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第4話 しっぺ返し
しおりを挟む「私の髪に触らないでっ!」
床にへたり込むクリフトを見下ろしながら私は大声で叫んだ。マーカス以外の男性に髪を触られるなんて考えただけでゾッとする。あまりの剣幕に驚いたのか、それとも雷魔法が効いたのか分からないけど彼のズボンの色がじわじわと変わっていく。一応魔法の力は弱めにしといたはずだけど。
「どうしました!? お嬢様!」
この製作所で唯一私をそう呼ぶイネッサさんが真っ先に駆けつけてきた。私が製作所に来た当初、父が教育係として彼女を指名した。
「まぁ、これは……」
一目見て状況を察したのか、彼女は手で口元を抑えながら私を見た後クリフトにゆっくりと視線を落とした。
「副所長……まさかあなた……」
「違うっ! わ、私はただ彼女に朝の挨拶を――」
「何が挨拶よっ! 私の髪を触ろうとしたでしょ! それにいつもニヤニヤしながら私を見てるし、気持ち悪いったらないです!!」
「な、な……」
騒ぎを聞きつけ、所内の人達がこちらへと集まってきた。何事が起きたのか察した者達がひそひそと囁き合う。中にはクリフトを睨みつける女性も何人かおり、おそらく私と似たようなことをされていたのだろう。今や衆目に晒されたクリフトは青褪めながらオロオロしていた。
「クリフトさん、この事はサイラス様にご報告致します。よろしいですね?」
イネッサさんに父の名前を出され彼の顔は更に青くなった。
「待ってくれ! 俺はただ婚約者が遠くに行ってしまってアリスちゃんが落ち込んでいると思ってだな、彼女を慰めてあげようと……」
「私は落ち込んでなんかないです! 離れていてもマーカスとは心が繋がってます! 仮に落ち込んでいたとしてもあなたに慰めてもらう必要なんてありません! あと、ちゃん付けはやめてください!」
とうとうクリフトは肩を落とし項垂れながら押し黙った。その後、数人の女性所員が同じような被害を訴え出た。女性達に取り囲まれ非難の声を浴びせられると、遂にクリフトは泣きながら言い訳を始めた。だがそんなことで許されるはずもなく彼は逃げるようにその場を立ち去った。
仕事を終え家に帰ると、早速父から呼び出された。ノックをして執務室に入ると書類を見ていた父がちらりと私を見た。無言で椅子に座るように指差すと隣にいた秘書に退室するように命じた。
「イネッサから報告を受けた。クリフトは降格させ他所の部署に異動するよう指示した」
淡々と話す父に対し、私は思わず眉をひそめた。散々私が訴えてきたことが正しかったのだ。少しくらい謝ってくれてもいいのではないか? だが父はそれを別の意味に捉えたのか、軽く溜息を吐いて再び口を開いた。
「あいつは仕事の面では優秀だ。これ以上の処分はできん。わかったな?」
「……わかりました」
どうせ私が何を言っても逆に叱られるだけだ。あの男を追い出すことが出来ただけで良しとしよう。
そして次の日からようやく平穏な日々が訪れた。クリフトがいなくなったからか仕事場の雰囲気も明るくなった気がする。
「私も一人で悩んでたんです。アリサお嬢様のお陰です!」
そういった感謝の声を何人かの女性から受けた。中には泣きながら抱きついてくる人までいた。私はもとより、彼女達を救うことが出来たことが一番嬉しかった。マーカスへの手紙にも今回のあらましを書くと「よくやった」とお褒めの言葉を貰えた。
「はぁ~早く会いたいなぁ……」
彼からの手紙を胸に抱きながらその日は眠りに就いた。
そして季節は巡り、初夏の緑が溢れ出す頃、夏季休暇に入ったマーカスが帰ってきたとの連絡を受けた。私は特別に仕事の休みをもらってバッシュ家の屋敷へと急いだ。門をくぐると顔見知りの庭師さんが作業をしていた。
「ハンスさん! マーカスはいる!?」
「ああアリスちゃん。坊ちゃんなら今しがた東屋の方に向かってたよ」
「わかった! ありがと!」
「ああっ! ちょっと――」
ハンスさんが何か言いかけたようだったが私は気にせず東屋へと走った。綺麗な花が咲き乱れるフラワートンネルを抜けようかというその時、こちらに背なかを向けたマーカスの姿が見えた。
「マーカス――!」
そう叫ぼうとした瞬間、私の足は止まった。楽しそうに笑いながら話す彼の隣には、長い髪をふわりと揺らす美しい女性の姿があった。
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