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第2話 奪われた納豆
しおりを挟む「……カイジュのスキルとは?」
男の発する迫力に孫八は思わずぶるっと体を震わした。消え入るようなか細い声はおそらく男の耳には届かなかっただろう。「わっはっは」と大声で笑いながら男は力強く孫八の肩を掴んだ。
「いやーまさかこんなに早く見つかるとはな。どれどれ——イセノマゴハチ。24歳。ほぉ、なかなか良いステータスではないか」
「なんでおれの名前知ってんの!?」
いきなり自分の名前を言われ、孫八は驚いて立ち上がった。男は顎を擦りながら目を細め、ぼんやりと孫八の頭上辺りを見ていた。
「ああ……おれは鑑定のスキルを持ってるんだ。だからこうやっておまえ達の言葉も喋れる……ふむふむ、なるほどな」
男はぶつぶつと独り言をいいながらなにやら思案しているようだった。しばらくするとパァっと表情を変え孫八と目を合わせた。
「まあ立ち話もなんだ。座ってゆっくり話をしようじゃないか。おい、牛丼をもう一杯頼む」
そう言って男は自分の席へと戻って行く。取り残された孫八は助けを求めるように店員の方を見るが、店員はふっと笑って肩をすくめるだけだった。
「ご飯炊けるまで少々お待ちをー」
店員がカウンターの奥へと引っ込んだため、孫八は仕方なく納豆定食が乗ったトレイを抱え男の席へと向かう。
「まあ座ってくれ。ところでそれは旨いのか?」
ニコニコと笑いながら男は納豆を指差した。かき混ぜた卵の椀に納豆を入れながら孫八は応えた。
「旨いっすよ。食べてみます?」
「どれどれ。独特の匂いだが健康には良いみたいだな」
肉ばっか食べといて何を今さら、という言葉が喉まで出かかったが孫八は何も言わずに納豆を男に渡した。男はくんくんと匂いを嗅いだあと、わずかに顔をしかめながら一気に納豆を飲み干した。
「うん! 旨いなこれ! おーい! 納豆を単品で十個くれ!」
「ちょ……おれの朝飯……」
文句のひとつも言いたかったが、食欲などは疾うに失せている。仕方なく孫市は静かに箸を置いた。
「まずは自己紹介といこう。おれはダーナ・グラジャ。周りからはダンと呼ばれている。イッシャア帝国の戦士だ。わかりやすく言うと異世界から来た勇者ってやつだな」
「はぁ……その……イッシャア帝国の戦士様が一体どういったご用件で?」
「おれはとある者を追ってこの世界に来た。おまえ達の言葉でいう魔王ってやつだ。おれ達はグーセ・ニヴァーラと呼んでいた。こいつがなかなか厄介な奴でな。生きとし生けるもの全てを邪悪なものに変える力を持ってやがる。まあいわゆる魔物って奴だな」
孫八とてファンタジーは嫌いではない。現にいまやっているゲームだって魔法だの剣だのでモンスターを倒すものばかりだ。だが面と向かって言われるといまいち現実味が湧かなかった。
「それでそのグーセなんちゃらを倒すためにダンさんはこっちの世界にやって来た?」
「ダンでいいぞ。歳はおまえと一緒だからな。三日前、おれは魔王と戦っていた。そして奴をあと一歩まで追い詰めた時、時空の裂け目のようなものが現れたんだ。奴はそこに逃げ込み、おれは奴を追いかけた。そして気がついたらこの世界にいたって訳だ」
ダンは分厚い手をパンっと鳴らし「聞きたいことは?」と笑顔を孫八に向けた。
「ん~さっきおれに解呪のスキルがどうこう言ってたけど、それは……?」
「おーそうだそうだ。実は戦いの最中におれは魔王に呪いを掛けられて、今は100%の力を出せんのだ。だからおれの呪いをおまえに解いてほしい」
「解いてほしいって言われても……おれ一般人ですよ? 魔法なんか使えんし」
「なぁに、ぼちぼち奴の力の影響が出始める。魔法だって使えるようになるさ」
孫八はふと店の外を見た。早朝の所為もあってか人の往来は疎らだが、いつも通りの街の風景だ。いたって平和そのものに見える。
「でも魔王の力は生物を邪悪なものに変えるんじゃ?」
「それはそいつ次第だ。悪い心を持つ者。心が弱い者は魔物へと変わる。だが清らかで強い心を持つ者は逆に力を授かる。まあ獣なんかはほとんど魔物になってしまうがな」
「おれ大丈夫なんかな……」
「心配するな。実はもう変化は始まっていてな。だからおまえのスキルもおれには見えたんだよ。おまえさん、結構強いぞ」
「えっほんとに?」
「ああ」とダンはニヤリと笑った。その時、店の扉が開いてサラリーマンがひとり入店してきた。ダンはそれをちらりと見る。
「おまえのスキルは呪いの魔法を使える。いわゆる呪術師ってやつだな」
「へ? 解呪のスキルじゃないの?」
「呪いが解ける奴は呪いもかけれるに決まってるだろう? あとは格闘のスキルも持ってるな。なにか心得があるか?」
「一応昔空手はやってたけど……」
「おそらく打撃と呪術を組み合わせて戦うことになるな。その時が来たらいろいろ教えてやるよ」
「お待たせしましたー」
先程注文した牛丼と納豆小鉢が十個、テーブルの上に置かれた。「おぉ、来た来た」とダンは嬉しそうに顔を綻ばせる。早速丼を手にするとガツガツと食べ始めた。そして去り行く店員の背中に箸を向けながらモグモグと喋る。
「ちなみにあいつのスキルは聖女だ。回復魔法が使えるから後でパーティーに誘おう」
二人の視線を感じたのか、店員は一度振り返りながら気怠そうにカウンターへと戻って行った。
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