フラれるあなたを乗っ取ります

三毛猫ジョーラ

文字の大きさ
1 / 2

第1話 マインドブレンド

しおりを挟む
 金曜の夜。会社が終わり今日も一人で家路についた。

 1Kのアパートに帰ると軽い夕食を作ってお気に入りの動画を見ながら食事を取る。27歳女子の週末としては寂しいもんだと思われるかもしれない。同僚たちは今日も飲み会だとはしゃいでいた。昔は私も誘われていたが今やすっかり「誘うだけ無駄」と認定されてしまっている。たまに冷たい視線を感じることもあるが私は一切気にしていない。

 一応こんな私でも5年付き合っている彼氏がいる。とあるSNSで共通の趣味があったことで友達となり、いつのまにか付き合い始めた。お互いインドア派で物静かな性格。なんとなく将来はこの人と一緒になるんだろうなと漠然と思っている。最近彼は仕事が忙しいらしく週末もあまり会えないが、私自身「会ってくれなきゃヤダ!」などと甘えるタイプではないので特に気にしてない。


「ごちそうさま」と箸を置いてふとスマホを見ると【20:08】と表示されていた。

「ちょっとゆっくりし過ぎたかな……」

 食べ終わった食器を重ねシンクへと運ぶ。手早く食器を洗い終えるといそいそとお風呂場へと向かった。急いでシャワーを浴びパジャマに着替え、髪を乾かし歯を磨いたらベッドへと直行した。

 時刻はもうすぐ21時となる。私は部屋の電気を消して目を閉じた。しばらくするとさっきまで断続的に起こっていた鈍い頭の痛みがすうっと消える。だがそれはほんの一瞬だけ。すぐさま頭をきりきりと締め付けるような痛みが襲ってくる。

「来た――」

 瞼の裏がちかちかと光り出した。その光が収まると今度は辺りが真っ暗となり、私の意識はその闇の中へと吸い込まれていく。それはまるで体から魂を引っ張り出されるかのようだ。そしてそのままどこかへとすーっと暗闇の中をしばらく進んで行く。やがて段々とその速度は遅くなり、地面に降り立つような感覚で私の意識はなにかに固定される。

 暗いトンネルを抜け出た時のような眩しい光を感じ、私は思わず目を細めた。少しずつ視力が戻ってくると周りの景色が見え始める。それと同時に誰かの喚き散らす声が聞こえてきた。

「おまえのそういうとこが嫌だったんだよ!こそこそ人のスマホを覗きやがって!」

 目の前には若い男が立っていた。どうやら早速修羅場のようだ。彼は苛ついた様子で私を睨み、キャンキャンとずっと文句を言っている。そして再び彼が大声を出した時、あまりの煩さに私は一歩さがりながら顔をしかめた。

「なんだその顔!別れたくないって言ったのはおまえだろ!」

「ちょっと黙って」

 男の動きを制するように手のひらを目の前に突き出した。突然低いトーンで私が喋ったからか、男は驚きながら「なんだよ……」と呟いた。まだぶつくさと喋る男を無視して私はに意識を集中させる。

 彼女の名前は大沢麗華。都内の大学に通う二十歳の大学生。語学が好きで将来は英語の教師を目指している。今は居酒屋でバイトもしており、実家は静岡で家族は――
 
 次々に彼女の情報や記憶が頭に流れ込んでくる。それは映像だったり数字だったり様々な形をしている。私はその中から重要そうな事柄を選んでいく。こんなにも膨大なデータ量は取捨選択をしなければ脳みそが焼き切れてしまう。

 そして目の前にいる男の名は桐野雄大。麗華とは高2から付き合っており現在は都内の別の大学に通っている。今いるのは彼の一人暮らしの部屋。私はこの男についての麗華の記憶を探り始めた。


 彼女は半年くらい前からこの男の浮気を疑いだした。徐々に減っていくデートの回数。そして彼の部屋に来ると感じてしまう違和感。あまり掃除をしないタイプだったのに、最近はなぜか部屋に行くと必ずきれいに片づけてある。ゴミ箱なんかも空っぽの状態で。 

 気になった彼女は彼のスマホを覗き見た。するとユウミという女とのL1NEを見つけてしまう。全ての証拠はそこにあった。どうやら桐野雄大は二股をしていたらしい。彼女は一人で思い悩んだ。すぐにこの男を問い詰めればよかったのに、少し気の弱い彼女はそれが出来なかった。深い悲しみの中で一人泣いていた。それでも男への愛は消えなかった。思い出と共に彼女の感情まで私の中に入って来る。それはまるで自分が抱いた感情のような錯覚さえしてしまう。

「辛かったよね……」

 麗華の頬を涙が伝う。私は目を閉じて再び彼女の記憶を遡る。

 2ヶ月前、ついに彼女は男に浮気の事実を突きつけた。当然謝ってくれると思っていた。だが男は「だったらもう別れよう」と開き直る。彼女は困惑した。もちろん浮気は嫌だが彼と別れるのはもっと辛い。何日も二人で話し合い、ようやく男は二股相手との関係を終わらせてくれた。

