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南の大陸編
24話 逃げた先には
しおりを挟む微笑む彼女の姿はとても美しかった。銀色の髪が陽の光を受け輝き揺らめく。
彼女の周りにはいつも優しく穏やかな風が吹いていた。
「ああ……懐かしい風だ」
故郷にいた頃はいつもセナンと一緒だった。穏やかで安らぎに満ちた日々がずっと続けばいいと思っていた。いつか彼女と結婚し、子を成し育て共に老いていく。そんなささやかな未来がおれの望みだった。
おれを見つめながら微笑む彼女の目には涙が浮かんでいた。そしてゆっくりとこちらへ歩いてくるとおれの目の前で足を止めた。彼女の柔らかな手が伸び、おれの頬をそっと撫でた。
「ドゥーカ……どうして私を置いて行ってしまったの? もう私の事は嫌いになった?」
おれは無言で彼女をじっと見つめ、触れられたその手に自分の手を重ねた。こうして彼女の温もりを感じるのは随分と久し振りのような感じがする。戦いに明け暮れ、いつしか二人で過ごす時間もなくなっていた。
おれは彼女をちゃんと見ていたのだろうか?
彼女の心をちゃんとわかっていたのだろうか?
きっとそれは否だろう。変わっていく彼女から目を反らし、おれはただずっと逃げていただけだ。ほんの僅かな綻びがいつしか大きな溝となり、気が付けば互いの心の声が届かない程離れてしまった。
「すまないセナン……おれは……」
彼女は首を横に振り、そしてゆっくりと顔を近づけた。
「いいのよ……ドゥーカはなにも悪くない。また最初からやり直しましょう? 二人の幸せな未来のために」
目を閉じた彼女の顔がさらに近くなる。薄紅色の唇が触れようとした瞬間、突然おれの左手が黒く変色し始めた。おれの頬に添えていた彼女の右手からは、まるで炎で焼かれたように煙が立ち昇る。
「グオォォォオーー!」
まるで野獣のような唸り声でセナンは叫んだ。右手はシューシューと音を立てながら爛れ始め、苦悶の表情を浮かべている。その時、リリアイラの声が頭の中で響いた。
「おいドゥーカ! しっかり見ろ! そいつはセナンじゃねえ!」
激しく震える右手を押さえながら、もがく彼女の顔に黒い靄がかかる。その顔は次第に歪みだし、ドゥルバザの顔へと変わっていった。
それと同時に周りの景色も土砂降りの雨が降りしきる光景へと変わった。冷たい雨が顔に当たり、朝起きたばかりのように少しずつ頭がはっきりとしてくる。
「けっ! ようやくお目覚めか。危うくまたブラフマを使うとこだったぜ」
おれは思わず左手を見た。さっきとは違い、その手にはしっかりと手袋がしてあった。だが心なしか少し熱を帯びている感じがする。ブラフマという言葉を聞いておれは思わずぶるっと身震いした。
「勘弁してくれ。もうあれは二度とごめんだ」
「じゃあ簡単に呪術なんかに掛かるんじゃねーよ。少しは成長したと思ったが、まだまだだったようだな」
おれは思わず苦笑いした。ついさっきラウタンに偉そうに講釈を垂れたが、結局おれはまだ逃げてるだけで。セナンの事はなんの解決もしてないのかもしれない。リリアイラが言った事はもっともだ。
「まだまだ迷惑掛けそうだな。でもいつかちゃんと決着をつけるよ」
「へっ! どうだかなぁ。相変わらず損な性格してやがる。それより、早いとこドゥルバザを消すぞ!」
先程までのた打ち回っていたドゥルバザだったが、いつの間にか左手で杖を構え魔法を打つ態勢を取っていた。どうやら右手は自ら切り落としたようだった。
「雷神の逆鱗」
それまでドゥルバザが放ったどの魔法よりも強力な魔力を感じた。おそらく残りの魔力を全て出し切っての魔法だろう。まともに受けては危険だと思ったおれは転移魔法で回避しようとしたがリリアイラがそれを止めた。
「待てドゥーカ。手袋を外せ。もしかしたらその左手、ニルグマが使えるかもしれん」
「あれはおまえにしか出来ない魔法だろう? 大丈夫なのか?」
「さっきの呪術を打ち破ったのを見てると、たぶんその左手はまだおれと同一化してるのかもしれん。ものは試しだ」
「試しでやるような事じゃないぞ!」
「まぁおれを信じろ。行くぞ!」
――Nirguna
おれは手袋を外し左手を迫り来る雷撃へとかざした。左手がまるで自分のものではないような感覚に陥る。強大な雷魔法がみるみるうちに左手へと吸い込まれていった。するとリリアイラが歓喜の声を上げた。
「はっ! こりゃいいな! その手はすでにおれの力が馴染んでやがる」
おれは思わず自分の手を見た。以前をやった時はほとんどリリアイラに体を預けていたが、今回はほぼ自分でやったと言っていい。精霊の力の一端を垣間見たような感じだった。
「おいぼーっとするな! そいつをそのまま自分の魔力に変えて打ってみろ」
おれは取り込んだ魔法と自分の魔力を練り合わせるような感覚で自らの魔法を放った。
「切り裂け!」
いつものように空間が切り裂かれ。その亀裂がドゥルバザへと向かって襲い掛かる。だが今までと違い、その空間の亀裂は雷を纏ったかのように光輝きバリバリと音を立てていた。
「ガッ――」
ドゥルバザに叫ぶ暇《いとま》も与えず、おれの魔法はその体を散り散りに切り裂いた。
焼け焦げばらばらとなったその亡骸には、電気の火花がバチバチと漂っていた。
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