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21話 白球よ、その壁を越えて行け 1
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今回は甚を主役としたお話です。
切ない青春ラブストーリーになる予定です……いやきっとなるはず!
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エアコンの効いたお洒落なカフェの席で、おれはテーブルに突っ伏しながらスマホの画面を眺めていた。対面に座るジョニーと霞美ちゃんがさっきからこっちをチラチラ見ている。
二人の邪魔をしちゃ悪いと思ってイヤホンをしているんだが、どうやらおれの話をしているみたいだ。試合もクーリングタイムに入ったから盗み聞きでもしてやるか。おれはこっそりと画面のミュートボタンを押した。
「――いや、別に甚は不機嫌とかじゃないってかすみちゃん。あいつってこの時期になると毎年あーなのよ。なんかぼーっとしてるっていうか、魂が抜けてるっていうか」
「ならいいんですが……。急にお誘いしたからお二人の邪魔をしてしまったのかと思いまして」
「邪魔とかないない! 野郎二人でラーメン食ってブラブラしてただけだし。それよりさっきの話だけど、海行くんだったら――」
どうやらみんなで海に行く予定を立ててるようだ。ジョニーの奴、霞美ちゃんの水着でも想像してんだろ。すっかり鼻の下伸ばしちっまって……まぁせっかくの夏だし、おれも付き合ってやるか。海でぱぁーっとはしゃげば気も紛れるだろう。
しっかし毎度のことだが、この時期になるとどうも色々思い出してだめだ。そんなに引きずってるつもりはないんだけどなぁ。
そう思うなら見るなよって話しだよな……。
でもついつい見ちゃうんだよな、甲子園――
「――甲子園! ねぇ甚、聞いてる!?」
さっきからおれの横で瑠流がひっきりなしに同じ言葉を繰り返している。こっちは地獄の千本ノックで今すぐ寝れそうなくらい疲れてるつーのに。
「絶対甲子園連れてってくれるでしょ!? 今年がラストチャンスだからね!」
さっきから甲子園、甲子園って何回目だよ……。普通、マネージャーがそんなにプレッシャーかけるかね。
「へいへい。連れてく連れてく。トッピングは? いつものキムチとチーズか?」
「違うっ! お好み屋さんの甲子園じゃなくて、甲子園球場! 小学生の時の約束、私まだ忘れてないからね!」
瑠流とおれは幼稚園から高校まで一緒の『THE 幼馴染』。さらにおれ達二人の父親が元高校球児でバッテリーを組んでいたというマンガのようなテンプレのトッピング付き。小さい頃からおれらは野球三昧で瑠流も小学生まではリトルリーグでプレーしていた。
小学生の頃の瑠流はいつも真っ黒に日焼けして、おまけにスポーツ刈りだったもんだからよく男の子に間違えられていた。正直言って小五までは野球もおれより上手かった。ちなみに瑠流はエースで四番。おれはキャッチャーで一番だった。足だけは速かったからな。
小六になって体力的な男子との差を感じてしまったのか、瑠流はあっさりと野球を辞めた。
「だって甚とバッテリー組めないんだったら意味ないもん。甲子園の夢は甚に託すよ」
だとさ。瑠流の親父さんはしょんぼりしてたけどな。
小学生の最後の試合でホームランを打たれて負けた時、瑠流は滅茶苦茶泣いてた。お陰で「絶対私を甲子園に連れてけー」って約束させられたっけか。
中学生になると野球を辞めた瑠流はすっかり美少女へと早変わり。そして告白されまくり。
「私の球が打てたら付き合ってあげる」
と言って得意のスライダーで男どもをばったばったと蹴散らして、いや投げ散らしてた。
そして中学卒業間際のとある放課後。おれは瑠流にグラウンドに呼び出された。
「私の球が打てたら甚の彼女になってあげる」
いやいや。どんだけ特殊なツンデレだよ。というか普通、幼馴染に告白だったら屋上ってのが定番だろ。しかもなんかおれが付き合って欲しいって言ってるような感じなんだけど……
そんなおれの想いも届くことはなく、更にあっさり二球で追い込まれた。おいおい。なんでそんなスライダー切れっ切れなん? まだまだ男子とやっても通用しますけど。
