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第1話 マインドブレンド
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金曜の夜。会社が終わり今日も一人で家路についた。
1Kのアパートに帰ると軽い夕食を作ってお気に入りの動画を見ながら食事を取る。27歳女子の週末としては寂しいもんだと思われるかもしれない。同僚たちは今日も飲み会だとはしゃいでいた。昔は私も誘われていたが今やすっかり「誘うだけ無駄」と認定されてしまっている。たまに冷たい視線を感じることもあるが私は一切気にしていない。
一応こんな私でも5年付き合っている彼氏がいる。とあるSNSで共通の趣味があったことで友達となり、いつのまにか付き合い始めた。お互いインドア派で物静かな性格。なんとなく将来はこの人と一緒になるんだろうなと漠然と思っている。最近彼は仕事が忙しいらしく週末もあまり会えないが、私自身「会ってくれなきゃヤダ!」などと甘えるタイプではないので特に気にしてない。
「ごちそうさま」と箸を置いてふとスマホを見ると【20:08】と表示されていた。
「ちょっとゆっくりし過ぎたかな……」
食べ終わった食器を重ねシンクへと運ぶ。手早く食器を洗い終えるといそいそとお風呂場へと向かった。急いでシャワーを浴びパジャマに着替え、髪を乾かし歯を磨いたらベッドへと直行した。
時刻はもうすぐ21時となる。私は部屋の電気を消して目を閉じた。しばらくするとさっきまで断続的に起こっていた鈍い頭の痛みがすうっと消える。だがそれはほんの一瞬だけ。すぐさま頭をきりきりと締め付けるような痛みが襲ってくる。
「来た――」
瞼の裏がちかちかと光り出した。その光が収まると今度は辺りが真っ暗となり、私の意識はその闇の中へと吸い込まれていく。それはまるで体から魂を引っ張り出されるかのようだ。そしてそのままどこかへとすーっと暗闇の中をしばらく進んで行く。やがて段々とその速度は遅くなり、地面に降り立つような感覚で私の意識はなにかに固定される。
暗いトンネルを抜け出た時のような眩しい光を感じ、私は思わず目を細めた。少しずつ視力が戻ってくると周りの景色が見え始める。それと同時に誰かの喚き散らす声が聞こえてきた。
「おまえのそういうとこが嫌だったんだよ!こそこそ人のスマホを覗きやがって!」
目の前には若い男が立っていた。どうやら早速修羅場のようだ。彼は苛ついた様子で私を睨み、キャンキャンとずっと文句を言っている。そして再び彼が大声を出した時、あまりの煩さに私は一歩さがりながら顔をしかめた。
「なんだその顔!別れたくないって言ったのはおまえだろ!」
「ちょっと黙って」
男の動きを制するように手のひらを目の前に突き出した。突然低いトーンで私が喋ったからか、男は驚きながら「なんだよ……」と呟いた。まだぶつくさと喋る男を無視して私は乗り移った相手に意識を集中させる。
彼女の名前は大沢麗華。都内の大学に通う二十歳の大学生。語学が好きで将来は英語の教師を目指している。今は居酒屋でバイトもしており、実家は静岡で家族は――
次々に彼女の情報や記憶が頭に流れ込んでくる。それは映像だったり数字だったり様々な形をしている。私はその中から重要そうな事柄を選んでいく。こんなにも膨大なデータ量は取捨選択をしなければ脳みそが焼き切れてしまう。
そして目の前にいる男の名は桐野雄大。麗華とは高2から付き合っており現在は都内の別の大学に通っている。今いるのは彼の一人暮らしの部屋。私はこの男についての麗華の記憶を探り始めた。
彼女は半年くらい前からこの男の浮気を疑いだした。徐々に減っていくデートの回数。そして彼の部屋に来ると感じてしまう違和感。あまり掃除をしないタイプだったのに、最近はなぜか部屋に行くと必ずきれいに片づけてある。ゴミ箱なんかも空っぽの状態で。
気になった彼女は彼のスマホを覗き見た。するとユウミという女とのL1NEを見つけてしまう。全ての証拠はそこにあった。どうやら桐野雄大は二股をしていたらしい。彼女は一人で思い悩んだ。すぐにこの男を問い詰めればよかったのに、少し気の弱い彼女はそれが出来なかった。深い悲しみの中で一人泣いていた。それでも男への愛は消えなかった。思い出と共に彼女の感情まで私の中に入って来る。それはまるで自分が抱いた感情のような錯覚さえしてしまう。
「辛かったよね……」
麗華の頬を涙が伝う。私は目を閉じて再び彼女の記憶を遡る。
2ヶ月前、ついに彼女は男に浮気の事実を突きつけた。当然謝ってくれると思っていた。だが男は「だったらもう別れよう」と開き直る。彼女は困惑した。もちろん浮気は嫌だが彼と別れるのはもっと辛い。何日も二人で話し合い、ようやく男は二股相手との関係を終わらせてくれた。
彼女はだいぶこの男に依存している。お金だって随分と貸しているようだった。男は麗華が自分に惚れてることも、そして自分に逆らえないことも十分理解しており、それを知った上で付き合っている。彼女は男に利用されていることを知らない。いや、知らないというよりその判断が出来ないのだ。恋は盲目とはよく言ったものだ。
今日だって男が別れたはずの浮気相手と街を歩いているのを偶然見かけ、いてもたってもいられずに男の部屋を訪ねてきている。そして彼女はそこまでされても男と別れる気がない。もう一度話し合えば大丈夫だと信じている。
けど私には分かる。この男は麗華と別れる気だ。これほど尽くしてくれる彼女を捨てようとしているのだ。
