婚約者に会うためにアリスは空を飛ぶ

三毛猫ジョーラ

文字の大きさ
26 / 27

第26話 罪深き行い

しおりを挟む

 その男はにこやかな表情だったが目は笑っていなかった。

「インチキなんて、そんなはずはない!」

「いえいえ本当です。相手の不安を煽り邪気を払うなどなんだの言って変な物を売りつける。典型的な詐欺ですよ」

 確かにあの時、やたら大きい女神像を買って今でも部屋に飾っている。だがあれに毎日祈りを捧げているお陰でおれはいろいろな危機を回避出来ているはずだ。

「そ、そんなデタラメを! だいたいあんた一体誰なんだ!?」

 おれは勢いよく立ち上がり男をびしっと指差した。するとそれまでずっと笑顔だった男の顔が一瞬だけスッと真顔になった。

「この方はカルメンさん。商人をやっておられてグレイン商会ともよく取引されていたそうだ。もちろんアリス殿とも旧知の仲だそうだ」

「ええ、ええ、アリスお嬢さんは小さい頃から存じております。昔から礼儀正しく賢いお嬢さんでねぇ。魔法も達者で素晴らしい方ですよ」

 カルメンという男は再びにこにこと笑顔でアリスの事を話し始めた。饒舌に話す彼の胸元には金色のバッチが光っていた。アリスの顔をかたどったあのバッチは確か『アリス敬愛倶楽部』の会員証だ。

「以前から婚約者の事でいろいろ相談されていましてね。随分悩んでおいででした。あなたと会えない事をとても寂しそうに話してらっしゃった。そして私はあなたからの手紙の真意を確かめてほしいとお願いされましてね。それにしてもあなた――」と彼は背もたれに体を預けながら呆れたような顔でおれを見た。

「随分と幼稚な言い訳ばかりしておいででしたな。風邪を流行病などと言ったり、たががひび程度の怪我で大事を取るなどどと。ちなみに当時の診断書は私が手に入れておいたものです」

「……あの時は王都に残るのが正しいと判断したんだ。あんたにとやかく言われる筋合いはない」

 おれは声を震わせながら反論した。団長は憮然とした表情でおれを見つめ、男はうんざりしたように溜息を漏らした。

「もういい加減認めなさい。あなたはあのジュノとかいう女に横恋慕していた。彼女と離れるのが嫌でザイロに帰らなかったんでしょう? まったく実にくだらない」

 ジュノという名前を出されおれは返す言葉が見つからなかった。

「私はアリスお嬢さんが不憫で仕方なかった。いつも健気に笑ってらしたが、きっと心ではないていたでしょう。ぎりぎりまであなたを見捨てなった彼女は誠実でとても優しく、とても強い。それに比べてあなたは……」

 今日まで自分がしてきたことを思い返す。彼女の心の痛みに目を背け、いやそれさえ気づきもしなかった。愚か者だと思われても無理もない。

「弟のケヴィンに聞いたが、おまえは支給された剣を使ってなかったらしいな?」

「……はい。ジュノが魔法付与した剣を使ってました」

「それでオークすら倒せなかったと。まぁ彼女の魔法は下の下だったそうだからな。学園での成績改ざんの話は聞いてるな? 彼女の父親は大臣を降格され地方に飛ばされた。今頃はあの家族は雪山の奥地にでもいる事だろう。それと辺境騎士団長のアーゲン殿の処分も決まった。彼はグレイン家から多額の金を受け取っていた。そんな事をしなくともアリス殿が魔法付与したものであれば我々は喜んで購入したのだがな」

 グレイン家はすでに破産したと聞いた。おそらく我がバッシュ家の評判も地に落ちてしまうだろう。ロビン団長から今回の一件でおれに対する処罰はないと言われた。だが今後はどこへ行ってもきっと針の筵だろう。「なあ、マーカス」と団長が改めておれの目を見た。

「おれは普段の彼女を知っている訳ではない。だがあの日彼女が戦う姿を間近で見ていた。決して下がらず真っ向から魔王に立ち向かう勇気におれは心打たれた。彼女がいなかったら今頃おれ達はあの世にいたさ。王都だって残っちゃいなかっただろう。出来得るならば彼女に心からの感謝を伝えたい。王都の民もみんなそう思っている。だからこそ彼女が消えてしまった事が非常に残念だよ」

