空間魔術師は一瞬で地の底まで逃げ出した

三毛猫ジョーラ

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南の大陸編

23話 過去の呪縛

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 いきなり転移したからか、ラウタンは目をまん丸に見開いておれを見ていた。
まぁ最初はみんなそうなるよなと思いながら、おれは左手にはめた手袋に魔力を込めた。揺らぎながら淡く光るその手をラウタンの傷に当てる。

「まだ体調は万全じゃないだろう? 無理はするな」

 幸い大きな傷はないようだった。ラウタンの傷が癒えた所で彼が乗っているトケッタの傷も治してやる。

「おーよしよし。頑張ったな! 偉いぞー」

「クゥクゥ」

 頭を撫でてやると目を細めながらすり寄ってきた。なんだかおれも相棒が欲しくなるな。そう考えているとリリアイラの声が聞こえた。

「たまにはおれも甘えてやろうか?」

 くっくと笑いながら言う声におれは肩をすぼめ首を横に振る。

「やめてくれ。考えただけで寒気がする……」

「なんならかわいい猫にでもなって添い寝してやるぞ?」

 そんなリリアイラの言葉を無視して、おれはラウタンの方へと向き直った。

「後はおれに任せて君は休め」

「で、でもっ! あいつは大老様の仇なんです!」

「大老様? バンジールの長老殿か?」

「はい。僕を引き渡すのを拒んであいつに殺されてしまいました……だから……あの魔神は僕が倒さなきゃ!」

 そう叫ぶラウタンの目には涙が滲んでいた。おれは片膝をつき、彼の顔を正面からじっと見て言った。

「せっかく救ってもらった命を君は大事にしないのか?」

 彼は下を向き肩を震わせた。堪えきれず泣き出してしまったのか、雨音に混じってすすり泣く声が聞こえ始める。彼のトケッタが心配そうに尻尾を手に絡ませてきた。

「聞いてくれラウタン。今は悲しくて悔しくて仕方ないだろう。ただもしここで戦って命を落としてしまったとしたら、大老様の想いはどうなる? 彼は君の命を、君の未来を繋ぐために、きっと死ぬ事さえ躊躇わなかったんじゃないのか? 守ってもらった命を決して無駄にするな」

 ラウタンが涙と雨でぐちゃぐちゃになった顔をゆっくりと上げた。泣きじゃくる姿はまだまだ幼い少年だ。

「うぅ……あの時だって、なんにも、で、できずに……逃げたんだ。パンバルにも怪我させて、ひっく……ぼぐわぁ、よわぐでぇ逃げてばかりでぇ……」

 おれはラウタンの顔を覗き込むように見ながら頭を撫でた。

「逃げちゃダメだって誰が決めたんだ? おれだって辛いときはすぐ逃げ出すさ。後の事なんて逃げた先でゆっくり考えればそれでいい。例え時間が掛かっても、強くなってそして戦えばいい。逃げたからって負けたわけじゃないぞ」

