空間魔術師は一瞬で地の底まで逃げ出した

三毛猫ジョーラ

文字の大きさ
47 / 61
東の大陸編

42話 金色の光

しおりを挟む

 チュランが妖精の力を手に入れたのは全くの偶然だった。北の大陸を追われ、東の大陸経由で飛び鳥を目指していた頃、彼は荷物持ちをしながら小銭を稼いでいた。元々、チュランという男は僅かな魔力しか持たない氷魔術師だった。戦闘では役に立たず、殊勝しゅしょうなパーティがたまに荷物持ちをさせてくれるのを待っているしかなかった。

 そんな鬱屈とした日々を送っていたある日の事、荷物持ちをしていたパーティが強い魔物に襲われ壊滅状態となる。チュランはしめたとばかりに瀕死の彼らを置き去りにし、一目散に逃げだした。


 荷物を抱え息を切らしてダンジョン出口までやってくると、彼はようやく腰を下ろして一息ついた。水筒の水をぐいぐいと飲みながら、ふと近くにあった沼地に目をやる。するとそこでは、なにやら鳥のようなものが羽をばたつかせて溺れていた。

 暫くは我関せずと放っておいたのだが一向に沈んでいく気配もない。このままでは魔物が寄ってきてしまうと思い、仕方なく彼はその生き物を助けてやる事にした。
 
 手頃な枝を拾い上げ沼地に近づいた時、彼は思わず「はっ?」と声を漏らした。泥水の上で藻掻いていたのは鳥ではなく、背中に羽を生やした小さな人間だった。真昼間だったので気が付かなかったが、その小さな人間は金色の光に包まれ、体自体はまったく汚れてはいなかった。沼地の真ん中で少し沈んでは手足をばたつかせて浮き上がるを繰り返していた。

「もしかして……妖精か?」

 そう口をいて出た言葉に彼は辺りをきょろきょろと見渡した。道端で金貨を拾った時のように、もしくはダンジョンで宝箱を見つけた時のように、彼の口元はついつい緩んだ。 

「ほらっ掴まれ」

 手にした枝を伸ばしたが届きそうにもない。服を汚すのは億劫だとチュランが思っていると、妖精の近くで大きな魚が飛び跳ねた。それは口に入るものなら何でも食べる狂暴な魚だった。お宝を横取りされるわけにはいかないと、彼は手前の沼を魔法で凍らせ、恐る恐る乗ってみる。どうにか割れないようだったので二、三歩進んで枝を伸ばしとようやく妖精まで届いた。

 妖精がその枝をがしっと掴むとチュランは枝を引き上げながら後ろへと下がる。だがその時、さっきの魚が勢いよく妖精目掛けて飛び掛かってきた。慌てて釣り竿のように枝を真後ろへと引くと、口を大きく開けた魚が牙を光らせチュランへと襲い掛かってきた。

「ひぇぇええ!」

 腰を抜かして倒れたチュランの腕に魚ががぶりと咬みついた。なんとか引きはがしたが傷は深く、血がだらだらと流れ始めた。あまりの痛さにチュランが悶絶していると妖精がパタパタと飛んできて手をかざす。するとそこから光が溢れあっという間に傷を治した。

「これは治癒魔法か!?」

 チュランが驚き傷跡を見ていると、妖精が羽ばたきながらこうべを垂れた。

「助けてくださってありがとうございます。是非ともなにかお礼をさせてください」

 その時チュランはにやっと笑った。最初は妖精を捕まえて貴族にでも売ってしまおうと考えていたが、彼の狡賢い脳みそはもっと利口な方法を瞬時にはじき出した。



 
 それから彼は冒険者カードを作り直し、新たに治癒術師として再出発を果たした。妖精の姿が見えぬよう、わざとぶかぶかのローブを着る。偽治癒術師を始めた頃は、それっぽく見えるように杖を持ち詠唱の真似事をしていたが、いつしかそれもおざなりになる。だがそれも能力の高さ故と勘違いされ、図らずもその評価は上がっていった。妖精の力は瞬く間に彼の懐を潤し、その暮らしは一変した。