 団長の言葉がずしりと重く背中にのしかかった。今さらながら己の罪の深さを思い知り、おれは顔を上げることが出来なかった。


しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

最後に一つだけ。あなたの未来を壊す方法を教えてあげる

椿谷あずる
恋愛
婚約者カインの口から、一方的に別れを告げられたルーミア。 その隣では、彼が庇う女、アメリが怯える素振りを見せながら、こっそりと勝者の微笑みを浮かべていた。 ──ああ、なるほど。私は、最初から負ける役だったのね。 全てを悟ったルーミアは、静かに微笑み、淡々と婚約破棄を受け入れる。 だが、その背中を向ける間際、彼女はふと立ち止まり、振り返った。 「……ねえ、最後に一つだけ。教えてあげるわ」 その一言が、すべての運命を覆すとも知らずに。 裏切られた彼女は、微笑みながらすべてを奪い返す──これは、華麗なる逆転劇の始まり。

壊れていく音を聞きながら

夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。 妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪 何気ない日常のひと幕が、 思いもよらない“ひび”を生んでいく。 母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。 誰も気づきがないまま、 家族のかたちが静かに崩れていく――。 壊れていく音を聞きながら、 それでも誰かを思うことはできるのか。

元夫をはじめ私から色々なものを奪う妹が牢獄に行ってから一年が経ちましたので、私が今幸せになっている手紙でも送ろうかしら

つちのこうや
恋愛
牢獄の妹に向けた手紙を書いてみる話です。 すきま時間でお読みいただける長さです!

それは報われない恋のはずだった

ララ
恋愛
異母妹に全てを奪われた。‥‥ついには命までもーー。どうせ死ぬのなら最期くらい好きにしたっていいでしょう? 私には大好きな人がいる。幼いころの初恋。決して叶うことのない無謀な恋。 それはわかっていたから恐れ多くもこの気持ちを誰にも話すことはなかった。けれど‥‥死ぬと分かった今ならばもう何も怖いものなんてないわ。 忘れてくれたってかまわない。身勝手でしょう。でも許してね。これが最初で最後だから。あなたにこれ以上迷惑をかけることはないわ。 「幼き頃からあなたのことが好きでした。私の初恋です。本当に‥‥本当に大好きでした。ありがとう。そして‥‥さよなら。」 主人公 カミラ・フォーテール 異母妹 リリア・フォーテール

我慢しないことにした結果

宝月 蓮
恋愛
メアリー、ワイアット、クレアは幼馴染。いつも三人で過ごすことが多い。しかしクレアがわがままを言うせいで、いつもメアリーは我慢を強いられていた。更に、メアリーはワイアットに好意を寄せていたが色々なことが重なりワイアットはわがままなクレアと婚約することになってしまう。失意の中、欲望に忠実なクレアの更なるわがままで追い詰められていくメアリー。そんなメアリーを救ったのは、兄達の友人であるアレクサンダー。アレクサンダーはメアリーに、もう我慢しなくて良い、思いの全てを吐き出してごらんと優しく包み込んでくれた。メアリーはそんなアレクサンダーに惹かれていく。 小説家になろう、カクヨムにも掲載しています。

断罪された薔薇の話

倉真朔
恋愛
悪名高きロザリンドの断罪後、奇妙な病気にかかってしまった第二王子のルカ。そんなこと知るよしもなく、皇太子カイルと彼の婚約者のマーガレットはルカに元気になってもらおうと奮闘する。  ルカの切ない想いを誰が受け止めてくれるだろうか。  とても切ない物語です。  この作品は、カクヨム、小説家になろうにも掲載中。   

妹を選んで婚約破棄した婚約者は、平民になる現実を理解していなかったようです

藤原遊
恋愛
跡継ぎとして育てられた私には、将来を約束された婚約者がいた。 ――けれど彼は、私ではなく「妹」を選んだ。 妹は父の愛人の子。 身分も立場も分かったうえでの選択だと思っていたのに、 彼はどうやら、何も理解していなかったらしい。 婚約を破棄し、妹と結ばれた彼は、 当然のように貴族の立場を失い、平民として生きることになる。 一方で、妹は覚悟を決めて現実に向き合っていく。 だが彼だけが、最後まで「元に戻れる」と信じ続けていた。 これは、誰かが罰した物語ではない。 ただ、選んだ道の先にあった現実の話。 覚悟のなかった婚約者が、 自分の選択と向き合うまでを描いた、静かなざまぁ物語。

とある令嬢の優雅な別れ方 〜婚約破棄されたので、笑顔で地獄へお送りいたします〜

入多麗夜
恋愛
【完結まで執筆済!】 社交界を賑わせた婚約披露の茶会。 令嬢セリーヌ・リュミエールは、婚約者から突きつけられる。 「真実の愛を見つけたんだ」 それは、信じた誠実も、築いてきた未来も踏みにじる裏切りだった。だが、彼女は微笑んだ。 愛よりも冷たく、そして美しく。 笑顔で地獄へお送りいたします――

処理中です...