 するといつのまにかおれの体から出てきていたリリアイラが横で笑っていた。

「くっくっ、こいつの逃げっぷりはそれはそれは見事だからな」

 その声を聞いてラウタンがきょとんとしながらおれの顔を見た。

「お兄さんはとっても強そうなのに逃げたりするの?」

「ああもちろん。なんせ転移魔法が使えるからな。誰よりも早く、遠くまで逃げれるぞ」

 おれが笑いながらそう答えると、ラウタンは少し首を傾げながらも笑い返してくれた。


 ひとまず王国の砦まで向かい、そこでアピの母であるドゥパ様に事情を話すよう指示を出した。ラウタンへの追手などを考え、おれは転移はせず飛びながら前線へと戻った。

 魔神ドゥルバザの気配を探りながら飛んでいると、再びおれ中へと戻ったリリアイラの声が聞こえてきた。

「ドゥーカも随分と大人になったじゃねぇか。ジャイランが礼を言ってたぞ」

 おれはふっと笑って無言で頷いた。顔に当たる雨が妙に心地よく感じる。
魔法を使えば濡れる事もないのだが、今はなぜか土砂降りの雨に打たれながらってのも悪くない。

「もうあの女の事は吹っ切れたか?」

 激しい雨と風の音の中でもリリアイラの声ははっきり聞こえる。相変わらず不思議な感覚だ。

「どうだろうな……子供の頃からずっと一緒にいたんだ。そう簡単に忘れる事は出来ないだろうな」

 おれの言葉にリリアイラは何も言ってこなかった。その時、遠くの方で稲光と共に爆音が鳴り響いた。それと同時にリリアイラが叫ぶように言った。

「ドゥルバザが今度はアピを狙っている! 急ぐぞドゥーカ!」

 おそらくラダカンから連絡が入ったのだろう。おれはアピに刺した追尾針を目指し転移した。

 
 飛んだ先では二体の魔神相手にアピが苦戦していた。挟み撃ちのような形で魔神達はアピに攻撃を浴びせていた。おれはすぐさま二体の魔神へと攻撃を放つ。

弾けろマラトス!」

 次々起こる爆発をドゥルバザは回避したがアジュナはまともに食らった。だがそれほど効いた様子はない。アピもかなり手こずっているのだろう。

「遅いよ! ドゥーカ兄!」

 文句を言いながらもすぐさま反撃に転じ、アピは魔法を放つ。どうやらそこまで追い込まれた状況ではなかったようだ。

「すまん! そいつは任せていいか!?」

「うん! ドゥーカ兄はあっちのジジイの魔神をお願い。ちょこまか動くからあいつ嫌い」

 丁度よく二体を分断できた。おれはドゥルバザの方へと攻撃を仕掛ける。

切り裂けレータルカント!」

 迫り来る空間の亀裂をドゥルバザは残像を残しながら避ける。確かに奴の動きは速いが、移動速度ならこっちが上だ。おれは瞬時に奴の背後へと移動し至近距離から攻撃した。

両断マンドゥア!」

 流石のドゥルバザもこれは回避できなかった。左腕の肘から下をばっさりと切り落とす。

「ぐぉお! なんという速さじゃ。やはりお主とはまともに戦っておれん」

 左手から血を滴らせながらドゥルバザが残る右手で杖を構えた。びっしりと文字が刻まれた魔法陣が突如目の前に現れる。その時リリアイラの声が頭の中で聞こえてきた。

「ありゃ暗黒魔法じゃねぇ。おそらく呪術の類だ。気を付けろよドゥーカ」

「ああ、わかった。密閉ケダプダラ

 おれは自らを光の箱に閉じ込め奴の攻撃に備えた。魔法や物理攻撃ならばこれで防げるのだが、果たして呪術にも有効だろうか……それとも先に攻撃を仕掛けるかと、おれが逡巡《しゅんじゅん》している最中、ドゥルバザが杖を振り上げなにやら呪言《じゅごん》を唱えた。


नमुचिナムチ

 ドゥルバザの目の前の魔法陣が消えた瞬間、おれの全身が燃えるように熱くなる。

「がぁぁああ!」

 体中に文字が文字が浮かび上がり焼け爛れていくような感覚に陥る。リリアイラがおれの名を叫ぶが、その声が徐々に遠のいて行った。意識が暗転して行く。

 

 どれくらい眠っていたのだろう。目を開けるとおれは故郷の草原に立っていた。懐かしい風の匂いが鼻をくすぐる。ふと見渡すとこちらに背を向けた女性が一人、草花を揺らす風の中に佇んでいた。銀色の髪がさらさらと揺れている。

 彼女はゆっくりこちらに振り向くとにっこりと微笑んだ。その顔を見ておれは思わずその人の名を呼んだ。



「セナン……」


 やわらかな風がおれの頬をそっと撫でた。

 



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