 飛び島に来て一年が過ぎた頃、妖精もようやくそのおかしな状況に気付く。外に出る時だけ入れられていた鳥籠も、いつしか屋敷の中でも出してもらえなくなった。食事も僅かにしか与えられず、魔力ポーションとやらだけはしっかりと飲まされる。

 ある日妖精はチュランにおずおずと申し出た。

「そろそろ私も故郷へ帰ろうと思います。お礼は十分果たせましたでしょうか?」

 消え入りそうなその声を聞いて、チュランはぎろりと妖精を睨みつけた。

「おれが命の恩人だということを、おまえはもう忘れたのか?」

 
 その日から事ある毎に、彼は助けた時の出来事をねちねちと繰り返し語った。自分がいかに勇敢に戦いおまえの命を救ったか。あの時の恐怖は今でも夢に出る程だ。それでもおれはおまえを置いて逃げる事などしなかった。

 滾々こんこんと聞かされる彼の冒険譚に、いつしか妖精は疲れ果て何も言い返せなくなっていた。命じられるままに力を使い、逃げ出すという考えさえ頭に浮かぶ事はない。
 

 彼の言葉だけを聞き、何をすべきかを慎重に考える。今日はとある冒険者の腕を再生させた。報酬が上乗せされなければ血を止めるまでしかやっちゃいけなかっただろう。昔はチュランが要求する以上の力を使ってしまい、妖精はよく怒られていた。

 
 その日、屋敷に帰ると彼はなぜか上機嫌だった。会話の内容から何か良い誘いを受けたのだという事は妖精にも理解できた。

「それもこれもお前のお陰だなぁ。あの時、お前を助けて本当に人生が変わったよ。これからもおれの為に働いてくれよー」

 チュランが下卑た笑いを向けると、鳥籠の妖精はその小さな体を震わせ怯えたように顔を見上げた。

「おいおい、命の恩人にそんな顔するなよ」

 チュランは魔法で指先から氷の針を出すとつんつんと妖精を突っついた。妖精は声を出さないよう両手で口を押え必死に耐えている。その針先からは血がぽたりと滴り始めた。すると金色の光が妖精の体を包み込み、みるみるうちにその傷口が塞がれていった。

「明日もその調子で頼むぞ」

 そう言い残し彼は部屋を後にした。ぽつんと取り残された妖精は、静かに横になり目を閉じる。すでに涸れ果ててしまった涙がその瞳からこぼれる事はなかった。






しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】ドアマットに気付かない系夫の謝罪は死んだ妻には届かない 

堀 和三盆
恋愛
 一年にわたる長期出張から戻ると、愛する妻のシェルタが帰らぬ人になっていた。流行病に罹ったらしく、感染を避けるためにと火葬をされて骨になった妻は墓の下。  信じられなかった。  母を責め使用人を責めて暴れ回って、僕は自らの身に降りかかった突然の不幸を嘆いた。まだ、結婚して3年もたっていないというのに……。  そんな中。僕は遺品の整理中に隠すようにして仕舞われていた妻の日記帳を見つけてしまう。愛する妻が最後に何を考えていたのかを知る手段になるかもしれない。そんな軽い気持ちで日記を開いて戦慄した。  日記には妻がこの家に嫁いでから病に倒れるまでの――母や使用人からの壮絶な嫌がらせの数々が綴られていたのだ。

