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南の大陸編
33話 静かなる怒りを込めて
しおりを挟むクリシャンダラがゆっくりと両手でチャクラムを持ち上げる。そのたっぷりとした間は、絶望という名の恐怖を与えるには十分だった。女王を護る兵士達が盾を構えるが、もはやそれはなんの意味もなさない。
頭上まで到達したチャクラムを邪神は真っすぐに振り下ろした。積み木の城が崩れるように、シュラセーナ王城の天守閣は土煙を上げながらガラガラと崩壊した。
「切り裂け」
只ならぬ気配を察知したクリシャンダラが咄嗟に身を屈め体を斜めに倒した。空間を引き裂くような斬撃が頭上を通り抜ける。完全に回避できなかったのか、こめかみ辺りから血が噴き出した。
「おまえよくも母様を……爆ぜ咲く薔薇」
腰を折り、真下を向く格好となったクリシャンダラの顔面に、下から突き上げるような爆炎が直撃した。一発、二発、三発……
静かなる怒りを込め、アピが無表情で魔法を次々に放つ。徐々にクリシャンダラの頭が持ち上がり、次第にのけ反るような恰好となった。
それでもアピの攻撃の手は止む事がなかった。邪神の目の前に臆する事無く陣取り右手から、そして左手からと交互に爆炎魔法を発動させ叩き込んでいく。視界を失ったクリシャンダラが出鱈目にチャクラムを振り回す。それを冷静に躱し、ただひたすらにアピは攻撃を繰り返した。
「無茶するなアピ! 魔力が切れてしまうぞい!」
「…………」
ラダカンの声もアピには届かない。爆風と共に血が飛び散り、河の水は真っ赤に染まってゆく。そして遂に、クリシャンダラは両手をだらりと垂らしゆっくりと後ろへ倒れていった。その巨体が吸い込まれるように河へと投げ出されると、大きな水柱が立ち昇った。
水で血が洗い流された邪神の顔は、もはや元の形が分からない程、ぐちゃぐちゃになっていた。大河にすっぽりと収まったその大きな体はピクリとも動かず、少しずつ下流へと流されていった。
瓦礫となった城の上にアピが降り立つ。一気に魔力を使い果たした為か、肩で大きく息をしながらへたり込むように膝をついた。アピを追いかけやってきたドゥーカがアピの顔を覗き込みながら声をかけた。
「大丈夫か? 魔力ポーション飲むか?」
アピは息を切らしながら小さく頷いた。手渡されたポーションを一気に飲み干すとドゥーカにもたれかかった。それを見てリリアイラが軽く笑いながら言った。
「けっ! 切れたら手が付けられねえのは母親そっくりじゃねえか」
アピはちらっと顔を上げ、ふんと小さく鼻を鳴らした。ドゥーカがアピを抱え上げながらリリアイラに苦笑いを返す。
「まぁまぁ。とりあえず一旦戻ろうか」
アピを抱きかかえたまま、ドゥーカは転移魔法を唱えた。
城からやや離れた場所に位置する城門は最後の砦としての役割も担っている。魔物との激しい戦闘を物語るように、建物の中では怪我をした兵士達のうめき声が聞こえた。数人の治癒術師が忙しく動き回りながら治療を行っている。
その中に紛れ込むように、一緒になって兵士の治療に当たっているドレス姿のジェリミス女王の姿があった。
「重傷者から治療に当たれ! 包帯はもうないのか!? あっ、そこの者、ポーションを持ってきてくれ!」
さながら医療部隊の長のように、人一倍声を張り上げながら女王は走り回っていた。
クリシャンダラのチャクラムが振り下ろされたあの瞬間、ドゥーカは間一髪で女王を救出していた。兵士達に取り囲まれ女王には近づけなかったが、周りにいた兵士ごと転移魔法で脱出していたのだ。
「女王陛下、ただいま戻りました」
ドゥーカが声を掛け、ようやく女王が二人に気づいた。
「おおドゥーカ、アピ、戻ったか! 二人共怪我はないか?」
兵士達の手当てをしていたからであろうか、駆け寄ってきた女王の顔は血や泥で汚れていた。
「おれはまったく。アピが一人で突っ走ってたから」
「もうやめてよ、ドゥーカ兄! それより母様は!?」
焦った表情で詰め寄るアピに女王は優しく微笑んだ。
「ラウタンが無事見つけてくれた。今別の部屋で治療を受けてるから安心して」
「よかったぁ」
へなへなとアピは女王に抱きついた。そんなアピの頭をよしよしと女王が笑いながら撫でていた。
「そういえばラウタンが見当たらないが?」
「ラウタンなら治癒術師と一緒に治療に当たってくれている。なにやら妙な手袋をしてたな」
「おぉそうだった! 手袋はもう一つあるからおれも手伝おう」
女王に手袋が持つ能力を説明しながらおれは怪我人の治療に当たろうとした時、リリアイラに肩を掴まれた。
「待てドゥーカ! 僅かだが邪神の反応が残ってる! 奴は死んでないかもしれん!」
その声を聞いてアピも驚いて立ち止まった。何事かと女王が怪訝そうな顔でおれ達を見る。アピがリリアイラではなくおれの顔見て聞いてきた。
「どういう事!? 確かにあいつの頭部は完全に破壊したわ。いくら邪神でもあの傷じゃ――」
アピの言葉を制すように、リリアイラが喋る。それは普段よりも強い口調だった。
「とにかく見に行くぞ! 反応は滝の下の方だ! もしまだ死んでねぇなら止《とど》めをささねぇと!」
おれは邪神が生きている可能性を女王に伝えた。一瞬彼女は唖然とした表情をしたがすぐに切り替え兵士達に指示を飛ばした。
急ぎラウタンを呼び寄せ、三人で滝の下へと向かう。滝が起こす水飛沫によって辺り一面霧がかっていた。おれは目を凝らして隅々まで見たが、流れ着いてるであろう巨大な邪神の姿はそこにはなかった。
「奴はどこだ!? まさか逃げたのか!?」
おれの言葉に返事をする事なく、リリアイラは何かを探るように周囲を見渡していた。やがて遠くを見るように目を細めるとその動きが止まった。そしてゆっくりとその方向を指差した。
「あそこだ。やっぱり生きていやがった……」
リリアイラが指し示した先には、広大な湿地帯に一人佇む人のような影が。背丈はおれと変わらないくらいか。だがその肌は青黒く、右手にはチャクラムを握りしめている。
それはまさしく邪神クリシャンダラの姿だった。
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