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南の大陸編
22話 水虎再び
しおりを挟む雨脚が更に激しくなった。土砂降りで視界が悪い最中でもあの魔神の巨体は僕の目にはっきりと見えた。村を滅茶苦茶にしパンバルに瀕死の重傷を負わせたあの憎き姿。思わずこぶしをぎゅっと握りしめる。
そしてまたあの唸り声が聞こえ始める。
僕が怒れば怒るほど、その唸り声は嬉々として笑っているようにも聞こえる。
「心を静めてラウタン」
その時ジャイランの声がした。僕はハッと我に返る。
前の戦いでは水虎の声に導かれるように怒りを解き放った。頭は冷静でも心の制御が出来なかった気がする。まるで知らない自分がそこにいるかのように、そして水虎は僕の怒りを掬い上げるかのように暴れまわった。僕が望むままに敵を壊していった。
「ボーっとしないで! 来るわよ!」
アピさんが隣で叫ぶと、またも頭上から雷の矢が降って来た。さっきと同じように僕の魔法の後に続くように彼女が魔法を放つ。息が合ってきたのか、今度は軽々と矢を消し去った。
「ちょっと仕掛けてみるわ。少し離れた方がいいわよ」
そう言うと彼女は炎を纏いながら宙へと飛んだ。僕はパンバルに指示を出し少し後ろへと下がった。彼女自身も魔神からやや離れた位置で詠唱を始めた。
「爆ぜ咲く薔薇」
石ころほどの小さな火球が彼女の手から放たれる。あんな威力のなさそうな魔法で大丈夫なんだろうかと僕が思っていると、その小さな火球は途中からものすごい速さで魔神へと迫り、目の前で突然膨らみ始めた瞬間すぐさま爆発した。まるで小さな蕾から大きな花が咲くように。
魔神アジュナも油断していたのか爆炎をまとも食らい後ろへとよろめいた。アピさんはすでに二発目三発目と追撃の魔法を打っていた。再び魔神を炎と爆風が襲い、煙と水蒸気に包まれながら後ろへ大きく吹き飛んだ。
「流石に彼女は戦い慣れてますね」
僕がその様子を唖然として見ているとジャイランがそう言った。王国軍には若くして凄い魔術師がいると聞いた事がある。それはきっと彼女の事なのだろう。僕とそれほど歳は変わらないはずなのに、その戦いぶりは速くて冷静だ。
状況判断。よくジャイランに言われていた言葉だ。心を乱さず冷静に戦えればいつかはあの水虎だって操る事が出来るかもしれない。
「まだまだ修行しなくちゃね」
「ええ。これから頑張りましょうラウタン。でも今は目の前の敵に集中です」
ジャイランの言葉に頷いているとパンバルが突然甲高く鳴き声を上げた。
「キュイキュイ!」
これはトケッタが警戒する時の声だ。パンバルの目線の方向を見遣ると黒い稲妻がアピさんへと迫っていた。
「あの魔法はあいつだ! 水竜の息吹!」
渦巻く水流で稲妻を搦め捕ろうとしたが、やはり水と雷では相性が悪く、僅かに威力を弱めただけだった。でも僕は間を置かずにすぐ別の魔法を発動していた。
「白鯨の吐息」
宙に浮いている彼女の足元から水が噴射してその体を一気に押し上げた。きゃあと叫びながら彼女はさらに浮き上がり、その下を稲妻が通り過ぎた。
「いい判断ですよ! ラウタン」
ジャイランが素直に褒めてくれる。僕の顔からは思わず笑みがこぼれた。きっとアピさんも――
「ちょっとなにやってんの! びしょ濡れじゃない!」
予想もしていなかった言葉に僕は言葉を失った。びしょ濡れって……だってこの雨の中じゃ、と思いながら彼女を見るとすでに髪や服が乾いていた。そう言われてみれば戦闘中の彼女は雨に濡れてなかったように思えた。まさかずっと雨を蒸発させながら戦っていたのだろうか……
「ご、ごめんなさい」
とりあえず僕が謝ると、守護精霊と話しているのだろうか、彼女はぼそぼそ何かを呟くと少しばつが悪そうな顔で僕へと向き直った。
「いいわ。一応助かったから。じゃあそっちの敵は任せるわよ」
そう言って再び魔神アジュナの方へと飛んで行った。そして僕はもう一人の魔神へとパンバルを走らせる。
大老様を躊躇なく殺めた魔神ドゥルバザ。水虎でかなりの深手を負わせたはずたっだけど、やっぱり生きてたか。だがそれは向こうも同じだったようだ。
「ほう、死んでおらんかったか。あんな化け物じみた魔法を使いよったから魔力枯渇でくたばったかと思っとったんじゃがのぉ」
「おまえは大老様の仇だ。今度こそ仕留める」
「威勢がいいのぉ。じゃが逃げたのはおまえじゃろうて。しかも神獣の力まで使いよるとは、ますます早めに潰しておかんと――雷黒」
再びドゥルバザの杖から黒い稲妻がこちらへと伸びてくる。僕はすぐさま防御態勢を取った。
「水影!」
だが前回同様、完全には防げない。パンバルがどうにか回避してくれかすり傷程度で済んだ。
その後も次々に稲妻は飛んでくる。僕は防ぎつつ回避するのがやっとだった。戦いの主導権は徐々に向こうへと傾いて行った。
「やはり水虎はそう易々と出せんようじゃの。大方まだ制御できんというところじゃな」
完全にこちらの状況が読まれていた。パンバルの消耗も激しくなり速度は落ちてきている。その時ジャイランの声が聞こえた。
「仕方ありません。水虎を出しましょう」
ジャイランのその一言で僕は魔法を唱えた。
「水虎」
僕が手を差し出すが何も起こらない。激しい雨音だけが虚しく聞こえてきた。
一瞬怯んだ魔神ドゥルバザだったが、水虎が現れないとわかるや否や杖を構え下卑た笑いを浮かべた。
「どうやら神獣に見放されたようじゃな。ならばその命刈り取って神獣も手に入れるとしよう。超放電」
巨大な雷塊がバチバチと音を立て一直線に急迫する。せめてパンバルだけでも――僕が魔法でパンバルを飛ばそうとした瞬間、誰かに腕を掴まれた。
そして耳元で声が聞こえた。
「転移」
僕が一度だけ瞬きしたその刹那、周りの景色が一瞬で変わった。
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