彼女にも愛する人がいた

まるまる⭐️
恋愛
既に冷たくなった王妃を見つけたのは、彼女に食事を運んで来た侍女だった。 「宮廷医の見立てでは、王妃様の死因は餓死。然も彼が言うには、王妃様は亡くなってから既に2、3日は経過しているだろうとの事でした」 そう宰相から報告を受けた俺は、自分の耳を疑った。 餓死だと? この王宮で?  彼女は俺の従兄妹で隣国ジルハイムの王女だ。 俺の背中を嫌な汗が流れた。 では、亡くなってから今日まで、彼女がいない事に誰も気付きもしなかったと言うのか…? そんな馬鹿な…。信じられなかった。 だがそんな俺を他所に宰相は更に告げる。 「亡くなった王妃様は陛下の子を懐妊されておりました」と…。 彼女がこの国へ嫁いで来て2年。漸く子が出来た事をこんな形で知るなんて…。 俺はその報告に愕然とした。

前世と今世の幸せ

夕香里
恋愛
【商業化予定のため、時期未定ですが引き下げ予定があります。詳しくは近況ボードをご確認ください】 幼い頃から皇帝アルバートの「皇后」になるために妃教育を受けてきたリーティア。 しかし聖女が発見されたことでリーティアは皇后ではなく、皇妃として皇帝に嫁ぐ。 皇帝は皇妃を冷遇し、皇后を愛した。 そのうちにリーティアは病でこの世を去ってしまう。 この世を去った後に訳あってもう一度同じ人生を繰り返すことになった彼女は思う。 「今世は幸せになりたい」と ※小説家になろう様にも投稿しています

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?

シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。 クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。 貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ? 魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。 ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。 私の生活を邪魔をするなら潰すわよ? 1月5日 誤字脱字修正 54話 ★━戦闘シーンや猟奇的発言あり 流血シーンあり。 魔法・魔物あり。 ざぁま薄め。 恋愛要素あり。

夫より強い妻は邪魔だそうです【第一部完】

小平ニコ
ファンタジー
「ソフィア、お前とは離縁する。書類はこちらで作っておいたから、サインだけしてくれ」 夫のアランはそう言って私に離婚届を突き付けた。名門剣術道場の師範代であるアランは女性蔑視的な傾向があり、女の私が自分より強いのが相当に気に入らなかったようだ。 この日を待ち望んでいた私は喜んで離婚届にサインし、美しき従者シエルと旅に出る。道中で遭遇する悪党どもを成敗しながら、シエルの故郷である魔法王国トアイトンに到達し、そこでのんびりとした日々を送る私。 そんな時、アランの父から手紙が届いた。手紙の内容は、アランからの一方的な離縁に対する謝罪と、もうひとつ。私がいなくなった後にアランと再婚した女性によって、道場が大変なことになっているから戻って来てくれないかという予想だにしないものだった……

王女の夢見た世界への旅路

ライ
ファンタジー
侍女を助けるために幼い王女は、己が全てをかけて回復魔術を使用した。 無茶な魔術の使用による代償で魔力の成長が阻害されるが、代わりに前世の記憶を思い出す。 王族でありながら貴族の中でも少ない魔力しか持てず、王族の中で孤立した王女は、理想と夢をかなえるために行動を起こしていく。 これは、彼女が夢と理想を求めて自由に生きる旅路の物語。 ※小説家になろう様にも投稿しています。

エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~

シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。 主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。 追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。 さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。 疫病? これ飲めば治りますよ? これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。

聖女を追放した国は、私が祈らなくなった理由を最後まで知りませんでした

藤原遊
ファンタジー
この国では、人の悪意や欲望、嘘が積み重なると 土地を蝕む邪気となって現れる。 それを祈りによって浄化してきたのが、聖女である私だった。 派手な奇跡は起こらない。 けれど、私が祈るたびに国は荒廃を免れてきた。 ――その役目を、誰一人として理解しないまま。 奇跡が少なくなった。 役に立たない聖女はいらない。 そう言われ、私は静かに国を追放された。 もう、祈る理由はない。 邪気を生み出す原因に目を向けず、 後始末だけを押し付ける国を守る理由も。 聖女がいなくなった国で、 少しずつ異変が起こり始める。 けれど彼らは、最後まで気づかなかった。 私がなぜ祈らなくなったのかを。

処理中です...