最初は軽く打ち返して「しょーがねーから付き合ってやんよ」とか言ってやろうかと思ってたんだが、いつしかおれも本気モードになった。
一度バッターボックスを外し深呼吸をする。瑠流に目をやるとすでにマウンドで構えていた。夕陽をバックに立つその姿は、結んだポニーテールがオレンジ色に輝いてすげえ綺麗でドキドキした。
あっ、おれって瑠流のこと好きだったんだなってこの時初めて気付いた。
そしておれの闘志と恋心に火が付いた。
この勝負、絶対負けられん。瑠流が投げた球は二球ともスライダー。追い込んでからの決め球は必ず真っすぐだ。長年バッテリーを組んだおれならわかる。
バッターボックスに立つとバットの先端を瑠流へと向ける。大きく息を吸って試合さながらの声を張り上げた。
「さぁこーいっ!!」
グローブの上から覗く瑠流の瞳がかすかに緩んだ。ゆっくりと振りかぶり、瑠流が投げたボールはやはりストレート。しかも内角低めぎりぎりいっぱいだ。
「いいとこ放るじゃねえか、よっ!」
おれは肘を畳み、渾身の力を込めてバットを振った。真芯でボールを捉えた感触。試合でもこんなに上手く打てたことはなかった。おれが打ったボールは茜空に吸い込まれるように、大きな弧を描いてフェンスを越えた。
ボールの行方を目で追っていた瑠流がこちらへ振り向きダッシュで抱きついて来た。
「すごいすごい! 打ってくれるとは思ったけどホームランだよ! 甚!」
「ふっ、当然。ここ一番で打つのが強打者の――」
おれの照れ隠しの台詞を塞ぐかのように瑠流がキスをしてきた。そしてごく自然におれは瑠流の体を抱きしめた。
「甚……私と付き合ってくれる?」
「……おう」
「私を甲子園に連れてってくれる?」
「任せろ」
瑠流はいつからおれが好きだったんだ? と一瞬口を開きかけたが、そんな野暮な考えは長い口づけときれいな夕陽に溶かされ消えていった。
――――――――――――――――――――――――――――――――
第21話を読んで頂きありがとうございます。
よしよし。まだ甘酸っぱい青春ラブストーリーは維持してますね。この調子で書いていけば……
切ない青春ラブストーリーになる予定です……いやきっとなるはず!
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エアコンの効いたお洒落なカフェの席で、おれはテーブルに突っ伏しながらスマホの画面を眺めていた。対面に座るジョニーと霞美ちゃんがさっきからこっちをチラチラ見ている。
二人の邪魔をしちゃ悪いと思ってイヤホンをしているんだが、どうやらおれの話をしているみたいだ。試合もクーリングタイムに入ったから盗み聞きでもしてやるか。おれはこっそりと画面のミュートボタンを押した。
「――いや、別に甚は不機嫌とかじゃないってかすみちゃん。あいつってこの時期になると毎年あーなのよ。なんかぼーっとしてるっていうか、魂が抜けてるっていうか」
「ならいいんですが……。急にお誘いしたからお二人の邪魔をしてしまったのかと思いまして」
「邪魔とかないない! 野郎二人でラーメン食ってブラブラしてただけだし。それよりさっきの話だけど、海行くんだったら――」
どうやらみんなで海に行く予定を立ててるようだ。ジョニーの奴、霞美ちゃんの水着でも想像してんだろ。すっかり鼻の下伸ばしちっまって……まぁせっかくの夏だし、おれも付き合ってやるか。海でぱぁーっとはしゃげば気も紛れるだろう。
しっかし毎度のことだが、この時期になるとどうも色々思い出してだめだ。そんなに引きずってるつもりはないんだけどなぁ。
そう思うなら見るなよって話しだよな……。
でもついつい見ちゃうんだよな、甲子園――
「――甲子園! ねぇ甚、聞いてる!?」
さっきからおれの横で瑠流がひっきりなしに同じ言葉を繰り返している。こっちは地獄の千本ノックで今すぐ寝れそうなくらい疲れてるつーのに。
「絶対甲子園連れてってくれるでしょ!? 今年がラストチャンスだからね!」
さっきから甲子園、甲子園って何回目だよ……。普通、マネージャーがそんなにプレッシャーかけるかね。
「へいへい。連れてく連れてく。トッピングは? いつものキムチとチーズか?」
