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第20話 遠き空へ
しおりを挟む頭を冷やせとはまさにこの事だろう。びしょ濡れになった三人はぴたりとその動きを止めた。どうやらシンシアさんが水魔法を使ったようだ。
「あのねぇ、魔王と戦って私達は疲れてるの。後は三人で勝手にどうぞ。じゃあアリスちゃん行きましょう」
私達が行こうとするとジュノが真っ先にシンシアさんの腕を掴んだ。
「先生待って! お休みになるなら是非我が家へいらしてください!」
「そうですぞ! 部屋はすでに用意しております。明日からは住み込みで娘の魔法教育を!」
「ああ、それなんだけどお断りするわ。だってこの子魔法の基礎すらまともに出来ないじゃない。まったく学園で何を学んでいたんだか」
シンシアさんはやれやれと両手をあげた。以前マーカスはジュノは非常に優秀だとか言ってた気がするけど。
「なんてことをおっしゃるの! 私は王都学園を主席で卒業したんですよ!」
「どうせ大臣、あなたが裏で何かしたんでしょ?」
おそらく図星だったのだろう。大臣は気まずそうな顔をして視線を逸らした。一方ジュノは流石にそこまで馬鹿ではなかったようで、何かを察したらしく「嘘……」と唖然とした表情で呟いた。
「待ってくれアリス!」
改めてその場を去ろうとしたら、今度はマーカスに捕まった。彼は私達の前に回り込むと両手で私の肩を掴んだ。
「おれはやっと目が醒めた! おれが愛しているのはアリス! おまえだけだ!」
「目が醒めた?」
「ああそうだ! おれはあの女に誑かされていたんだ。都会の甘い誘惑につい騙されていた。だけどアリス。君はずっとおれを好きでいてくれた。今日もおれに会うために王都まで――」
――パシンっ!
乾いた音が鳴り響く。私は思いっきり彼の頬を引っ叩いた。彼の自分勝手な言い訳をこれ以上聞きたくなかった。
「そんなくだらない理由で何年も私を放っておいたの? 最後まで人の所為にして……自分はちっとも悪くないって言うの?」
涙はこれっぽっちも出なかった。怒りよりもむしろ落胆の方が大きかった。
「私は真っすぐなあなたが好きだった。いつだって一緒に笑い合えるあなたが好きだった」
彼に対し、私がここまで強く言った事がなかったからだろう。マーカスはぶたれた頬を押さえながら何も言わず立ち尽くしていた。
「例え物理的に離れていたって、心が通じ合えていたなら私はそれでよかった。でもあなたにはそれすらなかった。離れてから今日までの私の事、なにも知らないでしょう?」
念のためにと思って持ってきていた婚約証明書をポケットから取り出した。そしてマーカスの目の前でそれをビリビリと破り捨てた。ばらばらになった紙切れは風に乗って遠くへと飛んで行った。
「さよなら。マーカス」
私は彼に背を向け歩き出した。隣を歩くシンシアさんがそっと私の手を引いてくれた。
「風の羽」
少し歩いた所で立ち止まり呪文を唱える。体がふわりと宙に浮くと同時にシンシアさんも空へと飛んだ。地上にいる三人の姿がみるみる小さくなっていく。繋がれていた目に見えない重たい鎖が全て消え去ったような気がした。
大空高くまで舞い上がると、沈みゆく夕陽が遠くの空に見えた。
「最後はぶん殴ってやればよかったのよ」
二人で並んで飛んでいる最中、私はこれまでの事をシンシアさんに話した。彼女はまるで自分の事のように怒ってくれた。
「一度思いっきりぶっ飛ばしたからいいんです。それに今の私が本気で殴りつけたら彼、きっとあの世まで飛んでっちゃいますよ」
「確かにそうね。魔王でさえ吹っ飛んじゃったもんね」
二人で顔を見合わせながらくすりと笑った。辺りはすっかり暗くなっていて、満天の星空がいつもよりもきれいに見えた。シンシアさんが魔法でほんのり光を照らしていたから、まるで流れ星にでもなったような気分だった。
「シンシアさん。本当に私が弟子になってもいいんですか?」
「もちろん! と言ってもアリスちゃんに教えることなんてあんまりなさそうだけど。とりあえずザリンガにでも行ってみる?」
「う~ん」と私は少し考えた。魔法と言えば父の生まれ故郷のザリンガ魔法国だろう。でも――
「私は……いろんな場所に行ってみたいです。そしていろんな美味しいものを食べてみたい!」
「うん、いいね。じゃあしばらくは二人でのんびり旅をしましょ。遠い南の方におもしろい島があってね――」
シンシアさんとの楽しいお喋りは尽きる事がなかった。まだ見ぬ世界の事を考えるとわくわくが止まらない。気がつけば私達は一晩中空を飛び続けていた。
―――――――――――――――
ざまぁ達のその後をもう1話だけ書く予定です。
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