だって私が乗り移る相手はいつだってフラれる直前なのだから。
1Kのアパートに帰ると軽い夕食を作ってお気に入りの動画を見ながら食事を取る。27歳女子の週末としては寂しいもんだと思われるかもしれない。同僚たちは今日も飲み会だとはしゃいでいた。昔は私も誘われていたが今やすっかり「誘うだけ無駄」と認定されてしまっている。たまに冷たい視線を感じることもあるが私は一切気にしていない。
一応こんな私でも5年付き合っている彼氏がいる。とあるSNSで共通の趣味があったことで友達となり、いつのまにか付き合い始めた。お互いインドア派で物静かな性格。なんとなく将来はこの人と一緒になるんだろうなと漠然と思っている。最近彼は仕事が忙しいらしく週末もあまり会えないが、私自身「会ってくれなきゃヤダ!」などと甘えるタイプではないので特に気にしてない。
「ごちそうさま」と箸を置いてふとスマホを見ると【20:08】と表示されていた。
「ちょっとゆっくりし過ぎたかな……」
食べ終わった食器を重ねシンクへと運ぶ。手早く食器を洗い終えるといそいそとお風呂場へと向かった。急いでシャワーを浴びパジャマに着替え、髪を乾かし歯を磨いたらベッドへと直行した。
時刻はもうすぐ21時となる。私は部屋の電気を消して目を閉じた。しばらくするとさっきまで断続的に起こっていた鈍い頭の痛みがすうっと消える。だがそれはほんの一瞬だけ。すぐさま頭をきりきりと締め付けるような痛みが襲ってくる。
「来た――」
瞼の裏がちかちかと光り出した。その光が収まると今度は辺りが真っ暗となり、私の意識はその闇の中へと吸い込まれていく。それはまるで体から魂を引っ張り出されるかのようだ。そしてそのままどこかへとすーっと暗闇の中をしばらく進んで行く。やがて段々とその速度は遅くなり、地面に降り立つような感覚で私の意識はなにかに固定される。
暗いトンネルを抜け出た時のような眩しい光を感じ、私は思わず目を細めた。少しずつ視力が戻ってくると周りの景色が見え始める。それと同時に誰かの喚き散らす声が聞こえてきた。
「おまえのそういうとこが嫌だったんだよ!こそこそ人のスマホを覗きやがって!」
目の前には若い男が立っていた。どうやら早速修羅場のようだ。彼は苛ついた様子で私を睨み、キャンキャンとずっと文句を言っている。そして再び彼が大声を出した時、あまりの煩さに私は一歩さがりながら顔をしかめた。
「なんだその顔!別れたくないって言ったのはおまえだろ!」
「ちょっと黙って」
男の動きを制するように手のひらを目の前に突き出した。突然低いトーンで私が喋ったからか、男は驚きながら「なんだよ……」と呟いた。まだぶつくさと喋る男を無視して私は乗り移った相手に意識を集中させる。
彼女の名前は大沢麗華。都内の大学に通う二十歳の大学生。語学が好きで将来は英語の教師を目指している。今は居酒屋でバイトもしており、実家は静岡で家族は――
次々に彼女の情報や記憶が頭に流れ込んでくる。それは映像だったり数字だったり様々な形をしている。私はその中から重要そうな事柄を選んでいく。こんなにも膨大なデータ量は取捨選択をしなければ脳みそが焼き切れてしまう。
そして目の前にいる男の名は桐野雄大。麗華とは高2から付き合っており現在は都内の別の大学に通っている。今いるのは彼の一人暮らしの部屋。私はこの男についての麗華の記憶を探り始めた。
彼女は半年くらい前からこの男の浮気を疑いだした。徐々に減っていくデートの回数。そして彼の部屋に来ると感じてしまう違和感。あまり掃除をしないタイプだったのに、最近はなぜか部屋に行くと必ずきれいに片づけてある。ゴミ箱なんかも空っぽの状態で。
気になった彼女は彼のスマホを覗き見た。するとユウミという女とのL1NEを見つけてしまう。全ての証拠はそこにあった。どうやら桐野雄大は二股をしていたらしい。彼女は一人で思い悩んだ。すぐにこの男を問い詰めればよかったのに、少し気の弱い彼女はそれが出来なかった。深い悲しみの中で一人泣いていた。それでも男への愛は消えなかった。思い出と共に彼女の感情まで私の中に入って来る。それはまるで自分が抱いた感情のような錯覚さえしてしまう。
「辛かったよね……」
麗華の頬を涙が伝う。私は目を閉じて再び彼女の記憶を遡る。
2ヶ月前、ついに彼女は男に浮気の事実を突きつけた。当然謝ってくれると思っていた。だが男は「だったらもう別れよう」と開き直る。彼女は困惑した。もちろん浮気は嫌だが彼と別れるのはもっと辛い。何日も二人で話し合い、ようやく男は二股相手との関係を終わらせてくれた。
彼女はだいぶこの男に依存している。お金だって随分と貸しているようだった。男は麗華が自分に惚れてることも、そして自分に逆らえないことも十分理解しており、それを知った上で付き合っている。彼女は男に利用されていることを知らない。いや、知らないというよりその判断が出来ないのだ。恋は盲目とはよく言ったものだ。
今日だって男が別れたはずの浮気相手と街を歩いているのを偶然見かけ、いてもたってもいられずに男の部屋を訪ねてきている。そして彼女はそこまでされても男と別れる気がない。もう一度話し合えば大丈夫だと信じている。
けど私には分かる。この男は麗華と別れる気だ。これほど尽くしてくれる彼女を捨てようとしているのだ。
だって私が乗り移る相手はいつだってフラれる直前なのだから。
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