 彼女はだいぶこの男に依存している。お金だって随分と貸しているようだった。男は麗華が自分に惚れてることも、そして自分に逆らえないことも十分理解しており、それを知った上で付き合っている。彼女は男に利用されていることを知らない。いや、知らないというよりその判断が出来ないのだ。恋は盲目とはよく言ったものだ。

 今日だって男が別れたはずの浮気相手と街を歩いているのを偶然見かけ、いてもたってもいられずに男の部屋を訪ねてきている。そして彼女はそこまでされても男と別れる気がない。もう一度話し合えば大丈夫だと信じている。

 けど私には分かる。この男は麗華と別れる気だ。これほど尽くしてくれる彼女を捨てようとしているのだ。


 だって私が乗り移る相手はいつだってフラれる直前なのだから。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

行き場を失った恋の終わらせ方

当麻月菜
恋愛
「君との婚約を白紙に戻してほしい」  自分の全てだったアイザックから別れを切り出されたエステルは、どうしてもこの恋を終わらすことができなかった。  避け続ける彼を求めて、復縁を願って、あの日聞けなかった答えを得るために、エステルは王城の夜会に出席する。    しかしやっと再会できた、そこには見たくない現実が待っていて……  恋の終わりを見届ける貴族青年と、行き場を失った恋の中をさ迷う令嬢の終わりと始まりの物語。 ※他のサイトにも重複投稿しています。

寡黙な貴方は今も彼女を想う

MOMO-tank
恋愛
婚約者以外の女性に夢中になり、婚約者を蔑ろにしたうえ婚約破棄した。 ーーそんな過去を持つ私の旦那様は、今もなお後悔し続け、元婚約者を想っている。 シドニーは王宮で側妃付きの侍女として働く18歳の子爵令嬢。見た目が色っぽいシドニーは文官にしつこくされているところを眼光鋭い年上の騎士に助けられる。その男性とは辺境で騎士として12年、数々の武勲をあげ一代限りの男爵位を授かったクライブ・ノックスだった。二人はこの時を境に会えば挨拶を交わすようになり、いつしか婚約話が持ち上がり結婚する。 言葉少ないながらも彼の優しさに幸せを感じていたある日、クライブの元婚約者で現在は未亡人となった美しく儚げなステラ・コンウォール前伯爵夫人と夜会で再会する。 ※設定はゆるいです。 ※溺愛タグ追加しました。

【完結】妹が旦那様とキスしていたのを見たのが十日前

地鶏
恋愛
私、アリシア・ブルームは順風満帆な人生を送っていた。 あの日、私の婚約者であるライア様と私の妹が濃厚なキスを交わすあの場面をみるまでは……。 私の気持ちを裏切り、弄んだ二人を、私は許さない。 アリシア・ブルームの復讐が始まる。

──いいえ。わたしがあなたとの婚約を破棄したいのは、あなたに愛する人がいるからではありません。

ふまさ
恋愛
 伯爵令息のパットは、婚約者であるオーレリアからの突然の別れ話に、困惑していた。 「確かにぼくには、きみの他に愛する人がいる。でもその人は平民で、ぼくはその人と結婚はできない。だから、きみと──こんな言い方は卑怯かもしれないが、きみの家にお金を援助することと引き換えに、きみはそれを受け入れたうえで、ぼくと婚約してくれたんじゃなかったのか?!」  正面に座るオーレリアは、膝のうえに置いたこぶしを強く握った。 「……あなたの言う通りです。元より貴族の結婚など、政略的なものの方が多い。そんな中、没落寸前の我がヴェッター伯爵家に援助してくれたうえ、あなたのような優しいお方が我が家に婿養子としてきてくれるなど、まるで夢のようなお話でした」 「──なら、どうして? ぼくがきみを一番に愛せないから? けれどきみは、それでもいいと言ってくれたよね?」  オーレリアは答えないどころか、顔すらあげてくれない。  けれどその場にいる、両家の親たちは、その理由を理解していた。  ──そう。  何もわかっていないのは、パットだけだった。

さよなら私の愛しい人

ペン子
恋愛
由緒正しき大店の一人娘ミラは、結婚して3年となる夫エドモンに毛嫌いされている。二人は親によって決められた政略結婚だったが、ミラは彼を愛してしまったのだ。邪険に扱われる事に慣れてしまったある日、エドモンの口にした一言によって、崩壊寸前の心はいとも簡単に砕け散った。「お前のような役立たずは、死んでしまえ」そしてミラは、自らの最期に向けて動き出していく。 ※5月30日無事完結しました。応援ありがとうございます! ※小説家になろう様にも別名義で掲載してます。

不貞の末路《完結》

アーエル
恋愛
不思議です 公爵家で婚約者がいる男に侍る女たち 公爵家だったら不貞にならないとお思いですか?

もう終わってますわ

こもろう
恋愛
聖女ローラとばかり親しく付き合うの婚約者メルヴィン王子。 爪弾きにされた令嬢エメラインは覚悟を決めて立ち上がる。

笑う令嬢は毒の杯を傾ける

無色
恋愛
 その笑顔は、甘い毒の味がした。  父親に虐げられ、義妹によって婚約者を奪われた令嬢は復讐のために毒を喰む。

処理中です...