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東の大陸編

42話 金色の光

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 チュランが妖精の力を手に入れたのは全くの偶然だった。北の大陸を追われ、東の大陸経由で飛び鳥を目指していた頃、彼は荷物持ちをしながら小銭を稼いでいた。元々、チュランという男は僅かな魔力しか持たない氷魔術師だった。戦闘では役に立たず、殊勝しゅしょうなパーティがたまに荷物持ちをさせてくれるのを待っているしかなかった。

 そんな鬱屈とした日々を送っていたある日の事、荷物持ちをしていたパーティが強い魔物に襲われ壊滅状態となる。チュランはしめたとばかりに瀕死の彼らを置き去りにし、一目散に逃げだした。


 荷物を抱え息を切らしてダンジョン出口までやってくると、彼はようやく腰を下ろして一息ついた。水筒の水をぐいぐいと飲みながら、ふと近くにあった沼地に目をやる。するとそこでは、なにやら鳥のようなものが羽をばたつかせて溺れていた。

 暫くは我関せずと放っておいたのだが一向に沈んでいく気配もない。このままでは魔物が寄ってきてしまうと思い、仕方なく彼はその生き物を助けてやる事にした。
 
 手頃な枝を拾い上げ沼地に近づいた時、彼は思わず「はっ?」と声を漏らした。泥水の上で藻掻いていたのは鳥ではなく、背中に羽を生やした小さな人間だった。真昼間だったので気が付かなかったが、その小さな人間は金色の光に包まれ、体自体はまったく汚れてはいなかった。沼地の真ん中で少し沈んでは手足をばたつかせて浮き上がるを繰り返していた。

「もしかして……妖精か?」

 そう口をいて出た言葉に彼は辺りをきょろきょろと見渡した。道端で金貨を拾った時のように、もしくはダンジョンで宝箱を見つけた時のように、彼の口元はついつい緩んだ。 

「ほらっ掴まれ」

 手にした枝を伸ばしたが届きそうにもない。服を汚すのは億劫だとチュランが思っていると、妖精の近くで大きな魚が飛び跳ねた。それは口に入るものなら何でも食べる狂暴な魚だった。お宝を横取りされるわけにはいかないと、彼は手前の沼を魔法で凍らせ、恐る恐る乗ってみる。どうにか割れないようだったので二、三歩進んで枝を伸ばしとようやく妖精まで届いた。

 妖精がその枝をがしっと掴むとチュランは枝を引き上げながら後ろへと下がる。だがその時、さっきの魚が勢いよく妖精目掛けて飛び掛かってきた。慌てて釣り竿のように枝を真後ろへと引くと、口を大きく開けた魚が牙を光らせチュランへと襲い掛かってきた。

「ひぇぇええ!」

 腰を抜かして倒れたチュランの腕に魚ががぶりと咬みついた。なんとか引きはがしたが傷は深く、血がだらだらと流れ始めた。あまりの痛さにチュランが悶絶していると妖精がパタパタと飛んできて手をかざす。するとそこから光が溢れあっという間に傷を治した。

「これは治癒魔法か!?」

 チュランが驚き傷跡を見ていると、妖精が羽ばたきながらこうべを垂れた。

「助けてくださってありがとうございます。是非ともなにかお礼をさせてください」

 その時チュランはにやっと笑った。最初は妖精を捕まえて貴族にでも売ってしまおうと考えていたが、彼の狡賢い脳みそはもっと利口な方法を瞬時にはじき出した。



 
 それから彼は冒険者カードを作り直し、新たに治癒術師として再出発を果たした。妖精の姿が見えぬよう、わざとぶかぶかのローブを着る。偽治癒術師を始めた頃は、それっぽく見えるように杖を持ち詠唱の真似事をしていたが、いつしかそれもおざなりになる。だがそれも能力の高さ故と勘違いされ、図らずもその評価は上がっていった。妖精の力は瞬く間に彼の懐を潤し、その暮らしは一変した。


 飛び島に来て一年が過ぎた頃、妖精もようやくそのおかしな状況に気付く。外に出る時だけ入れられていた鳥籠も、いつしか屋敷の中でも出してもらえなくなった。食事も僅かにしか与えられず、魔力ポーションとやらだけはしっかりと飲まされる。

 ある日妖精はチュランにおずおずと申し出た。

「そろそろ私も故郷へ帰ろうと思います。お礼は十分果たせましたでしょうか?」

 消え入りそうなその声を聞いて、チュランはぎろりと妖精を睨みつけた。

「おれが命の恩人だということを、おまえはもう忘れたのか?」

 
 その日から事ある毎に、彼は助けた時の出来事をねちねちと繰り返し語った。自分がいかに勇敢に戦いおまえの命を救ったか。あの時の恐怖は今でも夢に出る程だ。それでもおれはおまえを置いて逃げる事などしなかった。

 滾々こんこんと聞かされる彼の冒険譚に、いつしか妖精は疲れ果て何も言い返せなくなっていた。命じられるままに力を使い、逃げ出すという考えさえ頭に浮かぶ事はない。
 

 彼の言葉だけを聞き、何をすべきかを慎重に考える。今日はとある冒険者の腕を再生させた。報酬が上乗せされなければ血を止めるまでしかやっちゃいけなかっただろう。昔はチュランが要求する以上の力を使ってしまい、妖精はよく怒られていた。

 
 その日、屋敷に帰ると彼はなぜか上機嫌だった。会話の内容から何か良い誘いを受けたのだという事は妖精にも理解できた。

「それもこれもお前のお陰だなぁ。あの時、お前を助けて本当に人生が変わったよ。これからもおれの為に働いてくれよー」

 チュランが下卑た笑いを向けると、鳥籠の妖精はその小さな体を震わせ怯えたように顔を見上げた。

「おいおい、命の恩人にそんな顔するなよ」

 チュランは魔法で指先から氷の針を出すとつんつんと妖精を突っついた。妖精は声を出さないよう両手で口を押え必死に耐えている。その針先からは血がぽたりと滴り始めた。すると金色の光が妖精の体を包み込み、みるみるうちにその傷口が塞がれていった。

「明日もその調子で頼むぞ」

 そう言い残し彼は部屋を後にした。ぽつんと取り残された妖精は、静かに横になり目を閉じる。すでに涸れ果ててしまった涙がその瞳からこぼれる事はなかった。






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