「違うっ! お好み屋さんの甲子園じゃなくて、甲子園球場! 小学生の時の約束、私まだ忘れてないからね!」
瑠流とおれは幼稚園から高校まで一緒の『THE 幼馴染』。さらにおれ達二人の父親が元高校球児でバッテリーを組んでいたというマンガのようなテンプレのトッピング付き。小さい頃からおれらは野球三昧で瑠流も小学生まではリトルリーグでプレーしていた。
小学生の頃の瑠流はいつも真っ黒に日焼けして、おまけにスポーツ刈りだったもんだからよく男の子に間違えられていた。正直言って小五までは野球もおれより上手かった。ちなみに瑠流はエースで四番。おれはキャッチャーで一番だった。足だけは速かったからな。
小六になって体力的な男子との差を感じてしまったのか、瑠流はあっさりと野球を辞めた。
「だって甚とバッテリー組めないんだったら意味ないもん。甲子園の夢は甚に託すよ」
だとさ。瑠流の親父さんはしょんぼりしてたけどな。
小学生の最後の試合でホームランを打たれて負けた時、瑠流は滅茶苦茶泣いてた。お陰で「絶対私を甲子園に連れてけー」って約束させられたっけか。
中学生になると野球を辞めた瑠流はすっかり美少女へと早変わり。そして告白されまくり。
「私の球が打てたら付き合ってあげる」
と言って得意のスライダーで男どもをばったばったと蹴散らして、いや投げ散らしてた。
そして中学卒業間際のとある放課後。おれは瑠流にグラウンドに呼び出された。
「私の球が打てたら甚の彼女になってあげる」
いやいや。どんだけ特殊なツンデレだよ。というか普通、幼馴染に告白だったら屋上ってのが定番だろ。しかもなんかおれが付き合って欲しいって言ってるような感じなんだけど……
そんなおれの想いも届くことはなく、更にあっさり二球で追い込まれた。おいおい。なんでそんなスライダー切れっ切れなん? まだまだ男子とやっても通用しますけど。
最初は軽く打ち返して「しょーがねーから付き合ってやんよ」とか言ってやろうかと思ってたんだが、いつしかおれも本気モードになった。
一度バッターボックスを外し深呼吸をする。瑠流に目をやるとすでにマウンドで構えていた。夕陽をバックに立つその姿は、結んだポニーテールがオレンジ色に輝いてすげえ綺麗でドキドキした。
あっ、おれって瑠流のこと好きだったんだなってこの時初めて気付いた。
そしておれの闘志と恋心に火が付いた。
この勝負、絶対負けられん。瑠流が投げた球は二球ともスライダー。追い込んでからの決め球は必ず真っすぐだ。長年バッテリーを組んだおれならわかる。
バッターボックスに立つとバットの先端を瑠流へと向ける。大きく息を吸って試合さながらの声を張り上げた。
「さぁこーいっ!!」
グローブの上から覗く瑠流の瞳がかすかに緩んだ。ゆっくりと振りかぶり、瑠流が投げたボールはやはりストレート。しかも内角低めぎりぎりいっぱいだ。
「いいとこ放るじゃねえか、よっ!」
おれは肘を畳み、渾身の力を込めてバットを振った。真芯でボールを捉えた感触。試合でもこんなに上手く打てたことはなかった。おれが打ったボールは茜空に吸い込まれるように、大きな弧を描いてフェンスを越えた。
ボールの行方を目で追っていた瑠流がこちらへ振り向きダッシュで抱きついて来た。
「すごいすごい! 打ってくれるとは思ったけどホームランだよ! 甚!」
「ふっ、当然。ここ一番で打つのが強打者の――」
おれの照れ隠しの台詞を塞ぐかのように瑠流がキスをしてきた。そしてごく自然におれは瑠流の体を抱きしめた。
「甚……私と付き合ってくれる?」
「……おう」
「私を甲子園に連れてってくれる?」
「任せろ」
瑠流はいつからおれが好きだったんだ? と一瞬口を開きかけたが、そんな野暮な考えは長い口づけときれいな夕陽に溶かされ消えていった。
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第21話を読んで頂きありがとうございます。
よしよし。まだ甘酸っぱい青春ラブストーリーは維持してますね。この調子で書いていけば……
応援ありがとうございます!
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