壁際のジョニー

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15話 四面壁囲 3

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「やあ、ネオンちゃん。三限は休講?」

 お昼を食べ、私がベンチで友達と喋っていると細貝君が話し掛けてきた。

「うんそだよー。細貝君も休講?」

「いや、おれは友達に代返頼んだよ」

 細貝君もベンチに座りしばらく喋っていると目の前で男二人組が女の子に声を掛け始めた。

「ねーねーお姉さんどこ行くのー? よかったらおれ達と遊ばない?」

 いや大学構内でナンパって……と思って見ていたら男のうちの一人になんとなく見覚えがあった。しかもぎこちない動きで顔も引きつっているように見える。すると急に隣の細貝君が立ち上がり二人の男を止めに入った。

「おい止めるんだ! 彼女嫌がってるじゃないか!」

「あん? 誰だてめーは! 邪魔すんじゃねぇよ!」

「ソーダソーダ。女の前だからってイキガルナヨ? オッおまえが連れてる女イケテルジャネーカ」 

 一人は明らかに台詞が棒読みだ。しかも今度は私に絡んできた。その時顔をはっきり見たがやっぱりあのカラオケの店員さんで間違いない。申し訳なさそうな顔で私に近づいてきた。いつの間にか隣にいたはずの友達も消え私一人がベンチに座ってた。

「やめろ! 彼女に手を出すな!」

 磯貝君が店員さんの腕を掴む。「ウルセー」とその手を振り解き磯貝君を殴った? 
って明らかに当たってはない……それからお芝居丸出しの喧嘩を始め、最終的には男二人が「覚えてろよ!」という捨て台詞を残して去って行く。


 磯貝君がわざとらしくはぁはぁと肩で息をしていると、突然軽快な音楽が流れ出した。先程助けられた女性が磯貝君にお辞儀をしたと思ったら突然ダンスを始める。
そして十人くらいの男女がわらわらと集まり息の合ったダンスで踊り出した。

 そしていつの間にかカメラが三台くらい回っており、その内の一台は明らかに私を撮っていた。

 これってフラッシュモブ? 流石にここまでくれば私も気付く。でも普通こういうのはプロポーズとかではないんだろうかと私が思っていると、案の定、磯貝君がダンスの輪の中に混ざって踊り出した。


 何事かと人が集まり人垣が膨らんでいく。そしていつしか手拍子まで取り始めた。あまりの展開に驚きでその場から逃げてしまいそうになったが、カメラも回ってるしこの場のノリを壊すのは申し訳ない気がして私はベンチに留まった。


 そしてダンスが終盤へと差し掛かると、花束を手渡された細貝君がゆっくりと私の方へと歩いてきた。これはもう彼が私に告白する流れしかない。

 ダンスを終えた人達、カメラを回している人、集まっている群衆。みんながニコニコと笑いこちらを見ている。


 私は一瞬でいろんなことを考えた。私は今付き合っている彼氏はいない。特に好きな人もいない。細貝君は有名な配信者だし、ルックスも悪くはない。同じ学部でクラスも一緒だから断るといろいろ面倒くさいことになるかもしれない。かといってほいほいと告白を受けてもいいのだろうか……


 いろんな感情がぐるぐると頭をよぎった。そうこうしている間に磯貝君が私の目の前で片膝を突き花束を差し出した。


「丸本音遠さん! あなたの事が好きです! 僕と付き合ってください!」

 辺りが急に静まり返った。周りを取り囲む人たちがどう答えるかを固唾を呑んで見守っている。細貝君も真っ直ぐな目で私のことを見ていた。


 私はゆっくりと立ち上がり花束へと手を伸ばした。


「はい……まずは『おおーー!!』お友達『おめでとー!』から……」
  ヒューヒュー! 『やったな! ケンっ!!』パチパチパチ『すごーい!!」
   『素敵な告白だったー!!』『カップル誕生ーーー!!!」

 
 私がはいと答えた瞬間、周りからの拍手と歓声でその後に続く言葉は掻き消された。照れながら笑う細貝君にくっつけと言わんばかりに、押し寄せてきた人たちによって私は揉みくちゃにされる。

 私はただただ作り笑いを浮かべるしか出来なかった。




「こりゃ返せそうにないな……」

 彼女の眼鏡をポケットに仕舞いながらおれはそう呟く。大盛り上がりしている群衆をおれと甚は遠巻きに眺めていた。出番が終わってすぐは達成感丸出しでドヤ顔をしていた甚だったが、今は少し複雑な表情をしている。

「なんかあの子ちょっと困ってそうだったな……」

「あそこまでやられると断り辛いよな……実はあの子うちの店の常連さんなんだよ」

「えー! あの店に常連とかいんの!?」

「おい! そりゃどういう意味だ? 渋谷の隠れ家的スポットだぞうちの店は」

「いや隠れ過ぎてて見つけるのが難しいだろ」

 おれ達はふざけ合いながら会話をするが、どことなく気分は晴れなかった。そこへ四葉が息を切らしながら走ってやってきた。

「ジョニー先輩! お疲れ様でした! お芝居はひどかったですけど」

「あれはだなぁ、現代口語演劇といってわざと淡々と――」

「いえ、ただの棒読みくんでしたよ。それよりどうでした? 私のダンス」

 おれの言葉を遮る四葉にはぁーっと溜息を浴びせた。

「はいはい、お上手でしたよ~。それよりよかったのか? なんか彼女、若干困ってそうだったけど」

 おれがそう言うと四葉も少し顔を曇らせた。

「やっぱり先輩もそう思いました? 細貝君はかなり脈ありみたいな感じで言ってたから、てっきり彼女も大喜びすると思ったんですけど……なんか、あれ? って感じですよね」

「まぁ彼女がオッケーしたから大丈夫なんだろうけどな……」

 四葉もどことなくすっきりしてない感じではあった。けど今更おれらがどうこう言う立場ではない。

「そういえばこのフラッシュモブの動画、細貝君達のチャンネルに上げるらしいんですけど、先輩と甚さんは顔出しても平気ですか?」

「たぶんそうなるだろうって思ってたからおれと甚は別に平気だよ。ただ彼らの登録者数ってめっちゃ多いんだろ? なんか恥ずいな」

「所詮はモブキャラですから! では失礼しま~す。にんにん」

 ほんとに失礼な言葉を残して四葉は去って行った。てかにんにんて……もはやあいつの忍者ブームのきっかけが何かを知りたくなってきた。



 そしてその日から三日後、動画が公開された途端、この出来事はネットニュースにまで取り上げられちょっとした世間の話題となった。





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